1:噂は千里を走った その2
「ファミ!? セイルもか!?」
ふたりが同時に指揮官に迫り、ファミが杖を、セイルが剣を突きつける。なんかいつの間にか装備してるな。ファミのは魔王の倉庫から持ってきたんだろうけど、セイルのは多分魔族の剣を奪ってきたんだろう。
それよりも大事なことを思い出した。
「こら、魔王っ! 崖から蹴り落としたろ。死んだらどうしてくれるんだ!」
「死ななかったであろう? あれくらいは守ってくれるぞ、その防具は」
「そういうことは先に言え!」
「言っても信じないであろうが。飛び降りろと言って、素直に従ったか、キサマ?」
「いや、それは、無理だな……」
「であるなら、体験した方が早い」
「……ま、魔王……様? ……ひっ!?」
俺と魔王の会話を聞いていた指揮官がガクガクと震え始めた。小さな体が二回りくらい小さくなってしまうほど。
魔王が視線を指揮官に向ける。
「で? おまえが魔王か?」
「いいいいえっ! 違うにゃ! ニャオウだにゃ! よく聞き間違いされるにゃ!」
「魔王ではないと? 魔王と名乗ったこともないと?」
「ははははいっ! 魔王なんて名乗ってにゃ――」
「貴様ら、魔王様から離れろ!」
ニャオウの部下が血相を変えて俺たちを取り囲んで武器をかまえる。
「だだだ黙るにゃ、おまえたち!」
ニャオウが真っ青になって首を振る。青ざめた黒ネコって初めて見たぞ。
ファミがニヤニヤしながら静かに尋ねる。
「魔王と名乗ったことはない?」
「みんなの聞き間違いだにゃ! ほら、魔王とニャオウ、似てるにゃ!」
「魔王様! ご指示を!」
部下が声を揃えると、真っ青なニャオウがもうどす黒くなって、ガタガタ震えだした。そりゃもう気の毒なくらいに。
ファミがニャオウを見てくすりと笑う。ゾクッとしてしまった。いつものファミとは違う色っぽさ。
「魔王様ねぇ?」
「ももも申し訳ございませんでしたにゃーっ!」
ニャオウは悲鳴のような叫びを上げると、ファミの足元に平伏した。
その後、討伐軍が迫ってきたので、面倒なことになる前にニャオウをひっ捕まえて崖を飛び上がって逃げた。騎士が俺の方を向かって何か叫んだような気がしたが、聞いている余裕はなかった。
という次第で、ニャオウがここにいるわけだが……。
「で、魔王はこいつをどうするつもりなんだ?」
「特に考えてはおらんが、役に立たないのであればサクッと斬るなり、グチャグチャに煮るなり焼くなりしてもよいぞ」
「えー、美味しくなさそう」
「食べられない」
「そうだよねー、セイルちゃん。ニャオウちゃん、可愛いよねー」
「どこがだよ、ファミ?」
「モフモフしてるしー」
「は、はいっ! はいっ! それはもうモフモフし放題でございます!」
ニャオウはここが自分の生死の分かれ目だと判断したのか、ひっくり返って腹を見せる。ファミは嬉しそうにお腹をなで始めた。
見た目はネコとじゃれる女の子なんだが、ネコは思いっきり緊張してるし、明らかに顔は引きつっている。
「ほらほら、可愛いよー」
「ご、ごろごろだにゃー」
魔族というプライドをかなぐり捨ててネコに徹するニャオウが哀れな気がしてきた。
「せっかく許したのだ、せいぜい役に立てよ」
「きききき肝に銘じまして!」
いきなり魔王に戻ったファミに敬礼して、ニャオウはさらに引きつった顔で悲鳴のような叫びを上げる。
「ワレの軍団ではソーコちゃんの下だぞ」
「は、はい。で、この御仁は?」
脇に影のように控えていたソーコちゃんから俺に視線を移し、訊く。
「ジェイくんは怖いから怒らせちゃダメだよー? ファミもセイルちゃんも気をつけてるからねー」
「そう。ジェイトは怖い」
「ま、魔王様と勇者殿が怖いとにゃっ!? お、おみ足おもみするにゃ、旦那?」
「いらねーって! おまえらなぁ!」
「ひっ、ひいっ!」!
ニャオウは悲鳴を上げると両手で頭を覆って地面に伏せた。
「俺は天災かなにかか!?」
思わず声を上げると、ニャオウは息が詰まるような悲鳴を上げてさらに小さく丸まってしまった。
「ニャオウちゃんをいじめたらダメですよー」
「悪いのは俺なのか?」
ファミにめっとにらまれ、理不尽な思いに肩を落とした。




