あの頃、ね。
閑散とした部屋。窓ガラスには結露が起きている。床には、仕事の資料、空き缶、お菓子のゴミが散らばっていた。そこに、まるでその一部かのように女が寝ている。
「もう少しだけ…」
鳴り響く、アラーム音。誰かの叫び声かのようだ。少し鳴ると止まる、また鳴る、止まる、の繰り返しを続ける。
「…地獄か。」女が呟いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「大きくなったら、魔法使いになるの♪ミラクルミラクル〜!」5歳のゆみこちゃんの手には、魔法少女〇〇のステッキが握られている。本気でなりたいと思っているようだ。
『またはしゃいで!この子ったらうるさくて、ごめんなさいね!』
周りの仕事仲間に頭を下げる母。どうやら、急に決まった休日出勤にどうしようもなく、ゆみこちゃんを連れて行くしかなかったようだ。幼い少女は感じていた。大きくなったら、自分も母みたいになるのかと。仕事場で、本当の自分を偽り、家にいる時より、高い声でニコニコと話すのかと。自分は絶対嫌だ、と思っていた。
「私はお母さんみたいなお仕事はしたくない。」
母は、ふーん、と相手にもしない様子だった。
17年後ーーー。
ゆみこちゃんは、魔法少女になれたのだろうか。あれだけなりたがっていた魔法少女。
大人になった彼女は、パソコンという魔法アイテムを使い、眉間にシワをよせ、必死で入力していた。
「疲れた…。」彼女の目の下にはクマ。まだ入社したばかりの異世界で、必死にスキルを磨いているのだ。
『ゆみこちゃん、ここ間違ってるよ〜。気をつけようね。』
「すみません…。」
いや、彼女は魔法少女になれていない。普通のOLになったのだ。