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最終話  サックスパート&クラスメイト連合軍、始動!

 あの日……俺・露音・楽和が智ん家に行った日。あれからいろいろと動きがあったようで。

 まずは露音&楽和組。

・露音は『恋愛ネタのことは詳しくないから楽和の話を聞いてやってほしいことですわ』うんぬんと早理佳を動かすつもり

・そうして三人で下校するときに、なんと楽和が究極奥義『バックギャモンネタを挟まない恋愛ネタ』を早理佳としゃべってくれるそうだ! そうまでして俺とタッグ戦でバトりたいんかいっ

・そこで早理佳がもし恋愛に興味があって、もし、もしもしもしもぉーーーーーし、俺に少しでも興味がありそうならば、中間テスト後にサックスパートの出番が待っている。


 続いてサックスパートが佳桜の親にごあいさつというあれ。当初の目的がそうだったはずなのに、智の掛け声により一変、俺と早理佳をくっつけよう作戦会議が行われた。あんたたち合奏以外でも一体感あるんスね。

 作戦会議の結果、

・穂夏が恋愛とはなんぞやを早理佳に質問。軽いジャブらしい

・佳桜が登校中に早理佳を捕まえて、ちんたら歩きながらてきとーな芝居で俺を発見し、三人体制で登校、俺と早理佳のことについて聞く

・休みの日に真緒子が早理佳に遊べないか申し出る

・早理佳と真緒子が遊ぶ当日、俺と智が智ん家のケーキを持って俺の家へ行く途中、公園でばったり早理佳&真緒子組と会うように仕向ける

・俺ん家で四人集結するが、智と真緒子が帰って早理佳と二人きりになる

・で、告白しろ

 ってさ……い、いやぁ、みんなで協力するのとかは盛り上がる方なんだが、そこまでしてくっつけさせたくなるようなものなのかぁ?

 まぁでも、その……かなり急だとは思うが、憧れてきた期間は結構な長さになるわけだし、この憧れってのも他のみんなから言わせれば『それが好きっていうことですよ!」とのこと……そ、そういうものなのか?

 ちなみにサックスパートの私服を全員初めて見た。なんか改めて女子に囲まれてることを実感してしまった瞬間だった。



 ある日。露音と楽和が早理佳と三人で帰れたようだ。

 露音によれば、それはそれは楽和が大活躍していたそうだ。

 戦闘結果によれば…………


「市雪。結論から言うわ」

「あ、ああ」

 ごくり。

「早理佳ちゃんは、市雪のことについて、好意的に見ていると言ってもいいと思うわ」

「そっ、そうなのか!? でももしかしたら友達としてとかさ!?」

「恋愛の話をしているときに、市雪の名前を出してみても、嫌な顔はしていなかったわ。増村や津山とかを引き合いに出してみたけど、市雪のときの反応は悪くない反応だったわ」

「そ、そう、か……」

「これも楽和ちゃんが『空元のまじめさは私が保証する!』なんて言ってくれたおかげね」

「その時放たれた言葉がタッグ戦をしたいという動機からだと考えると、少し複雑な気分な気がしないでもない」

「でも楽和ちゃんがうそをついているようには見えなかったわ」

「んーまぁ楽和はド直球ド真ん中ドストレートで勝負するタイプだろうしなぁ」

 ……早理佳は俺のことについて、まったく気がないというわけではないらしい。

「ちなみにさ。あの例の二連続の件については触れたか?」

「いいえ、その話は出なかったわ。早理佳ちゃんから出なかったからこちらからも出さなかったわ。もっとも、あの日は楽和ちゃんの独壇場って感じだったけれども」

(あんな告白二連発があったというのにこんな話題、だよなぁ。早理佳だし、ああいうことがあったのに無理にでも話を合わせてくれた可能性はありそうだが……)

 とにかく俺のことは好意的に見ているという報告がすぐさまサックスパートに伝えられた。


 その話をした後だろうか。朝早理佳と登校するときに、一瞬早理佳がびくつく瞬間があったように思えた。

 穂夏も軽いジャブを打ってきたらしい。ちなみにクールな穂夏がこのプロジェクトになぜ参加したのかを聞いたら『市先輩に恩返しをするときが来ましたね』とか猛烈にかっちょいいセリフを放っていた。いや俺穂夏の演奏のうまさの影に隠れてるだけだと思うんスけど。

 引き続き早理佳のびくつく朝が少しだけあった。実はかぜひきかかってるとかそんなんじゃないよな……?


 中間テストが始まる。この期間は部活がない。

 ……俺のテストの戦闘結果? 保健体育と技術はそこそこできたが、それ以外は平々凡々だった。英語がちょっと低かった。


 中間テストが終わってから、佳桜主導による三人での朝の登校の日があった。

 話の内容的には俺と早理佳の小学生時代の話が中心で、結構盛り上がった。

 地味に早理佳と一緒に朝の中学校校門をくぐる初めての日だったような気がする。


 運命の日曜日までの間に、桃と兵次と三人でしゃべってたらこんな話が出てきた。


「ねー市ー、最近気になることがあるんだけどさ」

「な、なんだ?」

「楽和と露音ちゃんがなんか楽しそうにしてんのよね。それに楽和ったらあのゲームじゃない話までしてるってうわさだよ!?」

「そのうわさなら僕も聞いたよ。記憶する限りではずっとバックギャモンのことしかしゃべってこなかった細平なのに、なにかあったんだろうか」

「さ、さあ~?」

「なんだ市も知らないの? 市は楽和とあのゲームのことよくしゃべってるイメージだったんだけど?」

「そのイメージまでで止めててくれよ? 決して楽和みたいにバックギャモン狂だとは思わないでくれよ?」

「はいはいそういうことにしといてあげるわ」

「頼むぞ! まじで頼むぞ!」

 楽和の影響力はなかなかのものらしい。

 この間に真緒子は早理佳と日曜日に遊ぶ約束を取りつけたらしい。サックスパートが団結しやる気まんまんなところ、俺はだんだんじわじわ緊張感が押し寄せてきていた。

 てか早理佳急にサックス軍団が押し寄せてきて怪しんでないのだろうか? 俺パーカッション軍団が押し寄せてきたら何事やってなる気がするんだが?


 俺は本当に……本当に告白をしてしまうのか。

 日が近づくにつれプロジェクトメンバーに聞いてみても、

「引退前に思い出を作ってください。それがいい思い出となるように祈ります」

「空先輩なんだから大丈夫だってー! あたしん家のケーキでイ・チ・コ・ロっ!」

「き、きっと結本居先輩なら、空元先輩の告白を受けてくれると思います! だって仲良しですから! 大丈夫です先輩、みんなで応援しています!」

「市雪先輩ふぁいとですよー! 市雪先輩が優しい人だってことはよく知ってます! うまくいきますようにっ!」

「倉島みたいなのは放っておいても勝手に告白を重ねるでしょう。それに対して市雪はここまで何年も想いを重ねてきたのに告白をしなかった。でも早理佳ちゃんが市雪にいい印象を抱いているとわかった以上、わたくしは市雪の背中を押すわ。たとえ弟もだめだったとしても……。わたくしが待っているのはみんなが幸せになれる報告よ。頑張りなさい」

「付き合ったら必ずタッグ戦するんだぞ! 私とタッグ戦するためにも成功させるんだぞ! 基本的にダブリングキューブを仕掛けるときは戦況が自分に有利であればあるほど効き目が大きいぞ! 次空元と戦うときは強くなった空元と戦えるな! でもどうせ戦うなら笑顔の空元と戦いたい。その横で結本居も笑っててほしい。空元の想いの強さを信じている」

 みんなそれぞれにエールをくれた。

 ここまでみんなからのエールを受けたなら、腹くくるしか……ないよなっ。



 そしてついにやってきてしまった運命の日曜日。

 前の日の夜はちょっと寝つきが悪かったが、今朝の目覚め自体はいい方だ。

 今日の装備は水色のシャツに紺色のジャケット、クリーム色のズボンにした。緑のポシェット追加装備。

 家族との会話は普通な内容だった。でも俺の心は緊張しまくり。家族のだれも今日俺がこんな日を迎えているとは気づいておるまい。

 父さんは友達と一緒に映画へ行くらしい。母さんは友達と一緒にレジンとハーバリュウムというインテリア雑貨体験をするらしく。姉ちゃんは直織さんとショッピングってさ。


 今日の智は半そで丸首白シャツに綿パンだった。まだ半そでは早くないか? 確かに今日は暖かい方だけど。

 俺たちは公園のベンチで待ち伏せ作戦真っ最中だった。ドライアイス入りカヅェア・トモセーラ箱を横に置いている。

 なんと今回の作戦に使うこのケーキ、智と穂夏が作るの手伝うということで無料で譲ってくれたという。おいおいそんなことまでしてもらっていいのだろうか。ちなみに真緒子と佳桜も手伝いたがっていたらしいが、昨日は用事があってだめだったらしい。

「空先輩の幸せの手伝いができるなんて、後輩冥利(みょうり)に尽きるってやつだねー!」

 反抗的な後輩よりかは全然いいけどさぁ。

「なぁ智」

「なにー?」

「なんでサックスパートのみんなって、こんなに俺のために尽くしてくれるんだ?」

「はいぃ~? 空先輩そんなこともわかんないのー?」

 うぇぇ? そんな当たり前な答えなのかっ!?

「お、教えてください智ちゃん」

「しょうがないなぁ~」

 にやにや顔の智。つい場の流れでちゃんとか言っちゃったけど。

「空先輩に感謝してるからに決まってるじゃん」

「か、感謝?」

「そ」

 智は改めてこっちを向いてきた。

「空先輩たまに『俺サックスパートにいるぅ?』みたいなの言ってるけど、サックスパートに入ったあたしたちがここまでサックスできるようになったのは、空先輩のおかげなんだよー?」

「でもそれってきぬ先輩や柳子りゅうこ先輩がうまかったからなんじゃ」

 俺のひとつ上の先輩には村風むらかぜ きぬ連崎れんざき 柳子りゅうこという二人の先輩がいた。どっちも女子。

 絹先輩はテナーサックスで柳子先輩はアルトサックスだったが、演奏がうまく後輩に教えるのも上手だった。なにより穂夏と智と真緒子をサックスパートに入れた人たちだ。どっちも遠い高校に行き吹奏楽を続けているらしい。

「間に空先輩がいたからよかったんじゃーん。絹先輩やりゅう先輩からは演奏するのに必要なことたくさん教えてくれたけど、空先輩はあたしたち三人の絆の大切さを教えてくれたんだよー?」

「そ、そんな大それたことでも、なぁ?」

「ううん、あたしたち三人が仲良くできてるの、絶対空先輩のおかげだから!」

 断言されてしまった。

「一年しか一緒にできない絹先輩たちと仲良くしなさい、後輩ができたら仲良くしなさい、三年っていう時間は三年間しかないんだから三人仲良くしなさい。空先輩が他のパートとも仲良くしながらそう身をもって教えてくれたんだよ」

「ま、まぁそんな感じのこと言ったには言ったけど、な、なんていうか、仲良くしてくれたらいいなぁ~っていうくらいの軽い感じっていうか、さ?」

「ぶーぶー。空先輩ほんとわかってないですねぇ。じゃ言うけどっ」

 な、なんだなんだ?

「みんな空先輩のこと尊敬してるんだよ」

「そ、尊敬ぃ~!?」

 と驚きはしたが、

「しかしそれを普段俺おちょくってくる智が言っても説得力に欠けゲフゴホ」

「あ~っ! ほんとだからー! 空先輩のこと尊敬してるしてるー!」

「ほんまかいな」

 関西弁なってもうたがな。

「ほんまやで! なんだかんだ言って、空先輩にできないことはないと思ってるよー」

「できないことはない?」

「うんー。真緒ちゃんみたいに全部の楽器できるし、ほなちゃんみたいに変わった調の楽譜すらすら読めるし、あたしみたいに力持ちだし?」

「智の方が力持ちなんじゃね?」

「あたしも乙女なのよー! ぷいっ!」

 ぷいされてしまった。

「はいはい。まぁ俺としては二年丸々やった成果が出てるって感じかな。今は智がいるからバリサクなんて普段吹かないけど、吹けるようになってたら、智の気持ちが少しでもわかるだろ」

「そういうところが空先輩かっくぃ~!」

「うぉわとっ」

 ショルダータックルされた。箱つぶしたらどうすんだっ。

「……そんな人想いの空先輩だもん。好きな人ができて、しかも小学生からずっと悩んでたなんて知ったら、応援したくなっちゃうじゃん」

 ちょこっとだけ落ち着いたトーンでしゃべった智。

「ていうか、応援しちゃいたくなるくらいかわいい先輩、みたいな?」

「俺は男じゃい!」

「かわいい男の子はモテるんだよ~!」

「かわいくないわい!!」

 智はけらけら笑っていた。

「あ! 来た来た空先輩! えーっとえーっとー、よし!」

 真緒子と、そして……早理佳がこの公園にやってきた!!

(ほ、本当に来たかぁ……!!)

 智はその姿を発見するなり魚の形をした水飲み場にダッシュ。上に水が飛び出す蛇口をひねってごくごく飲み始めた。なんか似合うぞ智。

 真緒子が俺を偶然発見したということなのか、俺の方を指差してから早理佳と一緒にこっちに歩いてきた。

「空元先輩だ~! こんにちはー!」

「こんちー」

 なんていうか、うん、真緒子、元気そうでなにより。

 薄い水色の長そでブラウスにひざよりちょい下くらいの長さの赤いもこもこ系スカート、そして白いベレー帽みたいなのをかぶってる。この前もそれかぶってたからお気に入りなんだな。

「こんにちは、市雪くん。びっくりしちゃったっ」

「こ、こんちー」

 薄いピンクに白い横線がちょっと入ったもこもこ系長そでワンピースだ。本日も笑顔がまぶしいですね。

「え! あれえー! 真緒ちゃんとゆも先輩だー! うわーどうしたのー!?」

 普通なら大げさに思えなくもないが、普段の智の様子からしてばれなさそうだとも思えた。

「私が知らない雑貨屋さんを結本居先輩が知っていたから、そこへ行ってたの。智ちゃんは空元先輩と何してたの?」

「将棋してたんだけど、空先輩がバッ……なんだっけ?」

「ネクストバッターズサークル?」

「それ野球じゃん!」

「むしろ通じるのかよ! バックギャモンのことか?」

「そうそうそれそれ! 教えてくれるって言ったから、空先輩の家に行こうとしてたとこだよー! ついでに昨日ほなちゃんと父さんと一緒に作ったケーキ持って~、じゃじゃん!」

 と、智はカヅェア・トモセーラの箱を見せた。

「わーすごーい! いいなー私も食べたいな! そうですよね結本居先輩!」

 なんというバリバリのアシストプレイ。

「智ちゃんのおうちってケーキ屋さんだったよね。おうちでケーキを作ることができるなんてうらやましいなぁ」

「ぇ、早理佳知ってたのか!?」

「うん。えっ、市雪くん知らなかったの?」

「最近知ったとこ……」

 早理佳ちょっと笑ってる。ぐすん。

「同じサックスパートなのにねっ」

「ほんとだよ空先輩ー!」

「じゃもっとおうち洋菓子屋アピールせぇやうぇーん」

「言ってなかったっけー、てへ!」

 悲しいぞ俺はっ!

「よーし! みんなで空先輩ん家へれっつごー!」

「おー!」

 智と真緒子は右腕を突き上げている。

「……らしいけど、早理佳も……来る?」

 ワンテンポ送れて早理佳に聞いてみた。

「うん。行きたいなっ」

 早理佳はにこっとした。真緒子と智も同時ににこっとした。


 左斜め前に真緒子、前に智が歩いて、左隣に早理佳が歩いてる。

「市雪くんと会っちゃったねっ」

「まあご近所さんだし」

 今日もふわふわ髪が揺れている。

「市雪くんのおうちって、初めてだね」

「ああそっか。てか前二人もそうか」

「空元先輩のおうち気になりますっ」

「空先輩の家どんなとこかなー!」

「普通の家です。いたって」

 前二人は前を向いて歩いてるが、早理佳は少し俺の方を見ながら歩いていた。


「ここだ」

 俺ん家到・着。

「ここが空元先輩の家なんですね!」

「入ろ入ろ!」

 俺はポシェットから鍵を取り出し玄関のドアを開けて、カモンカモンカモンと腕を回した。

「おっじゃましまーす!」

「おじゃましますっ」

 早理佳はドアの前で俺を見た。

「ん?」

「……じゃますんでぇー」

(な、なんだと!?)

「じゃますんなら帰ってー」

「はいーってなんでやの!」

(俺は今。猛烈に感動している)

 早理佳渾身のツッコミは俺の胸にジャストミートしている。智と真緒子はとんでもなく驚いている!

「コ、コホン!」

 智がせき払い。あれ、出てきたぞ。あれ、もう一度入ろうとしている。

「じゃますんでー」

「じゃますんなら帰ってー」

「はいはーいってなんでやー!」

 智渾身のツッコミはそりゃもうずしりと来る重い一撃だった。

(え、まさかのこの流れ……)

 真緒子も出てきたー!

「じゃますんでぇー」

「じゃますんなら帰ってー」

「はーいってなんでですかー!」

 真緒子渾身のツッコミは俺が過去受けてきたツッコミシリーズで最も優しいタッチだった。

 俺ん家の玄関のドア付近で三人の女子からツッコミを受ける俺。

(どきどきするに決まってんだろ!!)

「はいオッケーでーす! はいみんな入れー」

「ふふっ、おじゃまします」

「さっきのなんだったの!? おっじゃましまーす!」

「結本居先輩もああいうことするんですね! おじゃましますっ」

 そして俺ん家に三人の女子が上がってきた。


 リビングに入ってもらい、俺は食器を用意しながら智には紅茶を任せた。真緒子と早理佳はダイニングテーブルのイスに座ってもらってる。

「うぉゎっ」

 とここで智が寄ってきて、てか腕当たるくらいの至近距離でひそひそモードを展開させたっ。

「ゆも先輩かわいいねー!」

「ん、んだよ、そんなこと言うためにくっついてきたのかよ」

「んふー。今日から空先輩とくっつくのは、ゆも先・輩っ、きゃ!」

「ティーポット持って暴れんなぁっ」

 智はきゃっきゃしながら紅茶の準備に取りかかっている。


 智のお手伝いもあって、いただきますをした俺たち。

 中にはいつつ深いオレンジ色のケーキが入ってあった。智によるとキャラメルケーキらしい。たしかにこの前の智ん家のショーケース内のケーキに比べたら表面が波打ってるところとかあったり切り方がそろってなかったりしているが、それでも充分きれいだし俺に作れって言われてもずぇったい無理。

 なんでこんなに数あんねんという早理佳からの質問に対しては俺の家族の分と答えたら、案の定早理佳は超遠慮気味だった。しかし智はまた作って持ってくるし? みたいな言い方と、俺もひとつ残ってれば家族全員が味見するには充分さ? と言って、なんとか早理佳にも食べてもらうことができた。

 味はうま。甘ーいキャラメルとナッツの組み合わせがすばらしっ!


 てことで俺たちはごちそうさました。ちゃっちゃと食器は片付けたが、やっぱり智は手際よく紅茶をカップに注いでいた。

「とってもおいしかったっ。智ちゃんは将来ケーキ屋さんになるの?」

「そこまではわかんないよー。でも勉強するのも悪くないかなーとは思うよ!」

「智ちゃんのパティシエ姿見たいなぁ! 智ちゃんならきっと似合う!」

「そっかなー? うへへー」

 女子三人がきゃっきゃしてる。俺ん家で。

「市雪くんは、将来の夢って、ある?」

「お俺?」

 今のフォーメーションは、俺の右斜め前に真緒子、前に智、そして右隣に早理佳。

「別にないけどなー……平和に過ごせたらそれで」

「結本居先輩は夢ってありますか?」

「私はね。ちっちゃいころはお花屋さんって言っていたときがあったかな」

「わーかわいいですー!」

 うん、似合う。

「今は、どうかなぁ……私もあんまり浮かんでいないかも。真緒子ちゃんは夢、ある?」

「私、実はー……学校の先生になりたいなって、ちょっと……」

「かっこいいじゃん! 真緒ちゃん頑張れ!」

「ま、まだ決まったわけじゃないけどね! 人に教えられる人はかっこいいなあって最近思うようになってきて、それで……」

 うんうん、似合う。

「中学校の先生になって、吹奏楽部の顧問とかになったら最強だな」

「な、なれるでしょうか!」

「全国大会に出場して有名になってくれ」

「それはさすがに無理ですよぉ~っ」

「いやぁ~真緒子が全国大会に導いたら先輩の俺も鼻が高いなぁ~!」

「せ、先生になるのやめようかな?」

「なんでそうなるっ」

 女子勢三人は笑ってるっ。

「市雪くんも、先生になるの似合っていると思うよ」

「俺ぇ~? 学生たちからおちょくられる先生なんかかっこいいかぁ?」

「いーじゃん空先生! きっとみんなからの人気者!」

「ど、どうなんだろうな」

 先生かぁ。もっと賢い人がなるべきものなんじゃないかなー……? とかぼーっと思ってたら、前にいる智と真緒子がお互い見合ってうなずいた。

「じゃ先輩あたし帰りまーす!」

 智が立ち上がって手を挙げながら高らかに宣言した。

「あれっ、バックギャモンをするんじゃなかったの?」

 早理佳の鋭いツッコミ!

「うえ! あー! あたしそろそろ帰って父さんの手伝いしよっかなあ!?」

「私もー! そろそろ帰りまーす! 空元先輩のおうち見られてよかったです! 結本居先輩はまだ空元先輩と遊びますよね!?」

 真緒子も立ち上がりながらそんなことを早理佳に聞いていた。

「えっ?」

 早理佳がちょっとこっち見てきた。

「さ、早理佳に時間があるなら……」

 サックス軍団が早理佳に視線を集めているっ。

「……市雪くんが、いいのなら」

 智露骨にガッツポーズしてやがる!

「じゃ空先輩ありがとー! またあ・し・た、ねっ! ゆも先輩もー!」

「うぉぁっ」

 めっちゃ力強く左肩ぽんぽんされた。

「空元先輩……あ、明日、元気に会いましょうね! 結本居先輩も楽しかったです!」

「おぉぅっ」

 俺と早理佳も立ち上がった。


 玄関でお見送り。智は片手で、真緒子は両手でガッツポーズをしているように見える。

「ありがとう。また明日」

「じゃ、じゃなっ」

「ばいばーい!」

「ありがとうございましたっ」

 智と真緒子がドアを開けて帰っていった。

 四人が二人になっただけなのに、急に静かになったような感じだ。

 俺が早理佳を見ると、早理佳もこっち見てきた。

(近くありません?)

 なんか、見てるだけで、そこから先の言葉がうまいこと出てこないというか。しゃべり始めればいつもの流れになると思うんだけど。

(てか早理佳も早理佳でなんでこっち見たまま止まってんだ)

 人のこと言えへんやないかーいと言われればそうなんだが。

(ってかっ。俺、今日、この早理佳に告白しなきゃなんないんだよなっ)

 今日は全員が部活メンバーということもあってか、話盛り上がってすっかり忘れちってたっ。そうだそうだ。今日こ、告白、しないと、せっかくみんなが築き上げてきたプロジェクトをぶち壊すことになってしまうからな。

 たしかにきっかけはみんなからもらったようなものだけど、でも、まぁなんていうか……どうせだれかと付き合おうとするなら、早理佳と、お、お付き合い、できたらいいかなぁ、なんて……。

(さ、早理佳だってさっ、俺とこうして二人でいることに問題なさそうだしさっ。そのノリでそのまま、俺とお付き合いするのも悪くないかなぁって思ってくれ……てるといいなー、なんて……)

 てかほんとずっと俺見たまま止まってるんですけどぉ?!

(実は電池切れとか?)

「さ、早理佳?」

「なに?」

「あ、電池切れじゃなかったんだな」

「電池?」

 結局しゃべっちゃった俺。


「おじゃましまーす」

 俺は自分の部屋のドアを開けて、早理佳を入れた。

(女子がこの部屋に入ったのって、一体いつぶりなんだ……姉ちゃんは除く)

 俺の部屋はー……別に変わった物なんか置いてないぞ。

「ここが市雪くんのお部屋なんだね」

「ああ」

 なんか早理佳が、私のお部屋を見せたんだから俺の部屋もみたーいと言い出したので、部屋にやってきた。

 早理佳は部屋の中を見回しながら、カーペットにぺたんと座った。アナログゲームするときは折り畳みのテーブルを出すが、今は出ていないのでぺたんも余裕。

 俺もー……んじゃあ、ぺたん。

 早理佳が俺を見ている。実はごはん粒ついてるとかじゃないよな?

「市雪くん」

「なんだ?」

「最近ね。なんだかその……」

 と思ったら少し視線が外れた。

「……こ、恋のお話が、多いの」

「こ、恋のお話?」

 プロジェクトメンバーらが仕掛けたあれのことか。

「うん。私とそんなお話しても、おもしろいのかなぁ」

「おもしろいからー、したんじゃないんスかね?」

「そうかなぁ」

 まだ視線外れたまま。

「私はその、恋なんてしたことないと思って、わからないっていうことしかみんなに話せなくって。その中で話してきてくれたみんなの想いを聴いていると、悪くないことなのかもって、思えるようになって……」

 俺もー、そんな感じかな。

「楽和ちゃんともお話したんだけどね。すごかったよ。バックギャモンじゃないお話をするときの楽和ちゃん、迫力があるっていうか、すごく想いが伝わったよ」

「おぉ~っ。内容が気になるな」

「ふふっ。気になるなら楽和ちゃんから聴いてね」

「俺にはバックギャモンネタの方が楽しいとか言ってきそうだがっ」

「もしかしたらそうかもっ」

 ちょっと笑ってくれて、また俺を見てきた。

「露音ちゃんも一緒だったのだけれど、露音ちゃんもしっかりとした気持ちを持っていて……どういう人とだったら、お付き合い、したいかとか……け、結婚するならどんな人がいいっていうお話にまでなっちゃったよ」

「早すぎません!?」

「だよねっ」

 早理佳めちゃ笑った。

「楽和ちゃんも露音ちゃんもとてもまっすぐで、なのに私はわからないーっていう答えばかりで。こんな私じゃだめかなあって、ちょっと思っちゃった」

「だめなんてことないさ」

「そうかなっ」

「その楽和によれば、戦術は一人一人みんな違うらしいからな」

「楽和ちゃんらしいね」

 ふと楽和の将来の夢が気になったが、しかし楽和はバックギャモンできるならなんでもいいみたいなこと言いそうだとも思った。

「穂夏ちゃんや真緒子ちゃんともそういうお話になったし。そういうことに興味がある子って、こんなにいるんだなあって思ったよ」

 すまんな早理佳。チームプレイなんだ。

「女の子だけじゃなく、男の子も……その、ああいうこと、あったし……」

 源太と隼人なぁ。どっちも今は普通に過ごしているように見えるが、本人たちとのしゃべりでその話題が挙がったことはない。

(もし早理佳に告白して、断られたら……俺もちゃんと普通にしてられるのだろうか)

 隼人も俺と似たように小学生のときから早理佳のことを気になってて、それで告白したんだ。それでもだめだったのに普通に部活動している隼人は、きっと心が強いんだろうな。

「やっぱりお付き合いするんなら、好きなやつとじゃないと……な」

「うん……」

 また早理佳の視線が外れていった。

(改めて確認だけどさ……俺のこの早理佳への気持ちって、本当に好きってやつなんだろうか。みんなはそう言ってたけど、いまいちつかみきれていないっていうか……でもみんなが例えで出してくれたけど、どきどきする感じはあるし、つい目で追っちゃうところもあるし、もっとしゃべりたいとか遊びたいとかって思うし、ふとしたときに早理佳のこと考えるとかもあるわけだし……好きって、こういうことなんかな……)

 俺の部屋に早理佳がいて、俺としゃべってる。うれしいし、もっとしゃべりたい。

「……こ、こういうお話ね。女の子としか、したことないの」

「ふ、ふーん」

 むしろ俺は女子としかしたことがなかった。あれでもこれってオンステージしてる源太と同じ観客の兵次もカウントに入るのか?

「そんなお話をしていたらね。その。あの……」

 腕がぴんとなってきた早理佳。

「……市雪くんのお話も、聴きたいなあって……」

「ぉお俺っ!?」

 ゆっくりゆっくりうなずいた早理佳。

「……俺?」

 やっぱりうなずいた早理佳。

「……恋バナ?」

 うなずく早理佳。

(早理佳が、俺の恋バナに、興味あり……?)

「俺もー、そのー……早理佳の恋バナに、興味…………あるかな」

「そ、そうなんだ……」

 なぜだっ。散々プロジェクトメンバーにこの話したというのに、相手が早理佳となったとたんにこんな緊張するなんて。

「い、市雪くんから、どうぞ」

 おっと早理佳が手のひらを上に向けてどうぞどうぞアピールしてきたぞっ。

「レディーファーストで早理佳からという手もっ」

「ええっ、市雪くんからでいいよぉ」

 さらにどうぞどうぞアピール。

「じゃ、じゃあさ。ここは公平にたてたてよこよこまるかいてちょんで負けた方から、ということで」

「ええっ?」

 あ、し、しまった! 公平に=じゃんけんと考えて、じゃんけん→たてたてよこよこまるかいてちょんと結びつけたら、よく考えりゃたてたてよこよこまるかいてちょんは思いっきし早理佳のほっぺたをむにむにすることになるではないか!!

(こんなときに限って俺の頭は一体どうなってんだよぉぉ…………)

「……うん、じゃあそれで」

「いいのかよーーー!?」

「えっ? う、うん。あ、でも、変な顔見られるの、ちょっとはずかしいかな……やっぱり他のにする?」

(早理佳の変な顔……見たい)

「さ、早理佳がうんっていうことならこれでいこうぜぇ?!」

 悪魔の俺が勝ってしまった。天使の俺弱すぎ。

「やっぱりしちゃうの……? うん……市雪くんがそう言うならっ……」

 早理佳が戦闘態勢に入るべく、ちょっとこっちに寄ってきた。俺も……ちょこっと寄る。近い。

(早理佳の変な顔かどうかの前に、そもそも早理佳の顔をじっくり真正面から見る耐性が低かった……!)

 でもこうなったからにはやるっきゃない! そして勝って、早理佳から先にしゃべってもらい、少しでも俺の告白の材料を増やすべきだ!

 こうして空元市雪VS(ヴァーサス)結本居早理佳による戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた!!

 俺は右腕を少し引き構えを取る! 早理佳もぐーを作り戦闘態勢に入った!

「じゃーいーけーんーで、ほーいっ!」

 勝った!

「……あ、早理佳?」

「なに?」

「俺から提案しててなんだけどさ。本当に……いいか?」

「今そんなこと言うのっ?」

 早理佳笑っちゃった。

「一応~、聞いとこっかなー、てさー」

 早理佳が改めてこっちを見た。

「どうぞっ」

 許可が下りました。

「じゃ、じゃあ……失礼しまーす」

 じっとしている早理佳の左ほっぺた(俺から見れば右)を右手でつねるっ。

(うおぉぉーーー!! やんわらけぇーーーーー!!)

「ぶっ」

「もぉーぅっ、市雪くーんっ」

 早理佳がぷんぷんしちゃった。表情は笑ってるけど。いや顔片方伸びてるけどっ。

「すまんすまんこれやんの久しぶりだからさ」

「私だって小学生のとき以来だよぅ」

 小学生のときだったら、緊張することなく早理佳とこれやりまくれたんだろうなぁ。

「じゃーいーけーんーで、ほーいっ!」

「あ、また負けたっ」

 うっし勝ったぞ! では左手で失礼して。

「……ぶくくっ」

「こらぁーっ」

 早理佳が、早理佳がっ、早理佳ぶふくくっ。

「じゃーいーけーんーで、ほーちょきっ!」

 む、あいこだ。

「あーいこーでちょきっ!」

 またあいこだ。

「あーいこーでぱーっ!」

「あっ」

「きたぁーーー!! たてたてよこよこまるかいてちょん」

「ふみゅぅっ」

(あぁ~…………なんだよこの手先の感覚と半端ないどきどきっぷり)

 これが……これこそが、やっぱり、好き、ってやつ……かな……?

「え、えーこほん! それでは早理佳さん、どぞ」

「はーいっ」

 早理佳は両手をほっぺたに当てている。とてもいい表情である。勝者の余裕。

「……私ね。さっきも言ったみたいに、本当に恋愛のこととかよくわからなかったの。そしてそういう話をしていくうちに、恋愛も悪くないものかもって思えるようになってきて……でもじゃあ私が恋愛をするとしたらって考えると、やっぱりよくわからなくて。そういうことをしている自分が想像できないっていう感じかな……」

 早理佳はしゃべり始めたけど……戦闘するために接近したまま離れていないので、ち、近い。

「告白をしてくれたときも、二人とそういうことをしているときの姿を想像できなかったから、断っちゃったけど……改めて考えてみたの。だったらどういう私なら想像できそうなのかなって」

「ふんふん」

 早理佳は指先を軽く組んで下ろしてる。

「『お付き合い』って考えるから想像しにくかったのかもしれない。そこでね、『男の子と二人で一緒に過ごす』って考えたら……ちょっと想像、できたの」

 男の子と二人で一緒に、か。

「私のことを受け止めてくれて、私と一緒に歩いてくれて、私と一緒に楽しんでくれる……そういう男の子とだったら、一緒にいたいなって思えたの」

 俺をちょっと見てる早理佳。

「……そうしたらね。こういうときに男の子はどういう気持ちになるのかなって気になってきたの」

「ほぅ」

「隼人くんも源太くんも、私のことを、そ、その、かわいいって、言ってくれて、うれしかった……しっ」

 てれてる早理佳かわいいしっ。

「いろんなところを褒めてくれてとってもうれしかった。私と一緒にいたいっていう気持ちを思ってくれたこともうれしかったけど……その時に『私と二人で一緒に過ごす』っていうことをどのくらい考えてくれていたのかなって、ちょっと思っちゃって……」

 つまり早理佳の外見のかわいさとか能力とかよりも、これから先二人で一緒に過ごす時間のことをどこまで考えてくれたんやってのがよく見えなかった、みたいな感じかな。

「だからなのかな。半年、一年、二年三年……学校が変わっても、大人さんになっても、どういうふうに一緒に過ごしていくんだろうっていうのが、想像できなかったし……そ、その、そもそも二人のことも、よくわからなかったしっ。だからその、あの……」

「あーうんうんわあったわあった、さっきも言ったけど、やっぱ好きな人同士が付き合わなきゃなっ」

 早理佳は二回うなずいた。

「そういうことも思ったし……それで改めて考えてみたの。どういう人となら、どういう私なら、そういう未来を想像できそうなのか」

 早理佳かっけーな。

「……考えていくうちにね。あのね。あの…………」

 ちょっと上目遣いになってきた早理佳。

「……い、市雪くんは、そういうこと、どう考えているのかなぁって……気になっちゃって……」

 それで俺って言ってきたのか。

「市雪くんは、毎朝おしゃべりしてて、部活で一緒だし、小学生のときも仲良くしていたから、聞いてみても怒らないでしゃべってくれるかなあって思ったし、市雪くんはいろんな女の子と仲良くしゃべっているみたいだから、その、き、気になっている女の子とか、いるのかなぁとか、そういうことに興味とかないのかなぁとか……うん……」

 ずっと見てられます、上目遣い早理佳から。

「な、なんだかごちゃごちゃなっちゃったねっ。えっとね、それで……市雪くんのそういう話、聴きたいなあって……」

(……告白の判断材料を探してみたが……早理佳はこれだと、俺のことをそんなに悪くないという程度くらいで、告白しても断られちゃうんじゃ……?)

 俺は小学生の低学年こそは普通にしゃべって遊んでいたが、高学年くらいからなんか憧れるようになってそこからずっと今まで過ごしてきたわけだが、早理佳的には俺って小学生のころから知ってる男子の中では比較的しゃべりやすい方、とかそんな感じってことなんじゃ……?

 もちろんそれ自体はうれしいことだし、男子の中ではいい順位に位置付けてくれてるんだろうけど……じゃあ告白があればお付き合いしますっていうことに即つながりそうかといえば……うーん……。

 というか早理佳は未来に一緒に過ごしている姿が想像できるかどうかが大事なんだよな。それを思ってくれないことには、告白したってー…………だよな?

(くーっ! 本当に俺が告白していいのかー! 告白するべきなのかー! お付き合いすることが早理佳にとっていいことなのかー!? ぬおーっ)

「こ、こんな感じ。市雪くんのお話、聴いていい?」

 早理佳のターンが終わったようだ。

「わ、わかった」

 早理佳はちょっと座り直して、また指先を組むいつもの早理佳になった。

「……って言ってもさ、俺もちょっと早理佳と似通ったところがあるかな」

「そうなの?」

「ああ」

 ちょっと呼吸を整えるか。うし。

「正直俺もお付き合いするとかっていうのがよくわからない。でも俺の場合は……」

 ……ここで憧れとかはわかるっていう話を出したい。でもそれは目の前にいる早理佳本人のことになっちまうし。とはいえ早理佳もあれだけしゃべってくれたわけだし、俺もこういう話をしないわけにはいかない。

(……やるかっ)

「うん?」

 目の前に座っている早理佳が、俺をじっと見ている。

「……憧れる、っていうのは……わかってたんだ」

「憧れる?」

「ああ。急にさ、こう……思わず見てしまうとか、緊張してしまうとか、そういうことになってしまったというか。緊張するけどしゃべるだけでうれしいっていうか」

 早理佳を見ながら思い出していく。

「ついつい行動を気になったり、共通点があるとうれしくなったり、笑ってるとこっちも楽しくなったり。ひとつひとつのことがすごく大きく感じるようになるんだ。同時にどきどきもしてしまうが」

「市雪くんがそう言っているっていうことは……じゃあ、その憧れている人が……いる、の?」

 早理佳の質問に、俺は素直にうなずいた。

「そ、そうなんだ……」

 早理佳は組んでいた手を首の近くまで上げた。

「どんな人に憧れているのかな。教えてくれる?」

 早理佳です! と言ってみたいところだが、き、聞かれてるのは名前じゃなくどんな人かだもんな! うん!

「えっとな……まずとにかくかわいい」

「わあっ」

 この一言だけで、すでに早理佳の表情がぱあっとなっちゃってる。

「表情もかわいいし、姿勢とか仕草とか、声も性格もかわいい」

「そんなにもかわいい人なの?」

「ああ」

 きっぱり。

「その人はテレビの人? それとも近所にいる人や学校の人みたいに身近な人?」

 なんか質問して答え導けゲームみたいな展開?

「身近な人だな。学校にいる」

「学校の人……」

 早理佳考え始めたぞっ。

「性格もかわいいって言っているなら、その人のことをよく知っているっていうことだよね」

「ん、んまぁな」

 さすが早理佳、名推理さんである。

「だれなのかなぁ。私が知っている人かな?」

 うおっといきなり範囲が狭まるぞ!?

「知っている人、かな」

「そうなんだ~。私が知っているっていうことがわかるのなら、共通してよく知っている人なのかなぁ」

 うんうんたぶんだれよりも詳しく知ってる人だと思いますよ!

「……ふふっ。市雪くん、質問に答えてくれて、優しいなぁ」

「べ、別に、答えたくない質問だったら答えないだけだし……つまり答えてもいい質問なら答えるだけだし……?」

 早理佳ちょっとにこっとしてる。

「それじゃあ同じ学年なのかな?」

 おーっとかなり限られてきたぞ!

「そ、そうだな」

「わあ~っ。だれだろう。気になるなぁ」

 なんかうきうきしだしたぞ!?

「そ、そんなに気になるものなのか?」

「うん、気になるよ。だって市雪くんからそんなに褒められているんだもん。朝登校してて他の子を褒めているのは聴いてきたけど、そんなにかわいいかわいいって褒めていることなんてなかったもん。いいなあ……ちょっとうらやましい、かも」

 うらやましいという単語が出てきたぞ!?

「な、なんでうらやましいとかっ」

「市雪くんって、後輩からも先輩からも信頼されているっていう感じだもん。友達も多そう。たくさんの人から信頼されて、人を見る目がありそうっていうかな。市雪くんはうそとかつかなさそうだから、本当にそれだけかわいい人と思われているんだって考えたら、うらやましい気持ちも出てきちゃうよ」

 うらやましいっていうことは……つ、つまり……

「それって、つまり……早理佳もかわいいとか言われたいって、ちょっとは思ってるって……ことか?」

「えっ」

 早理佳がびくりとほんの少し跳ねた。

「……ど、どうなのかな。言われたらうれしいと思うけど、言われたいっていうのは……ど、どうなのかなぁ……」

 ちょっとくねくねしてる早理佳。結構いろんなパターンがあるんだな。

「……こほん。とにかくそういうやつがいるんだ。で、このことを女子としゃべってたらさ。女子ら的には『それが好きってことなんだよ!』とみんなから言われたよ」

「ふふっ。うん、そうかもしれないね」

 早理佳もその意見に賛成なのかっ。

「挙句の果てに『時間かけてもそこまで好きなんだったら告白しちゃえよ!』みたいな意見も続出でさぁ……ったく、他人事だと思って盛り上がるだけ盛り上がってこんにゃろっ」

「市雪くんがいい人だから、きっと応援したいんだよ」

 早理佳からもいい人評価いただきました。俺の人生は間違っていなかったようだ。

「それで……市雪くん。その好きな人に……告白、しちゃうの?」

 こんな近い早理佳がじっと俺を見てる。早理佳は近くで男子を見ても緊張しないのだろうか。

「……まぁ、あれだけの応援団がそろいもそろって告白しろしろとなったら、その勢いを受けて、しないわけには……な」

「そっか」

 早理佳の手はまた下りた。そういう筋力トレーニングありそう。

「そっかぁ。市雪くん、好きな人に告白しちゃうんだね」

 それを早理佳本人が言ってて……ど、どのタイミングで切り出せばいいんだっ。

「さ、早理佳的にもさ。応援団と一緒みたいに、告白……するべきだと、思う……?」

 本人になに聞いてんだろ。

「……市雪くんがそんなにいっぱい好きなんだもん。私も想いを伝えた方がいいと思うな。市雪くんは、その好きな人と……お付き合い、したいんだよね?」

 お付き合い……か……。

「……前のラブレタられたときの話とかにも言ったと思うけど、早理佳みたいに俺もお付き合いとかってよくわからなかったんだ。でもさっきの早理佳の話を聴いててもさ、俺もやっぱそういう一緒にいたい人となら、お付き合いってやつをしてもいいかなって思えたし」

 単純な話、お付き合いって、一緒にいたいからお付き合いってのをするんだよな。

「憧れだけは何年も重ねてきたしな。そもそもこんだけ盛り上げられていつまでも告白しなかったら、応援団から文句言われそうだし。いろいろ協力してくれたよ」

「優しいねっ」

 本人にあれこれ言ってる俺はほんとに優しいのかっ!?

「……でも……」

 また早理佳の手が上がってきた。ダンベル握ってたらムキムキコースだ。

「でも?」

「……うらやましいなあ。なんでこんなにうらやましいって思っちゃうのかな」

「そんなに思うのか?」

「うん。なんでなのかわからないけど……市雪くんからそんなに想われて……好きってすごく想ってもらえて……」

 えっ、さ、早理佳?

「いっぱいいろんなところかわいいって言ってもらえて、一緒にいたいって……お付き合いしたいってまで思ってもらえて…………」

「ちょ、早理佳っ!?」

 早理佳は手で涙をぬぐい始めた。早理佳が泣き始めてしまった。

「なんで、なんでなの。すごく気持ちがあふれちゃうよ。この気持ちは一体なにっ。なんでこんなにも……こんなにも……」

 俺、どうしたら。

「隼人くんと源太くんも、そのくらい強い想いで私に告白してくれたのかな。断っちゃったのに……なのになんで今、私、市雪くんのお話を聴いたら、こんなに…………なんでっ……」

「さ、早理佳っ」

「えっ、あっ、い、市雪、くん……?」

 とにかく、とりあえず、早理佳を泣き止ませないと。そう考えたら、早理佳を抱きしめたい気持ちがあふれた。

(な、泣き止んでくれるなら、嫌われるくらい、どってことない、さっ)

「い、市雪くん、だめだよ……」

(だめ、かっ……!)

「す、すまん、つい」

 俺はすぐに早理佳を抱きしめていた腕を離した。でも早理佳は首を横に振ったかと思ったら、今度は

「早理佳あ?!」

 早理佳から抱きついてきた! 思わず俺も反動で、また早理佳を抱きしめ直してしまったっ。

「……もっともっと。市雪くんに、かわいいって……言われたくなっちゃったよ……」

 俺のどきどきは大変な振動になっていた。

「……かわいい」

「えっ?」

 じゃあもう、言っちゃう。

「早理佳かわいい」

「い、市雪くんっ」

 早理佳が抱きしめてくる力を強めたので、俺ももうちょっと強める。

「早理佳めちゃかわいい」

「いっ、言われたいって言っちゃったけど、そんなに言わなくってもっ」

「ずっと早理佳がかわいいと思ってた」

「えっ、市雪くん……」

 さらに強めちゃう。

(このぬくもりが、早理佳のかわいさ……)

 軟らかくてかわいらしい早理佳を抱きしめた。

「えーっと? どこまで絞り込んだっけ? 同級生までだったっけ? その憧れてた女子ってさ、小学生のときから遊んでるんだよなー」

「そ、そうなんだ」

 トーンをちょっと戻す。

「でも高学年くらいになったらなんか緊張しちゃってあんましゃべりかけられなくなってさー。でも今同じ部活なんだよなー」

「えっ、吹奏楽部なの?」

「ああっ」

 ちょっと驚く早理佳に対して、俺はさわやか~に返事した。

「俺吹奏楽部入ったのもその女子の影響でさー。吹奏楽部入るらしいってのを知ったから俺も吹奏楽部入ったのさー」

「そんなことで吹奏楽部に入ったの?」

「そんなこととはなんだっ。俺はそのくらい憧れてたんだぞっ」

「ああっごめんなさいっ、そういう意味じゃなくって、音楽が好きとか楽器を演奏したいからじゃなく、そういう気持ちからだったんだねっていうことでっ」

「なんか文句あっか。ふんっ」

「ありませんっ」

 ちょっと笑ってくれた早理佳。俺の胸に顔を当てながら。

「同じ学年で吹奏楽部なんて、十人ちょっとくらいに絞れちゃうよ?」

「さらに。今年同じクラスになれてさー。毎日うきうきだよなー」

「同じクラス? もうほんのちょっとしか……い、市雪くん、強いよ……」

 弱めたげない。なぜなら。

「いやー……ひょんなことから朝一緒に登校してさ。ずっと憧れてたもんだから、そりゃうれしいのなんのって」

「朝一緒に……?」

「しかも一日だけじゃなく毎日だぜ毎日! 部活一緒だから朝練の日も一緒に登校だ!」

「……市雪くん……?」

「でもなー悲しいことに『一緒に歩いてるの見つかって茶化されるのやだから』ってことで曲がり角までなんだよなぁ。ま、玄関のドア開ければ毎日一緒に憧れの人と登校できるってなもんだから、それだけでもめちゃくちゃうれしいに決まってるけどさ!」

 早理佳のお言葉がなくなった。

「声かけろとかさー遊ぼうとかさー、いっぱい提案してくれてさー、こんなうまいこといっていいの!? って感じだよな! 制服姿もかわいいけど私服姿もかわいいよなー! 小学校低学年のときはそんなこと考えたことなかったと思うんだけどなぁっ」

 俺の背中に当てられている早理佳の手がちょっと震えてるかも。

「でさ? 露音とか楽和とか、智とか穂夏とか真緒子とか佳桜とかにこの話したらさ? まったくあいつらったらどいつもこいつも気合入れて手伝う手伝うってなりやがってさー」

 あれ、早理佳の震えが止まった。

「憧れてる女子が俺への印象どうか聞き出してくれたり、ジャブで恋愛話や昔話放り込んだり、手作りケーキ用意してくれたり、ばったり公園で会わせてから俺ん家で二人っきりにさせようと画策してくれたりもしたんだぜー!?」

「ええっ!?」

 さすがにここは早理佳も俺の胸から離れてめちゃんこ驚いた表情でこっちを見ちゃってる。でも手は離れていない。

「そこまで作戦練って実行してくれたそんなやつらだけどさ。作戦最後の行動は、俺がしなきゃいけないことになってるんだ」

「最後の……?」

「ああ。なんで俺がずっと小学生のときから憧れていた女子とそうまでして二人っきりにさせたか。それはさ」

 こんな早理佳の表情見たことないや。

「……告白しろ、ってさ」

 もっと驚いた表情を見せてくれている早理佳。

「ずっと早理佳のことが好きだった。また昔みたいにしゃべったり遊んだりできてとても楽しかった。趣味や空気感とか気が合う感じもあるし、もっともっと早理佳と一緒にいたい。てか俺の力ならきっと早理佳を楽しませてあげられるはず。よかったら早理佳の彼氏にしてくれないかな。俺と付き合ってください」

(……ふぅっ。言った)

 もう俺のどきどきはとんでもないことになっている。言った。もう後は……早理佳の返事を待つだけ。

(付き合えなかったらその時はその時だっ。付き合えたら……その時はその時だ……)

 早理佳はちょっとだけ震えてるけど、でも俺を見ている。いつもよりもだいぶと近い距離から。

「…………い、市雪、くんっ……」

「なんだ?」

 はい・いいえの前に名前呼び。

「……か、考えてるときにね。市雪くんとの未来なら、一緒に笑い合っているところ……ちょっと想像、しちゃっていたんだ……」

 急にてれ笑いを展開してきた早理佳。そんなもんかわいいに決まってる。

「……えへ。あれ、どうしよう。私、顔が緩んじゃってる。戻らないよぅ。なんでかな。すごくどきどきして、でも……すごくすごく、うれしい……ああもうどうしよう、お顔、変なお顔になっちゃうっ」

 はぁ……俺、やっぱり告白するなら早理佳しかいなかったなっ。

「……私、市雪くんなら……か、彼女さんに、なっても……いいかもかも」

「ぶはっ! かもかもってなんだっ。だったらほら、はいかいいえの返事をくれっ」

 ここで会心のギャグぶち込んでくる早理佳まじ早理佳。

「あっ、ごめんなさいっ。あ、じゃなくって……」

 またちょっと寄ってきた早理佳。顔もすごく寄せてきた。背中に当ててきている手の優しさが伝わってくる。

「……はいっ」

 今まで耳にしたことのないかわいさあふれる返事に、思わず俺は早理佳の唇へ重ねにいってしまった。


 ……こんなにいい感触。こんなにもどきどき。すごく、早理佳のことを大切にしたい想い。

 そうか。好きって、いいことなんだな。

 早理佳が俺の背中にある手をとんとんし始めた。俺は早理佳のこと好きだからもっと強めちゃう。

 今度は早理佳が手を俺のわきらへんに動かして少し離そうとしてきた。俺は早理佳のこと好きだからやめない。

 さらに早理佳が手を俺の胸らへんへ。俺は早理佳のこと好きだからやめない。

 さらにさらに俺のひざをぺんぺんしだす。俺は早理佳のこと好きだからやめない。

 ついにはわき腹

「ぶひぇひゃひゃ!」

「はぁっ、はぁっ、もぅっ……」

 こちょこちょには耐えられませんでした。抱きしめていた手も離しちゃった。

「……長すぎですっ」

「早理佳、好きだ」

「いちゆむぅっ」

 はいもう一度ー。


 もうなにもかもがかわいい早理佳。これだけずっと募らせてきた憧れの気持ち。実ったんだから、ずっと早理佳と

「ぶふぁふぇぃやっ!」

「はあっ……こらぁっ……!」

 コチョラー早理佳。いやなんでもない。

「早理佳のことがずっと好きだったんだ!」

「うれしいけどっ、わかったけどっ、でも長すぎるのっ」

 早理佳まっかになってぷんぷんしてる。

「しょうがないだろ! ずっと早理佳のことが好きで、やっと想いを伝えることができて、しかも早理佳が付き合ってくれるんだぞ! うれしくないわけないだろ!」

「だから私もとってもうれしいけど、長すぎるのってばあっ」

「嫌か!? 嫌なのか!? 長いのは嫌なのか!?」

「い……いやぁ、じゃ、ないけど……どきどきしすぎて、耐えられないよ……」

「嫌じゃないならいいよな!?」

「嫌か嫌じゃないかじゃなくて、だめなのっ」

「嫌じゃないならだめじゃないよな!?」

「だからだめだってばぁっ」

 どうしてもだめらしい。ちぇ。

「でもさ。本当にそのくらい、ずっと早理佳のことが好きだったんだ。うれしい気持ちはまじででかいからな」

 早理佳も改めて俺をぎゅっとしてきた。

「……市雪くんが憧れの女の子のお話をしているとき、すっごくうらやましく思っちゃった分、それが私への想いだったってわかったとき、私もすっごくすっごくうれしかった。だからたぶん、私も市雪くんのこと……す、好きだったのかもしれない」

 早理佳からもらえた好きっていう言葉。

「早理佳。もっかいくれ」

「えっ?」

「好きってもっかい言ってくれ」

「……きゅ、急に市雪くんが、かっこよく思えてきちゃったよ……」

「フン! どーせ俺はかっこよくないやい!」

「ああっ! ち、違うの市雪くん、かっこいいです、本当です!」

「フン! 早理佳がもっかい言わないんならこっちからもっかい長くするぞっ?」

「す、好きです、市雪くんっ」

「よろしい」

「あぁいちゆむうっ」

 みんなの熱烈なお手伝いもあったおかげで、俺が何年も抱いてきた憧れを、ついに抱きしめることができた。

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