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第七話  あの相談会からの二日後

 おとといの月曜日は早理佳からの相談、つまり早理佳が二人の男子からの告白があった日で、昨日のたぶん部活終わった後に二人に話しにいったんじゃないかな。

 帰りは別に普段から一緒には帰ってないから、この朝早理佳の顔を見るのが二人への返事をしてから初めて会う瞬間となる。

 どんな顔してんだろう。俺もまともにしゃべることできっかな。

 なんかごちゃごちゃ考えながらもドアを開けて、道に出た。

「おはよう」

「お、おはー」

 今日はもう着いてたのか。てか思いっきり家の前で待機してたんかいっ。

(表情を見る限りは、普通だと思うけど……)

「てか待ち伏せしてたんかーい」

「だめだったかな?」

「ぜひ待ち伏せしてください」

 ちょっと笑顔でしゃべれたかな。


 歩き出しこそ静かな出足だったが、表情自体はさほど……。

(まさか『やっぱり付き合うことになりましたいぇい!』なんて展開も!?)

 い、いやぁ~早理佳が言ったことをすぐに取り消すなんてあんまり考えらんないけどなー。でも可能性がまったくのゼロとも言い切れないし……。

(心なしかいつもより早理佳からの『市雪くんっ』が遅い気がする)

 でもでも別に黙ってのほほんしてるのも悪くないっていうかそもそもこうして横に歩けるだけでもかなりのごほうびだというのに楽しくしゃべるとかそんなの欲張りすぎっていうかいやしかし早理佳は早理佳で声かけてこい遊ぼうぜと誘ってくれてるわけだし俺もそれに応えたわけだしでごにょごにょ

(ちらっ)

 横目で早理佳を見てみたが、普通の表情で普通の姿勢で普通の速度で俺の横を歩いてる。普通にかわいい。

(あぁ~やっぱ俺から声かけなきゃいけないよなぁ。でもおとといの昨日で今日なんだぜ? なんて声かけてスタートすりゃいいんだ?)

 考えろ。考えろ俺! 俺は今考えなきゃならないぞ!

(とりあえず! 名前呼ぼう! そこから始めないとなにも動かないしな!)

 ここでひとつ、深呼吸。すーはー。

「早理佳っ」

「なに?」

 うおぉ、その笑顔に心が緩むぅ……いやいや!

「きょ、今日もいい天気だよな!」

「うん、そうだね」

 お空よりも早理佳の方が晴れやかですけどね!

(とりあえずこの短いやり取りの中では、早理佳はいつもの早理佳な感じだけど……)

「さ、早理佳っ」

「なあに?」

 くぅっ、なぜか今日はいつもよりも笑顔がまぶしく見えるような……いやいや!

「さ、早理佳はさ。かわいいよなっ!」

「えっ?」

 どあわばっ! ここで切り取ったらだめだ!

「だ、だから告白とかされるよな! そりゃそうだよな! ははっ! こ、これからも告白されるかもしんないけど、俺、いくらでも相談乗るからな! なっ!」

 伝えるだけ伝えたぞ。うんっ。

「……ありがとう。うれしいなっ」

(あーーーっだめだーーー! その顔の角度と上目遣いは俺の心にズッシュバッシュ!)

「市雪くんも、まただれかからか告白、されたら……相談、乗るね」

「ん? もうないんじゃないかな。きっとあれが最初で最後……」

「ええっ、そんなことないと思うよっ」

「今思えばそんな最初で最後の告白を断った俺。果たしてそれが正解だったかどうかは、神のみぞ知る領域……」

「そんなぁ。私で二回あったんだから市雪くんにもまた告白あると思うっ」

「それは俺が女子を引きつける力よりも早理佳が男子を引きつける力がでかいからさフッ」

「だって! だって市雪くんは……その……あの……」

 早理佳は手を……手を……そ、その動き! それはいにしえの伝承にのみ伝わる伝説の秘奥義、もじもじではないのかーっ!?

「……すてき、だから……」

(ドシュゥーーーッ)

 俺の心にでっかいなにかが打ち込まれた。

「こ、この話はやめよう! 寿命に影響する! さて次の話だが! 桃が十円ガムで当たり引いたってよー!」

「そうなの? すごいねっ」

 なんっっっだ今の衝撃。息苦しいぞ……!?


 俺は三年一組の教室にやってきた。

(……源太はまだいないな)

 ま、まぁ遅かれ早かれ会うことになるんだろうけど。

 とりあえず俺は自分の席へ。

「市雪」

「おはーん? なんだ?」

 イスに座りながらセカバンを机の右横フックに掛けるまではいつもの動作の流れだが、露音がいきなり声をかけてきた。と思ったらおぉっと本日もひそひそモードですか。

「……あんなに落ち込んだ隼人を見たのは、初めてかもしれないわ」

「あ、ああ。そうだったのか」

 やっぱりなぁ。そりゃそうだよな。

「そういうことも、あるわよね……」

「まあ、な」

 露音がまじめな顔をしたまま止まっている。

 なんかこう、いたたまれなくなったので、やっぱり手を伸ばして露音の頭をぽんぽん。

「……やめなさい」

「はい」

 一瞬で却下された。でも表情は穏やかだった。そのままなにも言うことなくひそひそモードを終えて元の姿勢に戻った。それでもしばらく俺を見ていたので、俺もとりあえず露音見とこ。

「おっはよぉー! 今日も元気かぁーい!?」

 俺と露音の間に現れてそれぞれの肩に手を乗せてきたのは源太だ。

「お、おはー」

「おはよう……」

 俺と露音は源太を見上げた。

「いやぁー今日もすばらしい一日が始まるというものだね! 愉快愉快!」

 なんか津山みたいなキャラになってる?

「……あなた……まさか、ひょっとして……」

「どうしたどうしたそんな驚いたような顔してー! 奥街、お前もいい男見つけろよ! せっかくの美人なんだからよ!」

 露音の肩をぽんぽんしたら、源太は自分の席に着いた。そこでまたひそひそモードを展開させた露音。

「……隼人より倉島を選んだということかしら……」

「あ、いやぁー、それはどうだか……」

 えっ? でもそうなのか? 源太はへっちゃらな様子だが、しかしあの時早理佳は二人とも断ると……?

「選ぶのは早理佳ちゃんの好きな相手で、いいわよね……こ、好みというのは、よくわからないものね……」

(その言葉はどういう方向で受け取ったらいいんだっ!?)

 露音はひそひそモードを終了させた。視線が落ちている。

「奥街!」

「ひゃっ! 急に大声を出さないでちょうだいっ」

 今度は楽和が現れた。

「どちらもポイントがまだなく、この盤面で敵がダブルを仕掛けてきた! どうする!?」

 相変わらずのバックギャモン好きである。

「そうね……わたくしなら受けて立つわ」

「そうか」

 ……ん? 俺には聞いてこないのか。だいたいこのパターンだと『空元はどうだ!?』が飛び込んでくるんだが。

「……奥街!」

「なによ。答えたわよ」

 気合入れて露音を見ている楽和。

「……す、好きな食べ物はなんだ!」

(ほげえーーーーーっ!?)

 露音も鳩が豆グレネードランチャーくらったような顔をしている!!

「そ、そうね。ティラミスかしら。ミルフィーユも好きよ」

 露音は一瞬俺に視線を向けた! 俺も驚きを隠せない顔を露音にそのまま向けた!

「てぃら……みるふ……なんだそれは!」

「ティラミスはビスケットかケーキにコーヒーを染み込ませた物とチーズが入ったクリームがいくつか層になって重ねられているデザートよ。ミルフィーユもパイとクリームがいくつか層になっているデザートね」

「層……重なる……つまりそれはこういうことか!」

 楽和は持っていた携帯型ギャモンボードから超小型サイコロとダブリングキューブを取り除き、ボードを90度回転させ、少し斜めに立てた。駒はマグネット式なので落ちない。

「どういうこと、かしら?」

 なんか押され気味の露音おもろいぞ!

「ポイントの三角形が色違いで重なっている! つまりこういうことか!?」

 そう来たかぁ……恐れ入ったぜ。

「え、ええ。そうとも考えられるかもしれないわね」

「そうか! 食べたい! どこに行ったら食べられる!?」

「スーパーでも売ってると思うけど……わたくしが昔からお気に入りにしてる洋菓子店のティラミスはとてもおいしいわ」

「おすすめなのか!」

「そういうことになるわね」

「どこにある!」

「駅から反対の方向に歩いて少し団地の中へ入ったところにあるわ。初めて行くには迷うかもしれないから、興味があるなら案内してあげてもいいわ」

「本当か! ケーキも三角形だからな! バックギャモンとは縁が深い! 連れていってくれ!」

 なんでもありやな!

「ど、どのくらい縁が深いのかはわからないけれど……わかったわ。早速今日にでもどうかしら」

「行く! 今日行く! 部活終わった後げた箱に集合な!」

「わかったわ」

 おー……バックギャモンにこじつけてる感はあるが、それでも洋菓子店に楽和が行くってのはレアシーンな気がしないでもない。

「空元も来るか!?」

「ぉ俺?」

「そうだ! この話につながったのは空元のおかげだ! ついてこい!」

「なんか後半命令口調になってんスけど!? まぁ用事もないし、わかった」

「げた箱な! 来いよ!」

「わあったわあった」

 楽和がめっちゃキメ顔してから離れていった。

「……市雪。あなた何を楽和ちゃんに教えたのかしら」

「別に大したことは……自分のギャモンボードだけじゃなく相手の持ってるギャモンボードで戦うのもおもしろいだろとか、そんなことかな……」

「はあ?」

 口調ではそんなだったが、さっきの隼人の話よりもだいぶと表情が明るくなったのはよかった。

(まさかっ。楽和は遠くから露音の表情を見てあえてバックギャモンネタを使って……!? いやいやいやまさかそんなまさかな)

 ここでちらっと源太を見てみた。

 机に右ひじついて、あごとほっぺたが手に乗せられていた。顔は向こうを向いていて表情はわからない。


 朝にあんなことがあったが、それ以外はいつもの一日が流れていった。

 隼人を眺めてみたが……う、うーん、どうなんだろう。ここからだとそこまで変わった様子はないが……

(まぁ隼人については明日の朝早理佳に聞いたらいいか)

 早理佳もいつもな感じだったと思う。

「市先輩、佳桜のお父さんとお母さんがサックスメンバーに会いたいと言ってます。どうしますか?」

 サックスメンバーで集まって片付けしている中、穂夏がそう聞いてきた。

「俺らに会いたい? なんでだ?」

 佳桜も近くにいるので聞いてみた。

「部活の様子を聞かれたので、先輩たちはいい人だよって答えたら、これから三年間お世話になる人たちだから会いたいって。だ、だめだったらだめでいいですよ! お父さんとお母さんのためにわざわざ集まってもらうのもあれですし!」

 佳桜はあたふたしている。

「俺は別にいいけど。みんなは?」

「あたしも構いません」

「あたしはむしろ会いたーい! ウェルカム!」

「私も大丈夫ですっ。みんなが行くなら私も行きますっ」

 さすがはこの三人組。ノリいいぜ!

「とのことだ」

「ほんとですか! ありがとうございます! 今度の日曜日とかどうですか?」

「俺は大丈夫だ。みんなは?」

「構いません」

「むしろ他の用事蹴ってでも行く!」

「えっとえっと、大丈夫です。行きますっ」

 一瞬で決まったぞ! これぞチームの絆?

「ありがとうございます! 突然すいません。伝えておきますね!」

 佳桜はぱあ~っと明るい笑顔を振りまいていた。


 それから時間や待ち合わせ場所などが話し合いながら決められた。一時に学校の正門前ということになった。

(休みの日にこのメンバーに会うのって、初めてだよなぁ……?)

 同じ中学校に通ってるってことはそこいらですれ違ってもおかしくないはずなんだが、外で会ったことはないなぁ。特に夏祭りとか会いそうなもんだが。


 日曜日はそれとしてっと。今日は楽和と露音とバックギャモンティラミスを見にいく会だ。バックギャモン扱いしてるのは楽和だけだけどさっ。

 準備室で楽器ケースを棚に片付けてーっと。この木製の棚めちゃんこ楽器出し入れされてるから、ちょっと木がはげてんだよな。

「市雪くん、帰るの?」

「ああ。なんだ?」

 早理佳が声をかけてきたっ。棚に片付けたので早理佳の前に立った。

「ちょっとおしゃべりしたいなって、思って……」

 指先が両指同士軽くクロスさせられている。

「あー、すまん。俺今日用事あってさ」

「あ、ううん、大丈夫。ごめんね」

 ここは準備室だ。周りに片付けってる学生がいっぱいいるが、俺は高速で顔を近づけて、

「明日の朝な」

 とだけ言ってすぐ顔を離した。

 早理佳はちょっと笑顔でうんうんうなずいた。

「じゃな」

「ばいばい」

 俺は早理佳に見送られながら音楽準備室を出た。

 本当なら早理佳のお誘いを優先したい気持ちもあるが、早理佳は毎朝会えるからな。単純にしゃべる時間ができるだけじゃなく、こういう利点があったとは……。


 さて、げた箱にやってきたぞ。結構早く片付けてここに来たと思うが、二人はもういんのかなー?

「来たか!」

 楽和がすでに靴を履き替えてやる気満々。今日も両手を腰に堂々としたポーズで立っている。ちっちゃいけど。

「露音は?」

「まだだ」

 露音はバドミントン部だったよな。てことは旧体育館か。

 この中学校には体育館がふたつある。ひとつは校舎の横にある新体育館。もうひとつは裏門から出てすぐのところにある旧体育館だ。

 確かに新体育館っていうくらいなんだからそっちが後に立てられたわけだが、もういっこが旧体育館っつってもそっちの方がでかいし、リニューアル? リフォーム? リノベーション? なんか全面改造されたから使い心地は悪くないらしい。冷暖房もあり。吹奏楽部的には移動がめんどいからほとんど使われることはないが、文化祭の舞台発表はその旧体育館で行われるので、年に一回はそっちで本番がある。

 学校やってない時間は地域のスポーツクラブみたいなのが使っていることもある。

「バドミントン部って旧体育館だよな。こっち来るまでに少し時間かかるかもな」

「バックギャモン部みたいな響きだな!」

「おめぇはなんでもかんでもバックギャモンだなおい」

 そこでそんなキリッとさせられましても。


「待たせたかしら」

「待った!」

「そこストレートに言うんかいっ」

 露音は「待たせたわね」とちょっと笑った。

「んじゃ行くか」

「行くぞ!」

「ええ」

 駅の方面ってことなので、俺たち三人は裏門へ歩き出した。

「あれ、だったら待ち合わせは裏門でよかったんじゃ」

「そんなのどこでもいいわ」

 さすがの露音さんの貫禄かんろく


 なーんか妙な組み合わせというかなんというか。

 そりゃ露音とは少しは遊んだことあるけど、学校帰りにこの三人の組み合わせってのもなかなかなぁ。特に楽和なんて露音のとこで一回・兵次のとこで一回バックギャモンをしたことがあったくらいだっけ? あれどっちも一年生のときだっけ。中学の。

「楽和ちゃん」

「なんだ!」

「わたくしに好きな食べ物を聞いてきたけれど、楽和ちゃんの好きな食べ物は何かしら」

 その質問しちゃったかー。もう楽和のペース入るぞー。

「ピザ!」

「どんなピザが好きなのかしら」

「丸いピザ!」

「丸い? どうしてなのかしら」

「切るとそろった三角形になる! 横に並べるとギャモンボードみたいだ!」

「な、なるほどね……」

 うんわかる。わかるぞ露音、その気持ち。

「おすすめのピザはあるのかしら」

「む。丸かったらなんでもいいぞ?」

 おいそのセリフピザ職人の前で言うなよ!?

「あまり具材や味、作り方にこだわりはないのかしら」

「チンして食べるピザでも好きだぞ!」

 おいしいよな。なんで冷凍の焼きおにぎりってあんなにおいしいんだろう。

「確かに侮れないところはあるわ。便利なだけでなく、調理次第でいくらでもおいしくなる可能性も秘めていて、なかなかおもしろいわね」

「露音は冷凍食品ひとつにもそんな深く考えて向き合ってんのか?」

「深いかしら? お母さんが料理へのこだわりがあるから、それを見てきているだけだと思うわ」

「へー」

 露音ってほんとひとつひとつのセリフがかっちょいいよなー。学校内ではちょっとずつしかしゃべらないから、こうしてじっくりしゃべるとよりかっちょよさを感じるぜ。

「わたくしのきょうだいは四人いても、女はわたくしだけ。そのせいか小さいときからよく料理を手伝わされたわ」

「露音は料理が得意、と……実は楽和も料理得意だったりするか?」

「少しはできるぞ!」

「おおっ、なんだ楽和も女子らしい家の過ごし方してるんだなうんうん。どんな料理ならできるんだ?」

「丸か三角か四角に切るのが得意だぞ!」

 そのみっつの形を聞いて嫌な予感が駆け巡ってきた。

「へー、切るのが得意なのかー……ちなみにー……理由はー……まさかー…………」

「チェッカーとポイントとダイスなんてたくさん触ってきたからおちゃのこさいさいだ!」

 うん。うん。だよね。うん。露音もちょっと笑ってるし。

「切る以外にも料理できるかー?」

「できる! 入れ物の中に入れて振るのなんて大得意だ!」

「めっちゃ限定的やないか!」

 そりゃ俺たちなんかよりダイスカップのシェイクを何倍もしてきたんだろうけどよぉ!

「まだ他にあるか?」

「人数分を均等に分けるのも得意だ!」

「なんでそれをそんな胸張って言ってんだ……一応理由を教えてくれ」

「ポイントマッチにおいてダブルの計算なんて常識だ!」

 俺は思わずこめかみに手を添えた。露音の笑い声が聞こえている気がする。

「なぁ楽和。一日バックギャモン言葉なしで過ごせって言われたら、どうする?」

「なんだそれは。どうもしない。そんなルールを言ってきたやつとバックギャモンで勝負して、負けたらそのルールを受けてやる!」

 俺は両手で頭を押さえた。やはり露音の笑い声が聞こえている気がする。

「……楽和は毎日がさぞかし楽しいんだろうな」

「楽しいぞ! 学校にバックギャモンできるやつがたくさんいて楽しいぞ!」

 俺は露音を見た。口元に手を添えながら笑みがこぼれている露音がそこにいた。


 俺と楽和が露音についてって歩いていたら、駅までやってきた。地下連絡通路を抜けて駅の向こう側へ。

 この向こう側にはあんまり行く機会がなく、そっち側に住んでる友達んとこに遊びにいくとかだったらたまに来るという程度かな。


「そろそろ見えてくるわ」

 駅ゾーンを抜けて住宅地に再び入ってきた俺たち。

「あれよ」

「あれか!」

 ほんと住宅地で普通に他の家に紛れて立っている感じのお店だ。

 ピンク色のヒラヒラが入口の上にかかっているくらいで、建物自体はクリーム色な壁ってだけであんまりお店っぽくはない。大きな窓とかガラスのドアとかはあるんだけど。

 とはいえ敷地は団地の区画ふたつ分を使ってるみたいなので、こじんまりっていう感じでもない。車も少しは止められるみたいだ。

 大きな木の板が壁に掛かっていて、そこに書かれてある文字列がここの店名ってこと……かな?

「カヅェア・トモセーラ?」

「そうよ」

 何語?

「行くぞ!」

 楽和はずんずん入っていった。


 ドアを開けるとチリンチリン。なんか風鈴の音みたいなのがする。いや吹奏楽部的にはウィンドチャイムっぽいというか。

「いらっしゃいませ!」

 奥からコックな帽子をかぶってコックなエプロンをしていかにもパティシエちっくなおじさんが現れた。ややがっちり気味の体型。ひげ生えてる。ガラスケースにはたくさんの小型のケーキが並んでいる。種類は豊富だけど一種類につきひとつふたつずつくらい。

「そこのおじさん!」

「なんでしょうかな?」

「ちょっと待て!」

「ええ待ちますとも」

 初対面のおじさんに向かってなんちゅー命令口調! てかなにバックギャモン出してんだよぉー!!

「こんにちは」

「これは! 露音お嬢様ではありませんか!」

「お嬢様!?」

「昔からそう呼ばれてるだけよっ」

 思わず俺は振り返ってしまった。

「すると、こちらの方々は、露音お嬢様の御学友で……?」

「ええ。楽和ちゃんと市雪よ」

「どもー」

「やあ」

 俺はぺこり。楽和は声だけ発して手は駒動かしてやがるっ。

「それはそれは。私はここカヅェア・トモセーラの店主をしております、辺井戸へんいど透吉とおきちと申します。よろしくお願いいたします」

「よろしくな!」

「ども……」

(ん? 辺井戸って、学校から徒歩圏内で辺井戸って……まさかー……)

 チリンチリンがもう一回鳴った。次のお客さんが入ってきたみたいだ。

「たっだいまー!」

(うぇっ?! この声!)

「おかえり智。学校の人が来てくれたところだよ」

「うちに来てくれてありがうぇ~~~!? 空先輩じゃーん!」

「や、やぁ智」

 超びっくりしてる智! 俺も心の中じゃそんくらいびびってるっ。

「っていうか露音さんもいるじゃん!」

「こんにちは」

「なんだ知り合いだったのか?」

「ここのおじさんとは長い付き合いなのよ。娘さんのことも知っているわ」

「俺の知らないところでそんなつながりがっ!」

 なかなかびっくりさせていただいたぜ!

「そこの子は知らないよー」

「楽和のことは知らなくても問題ないぞ」

「そこの女子!」

「うぇ、あたし?」

 とか言ってるそばから楽和がギャモンボードの配置が済んだのか、智にずいっと近寄った!」

「この場面、黒の手番、4・5が出た。どうする!?」

 この角度からじゃ盤面が見えないが、またいつもの質問をしているようだ。

「え、な、なにこれ? 言ってる意味がさっぱりわかんないんだけど」

「なんと!!」

 この角度からじゃ楽和の表情が見えないが、その声でいかにショックを受けたかがわかる。

「そこのおじさん!」

 くるんと向き直ってから今度はパティシエおじさん……というか智の父さんへ。

「どうしました?」

「この場面、どうする!?」

 ガラスケースはなかなかの高さなので、楽和が頑張って腕を伸ばしている。そこまで頑張るものなのかバックギャモン……!

「これは……なんですかな? サイコロを使うゲームのようですが……」

「そんな!!」

 楽和の表情を見ることができた。うん。楽和にとったらバックギャモンを知らないことはそこまで衝撃的なことなんだな。

「なんということだ……信じられない……ティラミスというお菓子を作っている人がバックギャモンを知らないなんて……!」

「いやそんなケースくらい充分考えられる範囲だろうに」

 楽和は静かに携帯型ギャモンボードを閉じて、スカートのポケットにしまった。

「今日はこの子にティラミスを食べさせにきたの。あるかしら」

「ええもちろんありますとも」

「楽和ちゃんはそれでいいのかしら」

 楽和は無言でうなずいている。

「じゃ俺チョコケーキ。こっちの上に乗ってるのがほろほろしてるやつ」

「こちらですね」

「そうそうそれそれ」

「では、わたくしは季節のプリンアラモードで」

「ありがとうございます。こちらでお召し上がりですか?」

「ええ、お願いするわ」

 露音は注文するときですらかっちょいい。

「かしこまりました。智、手伝ってくれるかい?」

「はーい! 紅茶いれたげるねー!」

「ぇ、智そんなことできんの?」

「失礼しちゃうよー! 父さんの娘を何年やってると思ってんのー! ぷんぷん!」

「あいや、俺部活の智しか知らねーし」

「じゃ今度からも来てよねーぷんぷん!」

「へいへい」

 智にぷんぷんされてしまった。


 この洋菓子店は中で食べることもできるんだな。智のおうちだってことも一緒に覚えておこう。

 智に席を案内された。白いテーブルクロスが敷かれた円形のテーブルで、よっつイスがあったが智の手際によってひとつよけられた。すぐに荷物置きに使えと編みかごがみっつイスの横に置かれた。なお今は俺たち以外に店内で食べてるお客さんはいないみたいだ。すぐ次のお客さんが入ってきたが、お持ち帰りのようだ。

 しばらく待ってるとセーラー脱いでカッターシャツに腕まくり姿の智が現れて紅茶が出てきた。透明な容器で縦長の……なんちゅーか、でかいビーカーに金具付けて立たせたみたいなやつ。カップは青色と金色のラインが入っている。ソーサーもただのまんまるじゃなくちょっと模様みたいなのが付いてる。おしゃれぇ。

「それにしても空先輩が来てるなんてびっくりだよー! 今日来てくれるんなら言ってくれたらよかったのにー!」

 智が紅茶をカップに注ぎながらそう言ってる。

「俺だってびっくりしたわいっ! 露音に連れられて来てみたら、まさか智ん家だったなんてな!」

「知らなかった? 今度からいっぱい来てねっ!」

 ウィンクして舌出してる。似合うっちゃ似合う。

「お、覚えておくよ。露音もよく知ってるところらしいし」

「お祝い事のケーキはいつもここで予約をするわ。頼んだようにしてくれるし、毎回凝って作ってくれていて楽しみにしているわ」

「露音さんはうちのお得意様だよー! 今後ともごひいきに~」

 露音のカップに紅茶を注ぎながら商人あきんどになってる智。

「こちらこそよろしく」

 楽和は落ち込みが収まったのか、普通の表情で俺たちを見てる。

「よろしくぅ~」

「よろしくな! バックギャモン覚えたら教えてくれ!」

「ばっ? な、なに?」

「バックギャモンだ! ばっ・く・ぎゃ・も・ん!」

「よくわかんないや! 紅茶なくなったら言ってねー! ね、あたしもおしゃべりに混ざっていい!?」

 透明紅茶ポットがテーブルの真ん中に置かれると、その体勢のまま俺に聞いてきた。

「俺はもちろんいいけど、露音や楽和は?」

「もちろんいいわ」

「いいぞ……」

 楽和はテーブルに顔をつけて落ち込み度をアピールしながらだったが、みんなおっけーだった。

「わーい! 空先輩と楽和ちゃんの間に座ろーっと!」

 さっき即片付けられたイスが即戻ってきた。三等分のスペースで俺たちが座っていたところに智が入ってきたので、なんだか連合軍三対露音一の勢力図みたいになっている。

「あたしも飲もっと」

 と思ったらすぐに立ち上がる智。なんちゅーか元気だなぁ。部活で全力なのに家でも全力なのか。


 智が自分の分の紅茶カップを持ってきてついでいたら、智パパが現れて、それぞれの前に注文したデザートが運ばれた。うぉー俺学校帰りになんちゅー贅沢してんだろうかっ!」

(こ、これはあくまで視察である! 一度行けば今後の参考になるからな! うん!)


「手を合わせましょう! ぺったん」

 ぺったん。

「いーたーだーきーまーす!」

「いただきます」

「いただくぞ!」

「いっただっきまーす!」

 ってなんか智の分まで運ばれてるぅ~!? チーズケーキみたいだ」

(では。いざっ)

 ちっちゃめのフォークでぶすり。切って~乗せて~ではもぐもぐ。

「ふぉ~……これはうめぇチョコケーキ!」

「おいしいわ」

「おいしー! うちの父さん今日もてんさーい!」

 ほろほろってるチョコとスポンジのチョコの舌ざわりとなめらかな味がたまりません!

(ちらっ)

 とまぁ俺はともかく、本日のメインイベント、楽和の反応を俺と露音は注目した。楽和がティラミスを食べたぞ。上にまぶされていたココアがお口にちょっとついてる。

「どうかしら」

 露音が聞いたその瞬間! 楽和の目が見開かれた!

「う…………」

「う?」

「うまいっ!! うまいぞこれは! なんだこれは!」

 あれ。おかしいな。楽和が言うと妙な説得力を感じるんだがっ。

「それがティラミスよ。それにここのお店のだからおいしいティラミスよ」

 楽和は感動しているようだ! 進むフォーク!

「空先輩チョコちょーだーいあーおいし!」

「うぉ?!」

 なんという早業! それも洋菓子店で鍛えられたフォークさばき!?

「はい、こっち食べていーよー」

「う、うむ。ではうめー!」

 このまったりしっとりしながらもいっぱい香るチーズ! 俺チーズ好きなんだよなぁ。

「チーズといえば楽和、ピザ好きなんだよな?」

「好きだ!」

「じゃあこのチーズケーキも食べさせてもらったらどうだ? チーズ入ってるぞ?」

「チーズが入ってるかどうかは重要じゃない。切れば三角形になるかどうかが重要だ! それ三角形だから食べたい!」

「いやそれ言い出したら大抵のケーキ三角形に切れんじゃね?」

「いーよー、はいどーぞ!」

 智のチーズケーキを食べる楽和。

 そしてまた見開かれる楽和の目!

「う、うまい!! こっちもうまいぞ! 奥街、この店うまいぞ!」

「そうね」

 みんな笑ってなんて平和な空間なんだろうか。


「空先輩~」

「ん? なんだ?」

 妙なトーンでしゃべってきた。

「サックスでも女の子ばっかり相手してるのに、部活じゃないとこでも女の子ばっかり相手してるんだねぇ~」

「ぶへっ! なんじゃいその言い方っ!」

 俺は慌てて露音の方を見た。

「べ、別にクラスじゃ女子ばっかとしゃべってるってわけでもないよな!? な!?」

「そうね。たまに男の子としゃべっているところも見かけるわ。たまに」

「この状況でそこ強調すんなよ!」

 露音はちょっと笑ってるが、智の目が細まってる。

「楽和! 俺は源太と一緒にバックギャモンの質問に答えてるよな!? な!?」

「私はバックギャモンができるなら、空元は女でも男でもどっちでもいいぞ」

「今のはノーカンでお願いします」

 楽和は相変わらずぶっ飛んでいた。

「ほぉ~? あたしから見てもぉ~、つぅ先輩としゃべってるよりも、ゆも先輩としゃべってる方が多いと思うんだけどなぁ~?」

 つぅ先輩とは津山のことだ。ゆも先輩とは結本居さん家の早理佳ちゃんだ。

「つ、津山に関しては楽和みたいに一人でぶっ飛んでるタイプだろーがっ」

「一人でぶっ飛ぶのが私みたいとはなんだ。バックギャモンは二人か四人でするものだろう。それに津山の戦い方は」

「楽和ティラミス食べとけ」

 楽和がほっぺたふくらましてる。実にほほえましい。

「空先輩モッテモテだぁ~ひゅーひゅー!」

「うおぉおいっ!」

 なんという智の指のピンと張り具合。

「空先輩、そんなに女の子に囲まれてたらぁ~、だれか好きな子いるとか!?」

「ぶほっ!」

 おいおいなんか変なゾーン突入しちまいそうだぞ!

「確かに市雪は女の子とも自然としゃべっているわね。よほど慣れているのかしら」

「ナンパ常習犯みたいな言い方になってねぇ?! 吹奏楽が女子多いから慣れてるってだけでしょー!?」

 露音そんなにおもしろいんかいっ。

「空元はよくバックギャモンの話をしてくれるぞ!」

「楽和はむしろバックギャモン以外の話をしてくれ」

「バックギャモンはおもしろいぞ?」

「そうだな。そうだよ。そのとおりだなまったくウッウッ」

 楽和は上機嫌になった。

「空先輩はー。露音さんと楽和ちゃんだったら、どっちがタイプ?」

「ぬほぉ!?」

 あんた本人目の前になんちゅー二択押し付けてんだぁ?! 露音はもちろん楽和すらもがこっち見てっし。

「た、たた、タイプとか、そんなさぁ、本人いる前で……ねぇ?」

「気にしないで答えてくれていいわ」

「おぅ……」

「相手の得意な打ち方を分析するのも大事なことだ。答えていいぞ」

「ぅおぅ……」

「だって! さぁどっち!」

 くぅ……一対三じゃあなあ……仕方ない、なんとかして答えるか……。

(んー……好みのタイプ、ねぇ……露音は立ち振る舞いがかっこいい感じで、楽和はものっそポジティブな言い方をすれば臆することなく自分をさらけ出すタイプだ。どっちも芯は強そうだ。見た目的には……露音はやっぱぴしっと立ってひとつひとつの所作が自然にかっちょいい。楽和も違う意味でぴしっとしているが、片意地張らずに相手と接しているようだ)

 俺は露音と楽和をちらちら見ながら考える。

「ずいぶん真剣に考えてくれてるのね」

「時間切れで負けるのはもったいないぞ?」

(てかそもそも楽和って終始バックギャモンネタって時点でタイプじゃなくね? いやぁでもこの前ちょっとしゃべったバックギャモンネタが入らない楽和は結構心に響いたしなぁ。んでもそれはあくまで特別な瞬間であって、普段の様子から考えれば、やっぱり安定の露音だろうか……んやぁ世の中にはギャップ萌えという単語も存在するらしいし……)

 ちらちら。

「空先輩早くぅ~。男らしくびしっと決めちゃいなよー!」

「べ、別に俺男らしさに磨きかけてねーし」

 智めっちゃにやにやしてやがるしっ。

(お、男らしいかどうかはともかく。よしっ)

「い、言っとくけど、智から言われた二択のうちで答えるだけだからな! いいな!」

 とりあえず断りを入れておいてこほん。

「……露音の方が、タイプ、かな」

 俺がそう言った瞬間、智は顔が緩み、楽和は表情変えず俺を見たままで、露音はうっすら笑ったままという意味で表情変えず俺を見たままだった。つまり二人とも表情は特に変わっていないという。

(俺は一体なにを真剣に考えていたんだっ)

「おほぉ~! 露音さん、感想どうぞ!」

「モテモテの市雪に選ばれたのは光栄ね」

「モテモテゆーな!」

 露音、余裕の笑み。

「楽和ちゃん、選ばれなかったけど、感想どうぞ!」

「自分と違う戦術を使う相手と対戦することがほとんどだからな。特に感想はないぞ」

 そのセリフはそれはそれでちょっと複雑だぞ。

「露音さんのどんなところがタイプ?」

 ちらっと露音を見たが、普通にこっち見てた。こんな話題なのに。俺ちょっとため息。

「……まずぴしっとしてるとこ。いちいちかっこいい。それでいて賢いからその精神力は尊敬する。あとこれは楽和とかぶるけど芯がしっかりしてる。バドミントンやってるのもかっこいい。やってるときの姿は見たことないけど。こんなとこか?」

 俺は露音を見ながら思ったことをそのまましゃべった。

「そんなにわたくしのことを評価してくれていたなんて、意外だったわ」

「なんで意外なんだよっ」

「もっと普通の女の子として接してくれてると思ってたからよ」

 なんか、変わった返し方?

「露音が普通? そんなかっちょいいのに? 智くらいはっちゃけてたら普通に入るかもしんないけど」

「あたし普通~?」

「横を見ろ。あいつに比べたらずいぶん普通だぞー?」

「そっかなー? まー楽和ちゃんかわいいからあたし普通かー!」

「かわいい? 私が?」

「うん! めちゃくちゃかわいいー!」

 俺女子としゃべることは慣れてるかもしれないけどさ、自分は女子じゃないから女子の抱く気持ちまではそこまでわからないと思う。でもかわいいと言われてそんなみけんにしわ寄せる女子がいるのか?

「悪い気はしないが、ナイスロール(いいダイスの目だ)と言ってくれた方がうれしいぞ」

「ちったぁバックギャモンから離れろやぁ!」

 ひとっつもブレない楽和であった。

「じゃ空先輩! サックスメンバーであたしとほなちゃんと真緒ちゃんと佳桜ちゃんだったら、だれ選んでくれるー?」

「なんで第二弾があんだよ! てかそのメンバー横の二人に通じねーから!」

 さすがにこんなわかんねー人物並べられてもつまんないっスよね!?

「遠慮せず語ってくれていいわ」

「相手によって戦術を柔軟に変えるもよし、自分の戦術を極めるもよし」

 相手が悪かった。

「ほらほらだれだれー?」

「そんな俺なんかの話を聞いてておもしろいか……?」

「おもしろいよ!」

 智めっちゃ顔ジャキィーンって感じだし。

「男の子のこういう話は普段聞かないから貴重な意見として参考にするわ」

「空元の部活の人たちか? どんなギャモン好きがいるか楽しみだな!」

 俺は静かに両手で顔を覆った。

「ほらほらっ。ここにはあたししかいないからさ! 遠慮なくばーんと言っちゃって!」

 なにがどうばーんなんだまったく……。

(しかしこの空気……また答えないといけないんだろうな)

 仕方ない。考えるか。どうせ答えたらそいつとお付き合いが始まるとかでもないだろうし……。

(智は素直にいいやつだと思う。さっきの席案内のときからして手際はいいんだろうなーとは思う。俺は上下関係とか気にしないので、気軽に接してくれているのはむしろウェルカムだ。なんか智の言い方うつってやがる。穂夏はクールだよなぁ。でもサックスの腕前はナンバーワンだろう。基本的には慕ってくれてると思うけど、部活仲間として割り切ってそう? アルトサックスに特化した強さは魅力的か。真緒子はまじめで智とは違う方向で面倒見がいい感じだ。穂夏よりはさらに慕ってくれてそうだが、やっぱり部活仲間として線引きしそうな雰囲気も。テナーサックス中心とはいえどのサックスもそつなくこなせるのはこっちはこっちで魅力的。佳桜は……いやタイプもなにも、まだ会ってちょっとしか経ってないし。どう考えても俺のこと先輩としてしか見てくれないだろ」

 と踏まえたうえで、俺のタイプとなるとだなぁ……。

「…………真緒子、かな」

 智は両手をぐーにしてほっぺた付近に持っていった。

「うほぉ~! 真緒ちゃーん! 明日言いふらそ」

「やめろぉぉぉーーー!!」

「じょーだんじょーだん! そっか空先輩は真緒ちゃんのことが好きなんだぁ!」

「ちがっ! 真緒子のことが好きなんじゃなくて、四人のうちから選ぶとするならってだけの話だ! 恋愛とか意識するのはまた別の話だ!」

「四人について詳しく教えろ!」

 楽和は本当にこんな話に興味があるのか?

「……まず智はこいつな。辺井戸智。セーラー着てたときのネームプレートからしてわかるように、二年生だ」

「どうも~!」

 おでこ付近に三角形の片側みたいな手を添えた。

「それは|エースポイント《最もゴールに近いポイント》を表しているのか!?」

「んなわけねぇよ! んで穂夏も二年生で、クールな感じでアルトサックスがめちゃんこうまいやつだ。はっきり言って俺よりうまい」

「先輩の面目丸つぶれね」

「どーとでも言えウッウッ」

 露音に笑われたウッウッ。

「真緒子も二年生で、テナーサックスっていうちょっと低い音域のサックスの担当だ。でもどのサックスでも扱えるし、丁寧で優しいぞ」

「どんな戦術を取るのか楽しみだな!」

「バックギャモンできるかどうかは知らん。で、佳桜だな。一年生だ。俺と一緒に登校してるところを楽和は会ったことあるよな」

「ああ! 身長低いから立ちながらでもボード見せてバックギャモンの話がしやすいぞ!」

「そーかいそーかい」

 身長までもがバックギャモンに結びつけられるとは。

「市雪は一年生の後輩と一緒に登校してるのかしら」

「たまたまだからな!? ほんとたまたまだからな!? ほんとのほんとにたまたまだからな!?」

 変な笑み浮かべんなや!

「……おほん。こんなとこだ」

 楽和と露音のコンビ攻撃ってこんな感じなのか……。

「んふ~」

「なんて顔してんだ」

 智はまだなにか攻撃方法を持っているのかっ。

「空先輩~。あたしたちが恋愛対象じゃないっていうのはわかりました。だったらずばり! 空先輩は好きな人がいるのかな~?!」

「ぶべら! 一体どこまでそんな話聞いてくんだよ!」

「乙女トークは乙女の明日への活力なのよん! きゃ!」

「俺乙女じゃねぇし……」

 智は両手をぐーにしてあご付近に寄せてきゃをしてる。

「露音は別に話題は乙女トークじゃなくてもいいよな?!」

「男の子からこんな話を聴くのはとても新鮮よ。聴かせてくれるのなら、ぜひ聴きたいわ」

「楽和は乙女トークなんかよりバックギャモントークの方がいいよな!?」

「乙女トークとやらとバックギャモントークをなぜ分ける必要があるのだ? すべてはバックギャモンに通じるのだからどんなトークでも歓迎するぞ!」

「ちょ! あん時『こんな話よりバックギャモン話の方がおもろいぜ!』とか言ってたろ!?」

「あれはすでにバックギャモンができる人という前提の話だった。今回は制限がないからな」

 だめだ。もうだめだ。どうにもならねぇ……。

「さ! 空先輩! 好きな人はいますか~!? さんはい!」

「言えるかぁ~!」

「いるんだぁ~!」

「なんでやぁ~~~!!」

 ううっ。だれか助けてくれ。

「市雪」

「んだよ」

「わたくしは純粋に、市雪に好きな女の子がいるのかどうかというのは気になるわ」

 露音が俺に興味持ったかと思ったら、まさかのこんな話題でかよっ。

「な、なんでだよ」

「源太のような自分からそんな話をしてくる男の子ならまだしも、普通の男の子とそのようなお話をする機会なんてないわ。それに市雪はどんなお話でも答えてくれるわ」

「そりゃ、別に聞かれたら答えるくらいは……なぁ?」

 ん? 露音の顔がちょっと緩んだような?

「……つまり。市雪としゃべるのは、楽しい、ということよ」

「お、おいおいっ」

 露音がなんかいつもとがらっと雰囲気変わったぞ!?

「そーだよ! あたしも空先輩としゃべるの楽しいよー!」

「智はだれとしゃべってても楽しそうに見えるが」

「私も空元の意見を聴くのは楽しいぞ!」

「楽和はバックギャモンだったらなんでも楽しいだろうがっ!」

 とツッコミを入れたものの、この前のまじめ楽和のことがちょっと浮かんだ。

「ほらほら空先輩! 女の子三人からの熱い視線を浴びて、なにも感じないのかなぁ~?」

「とんがってる三人だけどな」

 特にそこの楽和。そんな目してもバックギャモンネタには走らないぞ。

(まぁ……別にかたくなに拒否することも、ないかなぁ……)

 そりゃ多少しゃべるのにはずかしいような話題だけど、俺自身隠し事せず真正面からしゃべり合う方が好みだと思うし……。

「わあったわあった。三人そろってそこまで言うんなら言ってやらぁ」

「やたー! 教えて教えて!」

 智(ちけ)ぇ。

「好きな女子の話だったな。言うぞ」

 みんなが俺に視線を集めるっ。

「正直に言うぞ。わからない」

「わからない~?」

「それはどういうことかしら」

「いやまぁ、なんていうかな……好きかどうかはわかんないけど、憧れみたいなんがある女子はいるんだ」

「うわっはぁ~! だれだれだれっ!?」

(ん~ぬぅ~…………し、仕方ない。言うか……)

「……あ、あんまり言いふらすなよ?」

 みんな高速でうなずいている。

(初発表、だろうな……)

 ちょっと紅茶飲んだ。ほとんど熱くない。

「…………早理佳」

 その瞬間店内がきゃーきゃーなった! 他に客いないのが幸……あ、お持ち帰り客がこっち見てるっ!!

「ゆも先輩! ゆも先輩じゃーん! ゆも先輩なんだぁー!」

「市雪……ちょっと来なさい」

「な、なんだよ」

 今度は堂々とひそひそモードを展開したいらしく、俺は席を立って露音に近づいた。

「……早理佳ちゃんは倉島と付き合っているのかしら」

「いや、断ったと俺は早理佳本人から聞いた」

「そう……」

 すごくまじめな顔をしていた露音になんて返したらいいかわからなかったが、すぐ顔は明るくなり、

「そうなのね! 弟へかけてくれた恩義もあるわ。わたくしに手伝えることがあるならなんでも言いなさいっ」

 ほんといいやつ多いよな、俺の友達。

「そんなに結本居とバックギャモンの話をするとおもしろいのか!」

「楽和以外とそこまでバックギャモンの話しねぇよ!」

 俺は自分の席に戻った。露音はほほえんでくれてる。

「はっ! 空元っ。そんなに私とするバックギャモンの話は楽しいのか!」

「ぬおーなんでそういう流れになるんかねぇ?!」

 盛り上がってる女子三人!

「ゆも先輩のどんなとこ好きー!?」

「だ、だから好きとか、そういうのはよくわからないというか……」

「んも~てれちゃって~! 空先輩か~わ~い~いっ!」

「市雪、かわいいわよ」

「そんな追い打ちいらねぇよ……」

 なんで俺はこんな目に遭ってるんだろうな……。

「それでそれで!」

「はいはい……なんだろうな。はっきりわかんねーけど……見た目も声も性格も、なんか憧れるっていうか。つい目線移して見てしまうというか。一緒にしゃべってたらもっとしゃべりたくなるし……気が合ってる感じなんだろうか。昔、小学生の低学年くらいのときは普通に遊んでたんだけど、高学年になってきたら、なんか意識してきたっていうかさ」

 智も露音も目を輝かせている。楽和の目の輝きはたぶん違う方向。

「空先輩から吹奏楽に入ろうって誘ったとか!?」

「いや、早理佳が吹奏楽に入りたそうにしてたから、俺も吹奏楽を選んだ」

「うっひゃー! 空先輩いっちずぅ~!」

 ひじうりうりされてる。距離があるので届いてはいない。

「『なんとなく』とか言ってた先輩はどこのどいつだこんにゃろぉーい!」

「うぐっ!」

 引退までまだまだ智からの精神攻撃を受け続けそうだっ。

「早理佳ちゃんはかわいいものね」

「んー……まぁ」

 智はきゃーきゃーしてる。

「告白した!?」

「してねぇよ!」

 話飛びすぎぃ!

「早理佳ちゃんは恋愛に興味があるのかしら。本人とはそのようなお話はしたことがないけど」

「俺がそんな情報持ってるわけないだろ……」

 この前の連続二件があったから多少はしゃべったものの、早理佳自身に強い恋愛興味があるかと言われれば、やっぱりはっきりはしていない。

「楽和ちゃん」

「なんだ!」

「わたくしたちで協力して、市雪と早理佳ちゃんをくっつけるというのはどうかしら」

「ちょぉーい!」

 なんかいきなり作戦が練られようとしてんスけど?!

「くっつけるとは、空元と結本居がお付き合いするということか? それにバックギャモンはどんな関係があるのだ?」

 お!? さすがの楽和も恋愛話題にバックギャモンネタを挟むのは完璧ではなかったか!

「お付き合いをしてラブラブパワー全開の市雪と早理佳ちゃんが相手なのよ。さぞやタッグ戦が盛り上がるでしょうね……」

「ぅおぉおーーーい!!」

 しかし露音はこういう話術を持っていたーーー!!

「はっ!!」

 楽和に稲妻がほとばしっている!

「やる! 手伝う! なんとしてでもタッグ戦するぞ!」

「そこかよ!」

 動機が不純丸出しの楽和であった。

「あたしもあたしも! サックスパートの総力を挙げて応援します!!」

「広めんのかよ! てかこんなときだけ敬語かよ!」

「いーじゃん空先輩! サックスの団結力は空先輩だって知ってるじゃん! サックスだけだからさぁ、お願いだよ空先輩ぃ~!」

 こういうときだけおねだりしてきやがってっ。

「……サックスだけな? 他の吹奏楽部員には教えんなよ?」

「やたー! だから空先輩好きなのさー!」

「ちょ! す、好きとかおいおいっ」

「あ、これは友達としての好きだかんね! ゆも先輩の旦那様を取るなんてできないよぉ~!」

 ツッコむことが多すぎて回らねぇよ……。

「ほらほら露音さんと楽和ちゃんも空先輩に好きって伝えるなら今のうちだよ~? もうすぐゆも先輩の彼氏さんなっちゃうよー?」

 なんというやりたい放題な智。

「わたくしは遠慮しておくわ」

 さすが露音さん。まじ露音さん。今日も露音さん。

「でもせっかくの機会だから、感謝の言葉は述べておくわ」

(ぬ!?)

 露音が改めてこっちを向いた。

「いつも楽しい時間を与えてくれてありがとう。これからも仲良くしましょう」

「あ、ああ、こちらこそ。俺も露音としゃべんの、楽しいし」

 なかなかこうやって感謝の言葉なんて言われることないから緊張するし、そしてさっと言える露音はやっぱすごいんだなとも思った。そしてそのりりしい笑顔。

「空元の戦術は好……いやおもしろいとは思うが好きとは違うな。私とは方向性が違う。でもその分参考になってるぞ!」

「はいはい……」

 バックギャモンネタじゃないしゃべり方をしてくれたのは、もしかして周りにだれもいなかったからとかかぁ……?

「もし結本居がだめでも私のことが好きということになったら、空元はバックギャモンができるから私が彼女になってやってもいいぞ!」

 どんがらがっしゃーーーん!!

「ららら楽和ちゃーーーん!?」

「おおお落ち着きなさい楽和ちゃん! そ、そう! 市雪が早理佳ちゃんに振られてしまってはラブラブパワー全開の市雪と早理佳ちゃんコンビに戦えなくなるわ。だからなんとしてでも恋を成就させましょう!」

「はっ! パワー全開の市雪と結本居と全力で戦いたい! わかった、協力する!」

 あかんて……もう女子会に混ざるのいやぁ……体力もたねぇ……。

「ちなみに楽和ちゃん。そのばっくらぽん? なことは置いておいて、人として空先輩のことは好き? ここだけまじめな答え聴きたいなぁ~ここだけでいいから! お願いっ!」

 ほんと智はお願いが得意技だな。

「バックギャモンだ! 私はバックギャモンをまじめに楽しんでいるつもりだが……おいしい物を食べさせてくれた辺井戸の頼みだ。わかった」

「おおっ! 楽和ちゃん楽しみぃ! あとお父さんありがと!」

 智のきらきら視線を浴びながら楽和は……た、立った? そのままテーブルをぐるっと回って……俺と智の間に来て、そのまま俺の横に立った。ので俺も体を楽和の方に向けた。

「空元っ」

「はい」

 心なしか、ほんのちょーっぴり楽和にてれがあるような気がするような。でも気のせいかもしれない。

「いつも遊んでくれてありがとう。結本居から言われたい言葉は、私からは言わないでおく。私と出会ってくれてありがとう」

 んぐぅ……やはりまじめ楽和の破壊力は強烈……そんな軟らかい表情の楽和をこんな近くで見るのなんて初めてだし。

「こ、こちらこそ。バックギャモン弱くてすまんな」

「どうした。ここではバックギャモンのことを置いておいて話すのではなかったのか?」

「ぁそれ俺も適用? はい」

 身長関係なくずっとずっと威厳を感じる楽和であった。

「これからも空元には元気でいてほしい。応援する。本当に困ったときは呼べ。必ず力になるからな」

「あ、ああ……こちらこそ、ありがとな」

 男の俺よりも数段(おとこ)らしいセリフの楽和……うん、こんなまっすぐな言葉俺のハートに直撃しまくりなので、これを考えるとバックギャモン楽和でいいかもしれない。い、いやできれば6:4くらいの絶妙な割合で……しかし楽和だしなぁ……。

 楽和は俺を少し見てくれた後、自分の席に戻っていった。

「智、満足か?」

 と聞いてみたが、本人は楽和に視線を送っていた。

「……楽和ちゃん!」

「なんだ?」

「あたし、楽和ちゃんのファンになる!」

 ふぁん?!

「バックギャモンをしてくれるということか!?」

「よくわかんないけどする! 今度教えて!」

「任せろ!!」

 やばい、楽和100%だ。

「こほんっ。ではわたくしと楽和ちゃんは早理佳ちゃんに近づいて、市雪のことが好きなのかどうかを探るわ」

 露音がせき払いで仕切り直しってうぉい!

「そこいっちゃう!? いっちゃうのかそこ!?」

「楽和ちゃんがいればなんとかなるわ」

「空元は腕を磨いて待っておけ!」

「とんでもないことになりそうですけどねえ?!」

 もはやこのクラスメイト二人ともノリノリである。そのエネルギーはどっからやってくるんだっ。

「んじゃ空先輩! 佳桜ちゃん家に行くときは作戦会議だね!」

「……そんな日、あったな……」

 それでか。だからサックスパートには広めたかったのかこの策士め!

「市雪は告白の言葉でも暗唱してなさい」

「他人の話だからって楽しんでません!?」

「ええ、とても楽しいわ」

 三人ともやる気に満ちあふれた笑顔を放っていた。

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