第六話 朝練と青春騒動
俺ら吹奏楽部は毎週月曜が朝練だ。二年以上吹奏楽部にいてるが、この朝練だけはどうも苦手だ。なんで早く起きなきゃならないんだっ。
(けどまぁ……)
「おはよう」
「おはー」
いつもより少しひんやりする朝に早理佳と一緒に歩くことができるのは、ちょっと気分がいいかもしれない。眠いことには変わりないけど。
「昨日は急にお姉ちゃんが来ちゃって大丈夫だった?」
「なにが?」
「えっと、その、緊張、とか?」
「いや、別に。俺ん家に来たときとか、そもそもふたつ違いだから学校でも会ってたしなぁ」
「大丈夫だったらいいの。うん」
昨日は早理佳の姉ちゃんがちょっと混ざったとはいえ、そんなの三十分もなかったと思うんだけどな。
「むしろうちの姉ちゃんも来たがってたくらいだ」
「晴絵さんも?」
「ああ。なんか、そのー……」
聞いていたその理由を頭に浮かべたら、ちょっと言うのに戸惑ったが、ここはそのままっ。
「俺と早理佳が会ってる様子を見たいとかなんとか」
「ええっ? そんなの見てどうするのかな?」
「知らんっ」
まったく弟をおもちゃにしやがってぷんすこっ。
「……四人いたら、麻雀できるかな?」
「そこ!?」
今日も早理佳は笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、後でね」
「ああ」
朝練とて例外なくいつもの曲がり角で早歩きする早理佳。抜かりないぜ。
「あ、先輩おはようございます!」
「おはー」
で、佳桜のコンボ。たまにある光景。佳桜は早理佳が警戒しているうわさとかは気にしないタイプなんだろうか?
「眠いですぅ、ふわぁ~」
「同上」
早理佳は朝練以外の朝とまったく同じ表情だったが、そうだこの眠気が普通なはずだ!
「朝練のない部活がいいですけど……でも、やりがいがありますから、頑張りますっ」
「なんて健気なっ。俺そこまでまじめじゃないからなー」
「やりがいはあるのですけど、吹いてるときに息が続かないです。しんどいですよぉ」
「まぁそれは慣れとしか」
すくすくと二年三年に育ってくれますように。
朝練を終えた俺は津山と一緒に教室へ向かった。もうこの辺の時間になるといつもの朝だな。
「今日も俺様のすばらしさを皆に知らしめねばならんな!」
「元気だなぁ」
教室のドアの前までやってくると、お決まりの腕を斜め上ポーズを取ったので、俺はドアを開けてやった。
「はーーーっはっはっはぁー! おはよう諸君! 今日も俺様のすばらしさを見るがいいー!」
俺のクラスのみんなは優しいので「おはよー」「うぃー」「おーっす」などが返っていた。ではドアを閉めましょう。
さて、早速俺は自分の席に座ろっと。
「おはー」
「おはよう」
露音がすでに座っていた。知ってるぞ、あれハーフトップって言うんだよな。俺は肩まで髪伸ばすなんてことないだろうから一生することないだろうな、その髪型。
「市雪、ちょっといいかしら」
「んぁ? なんだ?」
少し辺りを見回した露音だったが、手を口に添えてひそひそモードだ。俺もひそひそ聞きモードに入るべく、露音に耳を近づけた。
「早理佳ちゃんの様子を聞かせて」
「はぁ? 様子って、どんな?」
どんなことかと思ったが、言われてもよくわからなかった。
「最近変わった様子があったかどうかよ」
「んー」
少し振り返ってみる。二人で遊んだことがめっちゃ浮かんだ。
「別に変わった様子とかはないけどな。なんだよそんなこと聞いて」
「実は……」
ごくり。さらに接近してきた。さすがにこの距離は早理佳じゃなくてもどんな女子でも緊張するだろうに。
「……隼人が早理佳ちゃんのことを好きらしいのよ」
隼人が早理佳ちゃんのことを好きらしいのよ好きらしいのよらしいのよのよのよ…………。
「まじかぁっ!?」
小声ながらも精一杯驚きを表現したっ。
「金曜日の晩だったかしら。隼人から話があると言われて聞いたら、そんなことだったのよ」
「うはぁー……」
俺姉ちゃんにそんな話とか絶対ぇしねぇだろうな。するのが嫌ってわけじゃなく、するとおちょくられるからな。
「わたくしも驚いたわ……協力してほしいとまで言われたけど、そんなこと今まで隼人から言われたことなかったわ」
こんな複雑な表情をしている露音を見ることもめったにない。
「俺にも姉ちゃんいるけど、俺だったら言わねぇけどなぁ……てことはそれだけよっぽどってことか?」
「かもしれないわね。でもわたくしはどうすればいいのかしら。そんな協力なんてしたことないわ」
「同上」
本日二度目の同上。あ、ひそひそモードは解除された。でも顔は寄せられたままだ。
「露音的には、その……応援する感じ?」
「協力することに関しては構わないわ」
「ふーん……」
早理佳のことを、好き、か。
「……露音はさ。だれかを、その……男子を好き、とか想ったこととか、あるのか?」
「ばっ! な、なんでわたくしの話になるわけ!?」
ごめ、露音のその反応ちょっとレアでっ。うぷっ。
「ぁああいやいや協力するんならそういう経験あるなしは重要だろうとごにょごにょ」
「そ、それはそうかもしれないけどっ……うう……」
こんなうぅ~顔の露音ももちろん珍しい。
「……さ、昨年……」
「お?」
露音がしゃべり始めた。
「ひとつ上の先輩のことが……す、好きだったことは、あるわっ」
「うぉーーーまじかーーー!!」
「ばかっ! 声大きいじゃないの!」
「すません」
幸い周りからの注目度はほぼないに等しかった。ほっ。
「で? で? それでそれはどうなったんだ?」
またうぅ~顔になった。
「……お、想いを伝えることは、なかったわ」
「な、なんでだっ」
「……わたくしが悩んでいる間に、別の先輩とお付き合いをし始めたみたいだったからよ」
「おぅ…………」
えーと。こういうとき、俺はどうすりゃ。
「な、なにすんのよっ」
「あいや、その、なんつーか……元気出せっていうか」
「も、もう吹っ切れてるわっ。やめなさいっ」
「すまんってばー」
思わず頭ぽんぽんしてしまったが、怒られちったてへぺろ。でも頭に両手乗せてる露音おもろ。すんませんまじすんません。
「わたくしのことはどうでもいいわっ。隼人のことよっ」
「お、おぅ。でもそういう露音の経験があるんならー……」
ここで俺は『早く想いを伝えたらいいんじゃないか?』って言おうとした。
(なぜすぐその言葉を言えない?)
確かにそう思った。そう伝えようとも思った。でも言葉にならなかった。一瞬のどでなにかがつっかえたような。
(想いを、伝える…………?)
「あるなら、なによ」
「おぁぁ」
なんだったんだ、さっきの。とりあえず、気を取り直して……。
「すぐに想いを伝えた方がいいんじゃないか? 露音みたいに後悔するよりかは……」
(後悔……)
想いを伝えるのが遅れることで、後悔……。
「……それもそうね」
露音がその時どういう想いで時間を過ごしていたんだろうな。
「露音さえよけりゃ、さっきの経験を弟に伝えたらどうだ?」
「は、隼人に話すの? それは少し気が引けるけど……でも引き受けた以上、それが応援につながるのなら、仕方ないかしら……」
手をあご付近に添えているこの露音はよく見かけるやつ。
「市雪はこの手の話に慣れてるのかしら」
「ふぉぁ!? どこをどう見たらそう見える!?」
「あら、違うのかしら」
「慣れてるわけねーだろ……むしろこんな話したの初めてくらいだ」
「そうなの!?」
「そこそんな驚くとこ!? 言っとくけど源太が叫んでるだけのはノーカンだかんな!?」
んな目見開かれて驚かれましてもっ。でも露音はすぐにせき払いひとつ。
「と、とにかく、そういうことだから。市雪は隼人と話す機会はあるのかしら」
「ないこともないが、パートは違うしパーカッションと練習一緒にするなんてことまずないからなぁ。隼人が男子としゃべるにしても俺みたいな先輩じゃなく他の一年男子としゃべるだろうし」
「そう。もし話す機会があったら、それとなくアドバイスでもしてあげてくれないかしら……?」
「アドバイスってなぁ……まぁ、その辺はてきとーにそれっぽくしておくよ」
「お願いね」
露音からお願いをされてしまった。
「お、おぅよ」
露音はきりっとさせつつも少しだけ笑顔だった。
「おいーっす二人ともー!」
「うぃー」
「おはよう」
俺たちが話を終えたばっちりタイミングで源太が現れた。とっくにひそひそポジションは解除されている。
「なぁなぁなぁ、聞いてくれよ!」
俺と露音二人に聞いてほしいのか、俺たちの席の間に源太が立った。
「なんだ?」
源太は「ふふーん」とか言いながらセカバンをガサゴソ。しかしその手が止まった。なんだ源太もひそひそモードか?
「いいか。今から見せるやつは、結本居には内緒だぜ!」
「はぁ?」
早理佳にだけ内緒とか、一体なにが飛び出すってんだ。
「じゃじゃーん! どうだーっ!」
源太的には相当な発表だったらしく、じゃじゃーんの効果音が発せられたが……封筒? 白いな。あまり細くはない。
「それがどうしたんだ?」
「どうしたって、これだぜこれ! オレの愛が詰まってるぜうひょー!」
源太が封筒を裏返した。さっき見えていた面は裏だったので、こっちに表面に向けられると
「げえーっ!? まじかよーーー!!」
「まあっ!」
信頼と実績のキリッ度を誇る露音も驚くびっくりさ加減! なんとその封筒は、倉島源太の名前が書かれてあり、そして結本居早理佳へ宛てた物だった!! つまりこれは……!!
「くぅ~。この土日、オレは悩みに悩んだぜ……一体どうすればオレに彼女ができるのかを。そこでっ! オレは過去の振られ結果から、誠実さが足りないという結論に至った! つまーり! 誠実さを表せばオレは彼女ができーる! ならば誠実さを示すのに有効な手段は……そう! ラブレターだぁーーー!!」
封筒を持ってない左こぶしの力の入れ具合から、相当気合の入った文章を書いてきたらしい。
「あ、あなた、それ、どうするつもりよ」
ついさっき弟の応援がどうのと言っていた露音なんだから驚き具合も半端なさそう。
「書いたんだから出すに決まってるだろう!」
「出すって、いつ?」
「昨日書いたんだから今日に決まってるだろう!」
おぉぅ……俺、ある意味源太を尊敬するよ……。ある意味なある意味。
「給食の準備ができたらみんな一斉に移動するからな。そのすきに机にな!」
てことは、早理佳は今日部活へ行くまでにはその手紙の存在に気づくってことか……。
「お前ら見とけー! オレはついに彼女持ちだぜへっへぇーい!」
源太はすぐに封筒をセカバンに直し、自分の席……まぁ俺の左隣の席に座った。
すぐに露音が再ひそひそモードに入った。
「ちょっと市雪、どうすればいいの!?」
「どうって……あいつのあの勢いはどうにもならないんじゃ……?」
「なんて伝えればいいのかしら……」
「同じクラスのやつがラブレター出すみたいだぜ、とか?」
「そのままじゃない! ああ、どうすればいいのかしら……」
まじで焦ってる露音。
「もしさ。もし。あのラブレターを読むことになる早理佳が源太と付き合う気持ちがあったとしたら……もう早理佳に気持ち伝えるチャンスなんて、今日しかないんじゃないか?」
(だよな……? そうなんだよな……?)
なぜか一瞬ずきっとした。
「そ、そうよね、そうなのかしら……本当に早理佳ちゃんは、付き合っちゃうのかしら……」
「し、知らねぇけど、でもそうだったとしたら、対抗するには今日伝えるしか……?」
俺。割と冷静にセリフ言えてると思うけど……。
「……仕方ないわね。緊急事態だもの。休み時間、隼人に話しにいくわ」
「おぅ」
気合を入れた露音。ひそひそモードは終わった。
(早理佳が源太か隼人と付き合う、か……)
別に早理佳がだれと付き合っても、早理佳はきっと俺と遊んでくれるはずだ。『この前遊ぼうねって言ったけど彼氏作ったからやーんぴ!』なんて言わないと思うけどなぁ。
でも……俺付き合うとかよくわからないけどさ。付き合うってなったら……登下校一緒にしたり、宿題一緒にしたり、遊んだりするものなんじゃないのか……?
(やっぱ俺が勝手に言われないと思ってるだけで、いざ付き合うってなったら市雪くんやーんぴってなるんじゃ……!?)
俺も一体どうしたらいいんだ……でも何をしようとしても、今日源太が動くし……
(……俺だって……一応俺だって、長いこと憧れは持っていたんだぞ……)
ちらっと早理佳の方を見た。一緒にいる楽和の表情がめちゃんこ晴れやかなのを見るに、早理佳はバックギャモンの話を盛り上げることができたようだ。
今日はなんか授業が身に入らなかった。気のせいかいつもより授業で流れる時間が早かったような。
源太をちら見するとわくわくしてるみたいだった。
露音をちら見すると複雑な表情をしていた。
早理佳をちら見するといつもの明るい雰囲気の早理佳だった。
そしてやってきたランチルームでの給食の時間。
源太はもう早理佳の机に封筒を入れたんだろうな。
「どうした? そんな真剣な顔して」
おあっと、右隣の兵次からそんなことを言われた。
「ああいや、別に」
あー今日も給食うまー。アルファベットのちっちゃいパスタ入ったトマトスープうまー。Pにはし刺すやつがたまにいるトマトスープうまー。
ごちそうさまでしたの時間がやってきて、みんなが一斉にお片付けに入る。食べ終わった食器は食べていた机とは別のところにある机に集められる。
食べてる机はただの白くてでかくて長い机だが、食器集めたり配る準備をしたりする机は白くてやや細長くてさらに先が伸びるタイプだ。
俺もおぼん持って立ち上がった。あ、早理佳と目が合った。にこっとしてからお片付けに向かった。
(あの早理佳に、告白が二人、っか……)
ぼーっとしててもあれだよな。うーし俺も片付けてっと……あれ、先に片付け終えていた早理佳が机の横に立ったままこっち見てた。
「な、なんだ?」
「気のせいだったらいいのだけど……」
俺は片付け終えて、早理佳の前に立った。
「今日の市雪くん、落ち込んでいるように見えて」
「うぇっ」
俺たちは自然とランチルームから出ていく学生たちの波に乗って歩き始めた。
「……露音ちゃんと、なにかあったの?」
「つ、露音?」
なんでここで露音の名前がっ。
「露音ちゃんの頭を、なでていたみたいだから……」
(そこかよぉーーー!!)
いや、うん、完全に外れてるわけじゃない。でもちっとも当たってない。
「そこは、まぁ別に、本件とはあんまり関係ないかな、はは」
「やっぱりなにかに悩んでいるの?」
「うげっ」
しまった。相手は早理佳だ。俺の何倍もの知力を誇る早理佳にかなうわけがなかった。
「一緒に歩いているときはそんな様子はなかったのに……露音ちゃんには相談したっていうことなのかな」
うおぅなんか変な方向に向かってるぞ!?
「そ、それはちょっと違うっていうか」
「そうなの? 頭をなでていたのは関係ないの?」
「あー、うんー、まあー、そうだな。うん」
「そう。本当に?」
「ほんとほんと」
疑われてるぞっ。どきどき。
「……じゃあ、なんで露音ちゃんの頭をなでていたのかな……?」
「あー、まあそのー、さ、早理佳はそんなに気にすることないさっ! さっ!」
笑顔じゃない早理佳がこんなに怖いとはっ。ひぃっ。
「……市雪くんがしゃべりたくないなら、うん……」
そんなお手本のような落ち込み顔しないでくれよぉ……。
「でも市雪くんのお悩みは解決していないよね。大丈夫? 私でできることって、あるかな?」
ランチルームから出て、一組の教室へ向かうまでの廊下に来ると生徒が散り散りになっていっている。それでも早理佳は俺の横を一緒に歩いてる。
「早理佳にできることって……んぅー……」
たぶんその俺が悩んだような顔に見えてるのって、早理佳を好きです情報が今日いっぺんに二件きて、しかもそのうちの一件源太のはおそらくもう封筒を机に入れてるっていうこんな状況だからであってー……。それつまり思いっきり早理佳本人にかかってるし。
(てか兵次にも言われたけど、そんなよっぽどな顔してたのか俺……?)
「ほんと超だいじょぶだから! ほんとのほんとに早理佳に言いたいことあったら、ちゃんと言うしさ。だって俺から声かけていいし俺と遊んでくれていいんだよな?」
「うん……」
そんなそこまで本気で心配してくれるとは。早理佳って性格もいいやつだよなぁ。
(だからいっぺんに二人から想われてんだろうな)
「……私、市雪くんの力になりたいよ。私で力になれることがあったら言ってね。今悩んでいることも、だれかに相談したくなったら、気軽に私に相談してほしいな」
ちょっ、早理佳のいい人エナジーが降り注ぎすぎて俺の心が浄化されてゆくぅーっ。
「私、またこうして市雪くんといっぱいしゃべることができてすっごく元気になれている気がするの。だから、市雪くんに恩返ししたいな」
あかん。本当に俺と同じ年を生きた人間なのか。いや早理佳は人間じゃなく天使かもな。なるほどそれならこのいい人エナジーも納得だ。
「もちろん相談じゃなくても、お願い事があったら聴くし、手伝ってほしいことがあったらお手伝いもするから。だから……ね、これからも気軽に話しかけてほしいなっ」
あー。天使じゃなくて女神だったかもな。いかに俺が一般ピーポーかがよくわかるぜ……。
「……市雪くん?」
「ぁあぉぅ、おう、さんきゅ。でもそれは俺も一緒だからな。なんか俺でできそうなことがあったらなんでも言えよ。パーカッションの譜面書けとかは無理だろうけど」
ちょっと笑ってくれた早理佳。そうそうやっぱ笑ってくれなきゃ。
「うん、わかった。市雪くんがいたら、つらいことも乗り越えられそう」
「さすがにそこまでの力はあるかどうかー」
「ほんとだよ。頼りにしているからねっ」
そこでそんなめちゃ笑っちゃう早理佳とかさぁ。
教室に着いた俺たち。早理佳は自分の席に向かった。俺は平静を装いながらも自分の席に着いてー……早理佳をちらっちらっ。
(お。気づいたようだっ!! 源太やっぱあれ入れたんかっ……!)
早理佳が封筒を見つけるなり辺りを見回している。そして封を開けて中の便せんを取り出した模様っ。読んでる読んでる。
(え、もう読んだ? もう閉じたぞ?)
早理佳はさっきよりも速い速度で辺りを見回している。あ、ばっちり目が合ってしまった。
給食の時間が終わって休み時間に入っているので、教室内の人数はまばらだ。そんな中、早理佳が手招きをしてる。遊んだときもそうだけど、早理佳の今のブームは手招き?
少し俺も辺りを確認してみたが、今俺の周りにはだれもいない。露音もそうだし、源太も。
一応ジェスチャーで『俺?』をやってみたが、早理佳はうんうんうなずいている。
お呼び出しをくらったので、俺は早理佳のところへ向かった。
(あくまで冷静に……平静に……正常に……)
「な、なんだ?」
早理佳はちょっときょろきょろしている。
「……さっき、あんなこと言ったばかりだけど……あの、中庭、いいかな……?」
「中庭? あ、ああ」
え、ちょと待てっ。まさかその相談を俺にしようとしてるってか?!
「さ、早理佳っ、俺は別に早理佳の話を聴くのは構わない。でもさ、でもでもさ、俺? ほんとに俺?」
ここは早理佳に改めて聞いてみた。
「う、うん。相談、したくて……」
「あー……おぅ」
さっきのさっきなので、そんな話あったっけなんてとぼけることもできず。俺を指名していることは変わらず。
「あ、市雪くん、なにか用事とかあるのかな?」
「ああぁいやいや全然! わあった、中庭だな」
「うん」
早理佳は両手で隠しながらとはいえ、封筒を持っているのが少しだけ見えた。でもそれは机の横に掛けられてある早理佳のセカバンにすぐしまわれた。
早理佳は昼休みなのにセカバンを持って歩いてる。
セカバンを持ち歩くのは基本的に登下校と部活のときくらいなので、今の時間帯では割と目立つ方だとは思う。とはいえセカバン自体はだれもが持ってきている物なので、そこまで変ってわけでもない。
そんな早理佳は少し視線が斜め下気味。
「せ、先輩!」
声が聞こえたので、俺と早理佳は前へ向くと、
(こ、このタイミングで隼人だとぉ?!)
一年生の後輩、露音の弟、早理佳と同じパーカッション所属の奥街隼人が現れたぞ!
「は、隼人くん?」
「結本居先輩! お話があります!」
(まさか……おいおいまさかまさかまさか!?)
早理佳は視線を俺と隼人へ行ったり来たりさせている。
「聴いてやったら……?」
「で、でも……」
「忙しいですか!?」
隼人がずいっと来たっ。
「あ、ううん、忙しくはないよ」
早理佳優すぃ。
「じゃあ先輩! 中庭でお願いします!」
中庭近いもんな。
「うん……市雪くん、これ持っていてくれるかな」
「お俺?」
「うん、お願い」
「わ、わあった」
なぜか早理佳からセカバンを渡された。ひも部分をまとめつつ手提げスタイルで持った。
そして俺をちょっと見ながらも、早理佳は隼人とともに中庭へ向かった。
取り残された俺は、廊下から中庭につなぐ入口の横にある柱でもたれかかっていた。
「こんなとこでなにやってんの?」
「うぉ、も、桃っ」
うん、その疑問はごもっともである。
「あーんーいやーこの柱は冷たくて気持ちいいなー」
苦しすぎる言い訳だった。桃のそのあからさまなまゆげの角度配分。
「……じゃ」
「その反応がいっちゃんつらいんですけどぉー?!」
桃は笑って手を上げて去っていった。
(なんだったんだっ)
気を取り直して待機を続けることにした。セカバンへのツッコミがなくて助かった。
しばらく経って、隼人が別の出入り口に向かっていくのが見えた。中庭への出入り口はいろいろあるからな。
その後すぐに早理佳の姿が見えてが、すぐにこっちへやってきた。
「ど、どんな話だったんだ?」
そう聞くしかなかった俺だったが、
「き、来てっ」
早理佳はまた中庭に戻っていった。校舎の中からはあまり見えない端っこの方へ向かっていったので、俺もそれについていった。
さっきもこの場所で隼人としゃべってたのだろうか。とにかく中庭の中でもひっそり隠れられる場所にやってきた。
「で、早理佳?」
「……市、雪、くん……」
「へい」
すんごいゆっくり俺の名前が呼ばれた。早理佳は超きょろきょろ。
「……ど、どうしよう」
「だからなにがだよ」
今までに見たことがないほどの困った顔をしている早理佳。
「は、隼人くんが。ね。その……」
前で組まれた両手の力が込められているのがよくわかる。
「……私、と…………お、お付き合い、したい、って……」
(まじかよぉぉぉーーー!!)
本当に露音情報から一気に告白まで持っていったのか……源太も隼人もすげぇよ……。
「は、隼人が告白してきたのか!?」
早理佳はゆっくりうなずいている。
「早理佳は小学生時代の隼人のことって、なんか知ってるのか?」
「私は隼人くんのことを知らなかったのだけれど、隼人くんは私のことを昔から知っていて、その……中学生になるまで他に好きな人ができなかったら、こ、告白するって、決めていたって……」
(小学生のときから、すでに好きだった……だとっ)
「中学生になって、改めて私のことを見て、部活をしている姿も見たら……やっぱり告白しようって思った、って……」
そんなに決意固かったのか……。
「そ、そうか。それで……早理佳はそれになんて答えたんだ?」
「ちょっと待ってって言ったよ。そういうの言われたの、初めてだったし……」
「初めてだったのか……」
早理佳はうなずいている。
驚き半分そういうこともあるんだなという気持ち半分。こうして見てても早理佳はかわいいと思うし、性格もよくて勉強もできるから、そういう話があっても不思議じゃないとは思っていたが……。
「早理佳の気持ちとしては、どうなんだ?」
「わからないよぉ……隼人くんは最近吹奏楽部に入ってくれた後輩の男の子、としてしか見ていなかったもん……もちろん仲良くなれればいいなって思ってはいたけど……」
俺に当てはめたらこのタイミングで佳桜が告白してくるようなもんなんだもんな。なんか例えで出してすまん佳桜。
「でも答え出さなくちゃ、なんだよな」
早理佳は黙ったまま視線を落としている。
「……それにね、その……」
俺が持っていたセカバンを
(ひょほふっ!)
ちょっと手が触れながら! 受け取っていった早理佳は、セカバンを地面に置いて、中から白い封筒を出し、さらに便せんを取り出した。
「……源太くんからも、こんなお手紙が……」
中身は見せないまま、封筒の表面と折られた便せんを俺に見せてきた。
「そ、それも……そんな感じの内容、だってのか?」
早理佳はゆっくりゆっくりうなずいた。
「うわー、一日で一気に二件もそんなことが……」
めちゃくちゃ困った顔をしてる早理佳。
「源太は確かに早理佳に告白するって張り切っていたが、冗談にも聞こえなくもないような感じだったからなぁ……でも本当だったんだな」
「そっ、そんな話があったの……!?」
だあ~さらにびっくりさせちまったぁっ。
「げ、源太だからさ! 早理佳最近源太から声かけられること多くなかったか?」
「そういえば……教室でいてるときとか、移動教室の間とかで、たまに声をかけてくれるようになったなぁって思ってはいたよ」
早理佳は便せんを封筒に戻した。ちょっと戻すのに失敗しながら。
「源太の方は、いつ返事くれとかはあったのか?」
「明日お返事を欲しいって。直接じゃなくても手紙でも電話でもいいって書いてあるけど……」
さすがというか源太らしいというかなんというか。なんて言ったらいいかわかんないけど。
「ちなみにー、源太に対しての気持ち、とかは……?」
「これもわからないよぉ。源太くんはたまに声をかけてくれるけど、それでもあいさつくらいなのがほとんどで、あんまりしゃべったことないと思うし……少しはある、けど……」
こんな早理佳の姿を見て、じゃあ俺に何ができるってんだろう。
(みんなすげーよな。たまたま? 日が重なったけど、男子が女子に告白、だもんな。俺は考えたことないや……)
お付き合い、か。したらどんな毎日になるんだろう。
「……ごめんね、あんまり時間ないよね。だから、あの……市雪くん」
「ん?」
「今日部活が終わったら、私の家に来てくれないかな」
「さ、早理佳ん家に?」
「うん。ゆっくりおしゃべりできるから……」
早理佳からこんな困った顔をされながらそんなこと言われたら、断るわけがない。
「わかった。終わったら向かうよ」
「うん」
早理佳は封筒をセカバンの中にしまった。
「じゃあ……ねっ」
今まで見てきた早理佳の笑顔の中で、いちばん元気のない笑顔だったかもしれない。
それからの午後の授業や部活は普通な早理佳に見えた。
部活が終わるなり、俺はすぐに片付けた。
「市雪先輩片付けるのいつも早いですよねー」
「そ、そうか?」
佳桜がうんしょうんしょとアルトサックスを片付けている。
「私が慣れてないだけでしょうか。うんしょ」
「き、きっとそうさ」
ということで俺はみんなに軽く別れのあいさつをして、音楽室を出た。
ところで、早理佳の家に行くのはいいけどさ、早理佳がいなきゃ早理佳の家に入れないわけで。まぁ先に着いたら待ってりゃいいだけか。
「空元!」
「うおぅぉ! ってなんだよ楽和かよ」
なんで仁王立ちで登場してんだ。楽和ちっちゃいからなんだかほほえましゲフゴホ。
「ここで会うとはな! もう帰るのか?」
「あ、ああ」
そういや帰りに楽和が現れるのって、ありそうでないよな。
「よし、帰ろう」
「じゃなー」
「空元も一緒だ! いくぞっ」
「はぁ!? お、俺、寄るとこあるっていうか」
「なら途中まででいい。いくぞっ!」
「わ、わあったわあった……」
楽和の気迫に押されて一緒に帰ることになった。まぁ早理佳ん家に行くまでのいい時間つぶしにはなるかな。
「空元」
「なんだよ」
校門を出た辺りで楽和はスカートの右ポケットをがさごそしだした。
「……ほんと好きだな、それ」
取り出されたのは幾度となく見せつけられた銀色の携帯型バックギャモンボード。開けるともう初期配置済んでるしっ。
「空元の好きな戦術を披露しろ!」
「なんで命令形やねん。好きな戦術っつってもなー。俺別に変わった戦い方なんてしてないと思うけどなー」
「なんでもいい、教えてくれ!」
ほんとバックギャモンのことだけにはやたら熱いな。
「はいはい……んー、気をつけてることとしたら、バックマンを少しでも前に進めること、かな。俺戦略練るの苦手だからさ」
ボードで駒を指差しながらしゃべった。
「なるほど。他には」
「んんー……敵が陣形整ってない間は、序盤から積極的に攻撃、かな。敵のペースを崩して有利な展開に持ち込みたい。もし弾かれた相手が6ゾロなんて出したら相手の動きを24歩も封じたことになるしな。もちろん前に進んできた分もなくせるし」
少し駒を動かして説明した。
「おもしろいな。リスクがまだそれほどない段階から勝負を仕掛け、ペースを握りたいんだな」
「そんなとこかな」
バックギャモンだから俺からしたら遊んでるだけだけど、楽和からしたらそれだけ日々研究してると考えたら、その部活愛はなかなかすごいことになるんじゃないか?
「ペース握ったら後は適当にって感じかな。楽和はどんな戦術が好きなんだ?」
「ふふん。私は同じポイントにみっつ並べるのが好きだ」
すんごい楽しそうに紹介してくれたな。
「みっつ? それのどういうところが好きなんだ?」
「|スペアマン《同ポイントのみっつ目以上の駒》があると、ひとつを動かしても残りふたつが残ったままだから、防御を崩すことなく攻撃ができる。みっつあるポイントを間隔開けてふたつ用意して、その間に飛び込んだブロットを攻撃しつつ次の重ねてあるポイントへ逃げるのが好きだ」
「うわーかわいそー」
つまり自分のすきを見せることなく敵の駒を駆逐するのが好きっていう、なんとも相手の心をえぐる戦法だなおい。
「楽和はじっくり陣形を作って相手がすきを作った瞬間自分のペースに落とし込む、っていう戦術が好きなんだな」
「そういうことだ」
ボードの駒を動かしながら説明してくれた。
「この陣に持ち込めれば勝てる見込みが増えるんだが、抜けられたりすきを見せない相手だとゴールまでの距離で負けることがある。そして強い相手というのはそういう相手が多いのだ」
さすが部活でしてるだけはある熱意。
「陣を敷けば時間がかかり、速攻で攻めれば相手の陣に捕まり……難しいよな」
「だがそれがおもしろい。そこにダブリングキューブの駆け引きも加わってさらにおもしろい。なのにみんな個性的な戦いができてもっとおもしろい」
バックギャモン布教委員会でもやってんだろうか?
「そういや今日早理佳と盛り上がってたみたいだったが、なんの話だったんだ?」
「どうしてもブロットができてしまうロール《ダイスの目》が出たときにどれを動かすかっていう話だ! 結本居がいつの間にかバックギャモンを覚えていた! 感動した!」
うわちょー輝いてんな目。
「ちなみに好きな戦術の話、他にやつにも聞いたのか?」
「津山は|クローズアウト《相手の復活を完全に阻止する陣形》を作り圧勝するのが好きだと言っていた。奥街は|セミプライム《相手の動きを少しでもせき止める壁を立てる陣形》をすぐに作って相手の速攻を阻むのが好きだと言っていた」
あー、うん、二人の性格が色濃く出てるな。
「増村は最終的にゴールまでの距離差で勝てればいいという考えで、大掛かりな陣形は敷かず適時敵のチェッカーをヒット《弾く》するのが好きらしい」
「兵次なら敵の駒弾くタイミングうまそうだよな」
兵次や源太と戦ったことは何回もあるが、俺や源太と違って兵次って、なんていうか攻め方が不気味っていうか、つかみ所がないっていうか、そんな感じなんだよな。柔軟って感じ?
「倉島は|ヒットエンドラン《相手の駒を弾いては逃げていく戦法》しつつ相手より早く前線に陣を敷くのが好きだと言っていた」
「あいつの速攻戦法ははまると強いからなー」
俺も割と速攻気味だけど、あいつはもっとしょっぱなからどんどん攻めてくる。
「よかったなーこのクラスにはバックギャモンの話をしてくれるやつがいっぱいいて」
「いいクラスだぞ! これからもよろしくな!」
「ああ」
めっちゃ青春してる顔だな。
「ってだーかーらー、楽和いっつもバックギャモンのことばっかじゃねーか! たまには他の話はねーのかよ! はいこれしまう!」
俺は強制的にギャモンボードを閉じた。
「この話はおもしろいじゃないか」
「おもしろいけどさ! バックギャモンおもしろいけどさ! 戦術以外にも話題あるだろ!?」
楽和は考えてるけど、閉じられたギャモンボードは左手に持ったままだし。
「Lボードもうひとつ部に欲しい」
「ギャモンから離れろやぁー!」
盛大なツッコミをした。
「では何を話せというのだ?」
「そうだなー。よし。好きな食べ物はなんですか!」
俺は右手でマイク作って楽和に向けた。
「ピザかな」
「お!」
あの楽和から食べ物のカタカナ単語が出てくるとは!
「その理由は!」
「カットしてから横に並べるとボードみたいに見える!」
だめだこいつ。やっぱだめだこいつ。
(いや、しかし俺が固体を指定したからそういう結びつけができるんだな! ならばっ!)
「好きな飲み物はなんですか!」
フッフッフこれならばギャモン関係は答えられまい。
「シェイクだな」
「ほほーなかなかおしゃれだな。してその理由は」
「倒してもすぐ引き上げればボードが汚れない!」
だめだこいつ。ほんっともうだめだこいつ。
(形ある物を出すからだめなんだ。ならばっ!)
「好きな教科はなんですか!」
フハハハ。授業の教科だぞ? 当然バックギャモン科なんて登場するわけがない。
「数学かな」
「おー楽和数学を好きって言うのか、なかなかだな。理由は?」
「ピップカウント計算を早くできるようになりたい!」
だめだこいつ。どうにもならねぇレベルでだめだこいつ。
「好きな色は!」
「赤と白!」
「そうだよなギャモンボード内の三角形のオーソドックスな色だよなまったく!」
なにかあるはずだ! なにか必ずあるはずだ!
「好きなスポーツテストの種目は!」
我ながら完璧なチョイスだぜ!
「20mシャトルランだ!」
「理由はっ!」
「11ポイントマッチにでも耐えられる体力をつけるため!」
くっ!
「好きな委員会は!」
「新聞委員!」
「今月のバックギャモンコーナーはおめーが作ってんだよな! よく他のみんな了承したな!?」
まだまだっ!
「陸・海・空、好きなのは!」
「海!」
「理由はっ!」
「海の波がボードの三角形みたいだ!」
まだまだぁっ!
「運動会で好きな種目は!」
「玉入れ!」
「ほんと紅白好きだなおい!」
まだまだまだあー!
「無人島にひとつだけ何か持っていっていいとしたら!」
「バックギャモンボード!」
「なんでやねーん!!」
ぜーはーぜーはー。
(こ、こうなったら……切り札を出してやる! 普段の俺ならばまず間違いなくこんなセリフを出すことはないが……相手は楽和。本気で戦っても勝てない。ならば、禁断の切り札をここで使わせてもらうぞ!)
「好きな男のタイプは! この際バックギャモンできる男って設定として!」
「む。好きな男のタイプ? バックギャモンができるなら私はそれで満足だが……」
ストレートな表情の楽和も珍しい。
「ちゃんと答えろよ! せっかくバックギャモンできる前提なんだからな!」
どうだフフフ、ついに楽和からバックギャモンに関係ないセリフを聞くことができる瞬間が訪れるのか!?
(長かったぜ……気がついたときから楽和はバックギャモンネタばっかりだったぜ……ねだるプレゼントはバックギャモン、テレビゲームはバックギャモン、学校での会話のネタはバックギャモン……とうとうあの楽和から、バックギャモンに関係ないセリフを聞ける瞬間がやってきたってもんだぜぇー!)
おぅおぅ楽和考えてる考えてるぅ~!
「さっき楽和が言ったみたいに、バックギャモンは人それぞれ戦い方が違うからなっ。性格をバックギャモンに持ってくるなんてできるかなフッフッフ」
さあ悩め! 考えろ! そして答えを聞かせるんだ!
「……まじめな人がいいな」
(キタキタキタァーーー!!)
「理由は! さんはい!」
俺は興奮気味にマイク作って楽和に向けた。
「どんなことでもまじめに返してくれる人がいい。悩んでいることが大したことじゃなさそうに見えても、ちゃんと一緒に協力しあえる人がいい。真剣なことなら真剣に、おもしろいことならおもしろく、まじめに真正面から向き合いたい」
俺の興奮は一気に静けさが訪れた。しかしそれは熱が冷めたというわけではなく、バックギャモン愛から見える楽和のひたむきさがよく表れていたタイプ発表の言葉に、俺は改めて楽和の芯の強さを感じたからだ。
「これで答えになってるか?」
「あ、ああ。いい答えだ」
なんか上から目線っぽい返しになってしまった。
そしてそれは楽和が表情を崩すことなく語っていたそのまじめさに、より圧倒されてしまっていた。
「見た目の好みとかはないのか?」
「ない。というか観察すれば外見や表情だけでも物を大切に扱う人かどうかは判断できる。バックギャモンができてもボードを大切にしない人は嫌いだ」
「結局バックギャモンかーい。まぁでもそれはそうだよな」
まっすぐ見てくる楽和っていうのも、なかなか迫力があるな。身長差による目線の違いがあるが。
「楽和にいい彼氏ができるといいな。楽和結構いいやつだし」
楽和と普段しない会話ができてしまったからか、俺も普段使わないような文章が出てきた。
「空元は私の彼氏になりたいと思うか?」
「うぇーーーーー?!」
いいいやいやいやいやいきなりその展開来ますぅーーー?!
(しかも表情変わってねぇし!)
「どうなのだ」
「あー……いやぁ~……楽和の相手を務められるほど俺バックギャモンうまいわけでもねぇしぃ~?」
「腕前は気にしない。空元なら充分私の相手が務まると思うぞ?」
それは彼氏的な意味じゃなくギャモン的な意味ですかね!?
「ら、楽和は俺とバックギャモンできればそれでいいだろぉー? 俺もさ、楽和のことはそんな感じの友達で見てるし……さ?」
と、とりあえずこんな返しでいいか……?
「そうか。私も空元が話をしてくれるのなら、友達でいいぞ」
あっさりそう返事した楽和。
(……ん? 待てよ。これひょっとして、楽和を彼女にするチャンスを棒に振ったってこと?)
いやいやいや、楽和を彼女ぉ……? こんな年がら年中ギャモンまみれの彼女ぉ……?
(でもこうしてバックギャモン以外の話をしてるときの楽和のまっすぐな感じは、悪くないというか……むしろ心に響くものがあるというか……)
「こんな話よりもバックギャモンの話の方がおもしろいぞ?」
楽和がそう言い出して俺のもやもやはばっさり斬り捨てられた。
「い、いや俺的にはバックギャモン外の話をする楽和の方がおもしろいような」
「そんなことはない! バックギャモンの方がおもしろい!」
「たはは、恐ろしきバックギャモン愛」
どんだけ開け閉めされてきたんだろうな、あの携帯型のギャモンボード。
「……市雪にはいつも戦術を参考にさせてもらってるからな。たまには市雪からの話にも付き合う」
もし楽和が露音よりも身長高かったら、かっちょよさ度は露音を抜いていたんだろうか。
「さ、さんきゅ。でも部員でもない俺の戦術なんか参考になんのか?」
「なる。バックギャモンは最初のスタート位置こそどちらも同じだが、その後の展開は人それぞれだ。戦術を聞くたびに発見があり感動がある。そしてその中には意思を通して仲良くなることも含んでる。バックギャモンのように、お互いが1ロール1ロールずつ仲を深めていきたいと思っている」
結局バックギャモンが絡んでいるが、言ってることは結構まともだよな……?
「か、考え方は立派なんだから、たまにはバックギャモン以外のネタでも1ロール1ロールずつ仲を深めていったらぁー……どうだ? いつものバックギャモンネタの話がその銀色のギャモンボードだとしたら、ボード自体は木のボードもあればよその国のボードもある。相手の出してくる話のネタ……つまり相手の持ってるボードで戦うのもおもしろいだろ? なんなら同じサイコロ2つ使うモノポリーに乱入したっていいだろう」
俺もなんとか無理やりバックギャモンネタにこじつけたぞっ。
「……目からうろこだ。そのような考え、思いつかなかったぞ……」
なんか楽和が口開けてるぞ!
「だ、だろだろ? ひとつのボードだけじゃなく、日々いろんなボードで遊んだ方が新鮮な気持ちになれてもっと楽しいよな?」
さらにギャモンネタをぶち込む!
「……空元。いいやつだ……。空元の言ってること、よくわかるぞ……」
「いやこんな言い方して通じんの楽和だけだろうに」
ちょっとおもろかった。
「……そうだな。よし。空元、少しずつ相手の出方をうかがうことにする。相手の出方に合わせてもし不利になったとしても、ダイスと戦術、それに|キューブアクション《ダブリングキューブの使い方》次第で逆転できるのがバックギャモンのいいところだからな!」
「結局そういう流れかい……へいへい、そうだな」
楽和はやっぱりキリッとしていた。
「じゃあ俺はここでな」
「また明日な!」
「ああ」
早理佳の家が近づいてきた十字路ところで、俺は切り出した。楽和は走って去っていった。
(ふぅ……もう一生分のギャモンネタ使ったんじゃね?)
こんなにバックギャモンに頭回したのは初めてだ……。
本来ならこのまま帰って寝てもいいくらいだが、あくまでメインは早理佳のお悩み相談会だからなっ。おぅ。
今まで楽和としゃべりながら歩いてきたがー……俺は辺りを見回した。
(うおっ、早理佳いるじゃん!)
少し遠いところを歩いてる早理佳を見つけた。あ、ちょっと小走りでこっち近づいてくる。
「なんだ早理佳近くにいたのかよっ」
ん? じゃずっと後ろついてきてたってこと?
「う、うん。私が先に着かないと市雪くん入れないなって思ってちょっと急いだけど、楽和ちゃんとおしゃべりしているみたいだったから、声をかけづらくって」
「なんなら一緒に入ってほしかったくらいだぜ。もうバックギャモンネタばっかでへとへと」
「ふふっ。楽和ちゃん、本当に好きそうだもんね」
遠くから眺めて俺の劣勢っぷりをにやにやしてたとか!?
「ずいぶん楽しそうにしゃべっていたね」
「そうかあ? まじでへとへと。てかこんなへとへとなことを楽和は毎日みんなとしゃべってんのかよ……あいつ超人か?」
早理佳はにこっとしながら俺を見てくれていた。
「てか早理佳どんだけじっくり見てんだよっ」
「だって、見ていることしかできなかったから……」
早理佳って意外と緊張しぃなのか?
それからは特にしゃべることなく早理佳の家に着いてしまった。
早理佳お得意のどうぞどうぞにより俺は結本居家の中に入った。早理佳ママがいたのでぺこり。
で、早理佳ママがリビングにいるからって……
(……何度来ても緊張する)
早理佳のお部屋にやってきちゃった。今日はオレンジジュースらしい。そして今日は俺がうさぎさんコップらしい。
しかも今日はテーブル挟んで向かいじゃなく、俺から見て右側に早理佳はポジショニング。封筒が関係しているのかひそひそモードを使いたいからなのかわからないが、今日はなんか距離近め。果たして俺はまともな相談相手を務めることができるのだろうかっ!?
「来てくれてありがとう」
「いえいえ」
ちょぴっとは笑顔だけど、やっぱりすぐ困り顔になる。
「んじゃちょっと整理すると……今日は隼人から直接、源太から手紙で告白された。返事は隼人には特に期限はないが源太には明日しなければならない。早理佳的にはどっちもよくわかんない。告白されんの初めて……こんなとこか?」
「うん」
地味に制服早理佳を早理佳の部屋で見るのって初めてだよな。んなこと今どうでもいいか。
「さて、どうするかだが……気持ち的にはよくわかんないんだよな」
「うん。びっくりしちゃってる感じ、かな」
「わからないってことは、つまりー……す、好きな気持ちとかは……まったくない感じ?」
「ほ、ほんとにわからないよぉ。考えたことないもん。わからないけど、特にそんなこと考えないっていうことは、やっぱりそうなのかなぁ……」
なるほどねぇ。
「じゃあさ、隼人と源太、お付き合いするなら……どっち!?」
「えええっ!? わ、わからないよぅっ……お、お付き合いだなんて、そんな……」
あーかわいゲフゴホ。
「どっちならお嫁さんなりたいとか」
「もっとわからないよぉっ!」
でしょうね。
「……え、選ばないといけないのかな。ほんとにその、隼人くんとも、源太くんとも、そういう……お付き合いっていうの、想像できないっていうか……」
「んじゃあ……どういう相手だったらお付き合いしたいとかは……あるか?」
「ええっ、ど、どうなのかな……どうなんだろう……えっと…………」
早理佳は一生懸命考えてくれている。
「……一緒にいて楽しい人がいいかなぁ。気が合う人がいいの、かもしれない……ね」
今何気に早理佳の貴重な情報を聴いてしまった気がする。
「じゃさ、隼人と源太は、その楽しくて気が合う人ってのに、当てはまるか?」
「うぅ、どうなのかな……楽しくなくはないと思うし、気がまったく合わないことでもなさそうだけど……よくわからないかなぁ……」
「まぁー一人は部活入ってきたばっかの一年生で、もう一人は一方的にしゃべってきてるだけって感じらしいからなぁ、早理佳情報によると」
「な、仲良くしたい気持ちはあるんだよ? でもその、お付き合いしたいっていう気持ちは……そんなに……」
「てことは、それが答えってことかな」
「で、でも、二人から言ってくれて、二人とも断るなんて、ほんとにいいのかなぁ……」
「付き合いたいと思わない人と付き合ってもいいことなさそうだけどなぁ。んまぁ付き合ったら実はいい人でしたパターンもあるにはあるんだろうけど」
早理佳は手をひざの上に置いて悩んでいるようだ。
「人数に関しては、今回たまたま二人重なったってだけだから、あんまり考えなくていいんじゃないかな」
「そ、そうなのかな……」
「そーそ。あくまで隼人と付き合いたいのかそうじゃないのか、源太と付き合いたいのかそうじゃないのかで考えたらいいさ」
「うん……」
早理佳は悩みつつもちゃんと考えているようだ。
「……前にちょろっと話したと思うけど、俺も一回だけ、経験あるし……」
「そう、だったねっ」
ある意味この日のためにあの経験があってよかったと思った。
「だからさ。俺もその……振っちゃってるわけだし。早理佳が気にすることなんてないさ」
早理佳はちょっとだけ俺に視線を合わせた。
しばらくお互い黙ったままの時間が過ぎた。なんか俺からがつがつしゃべりかけんのもあれかなとか思っちゃってさ。
「……私……」
「ん?」
早理佳がしゃべり始めた。
「……私、お付き合いって、よくわからないけど……でも、どうせ男の子とおしゃべりするのなら……」
早理佳の視線は自分のオレンジジュースに向けられている。
「さっきの、市雪くんと楽和ちゃんがしゃべっているみたいな、楽しくおしゃべりしたい、かな……」
「はぁ? 俺と楽和みたいなの?」
ちくたくちくたく。
「……いや、二十四時間三六五日バックギャモンネタとか勘弁」
ちょっと笑ってくれた。
「それは私もできないよっ」
「だよな」
改めてこっちを見てきた。
「あんな感じに、心から笑い合っておしゃべりできる関係だったら、男の子と一緒にいてもいいかなあって……思った」
「だからどんだけじっくり観察してんだよっ」
「だってぇっ」
笑ってくれた。
「隼人や源太とは、そういう関係、なれそうか?」
「うーん……」
でもちょっと視線外れた。
「もしかしたらなれるかもしれないけど、想像はつかないかなぁ」
「そっか」
もし早理佳が源太とお付き合いしたら、一体どんな話題で盛り上がるんだろうか?
「どうだ? 結論は出そうか?」
「うぅっ……どうしよう……もし断っちゃったら、落ち込んじゃうよね……」
「少なくともどっちと付き合うとしても、どっちかには必ず断らないといけないよな」
「そう、なんだよね…………市雪くんが代わりに断ってきてほしいくらいだよ……」
まさかの代理!?
「べ、別に早理佳がどうしてもどうしてもどうしてーもっていうことなら、俺が代理で断ってもいいけど、ある意味本人に断られるよりもダメージでかいかもしれないぞ?」
「ああっ、そうだよね、そうだよね。やっぱり私がちゃんと言わなきゃだめだよね……」
早理佳ちゃんはやればできるこ!
「さあどうだ? どっちか付き合いたいやつがいるなら付き合えばいいと思うし、どっちもいまいちやなっていうことならどっちも断ればいいと思うし。隼人は返事先延ばししてもいいみたいだから考えてもいいだろうし」
「……どうしよう……」
ん~。あんまり話が進みそうにないなぁ。
「俺はまだ時間あるからさ。ゆっくり考えるといいんじゃないかな。んしょっと」
ここで俺はセカバンを枕にして寝っ転がることにした。
「市雪くん?」
「ちょい寝る。答え浮かんだら起こしてくれ」
「お、おやすみするの? 疲れているのかな?」
「あー、楽和のせいで疲れてっかもな」
「じゃあ……ベッド、使う?」
「どこの?」
「そこの」
ちらっ。
「使えるわけねーだろぉーーー!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ」
本気であやまってる早理佳っ。び、びびったわぁ……。
(俺のどきどきキャパシティそんなにでかいと思ってんの!? 布団ぼふっただけで天に召されるよ!?)
「とにかくっ、俺ここにいるからな。おやすー」
「えっ、あ、おやすみなさい……」
実は結構まじで眠たかった。おやすー。
(んぁ~つかまっふぁぁ~だっひゅふしぇねばぁ~……んむにゃむにゃ)
ん、ん~っ。夢にまでバックギャモンが出てきたぞ……人間何人分だよってくらい巨大な駒だったけどな。
(あーそっか。俺早理佳の部屋で……)
俺は目を覚ました。気づくと薄手のピンクの毛布が俺に掛けられてあった。
(早理佳はどこまでも優しいのぅ)
寝転んだまま周りを見渡してみたが……早理佳いた。てか着替えてるしっ。薄いピンクのフリースに紺色スカート装備だ。
「起きた? おはようっ」
「おふぁー」
あーよく寝た。早理佳はにっこり俺を見下ろしている。
「俺起こさなかったってことは、まだ考え中?」
あれ、早理佳は首を横に振った。
「ううん、決まったよ」
「じゃなんで起こさなかったんだよっ」
「市雪くんの寝顔を見ていたら、起こすのかわいそうかなって思って……」
そこそんな笑顔で言われましてもっ!?
「ま、まぁ決まったんならそれでいいや。それで、どうすんだ?」
俺は起きながらそう聞いた。
「……断ることにする。二人とも」
二人ともっ。
「してその理由は」
「やっぱり、どれだけ考えても私とお付き合いしている様子が浮かばなかったからかな」
「そっか」
おやすーする前まではずっと悩んで考えているような表情の早理佳だったが、今は少し晴れやかな感じだ。吹っ切れた感じなんかな。
「おし。早理佳のお悩みが解決したんなら帰るかな」
「うん。ありがとう。市雪くんがいてくれたおかげでなんとか乗り越えられそう」
「いえいえっ」
やっぱそうやって笑ってる早理佳がいいさっ!
「あっ。帰る前に気になった点をひとつ」
「なに?」
お互い立ち上がりながら。
「……どこで着替えた?」
「一階ですぅ!」
「あ、はい」
寝起きに同級生がいるとかめったにない機会なので、頭まだ回ってなかったやもてへ。
俺は早理佳ママとあいさつし、早理佳に見送られながら結本居家をあとにした。
(二人とも断んのかー)
理由はちゃんと聴いたし、その理由でいいと思う。
(でも二人とも断んのかー)
早理佳にとって、お付き合いしている姿をイメージできる相手って、一体どんなやつなんだろう。
(…………もしさ? もしだぞ? お付き合いしている姿をイメージできないから断るってことなら、イメージできる相手とはお付き合いしてもいいってことになるよ……な? てことはさ。てことはだよ。そのイメージできる相手ってのに、もし……)
もしだからな。もしの話だからなっ。
(……俺が含まれていたら……告白すれば、お付き合いしてくれる、ってことなんだよ……な……)
早理佳とお付き合い、か……。
もし早理佳とお付き合いなんてできたら……そりゃー、かわいくて賢くて、一緒にいてて楽しくてのほほんしてても楽しくて、吹奏楽とかの共通点もあり、最近結構早理佳から声かけてくれるようになったし……なんて女子と、お付き合いできたら……お付き合い…………
(遠くから眺めていた憧れから、近づいてお付き合いに……?)
お、お付き合いってあれだよな。高校も一緒に楽しんで、大学も一緒に楽しんで、大人になって結婚するっていう……あれ、だよな。いやマンガとかドラマとかでくらいしか知らないけど……。
(……早理佳って、そもそもだれかとお付き合いしたい気持ちとか、あるのかなぁ……)
今日はひたすらわからないっていうことは聴いたけどさ。そもそもそういう気持ちがなかったら、た、例えばだぞ例えばっ。俺がイメージに合うやつになれたとしても、告白しても断られる、てことだし……
(てててか俺が早理佳に告白!? 俺が? この俺がっ!?)
源太ですら告白してるんだから、俺が告白しちゃいけないなんて決まりはなさそうだけどさ……告白……こ、告白、か……。
小学校高学年から中学二年生まで憧れて遠くから見てるだけだったのは、なんかさらに一歩みたいなのを踏み出せないでいたからだ。同じ部活まで選んだのに。
でもこの三年生になってから……一緒に朝登校するようになってからはどうだ? 早理佳と一緒にしゃべったり遊んだりしてるの、すんげー楽しいじゃん。もっと遊びたいし、早理佳からももっと遊んでいいって言ってくれてるし。もっと単純に言えば、早理佳と一緒にいたいっていうか……。
(……うん、早理佳と一緒にいれば、間違いなく楽しい毎日のはずだ。すでに今も早理佳と毎日しゃべれて楽しいのは間違いない)
なんか、うん。俺、早理佳と一緒にいたいんだな。でもなんか普通の友達と遊びたい感覚とはちょっと違うような。もっと近くにとか、この先もずっととか、なんかこう……なんだろう……。
(お、俺まだ寝ぼけてんのかな)
ちょっと両ほっぺたぺしぺしたたいて、家に向かって走り始めた。
(っていうかそもそも二人も振ってんだから俺なんかが告白してもなぁ、ははっ)
ペースを上げた。いつもより腕の振りが大げさになった。