第五話 ついに訪れた遊んじゃう日
「雪出かけんの?」
「ああ」
うちの姉ちゃんが現れた。今日は上白Tシャツ下ピンクジャージだが、色や絵柄とかが違うことがあっても家の中ではだいたいこれ。髪はくくって横に流れてる。俺よりほんの少し身長が高い。
ちなみに今日の俺は紺色の長そでシャツにジーパン。長らく愛用している緑色のポシェット装備。
「あーそっか、直織んとこ行くって言ってたっけ。暇だしあたしも行こっかな?」
まさかの展開!
「きょ、今日は早理佳以外だれもいないっつってたぞ?」
「なんだ、直織いないのかー……あれ、それってひょっとして……」
急に目を細めて寄ってきたぞ!?
「な、なんだよっ」
「……ははーん?」
「だ、だからなんだよっ」
不気味すぎ。
「……そっかそっか、いつの間にかあんたたちがねぇ……それじゃあじゃましちゃ悪いわねぇっ」
じゃまってなんだじゃまってよっ。
「早理佳ちゃん待ってんでしょ? いってらっしゃーい」
「い、いってきまーす」
相変わらず変な顔してる姉ちゃんにしっしされたので、俺は玄関へ向かった。
俺は愛車のマウンテンバイクで軽快なドライビングテクニックを披露しているぞっ。黄緑色から水色にグラデーションしてるやつで、小学五年生のときに買ってもらった。父直伝の技術でパンク修理もできるぞ。
この前早理佳のおつかいについてったから、早理佳の家の場所はわかる。めちゃ覚えた。姉ちゃんは結構行ってたみたいだけど俺は全然行く機会なかったな。てかそんなの考えただけで緊張するしっ。
小学校のときに学校だけじゃなく休みの日にも遊んでたらよかったかな?
(ま、今仲良くなれてるんならそれでいっか)
今日もいい天気だ。
(つ、着いた)
俺は結本居家まで来てしまった。
(この日が来てしまったのか……!)
確かにこの前デビュー戦は果たした。だがそれはジュース飲むだけだったし早理佳ママもいた。それに対して今日は早理佳と二人しかいないとか! いろいろ遊び道具のことを言っていたが、緊張しまくりでまともに遊べるのかもわからないぞっ。
(……う、うし。押すぞっ)
俺はゆっくりとインターホンへ右手人差し指を伸ばし……
(あぁ~緊張するぅ)
「市雪く~ん!」
「うおあばっ!?」
あ、インターホン押しちゃった。てか今どこから声聞こえてきた!?
辺りを見回してみたが声の主っぽそうな人は見当たらなかった。遠くに一人歩いてる通行人は思いっきりおじいちゃんだし。
それじゃあ家から? 俺は結本居家をじろじろ見つめてみたが、
(そこかぁーっ!!)
早理佳が二階の窓から手を振っていた! と思ったら窓閉められカーテン閉じられた。
待機。
少し待っていると、玄関のドアが開いた。早理佳が手招きしている。俺は自転車に青色のワイヤーの鍵掛けてっと……。
(ゆくぞっ)
門扉を開けてっと……もちろん入ったら閉めてっと。
そして早理佳に近づく。
(これが……これがっ、私服早理佳!!)
薄い黄色のブラウスに白だけどピンク花柄のロングスカートだった。いや私服自体は小学生のときに見ているはずなんだが……あれ、そう考えると二年ぶりくらいにしかならないのか。襟のついていないシャツとひざくらいまでのスカートが多かったのは覚えている。なんでこんなことは覚えてるんだ……。
「市雪くん?」
「うぉぁ」
うぉっほん。平常心平常心……。
「どうぞ」
「おじゃま……」
はっ! 緊張しすぎててあの技を忘れていた!
「じゃますんでぇー」
……うん。早理佳はにこにこしているだけだった。もしかしたら俺の発音がいまいちだったかもしれない。確認のためもう一度しておこう。
「じゃますんでぇー」
「もう一度? どうぞっ」
俺はわざとらしい大げさなため息をついた。
「早理佳」
「な、なに?」
「教えなければならないことがある。心して聴けっ」
「う、うん」
レクチャー開始!
「まず。俺が扉などをくぐるときに『じゃますんでぇー』と言ったら、早理佳は『じゃますんなら帰ってぇー』と言わなければならない」
「えっ? 私、市雪くんと遊びたいよ……?」
「その直後俺は『あいよー』と言いながらも『なんでやねん!』という鋭いツッコミを行う。ここまでがルーティンだ。いいな?」
「えっと……よく、わかりません?」
「では実践するべし。ゆくぞ」
「え、えっ?」
ひとつせき払い。
「じゃますんでぇー」
「えっと……じゃますんなら帰ってぇー?」
「あいよーってなんでやねん!」
あ、勢いよすぎて早理佳の左腕にツッコミが当たってもうた。しかしこのルーティンは外せないので構わずキメ顔をする!
早理佳はぼーっと俺を見ている! 特に動作はない!
「……ふふっ。よくわからないけど、こうすればいいのかな?」
早理佳が笑いました!
「そうだ。精進したまえ」
「はーい」
素直でええこやな。
「おじゃましまーす」
「じゃますんなら帰ってぇー?」
「今のは普通のじゃい!」
「あ、そうなんだねっ。どうぞっ」
もひとつ笑ってくれた早理佳だった。
早理佳がリビングに入っていったので、俺も入ることにした。
「レモネード作ってあるから、それとお菓子を持っていくね」
「へい」
俺はー……とりあえず立ったまま待機。早理佳が冷蔵庫を開けたり戸棚を開けたりしている。
「さ、早理佳ー?」
「なにー?」
……なんか、呼びかけくなったから呼んでみたけどー……
「呼んだだけ」
「なにそれーっ」
それでも笑わせることに成功したようだ。早理佳は笑いのハードルが低いようで助かるぜっ。
「それじゃあ行こっ」
木のおぼんを両手で持ってやってきた早理佳。透明の縦長な容器に入ってるのがレモネードだな。この前登場したうさぎさんかめさんコップと、一口チョコレートとクッキーサンドのお菓子が入った木の器も乗せられていた。
「重いか?」
「大丈夫だけど……じゃあレモネードだけ持ってもらおうかな」
「任せろ」
俺は腕を伸ばしておぼんの上からレモネード容器を両手でつかんだ。この距離の近さにどきどきしながら。
「ついてきてね」
「へい」
遊ぶってここじゃなかったのか? 俺の脳内シミュレーションではこの前メロンジュースうまうましたそこのテーブルで遊ぶものだと思ってたんだが……?
早理佳の後をついていくように、階段を上がってー……右に曲がってー……
「市雪くん、開けて」
「ん?」
確かに扉の前にやってきたが……開けるの、俺?
「私、ほら、これっ」
おぼんを上げ下げしてる。ふむ。早理佳は両手がふさがっているな。
「俺?」
「うん。他にだれもいないよ?」
一応見回してみようか。うむ、俺と早理佳しかいない。この前の早理佳ママの話にもそういうことが言われていたしな。
「ほら、開けて」
早理佳が俺に向かってそう言っている。
「……俺?」
「もぅ、市雪くんしかいないってばぁっ」
早理佳笑ってくれてんのはかわいいとして……。
「ちなみにここは、何の部屋?」
「私のお部屋」
ドアも確認してみた。木の掛け札があって、『さりか』と描かれてある。あーたしか小学校の四年生かなんかに、体験学習で杉の木の板をバーナーで焼いて絵の具みたいなやつをうにぃって出して描いて作るプレート作りがあったんだよなぁ。
焼き杉ってのらしいけど、俺めっちゃくちゃ焼いたから、みんなから『焼き過ぎ』って言われたっけ。俺のはドアのプレートじゃなくてきとーに空と太陽っぽい絵を描いて『夢へ羽ばたけ!』とかなんとか書いた。今じゃあそこまで思い切っては書けない。リビングの時計の近くに飾られてある。
「早理佳の部屋?」
「うん。だから開けてっ」
早理佳の部屋? ここ、早理佳の部屋? 早理佳って今横にいる女子だよな? 同じ部活でクラスメイトの女子だよな?
「あ、開けて……いいのか?」
「いいから言っているのっ」
「いや、だって、でもさ、あの、えっと、さ、早理佳の部屋なんだよ、な?」
あ、早理佳のほっぺたがふくらんだ。その表情もゲフゴホ。
「……ちゃんと、お片付けしてあるし、その……市雪くんなら、入ってもいいから……開けていいよっ」
早理佳のほっぺたはすぐへっこんだ。
「じゃ、じゃあ……失礼、します」
俺はレモネード容器を左手に持ち、細長いドアノブに右手を掛けた。
(これを倒して、前に力を込めれば、あの早理佳の部屋に入ることになるのか……)
思えば同級生の女子の部屋なんて、桃が一回、露音が一回あっただけだったかな。露音の部屋はすごかったな。いろいろかっちょよかった。
(てか俺なんでこんな緊張してんだよっ。そもそも俺には姉ちゃんがいるんだぞ? 女子の部屋自体は何度も入ったことあるんだから、たったこれだけのことでそこまで緊張しなくていいはずなんだうんうん!)
んまぁ女子のうち率にしたら姉ちゃんの部屋が90何%ものパーセンテージになるんだけどさ。
(ずっと追いかけてきて、でも遠くから眺めることが多かった早理佳の)
「早くしてよぉ、さすがに腕疲れちゃうよ?」
「あ、す、すまん。じゃあ」
俺はドアノブを傾け、そして……ついに……
(こ、ここが……)
聖なる領域、早理
「早くってばぁっ。えいえい」
「うああ押すな押すなっ」
おぼんで背中を押され、俺は早理佳の部屋に入ってしまった。
(ここでいつも過ごしているのか……)
姉ちゃんの部屋と違うところはいろいろあるが、カラフルなところかなぁ。薄い黄色のタンスとかベッドの薄いピンクの布団とか水色のカーテンとか、いろんなところに色がある感じだ。カーペットは白色だけど四隅にバラの刺繍がされてる。テーブルはオレンジ色だ。勉強机は普通の木の色だけど。
「座ってください」
早理佳がおぼんをテーブルの上に乗せてから、クッションを召喚し、向かい合わせに配置した。白色のところに早理佳が座ったので、俺は茶色のところに座れということだな?
早理佳からそう言われれば座らなければならない。俺はいざ茶色のクッションへと歩を進
「ドア閉めてくださいっ」
「あ、はい」
めようとしたが、すぐ転換してドアを閉める。改めて茶色クッションへ。とりあえずレモネード置くぞ。
俺が座るまでじぃっと俺を見てる早理佳。
(本当に早理佳と俺だけの空間なんだな……)
家の中は他にだれもいないっていうことで静かだ。この家は大通りに面しているわけでもないので外も静か。窓から入ってくる光が早理佳の神格化をより高めている。
「市雪くん、緊張しすぎっ」
「そ、そりゃあ……まぁ、なんていうか……」
言われてみても、確かに緊張しすぎだとは思う。けどさぁ、けどけどさぁ。
(緊張しねぇわけねぇよなぁ!?)
レモネードをコップに注いでる早理佳。見るからに手すべすべしてそう。
「他の子と遊ぶときも、そんな感じ?」
「え、あ、いや、そんなことはないかなー?」
そうだよな。桃や露音と遊んだときはこんなに緊張しなかったはずだ。んまぁどっちも二人っきりじゃなかったけどさ。
(ふ、二人っきり……)
二人っきりっていうことなら、桃とは放送室で二人っきりなはずだ。でも今ほどの緊張はなかった。それは学校だからか? いやぁ今のこの感じだったら早理佳と二人っきりなら学校だろうがなんだろうが緊張しそうだけどなぁ。
「じゃあ、なんでそんなに緊張しているのかな?」
「な、なんでだろうな……?」
人間とは不思議な生き物ですね。
「……市雪くんが緊張しちゃったら、私も……緊張しちゃうよ?」
「んなこと言われましても~……」
「はいっ」
早理佳はコースターらしき敷物を敷いてからレモネードを置いた。
「ドアのは焼き杉のやつってことは、これも学校の?」
「うん。家庭の時間の」
柄はないが、桜の花びらの形をしたピンクの布のコースターだ。縫い物対決をしたらまず間違いなく俺完敗する。
「かんぱ~い」
「んぉっ、かんぱーい」
完敗とか頭の中で文字浮かべてたら突然乾杯言われてびびった!
とにかく俺はかめさんコップを持って早理佳のうさぎさんコップとカチンした。まぁカチンというかコンッって感じの音だったけど。てか今日は俺がかめさんなんだな。
レモネードを飲んだ。すっぺ。でもうま。
「おいしいね」
「すっぺうま」
両手でうさぎさんコップを持ちながらにっこりする早理佳。他のだれもいないこの早理佳の部屋で、俺に向けてくれてるにっこり。
(な、なんか緊張以上にどきどきしてきたぞっ)
あまりに緊張しすぎてオーバーヒートしてるかもしれないな! まだゲームで開戦すらしてもないというのに。
「最近市雪くんといっぱいしゃべっているよね」
「そ、そうだな」
「なんていうのかな……市雪くんとしゃべっていると、のんびりお話ができて、それなのに楽しい感じがして、なんかいいなって思うの」
「それは、なにより」
「市雪くんは、私といて、楽しんでくれているかな?」
愚問!
「そりゃ早理佳といたら楽しいから、誘っちゃったし……?」
言ってて少してれくさかったが、早理佳ちょっと笑ってくれた。うさぎさんコップ着陸。
「もっと、その……誘ってくれて、いいから……ね」
「そうなの、か?」
早理佳はうなずいてる。うさぎさんコップは着陸しているが、両手は添えられたまま。
「じゃあ……明日?」
「あ、明日っ?」
俺たち吹奏楽部は基本的には土日は休みだ。本番は土日のことが多し、本番近づいてきたときはたまに土曜日に部活があることもある。
と思って早速誘ってみたが、早理佳はちょっと驚いた様子をしている。
「さ、誘っていいみたい、だしさ」
「そうだけど、その、あ、嫌とかじゃなくって、急だから驚いちゃって……」
「す、すまん」
「ううん」
でもすぐにっこり早理佳。
「じゃあ明日も一時……ねっ」
いいのか本当にこれで! いきなり二連荘だぞおい!!
「あ、あざす」
早理佳は少しうなずいてからレモネードを飲んだ。俺も飲も。
「明日はどうする? 明日もここがいい?」
俺は少し考えてみたが、緊張しすぎでよく頭が回っていない。
「明日もここでっ」
「うん、じゃあ一時に待っているね」
「ああ」
ひょっとして緊張しすぎなんじゃなくて、夢の空間だから頭回ってないとか? これ夢かもしれないな? ちょっとほっぺたつねってみよ。痛ぇ。
「な、なにしているの?」
「いや、なんでも」
んまぁ俺でも目の前に座ってる人がいきなりほっぺたつねりだしたらそりゃなんぞやと思ってしまう。でも確かめないわけにはいかないじゃないか。
「それじゃあ遊ぼうっ。一緒に選んで」
おぼんとコースターを俺から見てテーブルの左端に寄せられたので、俺も自分のコースターを左に寄せた。一緒にということで俺は早理佳についていくと、透明の長方形の箱を発見。深さはそれなり。
早理佳は手招きをしてから箱のふたを開けた。手招きをされたので、俺は早理佳に近づいてー……横に座った。
(近かったかっ)
左肩が当たりそうになった危ない危ないっ。
「どれ遊ぼう?」
中にはトランプ・ドミノ・オセロ・将棋・チェス・謎の箱ふたつ・モノポリー・ウノがあった。
「この箱はなんだ?」
「開けていいよ」
俺は黒い箱を取っ
(ひょうぉっ)
早理佳の右腕と右手が当たっちまったっ!
瞬時に早理佳を見てみるが、特に変わった様子はなかった! つーか近い!
コホン。気を取り直して……黒い箱重っ! を開けてみた。ボタンぷち。
「麻雀かよ!」
ちっちゃい麻雀牌だった! 点棒もサイコロもちっちゃい。
「早理佳麻雀できんのか?」
「ううん。市雪くん教えてくれる?」
「それはいいけど……とりあえずもいっこの箱開けよう」
今度は早理佳の腕を注意しながら紺色の箱を取り出した。さっきの黒い箱よりかは一回り大きいが軽い。
これは鍵が二個付いてるタイプだ。ということは……
「バックギャモンかいっ」
深緑色の生地に水色と白の三角形が並んでるタイプのだっ。ダイスカップ付き。
「早理佳バックギャモンできんのか?」
「それもよく知らないの。たまに楽和ちゃんから『この場面、どうする!?』って言われるけど、なにも答えられなくって。教えてくれる?」
「それも別にいいけど……」
こんな近くで早理佳と、しかも私服早理佳としゃべってるとか。近くで見る早理佳はやっぱりいいなぁ。
(ぶるぶるぶる! 遊びに来たんだ遊びに来たんだっ)
気を取り直してっ。
「なぁ早理佳、この箱の中に入ってるやつで、他にルール知らないのは?」
「ドミノとチェスかなぁ。将棋は動かし方をなんとなくわかるから、チェスは覚えられそう。ドミノは倒してしか遊んだことないよ」
「半分以上わかんねぇやつばっか入ってんのかこの箱」
「わ、私だけが使っているわけじゃないからね。市雪くんなら知っているのあるかなって思って、おうちにある物を集めたの。囲碁はないの」
早理佳としゃべってると楽しいなぁ。
「んじゃー……いろいろ教えてくから、たまに誘っていい……よな?」
早理佳がこっちを向いた。俺も自然と早理佳の方に顔を向けた。
「……うん。いろいろ教えてねっ」
近いっ。こんなに近いと笑顔がまぶしすぎるっ!
「お、おーし。じゃまずは軽ーくオセロからっ」
俺はオセロを取り出うわ結構重いな。マグネットのタイプかっ。
「うん」
オセロせずにこの近さで早理佳見てるだけでもいいような気がしないでもないような。でもそんなことしたら怪しまれまくるので、俺はオセロを持ってテーブルへ移動した。
オセロの結果は38対26で負けちまった! 途中までいい勝負だと思ったんだが……!
その次はトランプでの戦いが始まった。じじ抜きは三回やって二回負け、スピードは二回やって引き分け、大富豪は二回やって二回とも負けるという、なんとも勝率の低い展開っ。
俺たちは休戦し、お菓子を食べてのほほんしていた。
「市雪くんは、女の子とよく遊ぶの?」
「いや、ごくたまーに桃や露音と遊ぶことがあるくらいで、普段は男子とばっかだな」
「女の子と遊ぶときって、緊張しちゃう?」
「んー……たぶん?」
「私でも?」
「かも……?」
早理佳となら何だって緊張すると思いますけどね!?
「あぁ姉ちゃんがいたか。たまに遊ぶな」
「緊張しちゃう?」
「しねぇ」
早理佳笑った。
「どんなことをして遊ぶの?」
「親戚集まったときに麻雀とか、モノポリーとか?」
「モノポリーおもしろいよね。私はたくさん集まってゲームをすることがほとんどないから、あんまりする機会ないけど」
「俺もそんなにする機会ないなー。露音ん家でバックギャモンのトーナメント戦ならやったことある」
「わあ、すごいね!」
「楽和もいたさ……それはもう燃えていたさ……」
早理佳とモノポリー……早理佳とバックギャモン……一体どんな戦術で戦ってくるんだっ。
「私とも、気軽に接してくれていいからね」
「あ、ああ」
気軽に接そうと思っても緊張しちゃうんですけどね!?
「私も市雪くんに、気軽に接していいよね?」
「ぜひ」
レモネード飲み切った。
「入れてあげる」
「あざす」
早理佳がかめさんコップを取って、レモネードを注いでくれてる。
「桃ちゃんや露音ちゃんとは、仲がいいのかな?」
「んまぁ露音とは中学入ってから、桃とは小学生からわちゃわちゃしてるくらいには。今露音とは席隣だし、吹奏楽部に弟入ったことで話題増えたし。桃とは放送委員で一緒だしな」
「そうだよね。はい」
「あざす」
コースターのところにまたレモネードを置いてくれた。
「楽和ちゃんの質問にも答えているよね」
「ああ。登校中にやられたときはさすがにびびった」
「そんなこともあったんだね」
すっぺ。これほんとすっぱいな。おいしいけど。
「サックスのみんなとも仲いいよね」
「悪くはないと思うが、みんな優秀すぎてウッウッ」
「市雪くんもちゃんと優秀だよっ」
「あざすウッウッ」
佳桜にも一瞬で抜かされそうな気がしてきた。
「そう考えると市雪くんって、結構女の子とおしゃべりしているよね」
「んーまぁ特に今年はそんな気がするような。てかそれ早理佳と毎朝しゃべってることもカウントされっからっ」
「そうだねっ。でも私は男の子とあんまりおしゃべりしていないもん」
「そうなのか?」
「うん」
これまで早理佳を遠くから眺めてきたのを思い返してみれば、確かに男子としゃべってるシーンはそんなに出てこないかもしれない。だから渡り廊下のときに男子としゃべってる早理佳見てうぉって思ったんだろうと思う。俺どんだけ早理佳見てたんだ。
「昔は男の子ともよくしゃべっていたと思うのだけれど、なんだか最近、ちょっと緊張しちゃうっていうか……」
俺とはちょっと違うパターン?
「ほんとはね。市雪くんとおしゃべりするのも、ちょっと緊張しちゃうの」
「まじかっ」
「でもねでもね、全然嫌な緊張じゃないの。つい緊張しちゃうけど、それよりも市雪くんとおしゃべりしたいなっていう気持ちの方が強いから、大丈夫」
俺は早理佳としゃべりたい気持ちがあってもすこぶる緊張しまくりです。
「だからむしろ、いっぱいおしゃべりしてほしい。そうしたら、自然と緊張もなくなると思うし、私もいっぱいおしゃべりしたいし……な、仲良くなりたいなっ」
今すっげーどきっとした。具体的に仲良くなりたいとか、そんなてれながら言われたら、そりゃ心にずしんとくるってもの。
「俺も~……早理佳と仲良くなりたい、さ?」
早理佳は顔を少し下に向けながら、ゆっくりうなずいている。
「小学校のときみたいに、いっぱい声をかけてほしいなっ」
「ど、努力します」
果たして俺は自分の緊張を打ちのめすことができるのかっ!?
「い、言ったからね。いっぱい声をかけてねっ」
「鋭意努力いたします」
念を押されてしまった。
「それじゃあ、次何遊ぼう?」
「そ、そうだな。バックギャモンのルールを教えよう。楽和のあれにも答えられるようになる」
「うん、お願いします」
ぱあっと明るくなった早理佳のお顔。
バックギャモンのルールを教えて、実際のバトルも数戦行った。さすがは結本居早理佳といったところか、飲み込みが早く、動かし方やゴールの仕方はもう大丈夫なようだ。ダブリングキューブも一応教えた。今度するときはポイントマッチだなっ。
(はっ。まさか楽和が見境なくボード見せて聞きまくってんのって、この布教が目的なのかっ!?)
恐るべし、細平楽和。
めっちゃ早理佳と遊んだが、めちゃんこ早理佳とおしゃべりした。早理佳と遊ぶのもしゃべんのも、なんだか特別な感じがする。うきうきするっていうか、もっとしゃべりたくなるっていうか。他の友達と遊んでるときのようなストレートな楽しさよりも、もっと深くて大きい感じの楽しさがあるっていうか……。
早理佳の表情を見れば早理佳も楽しんでくれているんだなってよくわかって、それがまたさらに俺の楽しい気持ちになる。
変なけんかとかしませんようにっ。
「うぉっと五時か」
俺たちの地域では五時にお知らせサイレンが鳴る。ちなみにこのサイレンは朝六時・昼十二時・夕方五時・夜九時だ。朝六時はあんまり聞いたことないや。
「そろそろ帰る?」
「そうだな。どうせ明日も会うし?」
早理佳はちょっと肩をすくめながらうなずいている。
「あ、お姉ちゃんが帰ってきたね」
たぶん玄関だろうけど、ドアの開け閉めの音が聞こえて人の声みたいなのもちょこっと聞こえた。
「早理佳の姉ちゃんって、最後に会ったのいつだっけな」
基本的にはうちの姉ちゃんって早理佳の姉ちゃんに会いに行くことが多くて、向こうがこっちに来るってことはほとんどない。もちろん少しはあるわけなので、俺も少しは知っている。
「お姉ちゃんは市雪くんのおうちに行ってるもんね」
「ああ」
とにかく俺はポシェットを装備し、立ち上がった。それに合わせてか早理佳も立ち上がった。
「今日はありがとう。市雪くんとおしゃべりするの、楽しかった」
まぶしいぜ、その笑顔!
「明日も来るしっ」
「一時に待っているね」
「ああ」
正直、もうちょっとここにいたいと思った。でもまぁ、明日会うしっ。これからも会ってくれるみたいだし。
俺と早理佳は部屋を出て階段を下りた。あ、早理佳の姉ちゃんが現れたぞっ。
「早理佳ただい……ま、ってあれ、市雪くんだよね? 遊びに来ていたんだ!」
「こんちゃ~」
早理佳のお姉ちゃん、直織さんだ。白でたくさん花柄のワンピースに上着を薄オレンジのパーカー装備。髪はこっちから見て右上でお団子になってる。うん、俺にはわかる。これが世に言うおしゃれさんというやつだっ。身長は俺よりほんの少し低いくらい。
「市雪くんおっきくなったねー」
「そりゃ育ち盛りだしっ」
早理佳のお姉ちゃんが手で身長計みたいなことをしてる。
「市雪くんがいるのなら、もうちょっと早く帰ったらよかったかなぁ」
「また来るんで。しかも明日」
「そうなの? 明日少しおじゃましてもいいかな?」
と、早理佳に向かって聞いていた。
「う、うん」
「やったっ。もう帰るの?」
「はい。また明日」
「うん、ばいばい、気をつけてね」
「あいさっ」
早理佳の笑顔がまぶしければ、早理佳のお姉ちゃんの笑顔もまぶしかった。
玄関のドアを閉めて表までお見送りしてくれる早理佳。
「また明日ね」
「ああ」
ちっちゃく手を振る早理佳だった。写真撮影したら賞もらえるんじゃね?
「雪ー。早理佳ちゃんどうだったー?」
今日も家族そろって夜ごはんを食べていたら、姉ちゃんが聞いてきた。
「どうって、いつも部活で会ってるし」
「またまたーわかってるくせにー。早理佳ちゃんが楽しそうだったかって聞いてんのよっ」
「そ、そりゃ遊んでんだから楽しそうだったんじゃないのか?」
なぜそこでため息をつく。
「早理佳ちゃんって、晴絵の友達の妹さんでもあるのよね」
「そだよー」
母さんがお茶をコップにつぎながら確認していた。
「その早理佳ちゃんっていうのは、どの楽器なんだい?」
「パーカッション」
父さんもみそ汁のお椀を持ちながら確認してきた。
「帰りに早理佳の姉ちゃんにも会ったよ」
「直織に? なんか言ってた?」
「言うっていうか……明日も行くって言ったら、ちょいおじゃまするとか言ってたな」
「なんですって!? あーあ、あたし明日なんもなかったら行きたかったなぁ~」
「なんでだよっ」
「そりゃあ~……雪と早理佳ちゃんの様子を眺めてみたいから? 二人が顔合わせてるとこって学校でしか見たことないもーん」
「それで充分じゃないのかっ」
俺と姉ちゃん’sはふたつ違い。つまり中学だったら一年のときは三年でいてたし、小学生のときも顔を合わせたことはある。
「ま、進展あったら報告シクヨロ!」
「なんの進展だよっ」
姉ちゃんからちゃちゃ入れられていたが、父さんと母さんは普通にごはんを食べていた。