第三話 激しい二週間を終えたが、朝の緊張は変わらず
先々週の一週間、部活見学などの成果から、本入部日には二十人もの一年生が吹奏楽部に入ってくれた。これはなかなかの成果である!
やっぱあの吹奏楽特集を組んでくれているテレビ番組の影響もあるようだが、こんなにも楽器経験者っているもんなのか? 俺小学校のときなんてリコーダーかハーモニカか運動会の鼓笛隊でベルリラくらいしかやったことないぞ? いや、ベルリラなんてレア楽器を経験できたのはでかいかもしんないけど。鉄琴を青空に向け立ててたたく打楽器のやつ。これを行進しながらやった。その時父さんが撮った写真はまだリビングに飾られている。
先々週は部活自体の見学だったので、先週は入ってくれた一年生たちが担当する楽器を決めるための楽器体験や、基本的な部活の流れなどを説明といったことがあった。
その週の金曜日、三年生たちが集まって会議を開き、一年生たちの希望する楽器や能力などを踏まえて、担当楽器を決めた。
サックスパートには一人入れることになった。二人入れることも案として出てきたんだが、すでに二年生が三人いるし、楽器もそんな余り倒してるわけでもないので、二人入れるなら次の年でもええよってことで今回は一人だけ入れることに。その代わりとっておきの人材を回せと主張して、それが通ったので、サックスを希望してくれつつもピアノ経験持ちで希望を書く紙の字が超きれいな女子を指名した。
そして昨日の月曜日、二十人の担当楽器が発表され、サックスパートには淋条 佳桜ちゃんが入ってくれた。
穂夏からは教えがいのある子を入れてくれてありがとうと言われ、智からはかわいい子を入れてくれてありがとうと言われ、真緒子からは気の合いそうな子を入れてくれてありがとうと言われた。俺のスカウト能力もなかなかのもんだぜっ。さらに穂夏からそういうところ先輩さすがですとも言ってくれた。そんなに褒められると先輩調子に乗っちゃうよ!?
早理佳のいるパーカッションパートには四人入った。んまぁ打楽器軍団なんていくらでも人数欲しいんだろうな。その四人のうちの一人に露音の弟隼人くんがいた。
……部活に関してはそういうことがあった二週間だったんだがー……
「新一年生、決まったね」
「そうだな」
俺。なんでこんなにも早理佳と一緒に登校できてるんだろう。
「市雪くんは真っ先に佳桜ちゃん取っていったよね」
「そ、その言い方はどうなんだ?」
「あれ、おかしかったっ?」
あー笑ってる早理佳と一緒に登校かぁ。
「第一希望サックスだったし、ピアノ経験あるし、見学の段階から真緒子と仲良くしゃべってたし。なんとしてでも入れておきたかった。あと字もきれい」
俺は字だめだめだからな。これでもう俺がパート内の書記をすることはないだろううんうん。まぁすでにひとつ下の後輩に任せてたけど。
「もしかして、サックスパートを今年一人にしてまで佳桜ちゃん欲しいって、ずっと決めていたの?」
「あいや、そこはほんと一人でよかった。でもそれを言ってみたらみんな納得してくれたから、遠慮なく選ばせてもらった」
つまり三年生みんないいやつってことだっ。
「サックスパートの子たちの反応はどうだった?」
「大好評だったな。俺の三年生としての仕事はもう終えたと言ってもいいだろう」
「そんなそんな。市雪くんは引退までサックス吹かなきゃ」
「んまぁ吹きはするけどさ、二年の三人組が充分うまいから、俺の出番なくってさー」
「そんなことないよっ。市雪くんがいるから、サックスパートがまとまっているんだよ」
「ほんまかいな」
「ほんまほんま」
思わず関西弁ちっくになってしまっても、早理佳も関西弁で返してくれるという。
「パーカッションには露音の弟が入ったな」
「うん。仲良くなれるといいなー」
早理佳と仲良くできないやつっていうのがむしろ想像できない。地球上にそんな人類が存在するのだろうか?
「早理佳って、いつもパートのみんなと仲良くしゃべってるイメージだな」
「うん、意識して仲良くなれるように頑張ってるよ。これでもパートリーダーですからっ」
そのぐーにした手、早理佳らしいかわいさでかわいい。
「俺だってパートリーダーだしー」
「三年生一人だもんねっ」
「そーですよーだ」
早理佳と違い自動的にパートリーダーという。
「そういえば、八重見先輩や則明先輩って、なんで市雪くんをサックスパートに入れたのかな? 聞いてる?」
詠藤 八重見先輩と田居 則明先輩はふたつ上の先輩だ。俺が一年生で来たときにサックスパートへ入れたのがこの人たちになる。
八重見先輩はアルトとソプラノサックス、則明先輩はバリトンサックスだった。
「あー、男子でセンスあったからとか聞いたかな」
「ほらー市雪くんやっぱりセンスあるんだよ!」
「そうかぁ~? ふたつ上の先輩がうまいのはもちろんとしても、ひとつ下の後輩なのに穂夏の方がうまいし、バリサク音は鳴らせるけど智みたいにバリバリ吹けないし、真緒子みたいにテナーとソプラノの持ち替えとかやったことないぞ?」
「またまたー」
「バリサクバリバリ吹けないし」
「ふふっ、わかったからっ」
このネタおもしろいな。メモメモ。
「市雪くんもっと自信持ってよー」
「お、俺はただ事実をだなごにょごにょ」
今日も俺は、早理佳とこんなにも二人でしゃべれている。
「……い、市雪くん」
「なんだ?」
急にトーンを変えてきた早理佳。
「……う、ううん、じゃあ市雪くん、また後でね」
「ああ」
もう曲がり角来たからってことだったのか? まあいっか。
この曲がり角までだけど、これまでしゃべれてなかった分に比べたら、充分すぎる毎日の楽しみになっている。
あの時勇気を出して早理佳と同じ吹奏楽部に飛び込んでみてよかったな。
曲がり角を曲がってしばらく進むと、学生たちがたくさん歩いている通りに出る。
たまにここで友達や部活の仲間とかに出会うと一緒に登校することがあるが、特に決まって会うようなこともないし、だれとも会わなければ一人で登校する。そんななんとなくな登校が二年続いていたのに……さ?
(今は毎日早理佳としゃべっちゃってるんだよなぁ……)
さすがに少しは緊張がほぐれたような気はする。でもやっぱり緊張することには変わりなく、俺は毎日どきどきしながら玄関のドアを開け、そしてそわそわしながら道をきょろきょろしている。もちろん本人を目の前にすれば超どっきどき。
(明日はなにしゃべろうかなぁ……)
部活以外の話題も多くなってきたが、やっぱり部活の話題が多い。早理佳から出る話題は部活に関係ないこともそれなりにあるから、なんかこう、もっと自然と早理佳としゃべれるようになれるといいなー……なんて。
(以前の俺に比べたら充分自然に早理佳としゃべれているとは思うけどさっ)
登校していく学生たちに混じって、遠くに見える早理佳の背中を眺めながら、そんなことをぼーっと考えていた。
「……い、市雪先輩っ!」
高いトーンの声が聞こえたが、『いちゆき』なんて名前は俺の周りでは他に聞いたことがないので、俺を呼んでいるんだなっ。ということで振り返ってみると、
「うぉ、か、佳桜じゃんっ」
なんと声をかけてきたのは昨日パートに入ってくれたばっかの佳桜だった! 市雪先輩呼びなのは、穂夏からは市先輩、智からは空先輩、真緒子からは空元先輩ときてその余りだからということで後輩たちが決めてしまった。別に好きに呼んでくれていいけどさ。
「お、おはようございます!」
「お、おはー」
真緒子に通じるような、でもさらに一生懸命におはようございますをしてくれた。今日も肩より長い髪をひとつに三つ編みしている。毎日これなのか。そして自然な流れで俺の左隣にポジショニング。
実は佳桜にはもうひとつ、大きな特徴があった。それは……
「佳桜ってさ、身長何cm?」
「あーん! 市雪先輩も身長の話ですかー!」
「うああ悪ぃ悪ぃ! いや、俺のクラスにも楽和っていうちっこいやつがいてさ」
「あーんあーん! ちっこいって言いましたねー!? もしかして私がちっちゃいからサックスに入れたんですかー!?」
「どわわ悪ぃ悪ぃ! てか違う違うっ、理由はちゃんと昨日言ったろっ? 俺がどれだけ佳桜をサックスに入れたかったか語ったろっ?」
「うー。じゃあなんで身長の話なんてするんですかー」
「そりゃあ…………」
佳桜はほっぺたふくらんでる。
「…………気になるから?」
「もー! 市雪先輩は優しい人だと思ったのにー!」
「わわわ悪かったってば! き、聞かないから頼むから俺のことは嫌いになってもサックスパートのことは嫌いにならないでくれぇー!」
めちゃんこ身長が小さいことだった。楽和より小さい。二年の三人組から絶賛された理由がここにも入ってそうだし(←特に智)、会議のときに真っ先に俺が選んだことで変な目を向けてくるやつがいないでもなかったような。せ、精一杯正当な理由アピールはしたぞ!?
「私先輩が体育館で吹いてるのを見て、かっこいいなと思ってサックスを選んだんですよ?」
「昨日もそれみんなの前で言ってたけど……本当?」
おかげで三人組から茶化されたぜ。
「本当ですよ! 特に途中で一人で吹いてたのがかっこよくて! 私もあんなふうにかっこよく吹きたいと思ったんですから!」
今回舞台上で演奏した曲は、楽器の紹介も兼ねているものだったので、各パートに主旋律を一人で演奏するソロパートが用意されているものだった。当然思いっきり練習したし思いっきり緊張した。
「あれ結構練習したから。っていうか俺より穂夏とかの方がかっこよくないか?」
「穂夏先輩もかっこいいですけど、市雪先輩の方がもっとかっこいいですから!」
(まじかよ)
ずいぶん目を輝かせて言ってくれてるけど……俺は褒められ慣れてないからてれますなぁ。
「あ、あざす」
俺は右手を後頭部に添えながらぺこり。
「サックスのこといろいろ教えてください! みんなくるんとなっているのに、縦に細長いだけのもありますよね?」
「ああ、あれはソプラノサックスっつって、真緒子と穂夏がたまにやるやつでさ」
俺は早速佳桜ともおしゃべりできている。うんうん気の合いそうないい人材を入れることができたと俺自身も実感してきたぞっ。
俺と佳桜はそのままサックスのことについてしゃべりながら校門を通った。
「おっす空元ー」
「おはようございまーす」
今日は体育の千賀森先生だ。がっちりしたいかにもな男性体育教師って感じだ。
「なんだぁ空元ぉ……もう彼女を作ったのか! しかもそんなかわいい女の子を!!」
(は?!)
「だ! ちゃいますちゃいます! ただの後輩! ただの一年! な! なっ!」
「へっ!? あ、は、はい!」
俺と佳桜はべらぼーに焦ってる!
「だーーっはっはっは! 冗談冗談! しかしそうか後輩か。もう仲良くなれてるとは関心関心! 精進しろよ!」
「しょ、精進? お、おすっ」
めっちゃ肩べしべしたたかれた。
(運動部に入ってたらああいうタイプの先生と当たってたってことか……?)
俺たちは再び歩き始めた。
「び、びっくりしちゃいましたっ」
「同上」
油断もすきもありゃしねぇぜっ。
「おっす市雪ー!」
「おー源太ー」
源太が俺の右肩をぽんとたたきながら後ろから登場した。
「おい市雪くん!」
「な、なんだよ」
なぜに急にくん呼び。
「遠くから見えてたけどよぉ。その横にいる女子、だれよだれよ! 妹なんていたのか!?」
「いねぇって。てか俺ん家何回来てんだよ」
「じゃーだれだっつーんだよそんなかわいい女子連れて登校なんてしちゃってよぉー!」
佳桜ちょっとあたふた。
「後輩だよ後輩。昨日からサックスパート所属になったんだよ」
「市雪がやってる楽器だよな? へー! おっすー!」
源太は佳桜の左隣に回り込んだ。
「お、おはようございますっ」
佳桜は頭を下げた。
「んな硬くなんなくっていいって! 市雪はオレの友達! てことは君もオレの友達ってわけだ! な!」
「ええっ? そういうものなんですかっ?」
「そーそ! オレは倉島源太! よろしくな!」
白い歯がまぶしいぜ。
「わ、私は、淋条佳桜、です。よろしくお願い、しますっ」
佳桜はあたふたしながらもまた頭をぺこりした。
「おっしゃ淋条! 早速今日一緒に帰ろうか!」
「うぉいっ」
さすがにこの速攻さはツッコミを入れずにはいられなかった。
「え、えっ? 急に、でも、えっと……」
おおっと佳桜はまじめに検討しているようだぞ?
「まずは仲良くならなくっちゃ! そのためにはしゃべらなきゃ! しゃべるためには一緒に帰る! ほらほら、そうだよな? なっ?」
「えええっ、い、市雪先輩、私どうしたらぁ……」
身長話のときのぷんぷん度に比べたらなんと弱々しい佳桜なんだ。
「俺に言われてもなぁ……一緒に帰ってやってもいいっていう気持ちがあったら受けてもいいし、めんどくさかったら放置でいいし? まぁ源太は佳桜に断られてもだれか他の女子を誘うだろう」
「なんだその言い草は! 皆と仲良くしてどこが悪いというのかね!?」
変な言い方をしている源太をよそに、佳桜はほんとに考えてるようだ。まじめでええこやな。
「……わ、わかりましたっ。一緒に帰りますっ」
(まじかぁ!)
「うおっひょおー! じゃげた箱前で集合な! いやっほぉ~~~い!!」
源太は高速スキップでげた箱に向かっていった。
「……源太の誘いに即乗っかったやつ、初めて見たぜ……」
「えええ!? こ、断った方がよかったのですか!?」
「あいや、別に悪いやつってわけじゃないんだけどなぁ」
佳桜引き続きおどおど。
「空元!」
「うおあっ!?」
いきなり後ろから右肩つかまれぎゅいんと引っ張られたってこんなことそんなトーンで言いながらしてくんのは楽和しかいねぇっ。
「ここの場面、ダブリングキューブはすでに銀色が出して2倍。7ポイントマッチで黒が1対4で負けている。空元ならダブルするか!?」
またもあの携帯型の銀色&黒模様バックギャモンボードが左手の上で広げられている。
今回はダブリングキューブをどうするか、かぁ。確かに盤面は黒が有利に見えるけど、銀色の陣形もなかなかで、はめられるとまずそうだ。でもポイントで劣勢なんだから一発逆転を狙うならまさにこの場面なんじゃねっていうところなんだろう。
「んー。俺はあんまり冒険しないタイプだから、ここではダブルしないかなぁ」
「そうか。ん? こいつだれだ?」
「俺の後輩の佳桜。淋条佳桜だ」
「お、おはようございます!」
楽和が視線を下ろしているシーンというのもなかなかのレア度だな。
「おはよう。そうか。では聞く! 淋条ならこの場面、どうする!? 説明は聞いたな!?」
「ほええっ!? こ、これバックギャモンですか? えーっとー……私もダブルはしないと思います」
「そうか、二人ともしないのか」
てか佳桜もバックギャモン知ってんのかーいっ。
「ちなみに楽和はどうするんだ?」
「私もしない」
「へー。なんでだ? やっぱ慎重派?」
「身長!?」
「ちょ佳桜落ち着けっ」
そんなに禁止ワードなのか『しんちょう』はっ。
「このやや有利な場面でダブルを打てば相手は降りるかどうかを考えるだろう。もし降りれば確かに2点もらえるが、それは4点リードしている相手からしたら2点あげるだけで済むと考えるかもしれない。だったらこのまま戦って、あわよくばギャモン勝ちで倍の4点を狙う。それが私だ」
「おーさすが本職」
「参考になった!」
楽和はさっきの源太と似たようなスピードでドダダダーっとげた箱に向かっていった。あいつ登校しながらでもあんなこと考えてんのかよ。俺らで言うところの登校しながら演奏してるようなもんだよな?
「い、市雪先輩の友達って、変わった人が多いですね……?」
「あいつらがぶっ飛んでるだけだ」
「はーっはっはっはぁ~! いよぉ~空元~! おぉーっと淋条もなー! はーっはっはっはぁ~~~!!」
津山が今日も青空に向けて手を斜めにキメながら走り去っていった。
「ちなみに津山も含めてさっきの三人と俺は同じクラス」
「やっぱり変わった人多いですよー!」
「なんでこういう日に限って普通のやつが通ってそうじゃないと証明できないんだろうな」
軽く見回してみたが、兵次や桃は見当たらなかった。
「それじゃあ市雪先輩、部活で!」
「ああ、またな」
げた箱にやってきたところで別れるかなと思ったんだが、上靴履いてもさらに佳桜はサックス話を聞いてきたので、主に一年生の教室へ向かう階段のところで俺たちは別れた。
「なんか今日はやたら朝からしゃべってるなぁ」
佳桜が階段を上がり始めたのを見届けて、俺は自分の教室である三年一組へ向かって歩き出した。三年生は一階だぞ。
「おはよ市ー!」
そんななんかのキャンペーンみたいな感じで俺を呼んでくるのは間違いなく桃。
「おはー。なぁ桃」
「んー?」
「なんであと一分、いや三十秒早く来てくれなかったんだ」
「うん? なんのこと?」
「露音おはー」
「おはよう」
「なぁ露音」
「なにかしら」
「なんで俺より先に登校したんだ」
「なによ急にっ」
「おはよう。源太のやつ、今日はずいぶんとご機嫌だな」
「おはー。なぁ兵次」
「なんだ?」
「なんで登校中俺とは会わなかったんだ」
「家の方向が違うからじゃないか?」
休み時間、俺は露音に弟のことを報告した。
「昨日の夜に聞いたわ」
「ああそっか、露音姉ちゃんだもんな」
結構しゃべるきょうだいなんだな。俺ん家もそこそこしゃべるけど。
「市雪じゃなくて、早理佳ちゃんのところに入ったのね」
「ああ。そんなにサックス向きだったのか?」
「テレビを観て興味を持った楽器が市雪のだったらしいわ」
ちょっと髪に手を添えた露音。なんか付いてたのか?
「まぁサックスは男子にもそれなりに人気あるらしいしな」
「市雪もそれが好きで選んだのかしら?」
「俺第二希望だったからな」
「第二希望? 最初に希望した楽器に必ずなれるわけではないのね」
「そりゃバランスよく編成考えないといけないからな。その辺の話は弟としなかったのか?」
「打楽器になったという話しかしていないわ。市雪はその第二希望でよかったのかしら」
「そこまでこだわりなかったし、今となってはむしろサックスでよかったと思ってるくらいだな」
「よかったわね」
露音がちょぴっと笑った。
「ちなみに露音と同じバドミントンに興味はわかなかったのか?」
「まったくなかったみたいね」
「あらま。バドミントン部も男子って貴重?」
「貴重よ。なのに今年は男の子が二人も入ってくれたわ。わたくしたちよりも先生がはしゃいでいたくらいよ」
「おーすげー。吹奏楽は今年男子三人だな」
「それは多いのかしら?」
「少なくはないな。全体で二十人入ってくれたことを考えるとなかなか男子が入ってくれた人数になるかな」
「そうなのね。隼人のこと、頼んだわよ」
「へいへい」
俺はとりあえず親指を立てといた。
今日は給食でプリンが出たが、余りがなかったのでじゃんけんは行われず平和な給食の時間が過ぎていった。
ごちそうさまでしたが行われて俺は食器を返して、ランチルームを出ようとした。
「市雪くん」
いやー給食時のランチルームって人がいっぱいでがやがやしまくってるから、空耳も多いかもなー。
「市雪くんってばっ」
いやー人がいっぱいだから肩ぶつかっちゃうことくらいあるよなー。
「市雪くんっ」
俺は信じられなかった。ランチルームで俺を呼ぶ早理佳の声が聞こえたことを。
「な、なんだっ?」
周りにめちゃんこ人がいて……と、とりあえずは注目とかされてないみたいだけどさ。
(ってうあ!?)
早理佳は少し身を寄せてきた! 近い近い近いっ!
(てか腕とか当たってるぅぅぅ!!)
なんだなんだなんなんだよ早理佳ぁ?!
「今日ね、おつかいを頼まれているの」
「お、おつかい?」
ちょっと小声で言ってきた。いやこんな接近されてんの周りに見られまくってると思うんだけどー……?
「朝言おうと思ったんだけど、ちょっと迷っちゃって……」
「ああ、んん?」
その情報はそんなに言うのに迷うことなのか?
「えっと、だから……よかったら、一緒についてきてくれないかな、なんて……」
(……ん!? 俺、これ、今、なんか誘われてる!?)
早理佳が俺を見ている。じぃっと。
「つ、ついていって、どうするんだ?」
どきどきしすぎてなんて答えたらいいのか浮かばなかったので、とりあえず真っ先に浮かんだ文字列を並べておいた。
「単に、その……おつかいをしている間の暇つぶしっていうか……市雪くんとおしゃべりするの、久しぶりだからなのかな、なんだか楽しくって……だめかな?」
「だめなわけがないっ」
速攻で答えてしまった。
「ほんと? ついてきてもらうだけだけど、いいかな?」
「もちろんっ」
また速攻で答えてしまった。どきどきするスピードと合っていない。
「ありがとうっ。それじゃあ部活が終わったら、裏門に待ち合わせで……どうかな?」
「おけっ」
やべーよどきどきのスピード。
「うん。それじゃあねっ」
笑顔をしてくれた早理佳は、すぐに離れていってランチルームを出ようとする学生たちの波に混ざっていった。
(……登校だけじゃなく、下校も……?)
しかもおつかいの付き添い、らしい。
(……俺が?)
早理佳と?
(…………まじなのか?)
もう早理佳は見えない。
(裏門、裏門、裏門……忘れないようにしなきゃな……)
俺も歩き出した。ちょっとぼーっとしながら。
正直午後の授業はあまり身が入らなかったかもしれない。
部活はまぁなんとかいい先輩を見せられるように平然を装ったが。
部活が終わったときに早理佳をちょっと見てみたが、普通にパートのメンバーでしゃべっていた。
裏門は俺の家とは反対方向だから、こっちから出入りすることってほとんどないなー。
もし早理佳が裏門から出入りする派だったら、今みたいに毎朝しゃべるなんてこともなかっただろう。
少し待ったが、まだ早理佳は来ない。まぁ俺が緊張してめっちゃくちゃ早いスピードで片付けて速攻音楽室を出たからだろうな。
「市先輩、こんなところでどうしたんですか」
「うひょおわ!」
なんと穂夏が現れたっ!
「驚きすぎですよ」
「ぉああ、ま、まぁそんな日もあるっ」
相変わらずクールな目である。別にノリ悪いってわけじゃないんだけど、とにかく全体的にクール。ツボに入ったときはちゃんと笑う。
「だれか待ってるんですか?」
「お、おー、まぁそんなところだっ」
「そうですか」
早理佳を待っているという情報を出すべきか出さまいべきか。
「じゃあ帰ります。また明日」
「じゃなー」
今回ばかりは穂夏のクールっぷりに感謝せねば。智なんかが来たら根掘り葉掘り聞かれそうだ……。
(い、いないよな!?)
慌てて周りを見回してみたが、学生がちらほらいても、智の姿はなかった。
(そういや……佳桜って今日、源太と帰るとか言ってたよな。大丈夫なんだろうか?)
ふと思い出した佳桜のこと。もし源太が身長ネタを出そうものならまたぷんぷんが発動するんだろうか。
「市雪くん、お待たせっ」
透き通った声に振り返ると、俺のためにその声を奏でてくれた早理佳が立っていた。
「よ、よーし、おつかいとやらいくかー」
「うん」
俺たちは一緒に歩き出した。
朝はたくさん早理佳と並んで歩いてきたが、今日こうして部活が終わった後に歩くのは、またなんていうかちょっと雰囲気が違うというか。
しかも今日は早理佳が進んで誘ってくれたし、しかもしかもこれは曲がり角で終わりとかじゃないから、かなり長いこと一緒にいることになるよな!?
「市雪くん、帰るの遅くなるけど大丈夫だった?」
「だいじょぶ」
早理佳はにこっとしてる。歩く度に髪がふわふわ揺れてる。
「ただついてきてほしいっていうだけなのに、市雪くん優しいなぁ~」
「べ、別に断る理由もないし?」
「し?」
「…………し?」
早理佳笑ってる。こんなのがおもしろいのかっ?
「今日は何を買うんだ?」
「えっとね」
早理佳はセカバンの前ポケットを開けてがさごそ。紙っぺらを取り出したようだ。
「二倍濃縮めんつゆ・じゃがいも・たけのこ・レタス・好きな果物・お父さん用お弁当箱の中に入れるカップ……かな」
「めんつゆの存在感」
なかなかのラインナップだ。
「どこで買うんだ?」
「商店街でいいかなって思うんだけど、どうかな?」
「ああ、そのラインナップならそれでいいんじゃないかな」
「決まりだねっ」
ということで早理佳と商店街へ行くことになった。
今日も活気がある商店街。行き交う奥様方もお元気そうである。子供も結構通ってる。家の方向とは反対だが、俺も文房具買うときとかはよく来るな。
最初は八百屋さんからだ。すでにたくさんの野菜が見えている。
「こんにちはー」
「おぅらっしゃい! おー早理佳ちゃんじゃねーか!」
ねじり鉢巻きに紺色の前掛け、ごつい体型に気合入ってる声。なんという見た目どおりの八百屋のおっちゃん!
(てか早理佳って常連なのか!?)
「んぅ!? 早理佳ちゃん! ついに彼氏できたんか!?」
どんがらがっしゃーん!
「ええっ!? お、おじさん、そんな、そういうのじゃっ……ね、ねぇ市雪くんっ」
焦る早理佳はちょっと新鮮。
「あ、ああ。ただの付き添いっていうか……」
「んなこと言ってよぉ! 男連れてきたことなんてあったかいってんだ! おいちゃんはかわいい女の子に目がないんだ! 早理佳ちゃんが男連れ歩いてんの見るんは初めてっつーくれぇわかるってもんだぜ!」
「で、でも、私からしたら、市雪くんは普段から部活で仲良くしてるし……だよねっ?」
焦る早理佳を見るのは新鮮でいいんだけど、ちょ、ちょっと近いかなっ。
「あ、ああ。仲間、仲間だしっ」
「かーーーっ!! 部活で仲むつまじいとかおいちゃんたまんねあいでっ! なーにしやがるんでぃ!」
すぱこーんという心地いい打撃音が辺りに響き渡った。
「あんった子供相手になにやってんだい! ごめんねー気にしなくていいからねー」
「あ、はい~っ」
同じ紺色の前掛けをした八百屋おばちゃんが現れた。武器は雑誌みたいだった。
「今日もおつかいかい?」
「はい。たけのことレタスとじゃがいもです」
「あらよかったわねぇ、これ最後のレタスよっ」
「よかったぁ」
レタスの入っていたらしいかごは、一玉しか残っていなかった。
「あんた! いいたけのこ選んでやんな!」
「ったくかーちゃんは人使いが荒いでぃ」
「さっさとおし!」
「へぃへぃ!」
こういうのを母は強しって言うんかな。
「それとじゃがいもね。この袋ごとでいいのかい?」
「はい」
レタスとたけのこはひとつずつだが、じゃがいもは透明な袋にいくつか入っている物だった。まぁじゃがいも一個だけってのはじゃがバターでもすんの? って感じだが。じゃがバター食べたい。
「あいよ!」
さすがは大ベテラン。手際のよさが半端ねぇ。今のたけのこへの新聞の包みさばき見た?
「まいど!」
「ありがとよ! また来ておくれ!」
「ありがとうございました」
俺も頭ぺこりした。
早理佳がセカバンの中に忍ばせていた折り畳みのエコバッグが活躍中。真っ白じゃなくクリームっぽい白色で、妖精女子のキャラクターがプリントされている。
「きらっきらだな」
「かわいいでしょ」
お気に入りのキャラクターなんかな?
「こんにちはー」
「あら早理佳ちゃん、こんにちは」
次にやってきたのは製麺所が出してるお店だ。製麺所自体はこの商店街から少し離れたところにある。
うどんやそうめん、きしめんにひやむぎとかが中心かな。ざらざらしてる白い袋に入れられてある。そばもちらっと置いているし、薬味シリーズも置いてある。そしてめんつゆゾーンも。なるほどここでめんつゆか。
薄い黄緑色の和服のお姉さんだ。紙もかんざしで留められてある。あ、俺とも目が合った。
「こんにちは、いらっしゃい」
「ど、ども」
ただの付き添いです。
「……彼氏?」
「もぉ~! さっきも同じこと言われましたぁっ」
早理佳って、俺としゃべってるときも結構表情豊かだなーとは思ったが、普段もやっぱ表情ころころ変わるんだな。
なんかしばらく学校内で遠くからしか眺めてなかったから、こんなに早理佳の表情を眺めるのも久しぶりだと思う。
「あははっ、おあついなぁもうっ」
「い、市雪くんもなんとか言ってよぉ~」
「えっとー……付き添い、です」
「あらあらぁ? 二人とも、否定をしないところを見るとー……?」
「んもうっ! めんつゆください!」
「あっははっ! はいはい、早理佳ちゃんのところは二倍の……これだったわよね?」
「そうですっ」
ビンに入っためんつゆを手に入れた早理佳。
「ありがとうございました。また来てねっ。二人でね!」
「ありがとうございましたっ!」
早理佳ぷんぷんしてる。すまん、かわいい。
「こんにちはー」
「あいらっしゃい。おー早理佳ちゃん。なになにどしたの彼氏!?」
「あ~もう~っ!!」
すまん、自分が関わってることなのにめちゃくちゃおもろすぎっ。濃い緑色の前掛けをした果物屋さんのお兄さんだが、すぐに顔が焦り顔になった。
「わわ悪かったよっ。そんな顔しないでさ、な、なっ?」
早理佳の両手首の直角具合がぷんぷん度を物語ってる。
でもしばらくして早理佳は大きく息を吐き、
「市雪くん、どれがいいと思う?」
「ぉ俺? たしか果物は好きなのって書いてあるんだよな。じゃあ早理佳の好きなのでいいんじゃないか?」
「そうだけどー……どれがいいかなぁ」
「んー」
ぱっと見回すと、本日はいちご&みかん推しなようだ。どっちもスペース空いてるから結構売れたみたいだ。種類もたくさんあるようだ。他はパイナップル・りんご・バナナ・レモン……キウイやびわとかマンゴーもあるぞっ。メロン……じゅるり。げ、アボカドやパパイアとかまであるぞっ?
「いっせーのーでで指差そっか」
「ちょ、ちょい待ちっ」
俺的にはメロンいきたいところだが、お高いしなぁ……レモンは想像しただけですっぱいし、びわもマンゴーも変化球な気がするし、パパイアとかむしろ食べたことないんですけどって感じだし……んー無難にいちごかみかんかりんごでいくべきかー? だったらー……
「おし、決めたぞ」
「それじゃ。いっせーのーでっ!」
「ありがと! また来てよ!」
「ありがとうございました」
もちろん俺もぺこり。
早理佳はにこにこしてる。
「気が合うねっ」
「そ、そだな」
指差したのはいちご。早理佳と同じだった。種類は二人で相談して決めた。形よりもお値段を重視したお得タイプにした。
「こんにちはー」
「はいいらっしゃい。おや早理佳ちゃんかい」
最後に寄ったのは雑貨屋さん兼駄菓子屋さんみたいなとこ。割りばしや給油ポンプや麦わら帽子や虫捕り網とかあれやこれや置きつつも駄菓子がいろいろ売っている。
腰曲がってはないけど歩くスピードがゆっくりなおばあちゃんが現れた。てか最後の最後まで早理佳は常連まみれだったなおい。
「うぃっす」
「おや市雪くんかい。もう遠足の季節だったかねぇ?」
「今日は早理佳の付き添いなんだぜ」
「あぁ~そうかいそうかい」
おばあちゃんスマイルである。俺は遠足のときのおやつといったらここだったからな。
「今日はどうしたんだい?」
「お弁当箱の中に入れるカップを買いにきたの。たしかここに売っていたよねって思って」
「ああはいはい、えっとねぇ、よいしょ」
おばあちゃんの移動を見守る俺と早理佳。
「これかね?」
「うんこれ! これくださいっ」
「はいよっ」
最後のアイテム、ピンク・青・黄三色セットでたくさんカップが重なってるやつをゲット。
「ありがとね、また来とくれ」
「ありがとうございましたっ」
「また来るぜっ」
と、いうことで、なんやかんやあって目的の物はすべて早理佳の妖精エコバッグへ集まった。
「はぁ。なんだか疲れちゃったなぁ」
商店街を抜けた俺たち。早理佳はセリフではそんなこと言ってるが、やっぱりちょっと笑ってる。
「結局俺といたら、学生相手じゃなくても茶化されるんだなっ」
「はぁ、もぅ。これじゃあみんなの前で一緒に登校するのは……はずかしいよねっ」
俺的には今の曲がり角まででもってのでも充分楽しいが。
「……でも。楽しかったかなっ」
「た、楽しかったのか? あんだけいろいろやんややんや言われて?」
「も~市雪くんまでそこ言うのー?」
「だ、だってさごにょごにょ」
早理佳のぷんぷん顔をもっと見たいのが正直なところ。でも俺はせっかく早理佳と仲良くなれたのでぷんぷんさせすぎてはいけない。
「に、荷物持ってやるから、さ」
「あっ」
早理佳から妖精エコバッ
(ささわさわさわさわわ!)
グを奪うときに指が少し当たった!
(指先のほんの少しだったけど、それでもわかるすべすべ度)
「いいの? 重くない?」
「たまには活躍しないと」
めんつゆビンのせいかそこそこ重いけど、まだまだ余裕のある範囲だ。
(むしろこのそこそこの重さのを度々おつかいしてんのか?)
「ありがとうっ、優しいな~」
早理佳のありがとうを聞けるんならこんくらいっ!
「市雪くん、まだ時間大丈夫?」
「ああ、別に。まだ買い物残ってたのか?」
「ううん、それはないんだけど……」
あれ、ちょっと視線を外されたぞ。俺ガン見しすぎた?
「……おうちまで、持ってくれないかなーって……」
ふーむ。おうちって、もちろん俺ん家のことじゃないよな。うちはめんつゆに困っていないはずだ。で、今会話してるのは俺と早理佳だよな。うん。そんで? おうち? 早理佳がそう言ったよな? よなっ? てことはさ。てことはだよ。てことはつまり。
「さ、早理佳の家まで運べってかーっ?!」
「わあっ! ご、ごめんなさい、遠いかな、遠いよね、だ、大丈夫だよ!」
「あああいやいやそういう意味じゃなくてだな! さ、早理佳の家まで、い、行っていいんかなー……って?」
「そんなっ、むしろ来てくれたらうれしいくらい!」
(ふおぉぉぉ……ま、まじかぁ…………)
俺の頭の中で『うれしいくらい』の部分が超エコーされてる。
(確かに三年生になってからの朝の登校で一気に仲良くなれたとは思う。というか昔は遊んでたわけだし、よくしゃべってたから元から仲良かったとも言えなくもないし……で、でもこのタイミングで改めて『むしろ来てくれたらうれしい』とか……)
まじでまじで? まじで俺、早理佳のおうちに行っていいのかっ!?
「ほ、ほんとか?」
「うん!」
早理佳がすっごいおめめ輝かしてそう強くうなずいてくれた……。
(……早理佳からここまで言ってもらえて、この勢いの乗じないなんてあるわけがねぇ!!)
俺は少し深呼吸をして、気合を入れ直して改めて早理佳を見た。
「じゃ、じゃあさ早理佳! 今度の土曜日、早理佳の家に行っていいか!?」
「え、ええっ? ど、土曜日?」
「おう!!」
俺も負けじとおめめきらきらビーム。
(え? あれ? まずかった? 早理佳がすぐ返事くれないぞ? あれ?)
「……う、うん。いいよっ」
(キタァーーーーー!!)
今なら炎のオーラを出せる気がする。
「一時でどうだっ!」
「うん、じゃあ、一時ねっ」
(キタァ……一時……ついに……俺……)
三年生になってよかった。吹奏楽部選んでよかった。同じクラスになれてよかった。電線工事の人まじでありがとう。
(なんかちょっときょろきょろしてないか? 敵の気配でもしてるとか?)
俺も歩きながら周りを見回してみたが、特に変わった様子はなかった。いや俺の心の中は大変に変わった様子すぎるが。
「きゅ、急だったから、ちょっとびっくりしちゃった」
「あ、すまん」
「ううん、誘ってくれてありがとう」
ああなんて美しい笑顔。
「初めてだね、お休みの日に遊ぶのも、おうちで遊ぶのも」
「そうなる、な」
そうだ。小学校の三年生くらいまではたしかにたまに遊んでいたとはいえ、それはあくまで学校の休み時間でのことだ。なんか外で遊ぶって話にまではならなかったんだよなー。まぁ男子とばっか遊んでて、仲のいい女子が少し珍しかったからっていうのもあったかもしれない? まぁいっか。今度土曜日遊べるようになったし! うぉぉー!
「いやーでも早理佳がむしろ来てくれた方がとか言ってくれたからさー。その一言があったから言えたようなもんだよ。あーこの提案すんの緊張したっ。俺結構緊張しぃなんだぜー? ははっ」
おやおや反応がありませんねぇ? まばたきしているお顔もすてきさっ。
「市雪くん?」
「ん? なんだ?」
お、ゆっくりこっち向いた。やっぱり正面がすばらしいよねっ。
「あの……あ、遊ぶのはいいんだよ? いいんだけど……市雪くん?」
「なんだ?」
ん? 風が変わった?
「むしろおうちまで来てくれたらって言ったのは……その……」
「うんうん」
「…………荷物、運んでくれるから、っていう意味で……」
「うんうん」
「……うん……」
うんうん。
(うんうんうん)
ぱちくり。
「うん?」
俺、脚が止まる。腕も振った状態で停止。顔の角度も固定。表情もそのまま。
「あっ、で、でも誘ってくれてうれしいのは本当だから! 私からいつも誘ってばっかりだったから、市雪くんどう思っているのかなぁってちょっと不安だったから! 本当に誘ってくれたのはうれしかったから! ど、土曜日、ちゃんと遊ぼうねっ」
まばたき。一回。二回。三回四回五回。
俺は静かに電信柱に寄った。
「い、市雪くん?」
静かに静かに、俺は、おでこを電信柱にくっつけた。
「ああっ! い、市雪くん、ご、ごめんなさい、本当に大丈夫だから! 遊ぼう? ねっ? 土曜日待っているから、ねっ? ねっ?」
心の中では超大号泣しながら穴掘って埋まってます。
「ここを曲がったら、あとはまっすぐだよ」
無の心。
「い、市雪くんってばぁ。もう着いちゃうから、いつもの市雪くんに戻って~っ」
虚無。
「ありがとう。ここが私のおうち」
虚空。
「こ、今度の土曜日、一時にここに来てね」
闇の世界。
「えっと、預かりまーす、ありがとうございまーす」
ブラックホール。
「うーんと…………えいっ」
「ぐはっ!」
早理佳の攻撃! 市雪は胸に物理ダメージを受けた!
「あ、そうだ。少しジュースでも飲んでいく? ずっと持っていてくれたから」
「ふぇ!?」
ちょ。それってつまり、い、今この瞬間、今日この日が結本居家デビューするってことなのか!?
「帰るの遅くなっちゃうかな? やっぱりだめ?」
「い、いや時間は別に……」
たまに源太や兵次と遊んでから帰ることもあるし。
「それじゃあ、よかったら……」
改めて結本居家を眺めてみた。
壁は紺色みたいで、ガレージには車が停まってない。自転車はノーマルタイプのが一台玄関のドアの近くにある。ちょっとした芝生の庭があって、さ、三階建てなのかっ? ちょっとつぶつぶしてそうな白色の塀に埋められたポストの横の表札は『結本居』のかっちょいい文字が。門扉は深緑色で上の部分が曲線でスカスカ。あんまりかっこいい言い方は思いつかなかった。
「いいの、か?」
「そう言ったよぅ?」
「あ、はい」
ちょっと笑った早理佳が、門扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「おじゃまし、ます」
俺はゆっくりと、しかししっかりと結本居家の敷地に入っちゃった。
早理佳はそのまま玄関のドアに向かい、そしてガチャリと開けちゃった。
「どうぞ」
「お、じゃまし、ます」
俺はゆっくりとっていうかぎこちない足取りで、ついに、ついについに。
……結本居家の中に入ってしまった……!
(うおっ)
ドアを閉める早理佳。ち、近い。
(こ、ここが夢にまで見た結本居家……ああいや夢の中で見た結本居家はもうちょっと雰囲気が違ったような気がするがって俺何頭ごちゃごちゃさせてんだっ)
なんか俺ん家とは違う香りがするというか。玄関のマットも……これ何柄って言うんだろうな。くるんと植物っぽいのが色とりどりでいっぱいって感じで……。他にもちょっとした窓のところにちっちゃいきつねの置き物が置かれていたり、げた箱の上にピンクと白と黄色の花が刺さった小さな花瓶が置かれてあったり。
(なんつーか……おしゃれ!)
「ただいまー」
(近いっ)
「おかえりなさーい」
(この声は……早理佳ママ?)
歩く音が聞こえる。こっちに接近してる。リビングから出てきた!
「あらっ、こんにちは。お友達?」
「う、うん」
早理佳ママだっ。青のチェックのシャツにジーパンでピンクのエプロン装備だ。髪がひとつにくくられてある。
「空元市雪、です」
「空元くん……あ、晴絵ちゃんの弟くん?」
「はいそうです」
そういや……うちの姉ちゃんって早理佳の姉ちゃんと仲よかったんだっけ。忘れていたぜっ。
「そうっ、大きくなったわねぇ」
「はぁ」
あれ、どっかで会ったっけ? 商店街? 公園? まさかのプール?
「覚えてないかしら。小学校の授業参観で、声をかけてくれたのよ」
「うぇ!? まじ!?」
早理佳を見てみたが、早理佳もあんまり覚えていないみたいだ。
「早理佳とずっと友達でいます! って宣言してくれたのよ?」
俺は玄関のドアにおでこをぶつけといた。早理佳ママは笑っているようだ。
「い、市雪くん、そんなことをお母さんに言っていたの?」
「覚えてねぇ……いや、言われてみれば言ったような気もする……でもあんま覚えてねぇ……」
おいおい他にはずかしい語録残してねーだろうな小学生の俺!
「本当にずっと早理佳と友達でいてくれていたのね、うれしいわ」
「い、市雪くん、とりあえずおでこぶつけるのやめよう?」
俺はうつむきながら前を向いた。
「市雪くんがおつかいの荷物を持ってくれたの」
「あら、わざわざありがとう。優しいのね」
「ぃ、ぃぇ……」
顔正面で見られねーよぉー。
「ジュース飲もう、市雪くん。お母さん、いいよね?」
「もちろんよ。どうぞ上がって」
「お、おじゃまし、ま、す」
一瞬意識から外れていたが、ここは早理佳のおうちだったな……俺、ついに早理佳のおうちに……この、一歩をっ……!
早理佳によってリビングに通された。
「メロンジュースがあるの、飲もっ」
「お、おう」
俺はソファーに座れと案内されたので、ぼふっとソファーに座っている。セカバンも右隣にぼふらせた。
俺ん家よりおっきぃテレビがあるな。ねずみ色の大きいソファーがふたつ。木のテーブル。白色の電話機も発見。後ろには白いテーブルクロスの掛かったダイニングテーブルがある。においしてるから早理佳ママ料理してたんかな。そうかこれが結本居家……。
(いやぁーこれはそわそわするでしょ)
俺は脚を閉じてひざに手を乗せて待機した。
「はい」
「さ、さんきゅ」
うさぎさん柄のガラスのコップにつがれたメロンジュースがテーブルの上に置かれた。もいっこのかめさん柄のは早理佳のらしい。待て、俺競争で負けるのか?
(ってうはっ)
早理佳は俺のすぐ左にぼふった。少しソファー地形が変わって一瞬早理佳の方にもたれかけそうになった。危ねぇ。早理佳のセカバンはダイニングテーブルのイスに置かれてある。
早速といわんばかりに早理佳はメロンジュースを飲んだ。
「おいしい~」
ということで俺も。しっかり冷蔵庫で冷やされていたようだ。ごくごく。
「んめ~」
甘いっ! メロンの甘さ全開っ!
早理佳がメロンジュース置いたので、俺も置くとしよう。早理佳が顔をこっちに向けた。
「ん? な、なんだ?」
「ううん。初めてだなーって思っただけ」
「あ、おう」
そうだよな……一緒のソファーに座ってこんな近いとか、そりゃ初めてに決まってる。
「市雪くんのお姉さんとは、一緒にジュース飲んだことあったのにねっ」
「あったのかよ」
早理佳はちょっと笑ってうなずいてる。と思ったら後ろに振り返って、
「お母さん、土曜日に市雪くんがおうちに来てくれるの」
「わかったわ。他にだれもいないから、出かけるなら戸締まりよろしくね」
「はーい」
なるほど、土曜日は早理佳ママも早理佳パパも早理佳姉御もいないのか。そっかそっか。早理佳こっち向いた。
(そっか早理佳しかいないのかそっかそっか)
でも早理佳はすぐメロンジュースを取ってごくごくしている。
(土曜日早理佳しかいないおうちに俺遊びにいくのかそっかそっか)
「土曜日、何して遊ぶ?」
「そっかそっか」
「えっ?」
土曜日早理佳と二人しかこの結本居家にいないことになるのかそっかそっか。
「トランプとかドミノとか、チェスもバックギャモンもあるよ。あとテレビゲームも少しあるよ。お姉ちゃんが少ししてたから」
「そっかそっか」
「ふふっ、その時に決めたらいいかな? それともお出かけしたい?」
「そっかそっか」
「い、市雪くん?」
早理佳と二人っきりなのかそっかそっか…………
(………………まじかよぉ)
「えっ? 市雪くん、どうしたの?」
俺は思わず手で顔を覆い、少しうつむいた。
「市雪くんってばー」
頭ぽんぽんされてる。ぽんぽんされてる!?
(はっ!)
「あっ、ど、どうしたの市雪くん?」
…………とりあえず……とりあえずとりあえず。
「さ、早理佳」
「なに?」
「本当に……本当に本当に、俺は土曜日……早理佳と遊んで、いいのか……?」
早理佳ちょっと驚き気味の顔をしている。
「うん、もちろん。私も、市雪くんと遊ぶの、楽しみだし……」
俺はちょっと小声にしてから、
「で、でもさ。さっきの早理佳ママのセリフからすると……俺、その、土曜、早理佳と、二人っていうか……」
ぎくしゃく。
「う、うん。そんな改まって言われたら、ちょっとてれちゃうよ」
てれた早理佳? かわいいに決まってんじゃん。
「……では土曜日、よろしく」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ちょっとうつむき気味の早理佳? かわいいに決まってんじゃん。