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花影にゆく  作者: 百瀬ゆかり
9/10

8 手掛かりを探して

佳乃のお祖母さんの豪華な夕餉をご馳走になった後に僕は家に帰った。


「……ただいま」


玄関先には伝言ボードを置いている。

叔父、叔母、悠二という欄とマグネットがあるが急用がある時は下半分に叔父叔母とセットにして書かれたマグネットが置かれていた。


『急用が入った。数日留守にする、家をお願い』


ここ最近、急用で家を出ることが多い。

初めは父さん単体だったのが次第に母さんを連れて留守になることが増えてきた。急用は急用でも慌て方が尋常じゃなく、すぐに飛んでいくという表現が言い得て妙と言えるだろう。


風呂を簡単に済ませ、自室へ向かう時に普段は施錠されている部屋が少しばかり開いていることに気付く。その部屋の管理をしている父さんにしては珍しいことだった。


部屋に鍵があるかもしれないから施錠しよう。

それしか考えてなかった。軽い気持ちで入ってしまったのが行けなかったのだ。



***


カーテンどころかシャッターが降りたまま。

廊下から漏れる光だけが部屋を照らす状態で部屋についている電気をつければ明らかになる。


部屋の奥には仏壇。

その両方の壁に問題があった。


「なんなんだ、これは……」


走り書きのようなメモがびっしりと壁を覆い、真ん中にあるのは両親と幼少期の自分自身、それと顔がよく似た男の子の写真。各個人の写真が画用紙に細かく記されていた。




酒井 晃之 享 年33


サラリーマン。俺の兄。

事故に巻き込まれて亡くなる。

遺品として結婚指輪が届けられる。


酒井 湊 享年 30


専業主婦。俺の義姉。

同上。


酒井 悠一 享年 7


酒井家長男。俺の甥っ子。

事故については同上

遺品も何も残されず行方不明。

次男を救出する際に自分よりも幼い弟を頼むと火事場の馬鹿力で気絶した弟を男性の腕に投げる反動で海に沈んだという証言。

生きているのか死んでいるのかさえ不明。


酒井 悠二 当時 4


酒井家次男。俺の甥っ子で息子。

死亡事故となった事件の生還者。

彼を助けた男性の証言では兄が覆い被さったおかげで軽傷で済んだが、事件のストレスにより以前の記憶は思い出せなくなった。



……事故?

事故ってなんだよ、父さん。

近くでまとめられているファイルを手に取る。


『豪華客船沈没事故、何があった』


叔父が必死に何かを探していたのは事実だ。

でも、事故は事故でもそれは本当に事故だったのだろうかと綴られていた。叔父の書記には僕のことや記憶に残っていない兄のこと、ほとんど覚えていない両親のこと。


なんでもいい。悠二が生きていて俺が引き取れたことがとても嬉しい。可愛がっていた甥っ子一人だけでも生き残ってくれたことは嬉しい。

でも、記憶が思い出せないことは酷だと思った。

彼にとって必要なことなら受け入れよう。

今度からは俺たちがお前の保護者だ。


仏壇の扉は閉じられていた。

これは厳重な鍵、2個の鍵で施錠されている。

これは後回しだ。

僕の記憶に隠されているものって……?




『兄ちゃん……っ、お父さんとお母さんは』


『バカ、そんなことより走れ!!』




何から逃げていた?僕は?

僕と、兄ちゃんは?




『兄ちゃん……!』


『危ない、悠二っ!!』


兄ちゃんが僕を抱え込んで動かなくなる。

そこから、兄ちゃんの口は真っ赤になってとても苦しそうな表情をしてて……。



『また会おうな、俺の弟……』



そう言って、割れた船体の狭間に落ちて行くのを僕は呆然としながら見ていたんだ。


そこから、第2の酒井悠二の人生が始まって。

現在に至っている。前から不思議だった。

教授からお前の作風はこれによく似ているなと見せられた作者の名前が、酒井とあって。

同じ名前でも親戚とはありえないだろうなと言われていたけれど、それは……。


「親父は副業で作家業をしていた。あの船旅は大規模なアートオークションで親父名義で家族ごと招待されたものだった」


拾えなかった記憶が形を成していく。

まだ足りない、足りないんだ。

これを完成させるには、行方不明の兄が生きている前提で動かなくてはならないんだ。


「父さんには誤って入ったことを謝ろう」


ずっと不思議だった家族の記憶が少しだけ戻ったような気がした。叔父さん、いや父さんの手伝いが出来たらいいなと思った。僕も家族が生きているのならどんな形でも会いたいと素直に思ってしまったのだから。


まずは、教授に接触してみよう。

酒井 晃之とはどんな作家だったのかを。

繋がりや作風、一部の作家生涯をまとめている書籍があるかもしれない。そう思ったら思い出した時の悲しみなんて綺麗さっぱり抜け落ちてしまった。

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