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花影にゆく  作者: 百瀬ゆかり
7/10

6 僕の想い、君への気持ち

前半がまだ少し過激的表現が含まれております。

暴力のような表情が苦手な方は自衛のため、スーッとスクロールして下さると助かります。

佳乃の悲鳴を耳にした瞬間に私は卒業生であり教え子であった生徒を、人間を全力で庭に投げ入れたのは初めてだった。自分自身がこんなにも短気で頭に血が上る体質だとは思わなかった。


いや、ぎゃくに頭が冴えていくのがわかった。

これは怒りを通り越した何かに変わったのだ。



「おや、誰かと思えば……入江じゃないか」


「さ、酒井先生」


憧れであり、好いている相手に名前で呼ばれるのが嬉しいのか複雑そうな表情を浮かべこちらを見つめてくる。気持ち悪い、純粋な悪だ。


「なんで、佳乃に無体を働いたの?」


「こっ、これは!」


「汚れた気持ちしか持たない人間が佳乃に触るな、穢れる」


しゃがみ込み、ハンカチで手を覆うと入江美里の頬を強く叩いた。衝撃を受けた片頬はみるみるうちに赤く染まり腫れ上がっていく。


「ゆ、悠二兄ちゃん!いくらなんでもそれは……っ」


「憐れむな、佳乃。これは制裁だ。

どうやら兄妹揃って勉強は出来ても道徳的には劣っているようだから【可愛い佳乃】に手を出したらどうなるか教えないといけないからね」


怒りでどうにかなりそうだった。

本当ならこいつらを、許しを乞うたとしても嬲り、嬲り、嬲って、殺してやりたい。


「お願い……っ!」


後ろから細い腕が身体に絡まってくる。

なんで、佳乃はこんな奴等を庇うんだ。

怖い思いをさせた張本人たちをなんで、どうして庇おうとするんだ。


「このままじゃ。悠二兄さんが、悪者になっちゃう……」


私が、悪者になる?


「お願い、もうやめて。この二人を勝手口から出しましょう、私……この人達と同じ空気を吸いたくありません……っ」


「……わかったよ」


直ぐ様、佳乃の言う通りに兄妹を勝手口から追い出した。その後、佳乃の祖母には一部を伏せて事の顛末を伝えた。祖母は号泣して佳乃は困り顔をしていた。これは隠してはいけない。



「……佳乃のお祖母様、彼等の悪行は野放しにしてはいけません。村八分かそれ相応の制裁を彼等に与えてここから追い出しましょう」


「悠二兄ちゃん、それはあまりにも……!」


「佳乃が口を挟むことじゃない。

いいかい、僕が間に合わなかったら君はもっと怖い思いをしていたんだよ?佳乃が傷つくことだけは僕が耐えられない……!!」


佳乃の瞳から涙が一筋流れた。

かかっていたストレスが急に身体に現れたのかガクッと膝から落ちそうになった。


「佳乃……!」


「お祖母様、それ相応の制裁を与えてください。

僕が鬼になるその前に……」



気を失った佳乃を客間へ連れていく。

敷布団を敷いて、とりあえずは落ち着かせよう。



***



夕飯時になり、客間に夕餉を運んでいると佳乃が目を覚ましていた。目を擦りながら僕を見つけると這いながらも強く抱きついてきた。


「ねぇ、私、お兄ちゃんにとってどんな存在?」


「……どうした、彼等に何か言われたのか」


「ううん、やっぱり答えるのは後にして。お腹空いたから食べながら話す……」



おうどんは相変わらず美味い。

きつねうどん、お出汁が効いたシンプルなお料理だが身体を温めるには向いている。


「あのね、悠二兄ちゃんが私のことを妹として見ていなくてもいいんだ。でも、忘れられるのは嫌だなぁって思ったの。こんな身体だし私は長生きできるかわからないから……強く、思ったの」


あぁ、心の無い言葉を投げられたのか。

本当に早く制裁を入江家に申し出なければ。

これで彼女が亡くなっていたらどういう責任の取り方をしていたのだろうかと、未だに腹の中が煮えくり返っている。


「食べ終わっただろう、今夜は特別だ。

おいで、甘やかしてやる」


昔のように佳乃を腕の中へ招き入れる。

膝に乗ってくる彼女は未だに軽い。急に消えてしまわないか不安を覚えてしまうくらいに。


「でもね、思ったの。

私は────お兄ちゃんが、好き……」


スーッと寝息が立った。

どっと疲れが出て、頭が全力で休ませることを選んだらしい。布団に寝かせ、頭を撫でる。


額に唇を落とす。

この気持ちは、宝石のような物だ。

育んでもいいだろう。

阿古屋貝が真珠を育てるように私は自分の気持ちを珠になるように育てるだけだ。


でも形になっている言葉はある。好きは好きでもライク(like)では無い。

それ以上にとても繊細で壊れやすいもの。


────佳乃、もしも私以外で好きになった相手が現れたのなら。それがお前の笑顔を守れる者だったら私はここで静かに過ごした記憶を道連れにして身を引こう。


それが、私の想いだ。

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