5 強い想い
今回は佳乃の視点です。
前回でも書いた通り暴力を含んだ過激な表現を含んでおります。
苦手な方は次の話から読んで下さい。
今日も悠二兄ちゃんは来ない。
そうわかっていたから無理をしないためにもジーンズと厚手セーターといった軽い服装で1日を過ごす予定だった。
「失礼します」
トントンと障子を叩かれる。
誰?おばあちゃんは誰を通したのだろう。
「誰なの、名を名乗って」
「入江です」
「……少し待ちなさい」
屏風の裏に行き化粧台に置いた櫛で簡単に髪を整えていると閉じられた障子は乱暴に開かれた。
「────っ!?」
「いつまで待たせるのですか、遅いですわ」
壁と屏風の間から乱暴に開かれた障子の方向を覗いた時、自分の目を疑った。来客は二人で入江兄妹だった。
「御機嫌よう、佳乃さん」
「こっ……こんにちは、美里さん」
「こんにちは、佳乃君」
「ご卒業おめでとう御座います入江先輩」
何故、接点の少ないこの二人が私の元に訪れたのか予想がつかなかった。
「あの、どう言ったご要件でしょうか」
何を言えば良いのか分からないからどうしてもどもってしまう。
「私ね、お願いしに来たの」
「……はい」
何を願うって言うの。
特に今までお願いなんてされないせいか不思議と身構えてしまう。何か、嫌なもの。
「悠二さんを頂戴」
────え?今、何て言ったの?
「だって、佳乃さんずるいだもん」
なんでずるいって言われるの。所以がわからない。なんでこんな事になっているの?
「酒井先生をいつも独り占めしてる。
皆、みーんなね酒井先生とたくさんお話ししたいのに先生の大切な幼馴染みである佳乃さんばかりに意識が行ってしまうとね、私たち部外者は妬いてしまうのよ」
や、妬いちゃう……?
「どんな人にも優しくて、生徒より少し上、そうまるでお兄さんのような存在。それに物腰柔らかで文武両道……挙げるにも挙げきれないくらいに、こんなにも素晴らしい男性をどうして独占するのかしら」
美里さんの目が声が、覇気が怖い。
肉食動物のように鋭くて、少しでも動いたら喉笛を掻き切られそうだ。
「少なくても、酒井先生は佳乃さんの事が大事なのかもしれない。でも、大切だと言ったとしてもそれは可愛い《妹》としてでしょう?だったらもう、兄離れをしても良いんじゃないのかしら?」
《妹のような存在》
その言葉は鉛のように心に沈んでいく。重い、どうしてチクチクとしているの。亀の子束子を肌に押し付けれるような不快な痛み。
これは、なんなの。
「え。え?」
「佳乃さん、あなた……同世代の殿方を知った方がよろしいんでは?」
馬乗りされて、呼吸ができなくなる。
美里さんの手がどうして────私の首に巻き付けているの……?
「運がよろしいようでお兄様がちょうど佳乃さんの事を好いていらっしゃるの。ならば、交際お申し込みのついでに視野を広げれるのが宜しくてよ」
回らなかった頭がようやく言う意味を理解した瞬間に────美里さんのお兄様、入江先輩が顔を覗き込んできた。
「さすが麗人と言ったものだな」
同年代の異性。意識なんてした事もなかった。
いや、しようとも思っていなかったのだと実感する。
「いや、離してください」
触れられたくない。嫌だ。
首を横に振れば細い指が喉を押して呼吸が次第に辛くなっていく。
「君の願いはどうせ叶いやしない。
いずれ酒井先生にだってそれ相応に見合った相手が見つかって年下の君なんて《妹》として見限られていずれ忘れるんだから」
先輩の手が頬を撫でる。
かさつく手がまるで頬を傷つけているかのように触れられた場所がヒリヒリと痛む。
「例え、そうだった、と、しても……」
私は、先輩を愛していない。
「私は、残念ながら、入江先輩とこの先、添い遂げる予定はありません。どうぞ……お帰り下さい」
独り善がり、自己中心なのは嫌い。
可哀想な方としか思えない。
「佳乃さん、諦めが悪いですね」
「何を、美里、さん」
美里さんの不敵な笑みに身震いをする。
一体、何を。拘束が無くなり呼吸が整わずゼーゼーっと雑音混ざりの音が喉からこぼれる。
「この状況で不利なのはあなたなのよ。しかも私達を部屋を入れた時点でもう、既成事実を完成間近っていうのにね。ふふ……実に愚かな人」
違う、私は通してない。
勝手に侵入してきたのはこの人達。悪くない。
私は悪くない。
「ああ……春の麗人をこの先、俺のものにできると思うともう抑えられないよ」
「助けてっ!」
今度は男の人に馬乗りにされてしまったらどうしても勝てない。どうすればいい?どうしたらおばあちゃんが助けてくれる?
雑に生けられた花瓶を何かの拍子に強く蹴飛ばしてしまい、欠けた破片が障子を突き破り廊下にまで散ったらしい。
裸足の状態だったせいかチクリ、と鋭い痛みを感じた時には足先が濡れているのを感じる。
涙で濡れた視界て強く叫んだ時、時間が止まった。覆い被さるような体勢でいた入江先輩が突然として庭園に飛んでいくのに気づいたからだ。
普段見ることのない表情をした悠二兄ちゃんがそこに立っていた。