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花影にゆく  作者: 百瀬ゆかり
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3 誤った距離感

今回はいつもより長いかもしれません。

次の日。今日は正午から酒井本家を訪れていた。珍しく父方の親戚が子どもの春休みを利用して帰省してきたのだった。自分は偶然にも用事がなく家の手伝いでもやろうかと思っていた時に召集され、母さんと父さんに楽させようと思った矢先の出来事だった。


「代わりに本家に顔を出してくれるだけでも助かるのよ?明日は悠二が好きなご飯作ってあげるからね」


「すまんね。今日は外せない用事が入って奈緒子と出ないと行けなくなってな……」


わかった、行ってらっしゃい。と見送ってから戸締まりをして本家に向かえば子どもたちに迎えられる。


「あ~(あに)先生だぁ~」


親戚の子どもはまだ小さいのが多い。

大体は小学生初等と中等あたり、極小数に中学の半ばの子も混ざっていた。本家が大きいだけに普段集まらない人数がわらわらと集中する。


幸いにも丸々1日ではないが、親戚の子どもがまだ小さいと自然と年長者である自分が面倒を見る事になる事は日常茶飯事、所謂与えられた役目となりつつあった。まぁ、自分が小・中・高の教育職員免許を取得してしまった事がそもそもの原因になってしまってるのだろう。


「宿題は持ってきたのか」


「うん」


「よし、早く終わらせて皆と遊ぼうか」


「うん!」


机に春休みの宿題、とデカデカとレタリングされたプリントの束に目が行く。フリー素材として有名なデザインと子どものやる気を削ぐような色彩に頭が痛くなる気もしたが今のところ、そこは重要じゃない。宿題がメインだ。


「ドリルか、もしもわからない所があったら言いなさい。解説するからね」


「はい、よろしくお願いします」



そうやって面倒を見ていると玄関から「こんにちは〜」と若い声が転がってくる。どうやら佳乃がやってきたらしい。


先にドリルを終えた子が彼女を迎えにいく。

彼女も年長組の一員だが、無理をしないか不安が過ぎってしまう。


(ねえ)先生を困らせることでもしたら僕が承知しないから覚悟しておくんだよ!」


そう言葉をかけておけば大抵の言うことを聞く。

けれど、佳乃はまだ病み上がりだ。

だからこそ、心配だ。


どうして春を挟む冬と夏は異様にも長く感じてしまうのか。体感速度ってやつの影響が色濃いのだろうか。でも望ましくは思えなかった。


佳乃の身体を労るとなると夏は暑さ、冬は乾燥と寒さが大敵。特に風邪が厄介で体力作りをした所で免疫力が低いがために何度も倒れてしまう。


どんな方法を取ったら佳乃が今後の人生を生きやすくなるのか。これは佳乃に関係する家族・親戚・近所の問題だった。


「最後の子がドリル終わったらおやつと休み時間にするから皆、もう一息だー!」


終わっている子にはおやつの準備に向かわせる。

終わらずグズる子には解説を加える。

流石に話し続けると喉が渇く。

お茶を早く飲みたいなぁ、と思いながら鉛筆が走

る音をかき鳴らした。



***


春休みの宿題は想像以上に詰まった。

別に文章から読み取る能力が低い訳でも、計算能力がダメダメという訳でもなかった。

問題だったのは春休みの絵日記と図工や美術の宿題として出されていたものが問題だった。【春】を主題テーマにして自分なりの春を探して、複数枚描いてくるという課題だった。


「……かなり難しいんだね」


こんなにも面倒な事を小学生からやるとは想定外だった。子どもだと知識も少ないから親を頼らずには居られないんだな、と深く思う。


やっぱりこればかりは都会と田舎の教授能力の差なのか。短期間にこんなにも出されたら消化するのに必死で自由に外で遊ぶなんて到底できないだろう。


詰め込み教育ってやつか。

……こどもがこどもらしく過ごせないような気もするけど以前のゆとりもなんかも、何も言えない気がする。うん、難しい。


「ふぇ~ん……」


今日はこれくらいにして、明日以降でこの課題をやらせるしかないかな。ほとんどの宿題を済ませちゃったしね。


「今日の絵日記は頑張ってお勉強したことでもいいと思うよ。親戚のお家で春を探します、とか簡単な事でいいよ」


小さな頭をポンポンと撫でる。

短いせいか猫の毛並のようにふわふわしている。撫で心地がいい。時間を見ればもう夕飯時だと針が告げていた。


「皆、今日はここまでにしてご飯にしようか」


宿題で散らかってしまった机を片付けさせてから子どもたちを広間へ移動させた。その後、炬燵のある部屋に通して貰うと本家の人が僕と佳乃の為に別枠のすき焼き鍋を作ってくれていた。


佳乃の身体に響かないように自分が着ていた上着を肩にかけて食事を始めた。2人だけの食卓。

夫婦になったらこんな空気を出すのだろうか、と先の見えない未来を思い描いてしまったのだ。


***


「佳乃、お疲れ様」


「悠二兄ちゃんこそ、あんな人数を同時に見るなんて大変でしょう。私はそのうちの少人数しか見てないから大丈夫」


鍋に箸を伸ばしながらそう言う。

普段とは違う表情と口調に違和感を覚えながらもここは親戚筋の本家だし、姿勢を正しているせいもあるのだろう。なんだか少しつれない気がする。


「佳乃、機嫌悪いの?」


なぜすぐに返事をしてくれない。こうなってしまったのは今までなかった。どうしようか……


「何をしたら機嫌、なおしてくれる?」


「……。」


「佳乃」


思わずため息が出てしまう。

今日1日を振り返ってみても佳乃の機嫌を損ねるような行為をしたつもりがないし心当たりがない。


「……今日」


「ん?」


開口一言目が、あまりにも意外だった。


「お話しができなかった」


「え?」


箸を握る手が微弱に震えている。

心做しか全身が震えているようにも見える。


「困らせたくないって思ってた……。

でも、悠二兄ちゃんは社会人で先生だし忙しいじゃない、それに話せる時が元々少ない……」



……そうか。自分が無意識のうちに彼女を寂しい思いをさせてしまったのか。


「そうだったんだね、ごめん」


傍に寄って、頭を固定して額をこつんと重ねる。

さらさらと流れる黒髪が擽ったい。

自分が覗く彼女の双眸は茶味がかった灰色の目がキラキラと輝いている。


「え?ゆ、悠二にいちゃ……っ」


戸惑いの色が目の動きからかなり醸し出している。

昔からのおまじない。

苦いお薬や注射が怖いって言う時にする大切なこと。

額をくっ付けて、頭を撫でれば擽ったさから笑ってくれることが多かったから。よくしていた。


「こわい?」


「……ううん」


────大丈夫。

そう言って彼女は恥じ入りながらも、くしゃっと笑ってくれた。


「悠二兄ちゃん」


「なんだい」


1つ間が開く。

至近距離のせいか一息をつく音を聞く。


「私は悠二兄ちゃんのこと────だいすき、だよ」


涙で潤う瞳が自分の目を覗く。

この言葉の意味は、果たしてどちらなのだろう。

ライク(like)?それともラブ(Love)?

それに対して自分の感情はどっち?この言葉は何も考えずに返答して良いのか。


すぐには返しちゃいけない気がして。

この言葉はちゃんと自分の気持ちをはっきりさせてから口にしよう。


確信を持てない臆病な自分はただ、彼女に微笑むことしか出来なかった。

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