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花影にゆく  作者: 百瀬ゆかり
3/10

2 心象画模索

3月の下旬。春季休業も終わりの方。

佳乃の体調が安定し、約束の野外スケッチを決行した。彼女が好きな桜も少しずつではあったが花開いてきていた。白に近い薄桃色の花弁は密集次第では美しい桃色のグラデーションを生みつつある。


「さ・く・ら〜♪」


佳乃の首元を飾る若草色のスカーフがそよぐ春風にふわふわと揺れる。春とはいえ、現在吹く風はまだ肌に触れると少しだけ冷たかった。


「転ばないようにな……危なっかしい」


彼女に無理をさせたくなかった私は彼女の画材道具を片手に、丘の頂上を目指す。

ひとまず早めの昼食を摂ってからスケッチする事にした。夕風のせいで安定した体調を崩されても困る。決して彼女の心配ではない、親御さんから信頼されて彼女を預かっていることが重要なのだ。


「あのね、悠二兄ちゃん。ありがとう」


「ん?何が」


「約束通り、連れてきてくれて嬉しい」


春の日差しによく似た柔らかな笑み。

幼さが残るその表情に、安心を覚えてしまう。

知らないことが怖い。

育つことはいいが、僕の知らない彼女の側面を見てしまうことが何よりも恐ろしい。


「佳乃のリクエストで頼んだ母さんお手製の唐揚げ弁当だ、早く食べて絵を描くぞ」


シートを広げてから風呂敷を開く。

まだ食べ盛りだろうと母さんは笑顔で唐揚げを多めに入れてくれた。2人手を合わせて頂きますと宣言をして口を動かしながら雑談をする。


「うーん♪奈緒子さんの唐揚げは絶品!!」


幼い頃に家に遊びに来ていた佳乃に母さんがご馳走したことで母さんの揚げた唐揚げが佳乃の大好物になった。だから嬉しいことがあると母さんに唐揚げ作ってくれないかな、と僕伝てに言わせて作らせていたことはよく覚えている。


「今のうちに描きたい構図でも考えるといい。

僕はもう決めてるから佳乃がどんなもので来るか楽しみだ」


この皮肉る口調は本当に役に立たない。

どうしてこうなったか。心の中でため息をつく。

食事もそこそこに。


互いを仕切るように画材を広げて。

色鉛筆を使った縛りの風景画スケッチ。


そよ風が草を撫でる音。

画用紙にぶつかり削れていく鉛筆の摩擦音。

遠くから聴こえる鶯の愛の叫び。


あらかじめ設定したアラームが携帯電話から流れてきた時、風景画スケッチを終了させた。


「こっちは完成したけど、そっちは」


「な、なんとか……ふぅ」


背中に重み。どうやら佳乃が背を預けてきたようだ。だから無理はするなと言ったのに、と心の中で毒づく。後で風景画を回収しよう。

30分、休憩だ。それから家に返そう。


幼馴染で兄である僕の務めだ。

そんなことを考えていれば後ろから寝息が聴こえる、全く。兄離れがいつになるのやら。



脱力して放り出されたその左手に、自分の右手を重ねる。このまま防寒対策すら放置すると末端冷え性にならないだろうか。全く、彼女のそばに居ると不安が絶えない。



兄離れを望む心はどこへ向いているのだろう。

それは妹を慈しむため?

自分に依存せず誰かに意識を向いてほしい?

それとも、自分自身が兄として見られるのに不満を抱いている?


自分の気持ちがわからない。

それこそ本当に霧の中に閉じ込められているかのようだった。

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