1 大切な想い
過去作品の改稿は楽しいですね!
もう、楽しくて楽しくてたまりません!
桃の花が散り、桜の蕾が膨らみ初めた頃。
新学期目前の春季休業の最中の事。
私は今年3学年に進級する幼馴染みに特別課題を渡すために彼女の家を訪ねていた。
「おはよう、佳乃」
「いらっしゃい、悠二兄さん」
彼女は軽い風邪をこじらせて2学年3学期が終了してからすぐに寝っぱなしの生活になってしまった。身体が伏せようとも精神は元気に有り余る年頃のせいか見舞いに顔を出す度にこう言って私を困らせる。
「もう寝てるの、飽きた!」
佳乃は幼子のように頬を膨らませる。
手元には昔に私が勧めた画材屋ミューズのA4サイズのスケッチブックと硬さ・濃さ共にの違うHとBの鉛筆セットに緑の練消し。
佳乃が中学入学時の祝い品として私がプレゼントしたものだ。
気に入っているのか毎月同じものを買っている。
食い入るようにガリガリと一心不乱に描く姿は鬼気迫るものがある。集中力は凄まじいのだ。
「体調が良くなったら一緒に風景でもスケッチしようか」
「本当!?約束だよ!」
小指を出してくる、どうやら指切りを要求しているようだ。小指を絡めると改めて彼女の指が細い事を再認識した。力加減を間違えたらいとも簡単に枝を折る要領で手折れてしまいそうだ。
「約束があれば治りも早くなるだろ」
「え、交換条件なの?何か、ずるい」
佳乃は不服そうな表情を浮かべる。
ただ純粋に笑顔をみたいだけなのにどうして事態は逆へと進んでしまうんだろうか。何も言えない私はただ、佳乃の頭を撫でる事しか出来なかった。こうしている間だけは言葉が無くても気まずい気持ちを払拭する事は出来たからだ。
「じゃあ、そろそろ時間だからまた明日。今日も課題を持ってきたから無理はしないこと」
鞄から封筒を手渡す。
「うん。私、頑張るよ」
その横顔は少女と女性の狭間…それはまさに思春期と呼ぶのに相応しいものだった。僕の知らない数年の時間は彼女に何を与えたのだろう。
「それじゃ、僕は行くぞ。何か気になることや用事があったら携帯電話でメールでも送って」
高校入学時に僕は佳乃に携帯電話を贈った。
もちろん、彼女の家族と相談してプレゼントする役目を貰って頼りになる兄枠を強固のものにした。年上だからこそ相談したいことだってあるだろう、と。軽い気持ちで。
「うん。ありがとう、悠二兄ちゃん」
寂しさを滲ませる彼女から意図的に離れることを選び続けるのは正直応える。でも、仕方ないのだ。物理的に離れた数年間の壁のせいで少女から女性へ移り変わっていく彼女との適切な距離感を模索してやまないのだから。
もしもその虚弱体質が無かったら。
僕は彼女との距離感を誤らずに済んだのだろうかと不意に思ってしまう。
妹のような存在の君が少し、ブレる時がある。
僕の名前を呼ぶ時。
僕の姿を見つけて喜ぶ時。
僕の手に指を絡ませて頬を赤らめて微笑む時。
僕の知らない佳乃の姿を見つけてしまうたびに。
僕の心はざわめくのだ。
桜の花が雨のように降り注がれる風景のように。
こんな彼女は知らない。
僕の知っている彼女はどこに行ったのだろう、と。