2-2 黒狼
黒狼と出会ったのはクラントが魔剣ラル・ブリーアを持って故郷を出てしばらくしてからだ。
彼は追手に追われながら当てもなく人間界をさまよっていた。
魔剣ラル・ブリーア。それは風の魔剣と呼ばれる。
「リオ、必ずお前を人間に戻してやる」
自身の信じるべき国を捨て、家を捨て、友人を捨て彼は一人になった。
もちろんリオは反対したがクラントは言い出したら聞かなかった。
ある日、立ち寄った先の街で黒服の集団に声をかけられる。
「魔剣契約者クラント、私ならばお前を助けられる。その代わりお前の力を借りたい」
その者の名はソウと名乗った。
その男は同士を集めていた。
それがクラントとはぐれモノ集団の『黒狼』との出会いだった。
『黒狼』に入ることを選んだのは提示された条件もゆるかったことあるが、
追手をかいくぐりながら情報を手に入れるのに限界を感じていたためだ。
その時、クラントは二本の魔剣を手にしていた。
目の前には二人の黒衣の男が魔剣を両手にして立っていた。
ソウはあのときよりも見かけは大分老いたが、眼光の鋭さだけはいささかの衰えも見られない。
「ソウ…か」
「まさかこんな場所でお前と出会うとはな」
横にいるココルは思わず武器を構えた。
相当な場数をくぐったモノだけがもつ分厚く重く、張り詰めた空気。
それもかなり濃い。
人間でありながらどれほどの修羅場をくぐればこれほどの圧を手に入れることができるというのか。
息を吸うのもつらい。ココルがそう感じるほどの圧迫感。
「ここは俺がやるよ。元俺の同胞でね」
いつもと変わらない口調でクラントは魔剣に手をかけた。
「わかった。先を進むぞ。ココル」
ヒルデはココルの襟元を引っ張って走り出す。
「クラント。頼んだ」
「まかせとけ」
二人の姿が見えなくなるとソウが語りだす。
「クラント、まさか戻ってきたというのではあるまい?」
「俺がそんな男に見えるかよ?」
その答えにシレはふうとため息を漏らす。
「…まだ貴様は魔剣と結ばれるなどという夢見ごと語ってるのか」
「あんたらの自分の国を作るっていうのも十分夢見ごとだと思うがな」
お互いに一歩も主張を譲らない
「夢見ごとではない。すでにそれは目前に迫ってきている。
我々は教会を滅ぼし我々の国を手に入れる。
現実を見ろ。人間の生きてる時間にやれることなんてたかが知れてるんだ」
シレは諭すようにクラントに語る。
「俺こそわからねえな、どうしてそれほどまでに国にこだわる」
「第二次魔王戦争以後、体制は緩やかに腐敗し、貴族院の力は増す一方だ。
正しいことを正しいと言えず、罪を罪を正しく罰することもできない。
誰かがそれを変えなくてはならない、誰かがそれを正さなくてはならない」
「そのために魔王と手を組むっていうのか?」
「もう決めたことだ」
シレの目には信念の光が宿っている。
「…どうしてお前はそれほどの力を持ちながら目先のことしか何故考えない。
どうしてこんな理想もない男が四本も魔剣と契約できたかわからな…」
「ひとの夢を笑うなよ」
クラントの凄みのはらんだ声にシレは思わず口ごもる。
「好きな女と添い遂げるってのも立派な夢だろう。少なくともあいつは笑わなかったぜ」
一緒にミイドリイクで背中を合わせて戦った。
「…その奴とは『魔王の卵』のことか。奴に魔剣ソリュードを譲ったのは本当らしいな」
「ああ、魔剣ソリュードならヴァロの奴についていきたいってな」
「なるほど…あの男の言っていたことは間違いなかった手わけか」
「…ヴァロをさらったのはお前らか。人さらいの真似事までするのがあんたの理想なのかよ」
「手段など歴史が正当化してくれる。我々に必要なものは結果だ。ここに来たのはそんな話をしに来たわけではない」
「?」
思い当たることがなくクラントは顔をしかめる。
「…どうやってソリュードの出力を上げた。ソリュードはDクラスの魔剣。
だがどう見てもモーリスの話によれば準聖剣クラスの出力だったという」
シレはクラントに問う。それを直に見ていたモーリスは頷く。
「…まじか…」
一瞬クラントの表情に動揺が広がる。
「だが…なるほどあり得なくはないな…」
クラントは一人で納得する。その理由に思い至った様子だ。
「…まさか本当に魔剣の出力を上げる方法が存在するのか?」
シレはその疑問を口に出す。
魔剣の本数がその国の軍事力そのものだという人間もいるぐらいだ。
もし知ることができれば魔剣の概念がひっくり返るだけではない。
現状の人間社会の勢力図さえ変更させることができるだろう。
莫大な富や名誉を得られるだけではない、一大勢力を築き上げることもできる。
魔剣を所持している者からすればのどから手が出るほど欲しい情報である。
現在その事情を知る『魔王の卵』は現在ポルファノアの管理下にある。
聞き出したいとは思ってはいるがその者は薬で眠らされている上に、もし手を出そうものならポルファノアに殺されかねない。
だからこそ目の前にその情報があろうが指をくわえてみていることしかできない。
「クックック…多分あんたらには無理だと思うぜ。何せあの男は…。いいや口止めされてるんだったっけな」
クラントは言いかけてやめる。
「クラント、貴様何を知っている?」
シレはきつくクラントを睨む。
「聞きたきゃ力づくで口を割らせてみなよ」
クラントは剣を構える。
「…クラント、残念だよ。お前の持つ魔剣はここで回収させてもらう」
シレとモーリスは魔剣を構える。
シレの持つ魔剣はパルフィッカ。モーリスの持つ魔剣はベアルアン。
どちらも魔剣の格付けではAクラスのものである。
「できるものならやってみな。ロ・ギャレ、ラル・ブリーア、力を貸してくれ」
クラントは魔剣の力を二つ同時に開放する。
シレもモーリスももう一本の剣を引き抜く。
「一つだけ訂正させてもらうぜ。俺はこいつらの所有者じゃない、友人だ。
こいつらはモノじゃねえし、ましてや軍事力でもねえ。意志のある人間だ。
俺はこいつらの力を借りてるだけだ。こいつらも俺に力を貸してくれてるだけだよ」
「たとえ元人間であろうとカタチを変え、巨大すぎる力をもったのならそれはもう人ではない。
兵器だ。ならば我々はそのように扱ってしかるべきだろう」
クラントは手にしたロ・ギャレを宙に浮かし、魔剣ジャダルカを背中から引き抜く。
シレもモーリスも二本目の魔剣を引き抜いた。
「人間の心を持つ限り人はどんなに力を持っても心がある限りそれは人なんだよ」
「魔剣は力だ。力を手にしたモノはそれの力で人々を導かなくてはならん」
魔剣から放たれる障壁が三人を包み込む。
「交渉は」
「決裂だな」
クラントはにやりと笑うと手にした魔剣を解放した。
魔剣と魔剣が激突し、大気に激震が走る。