2-1 発覚
道化の恰好をしていた男は軽い足取りで歩く。
奇抜な恰好をしているが、通り過ぎていく兵士たちが一様に頭を下げる。
多種多様な服装をしているがこんな格好で許されるのはこの男ぐらいだろう。
彼が呼ばれるのは『道化』。それでこの城の中ではまかり通っていた。
真名を呼ばれることもない。
彼の思惑通りに物事は順調に進んでいた。
「ポルファノアの奴は本当に昔から変わらない」
魔導砲の知識を与えたのは彼だ。
第二次魔王戦争終結後の混乱の中、彼は人間界を探った。
純粋にその時は知識欲からだ。
窮地に追い込まれた人間は聖剣などと言う狂気の産物を作り上げた。
もしかしたらと思ったのだ。
だが聖剣の製法はわからず、代わりに彼は聖剣の製造法を探った際に放棄された工場跡からその情報を偶然手に入れたのだ。
だが彼はその情報に価値を見出さなかった。
魔導砲では彼の目的は達することなどできないのだから。
そもそも彼の目的はポルファノアの目的と根本から違う。
彼の目的は支配することではない。
あの女の作り出した世界を徹底して破壊すること。
『パオベイアの機兵』は彼の目的達成のためにもっとも合致していた。
何もなければ命令を受けるが、魔力に触れると暴走するという特性があった。
ひとたび暴走すれば敵味方関係なく食らい尽くし、増殖する。
だからこそ『星の民』もそれを地の底に封印せざるえなかったのだ。
彼は一時期それを求め、あわよくば作り出そうと考えた。
だがそれは『星の民』の遺産。
魔法とは系統が全く違い、それを構成する構造も全く違ったもの。
彼らの扱う魔法でそれを再現することはできなかった。
彼は星中を探し求めたが『星の民』たちはそれらを実に巧妙に彼らは隠ぺいしていた。
彼ではその痕跡すら探すことはできなかったのだ。
だが近年、異邦から妙な情報が彼の元に届く。
ミイドリイクで『パオベイアの機兵が出現した』と。
彼はその情報が届くなり、ミイドリイクに足を運んだ。
そこにあったのは信じられないような巨大な穴。
ついたときにはすべてが終わっていた。
巨大な大穴を開けたのは異邦の誰かだろう。
伏せられているが『爵位持ち』が動いたとも聞く。
幻獣王『邪王』アデルフィは『パオベイアの機兵』の存在を嫌っていた。
彼は迷いなくその穴の中に足を踏み入れた。
結果は見ての通りだ。彼は『パオベイアの機兵』の一部を入手に成功した。
実物を手に入れられたことで停滞していた彼の研究は加速した。
今では増産も可能である。暴走状態でなければある程度の言うことも聞かせることもできる。
『パオベイアの機兵』が聖都を包み込む対魔結界と触れたときその増力速度は爆発的なものになろう。
ゾプダーフが後から動いたところで消滅させることしかできないだろう。
例え消滅させられてもこちらに一体でも『パオベイアの機兵』があればいい。
一体でも人間の都市に放り込めばまた無限に増殖が始まる。
それを繰り返せば人間界は廃墟と化す。
あの女の築いてきたものすべてが終わる。
それは順調に進みつつあった。
自分を軽視し、侮蔑し、拒絶し、否定し、
そして自身がもっとも羨望しやまなかった存在。
「…カーナ」
その男は一人の女性の名を口にした。
「…おや…あれは」
ふと周囲を見渡せば三人の男が見えない場所に衣類をはぎ取られ転がっていた。
「賊のようですよぅ」
報告のために『道化』はポルファノアの前にやってきていた。
そこは王の間。
そこにはポルファノアをはじめとする幹部たちが勢ぞろいしていた。
「その者たちは顔を見ることなく意識を刈り取られたそうですねぇ」
「手練れだな…」
どこか楽しげにポルファノア。
「今すぐ対応を…」
カランティは結界に働きかけようとする。
「私がやろう」
そういってポルファノアは目を閉じると足元の影が周囲に広がりをみせた。
それは瞬きの間、城全体は闇に覆われる。ポルファノアの扱う魔力の一端である。
その影は城の中を一瞬で駆け抜けた。
固有魔力と魔法の応用術。魔族でもこの領域に到達できたものはほとんどいない。
「さすが…」
失われた魔法の一端を見せつけられその場にいる者たちは息を飲む。
ポルファノアはすぐれた魔法使いと言う一面もある。
ポルファノアは城に存在する者で妙な魔法をわずかに身に纏っている者を感じ取る。
「カランティ、これから私の言う座標を映し出せ」
その頭上に巨大な映像が映し出された。
カランティがポルファノアの指定した座標を映し出すとそこには三人の姿が映し出される。
カランティは侵入者の顔を見て表情を強張らせる。
「あれは…ヒルデ。どうしてこんなところに」
元聖堂回境師であるカランティならば知らないわけがない。
「知っている者か?」
「相手は『雷洸姫』ヒルデ。その武力は我々の魔女の中でも最強といわれています」
カランティは恐る恐るその名を口にする。
聖堂回境師の職を後任に引き継いだ後、はぐれ魔女になったと聞く。
その生存は長らく確認されていなかった。
どこかで野たれ死んだとも噂されていた存在。
出来れば再び目にしたくなかった相手だ。
正体を隠しているあたり少なくとも我々の味方ではあるまい。
「今すぐ結界の迎撃を…」
カランティの目の前に光る球体が現れる。
静謐結界の迎撃用の術式を入力しはじめる。
「よい、少々暇をもてあましていたところだ」
ポルファノアはそう言って立ち上がる。
「まさかアレと戦うつもりですか?」
入力を止めカランティは声を上げた。
「リュミーサでは少し物足りなかったところだ」
「お止めください。御身に何かあれば…」
幹部の一人が声を上げる。
「私がネズミ如きにやられはしない」
「ですが…まだ肉体の交換も終わっていません」
カランティは抗議の声を上げる。
「くどいぞ。それともお主はこの状態でもこの我が負けると?」
「そんなことは…」
ポルファノアの言葉にカランティは言葉を詰まらせる。
「決戦の前の余興だ。邪魔立てするな」
ポルファノアはカランティの肩をたたくと酷薄な笑みを浮かべ歩き始める。
そんなポルファノアにシレが歩み寄る。
「もう二人のうちの一人は我らが元同胞。ポルファノア様、我々に対処を任せてはいただけませんか?
どうしても聞きだしたいことがあります」
横でそれを見ていたシレはポルファノアに言い寄る。
「いいだろう。任せよう」
ポルファノアはその部屋を出た。
部屋が多すぎる。その上果てしなく広い。
対面から歩いてくる兵に頭をさげる。
自然を装いながらヒルデたちは城内を歩き回っていた。
「残りは北の離宮と西の塔か」
「…残り二つなら聞いたほうが早いだろう。少し行って聞いてくる。」
「ああ。頼む」
クラントはそう言って兵士に歩み寄っていった。
「クラントさんに任せて大丈夫なんですか?」
「奴ほど社交的な人間はいない。四本ものの魔剣と契約できたのから」
「…それにしてもちょっと広すぎますね」
懲罰房に使われていた場所やいくつかの地下施設は廻ったがヴァロの姿はなかった。
「まあな。第二次魔王戦争時には数万の難民を受け入れたこともあるという話だ」
「数万…」
「この城は『星の民』が『船』として作られたとリュミーサは言っていた。
かつてあった船がある事情で使えなくなってしまったために代用品として作られたらしい」
リュミーサという聖堂回境師がこの城を護っていたと聞く。
「船?大陸間を行き来するものとしてですか?」
「そうじゃない。星を行き来するモノとしてだ。連中は翼を失ったとしてもまだ宙に未練があったのだろうな」
ヒルデが何を言っているのかココルにはさっぱりわからない。
「まあ、何を言っているのかわからないだろうが…」
ヒルデは小さく微笑む。
「話によれば北の離宮はポルファノアの直下の衛兵が警護しているって話だ」
クラントが駆け寄ってくる。
「話を聞いてみたがどうやら北の離宮とみて間違いないだ…」
ヒルデは言いかけて黙る。
その瞬間、城の中で一瞬視界が黒く染まったようにココルは感じた。
先頭を歩くヒルデがピクリとそれに反応する。
「さすがだな…」
ヒルデは振り向くことなくクラントたちの前を歩く。
ヒルデの声は特有の緊張をはらんでいた。
「どうしました?」
ココルは小声でヒルデに問う。
「…見つかったようだ」
クラントもココルも一瞬だけ表情をわずかに動かす。
「おいおい」
ヒルデの一言にクラントがぼそぼそと悲鳴を上げる。
「魔法を使っているのがばれた。…ポルファノア…やはり一筋縄ではいかないか」
ヒルデは淡々とその事実を語る。
どこか感心しているような感じがあるのは彼女も魔法使いであるがゆえんだろう。
「この静謐結界についてここに来るまでに話したことをもう一度言っておく」
平然を装いながら歩きながらヒルデ。
「静謐結界はあらゆるものを自在に転移させることができる」
「静謐結界の特性は一瞬空間の歪みが観測されるだったっけか」
「ああ。すくなくとも私や魔剣の感知能力ならばそれを察知することはできるだろう。
カランティはこの静謐結界に慣れていない。術の行使から発動まで若干の時間の開きがあるはずだ。
ただし瞬きほどの時間だ。一般の人間は歪みすら感じることなく杭を突き立てられて絶命する」
その言葉を聞いてココルは固唾をのむ。
ココルはヒルデの言葉に自分たちが紛れもなく死地にいることを再確認した。
「ココル、周囲の空間に違和感を覚えればすぐに飛びのけ。巨大なものほどそれにかかる時間と規模は比例する。
お前なら切り抜けられるはずだ。私たちはこれから北の離宮まで駆け抜ける」
そういうなりヒルデはいきなり駆け出した。
「はい」
ココルは声を上げヒルデに続く。