1-4 城の中を
「止まれ」
暗闇の中、背後から声をかけられグレコとラウィンは足を止める。
振り向けばそこには腕を組んで木に寄りかかっているソウ・ガルファミアがいた。
ソウ・ガルファミア、青年の成りをしてはいるが、聖剣の契約者であり、『狩人』の創始者でもある。
過去から現在に至るまで『狩人』の序列において一位を取る者。
『狩人』においてその決定権は絶対であるという噂さえある。
「どうしました?英雄殿がこんな夜分おそくに」
グレコはとぼけた様子でソウに語りかける。
「私には睡眠は不要でね。…三人を通した理由を聞かせてもらってもいいかな?」
ソウの言い方は柔らかだが有無も言わせない迫力があった。
ラウィンは一瞬表情をピクリと動かした。
どうやら一部始終見られていたようすである。
グレコはため息をこぼすと語り始める。
「…俺はね、奴らの思惑通りにことが進んでいるようでどうも嫌なんですよ」
これだけの軍勢一朝一夕で準備できるものじゃない。
それにそれほど優位であったにもかかわらずなぜコーレスを攻め落とさなかったのかわからない。
四日と言う時間を与えられたのもまるで準備をしろといっているかのようだった。
ここまでは確実にポルファノアの側の思惑通りに事が進んでいる。
「この戦争の始まりから全部どこかの誰かの掌の上です。
もしかするとカランティがトラードの聖堂回境師になったところからすでに…。
そうなれば連中は数百年前からこの状況を見据えて動いてきたことになります。
数百年と言う時間をかけた計画だったとしたら、俺たちがどう抗おうともその網を破るのは容易なことじゃない」
カランティを追っていたグレコだからこそそれに気づいたとも言えた。
「もしこの閉塞した状況を覆せる者がいるとすればそれは盤の中にいる者。盤の外にいる者たちだけだと俺は考えます」
「…彼らならその流れを変えられると?」
「わかりません。ですが、もしかしたらと言う予感はありました」
異様な沈黙が二人の間に流れる。
ソウは何やら考えこむ。
ラウィンはその二人の中で気まずそうにその二人の間で縮こまっている。
ソウの第一声は二人にとって意外なものだった。
「グレコと言ったか。お前も盤の外に出てみるつもりはないか?」
「はっ?」
突然のソウの提案にラウィンはともかくグレコですら開いた口がふさがらないと言った様子である。
ゴラン平原に展開する死霊の兵たちの脇を通り抜けひたすらその城を目指して三人は進む。
目の前には白い骨をむき出しにし、剣だの槍だのを手にした死霊の兵がぼうっと佇んでいる。
ヒルデの魔法により相手からはこちらの姿は見ることはできないが、それでも武装した死霊の目の前を横切るのにはかなり肝が冷えた。
死霊の脇を通ることを選んだのは、魔獣側だと臭いでこちらの場所が特定される恐れがあるためと
正体不明の白い人形にはあまり近づきたくないという理由からだ。
ヒルデ曰く、戦闘になれば相手の軸となる部位を破壊するか、こなごなに破壊するまで戦い続けるのだという。
それでいて傷を負ってしまえば動けなくなる人間の兵よりもはるか脅威なのだと。
三人が城につくころには辺りはすっかり白くなっている。
一番鳥の声が聞こえてくる、間もなく夜明けがやってくるのだ。
目の前にはカロン城の城壁がそびえたっている。
ココルはその城壁を見上げる。
「どうします?」
「このぐらい魔法など使わなくてもよじ登れるだろう」
半分予想していた答えにココルは苦笑いを浮かべた。
三人は人目のつかない側面に移動する。
脇のバックに入れた縄を取り出した。
城壁を昇り終えたココルはロープを垂らし二人を引き上げようとするも、
足元にいたはずの二人がいつの間にかココルの前にいる。
あまりのことにココルは声を上げそうになるがこらえた。
三人は城壁の中に降りると木陰に身を隠した。
城内には見張りの人間が数多く行きかっていた。
「思った以上に人がいる」
ココル達は物陰に潜みながら通りを行き交う者たちを見ていた。
人間、魔族、魔法使いすれ違うその服装はさまざまである。
「結界の方は大丈夫なんですか?」
「その点なら安心しろ。結界の目を盗むのは得意でな。それにカランティはまだこの結界に慣れていないようだ」
ヒルデはフゲンガルデンにてヴィヴィに入ったことさえ気づかれていなかった。
彼女の話では結界の目を盗んだと言っていた。
結界の目を欺く彼女なりの方法があるのだろう。
三人の潜む茂みの前を黒いローブをつけた男三人が通り過ぎる。
「そこにいる連中からヴァロのいる場所を聞いておこうか。ついでに身ぐるみももらっておこう」
ヒルデはにやりと笑うと見張りの三人との距離を詰め、瞬きの間に三人の体の自由を奪った。
相手は何が起きたのかわからないのではなかろうか。
その動きは暗殺者の訓練を受けたココルですら目で追うのがやっとだ。
「声を上げれば殺す」
背後から一人だけ意識の残った男の首をつかみヒルデは問う。
「しばらく前にここに運び込まれたヴァロという男を知っているか?」
男が首を振るとふっとその男の体から力が抜ける。
「さすがに下っ端には伝えられていないか…」
何事も無かったかのようにヒルデ。
「殺したんですか?」
「いいや、だが丸一日は動けないだろう」
ヒルデは当然のように身ぐるみを剥ぎ、見張りの三人をロープで縛りあげると木陰に隠した。
「盗賊業に適正があるんじゃないんですか?」
ヒルデの手際にココルは感心する。
「これでも一応魔法使いなんだがな」
三人は奪い取った黒いローブを着ると廊下を歩く。
一礼すると一礼し返す。いろいろな場所からやってきたものが多いためか、幸い不審には思われていないようだ。
「聞き出せませんでしたが、師匠の居場所に見当はついているのですか?」
歩きながらヒルデに小声で尋ねる。
「カロン城なら昔入ったことがある。構造なら少しは理解しているよ。いくつか目星もついている。
…と言っても相当大きな城だ。かなり時間がかかるがな」
「おいおい、昼過ぎまでにみつかるのか?」
「そこらじゅうにいる者を手当たり次第にぼこぼこにして聞きだすよりはましだろう」
ヒルデを見てこの人なら本当にやりかねないとココルは思った。
かくて魔王城の探索がはじまった。