1-3 魔王の城へ
夜明け前にその三人はゴラン平原を見渡せる丘の上にやってきた。
身を切るような風が丘を突き抜ける。間もなく夜明けが近い。
その広い平原の対面には城がそびえたっている。
ココルにはその城に見覚えがあった。
かつてそれはリブネントの湖にあったはずのものだ。
「カロン城…」
その城を見てヒルデはそう呟き目を細める。
ヒルデにしてみればかつて肩をならべたであろう聖堂回境師が守っていた場所だ。
今はあの城の中に第四魔王ポルファノアが座している。
ココルはヒルデの横顔を見るがその表情からは何の感情も読み取れなかった。
次にヒルデは眼下に展開する教会陣営を見下ろす。
平原の手前には魔王軍と対するかのように教皇軍の旗がたなびいている。
「聖カルヴィナ聖装隊は中央…西には聖滅隊か…ポルコール…やはり来ていたか」
遠くにある旗を見てヒルデはつぶやく。
「あの白いのはまさか…『パオベイアの機兵』か…」
クラントがあからさまに顔をしかめている。
「…何であれがここにある?ドーラの奴が地下施設ごと破壊したはずだ」
アレを破壊するためにドーラは幻獣王ローファの力を借りて、巨大な穴をミイドリイクに開けた。
「あれが例のミイドリイクの地下に封じられていた例の白い機兵か…」
青ざめた表情のクラントをみて
「今更怖気づいたか?」
ヒルデはクラントに冷やかな視線を向ける。
「ああ、怖気づいたね。だが降りるつもりはねえよ。
言っておくがヒルデ、もし戦闘になったとしてあれには魔法の類は使うなよ。暴走して手に負えなくなる」
「了解した。できればあいつにも伝えたいが…その時間はないな…」
「ヒルデ、知り合いでも来ているのか?」
「ああ。だが今はあいつの顔は見たくはない。…我々は東の一角から平原に抜ける」
東は比較的手薄の様子である。
「やっぱり教皇陣営を背後から一気に突っ切るつもりなんだな」
ヒルデの大胆な提案にクラントは懐疑的な眼差しをむける。
「時間がないからな。この状況、いつ開戦してもおかしくはない。それに内側からの方が意外と気づかれないものだぞ」
「…」
ヒルデの声にクラントはあからさまに嫌そうな顔をする。
「私の魔法なら大概のモノたちの目ならどうにか眩ませるだろう」
「万が一見つかったら?」
クラントが茶化すように横から声を出す。
「異端審問官『狩人』もしくは聖カルヴィナ聖装隊の連中に見つかったらこの計画は中止だ。
ここには教会側の全戦力が集中している。私はお尋ね者になっている。捕まればただでは済むまいよ」
聖カルヴィナ聖装隊と言えば教会最大戦力。
もしそんなものを真っ向から相手にすることになれば生きてはいられまい。
ヒルデは透明な衣のようなものを二人に手渡す。
「つけてみろ」
厳密に消えていはいない。目を凝らせば辛うじて確認できるぐらいだ。
「ココル、姿は見えるか?」
「どうにか」
半透明な衣のようなものがヒルデを包んでいるような感じである。
ヒルデの魔法を使った魔法衣。
ココルたちは宿屋から出てきた時からそれを身に着けてきた。
ちなみに少しだけ姿を見えるようにしてあるのは完全に姿を消してしまうと姿を視認できなくなるためだ。
夜ならばよほど夜目のきき、ある一定以上の魔法抵抗力のある人間でなければ見破ることはできないだろう。
「行くぞ、はぐれるなよ」
ヒルデの掛け声とともに三人は丘から駆け出す。
見回りの兵士たちの目の前を駆け抜けるも気が付かない。
ココルは二人の背後を必死になってついていく。
訓練をうけたココルですらクラントとヒルデを見失わないようにくっついていくだけでも精一杯である。
これなら行けそうだ。
ココルの胸中にそんな考えがめばえはじめた矢先、声がかけられる。
「お前ら何者だ?」
突如闇の中、声とともに二人の人影が三人の前に立ちはだかった。
ココルにはその声に聞き覚えがあった。
ココルは二人を制止し、グレコの前に進み出る。
「グレコさん」
ココルはその魔法の衣を脱ぎ、グレコの目の前に姿を現した。
「ココルか」
グレコは『狩人』であり、ココルを引き抜いた男だ。
「カッカッカ。妙な動きをしている三人組をみかけて追ってきてみれば、知った顔がいるじゃねーか。
で、どうした?まさかこのまま魔王討伐にでもいくつもりかい?」
『狩人』人間の魔法抵抗力はずば抜けている。それでいてグレコの嗅覚は人並み外れている。
グレコはかすかな違和感を感じ三人を見つけたのだろう。
『狩人』に見つかることはヒルデにとっても誤算だった。
グレコと言えば現在の『狩人』でも上位に入るほどの腕の持ち主。
一撃で決着をつけられるほどあまい相手とも思えない。
だが様子から察するにココルと顔見知りのようだ。
「…師匠が攫われました」
ココルはいきなりそう切り出す。
グレコは百戦錬磨の『狩人』。そんな相手に駆け引きが通じるとは思えない。
下手に誤魔化すよりも正直に話した方がいいとココルは判断した。
「ちっ、『魔王の卵』が…フゲンガルデンの『紅』は一体何をやってやがる」
ココルの言葉にグレコは舌打ちし吐き捨てる。
ヴァロを救出するというこちらの事情は察してくれたようだ。
「そっちの二人は?」
グレコはココルの背後の二人に目をやる。
二人とも透明になったままだが、警戒しているのは気配でわかる。
クラントは元お尋ね者、ヒルデもはぐれ魔女として手配書には乗っているし、二人ともかなりの賞金首でもある。
「…私の協力者です。私はこの方々と一緒に師匠の救出に向かいます」
「…」
無言の時間が続く。クラントは無言で魔剣に手をかけ、ヒルデも物騒な魔力を体から発する。
この場で戦闘になれば周囲の『狩人』もここに集まってくる。
『狩人』だけならいい、戦闘を聞きつけ聖カルヴィナ聖装隊がやってくればココル達はヴァロ救出計画を断念せざるえなくなる。
その場に緊張が走る。
そんな緊張は突如豪快な笑みに打ち消された。
「カッカッカ。いい顔になったじゃねえの。俺の標的はカランティだ。今はお互いに出来ることをやろうや」
グレコは反転し背を向ける。
「次の分かれ道で一本奥の道を使え。今守っているのはただの木偶だ。お前らなら容易くこの本営を抜けられる」
グレコたちはそう言い残すと、ラウィンとともに森の闇に消えていく。
「ありがとうございます」
グレコたちに頭を下げ、ココルはヒルデに視線を投げる。
再び半透明の膜をつけるとココル達三人はその場を走り抜けていった。
「しっかし、話の分かる『狩人』もいるんだな」
走りながらクラントはつぶやく。
「あれは『遊撃』のグレコと北の英雄のラウィンだ。どちらも『狩人』一桁の序列だ。次会うことがあったら真っ先に逃げることだな」
「うへぇ、一桁様でしたか」
ヒルデの声にクラントは嫌そうな顔をみせる。
クラントが嫌な顔をしたのは強さというよりは相性の問題である。
『狩人』は基本魔剣を持たないが特に一桁台は追われる側としては追手として最悪と言ってもいい。
獲物を囲い込む手段を知っているし、一度くらいついたら離れない執拗さがある。
だからこそ追われる側にとって『狩人』は
「…よく知ってますね」
感心したようにココル。
「はぐれ魔女生活が長かったからな。…そろそろ視界が開けるぞ」
目の前の視界が開けた。
視界の先には魔物の大群とカロン城が待ち構えている。
「さあ、覚悟をきめろ」
ヒルデの声にココルもクラントも頷いた。
こうして三人は魔王の城へと向かっていった。
登場人物新しいの多くて大変です。