1-2 全戦力
「私だ」
門が開くとそこには鎖でつながれた一人の男が頭をたれている。
薬で眠らされているのだ。
彼女はカランティの一番弟子ウィンレイ。
目の前の男はヴァロと言う魔剣使いで、かつて師であるカランティをトラードから追いやった一人だという。
そう言われても、その時いなかったウィンレイは何の感慨も沸かない。
傷でもつけようものならポルファノアから殺されかねない。
栄養剤の投与、健康状態の確認、薬の投与、淡々とするべきことをこなしていく。
「光栄に思うことだ。貴様は憑代に選ばれた」
そう言い残すとウィンレイは地下牢から去って行った。
帰り際ウィンレイは白い人形の集団がそのものの目にとまる。
「…『パオベイアの機兵』」
暗い闇夜にその真っ白な躰は嫌でも目に付く。
始めに動いたときからずっと立った体勢のまま石のように固まっている。
「あの白い人形兵、私は不安でたまりません。あのような不気味なものは初めて目にするな」
初めて見たときからどうも嫌な感じがしてならない。
闇の中に無数の松明が煌々と焚かれている。
ゴラン平原の南、聖都コーレスの目前に陣が張られていた。
本営には周辺各国から昼夜を問わず続々と兵が集まりつつあった。
聖都に収容できない規模になりつつあるため、そしていつでも攻撃を開始できるようにと聖都の手前に軍勢は配置されている。
四百年前に大小数十のあった騎士団、部隊は今では再編され大きく五つに分けられている。
教皇直属であり、ミリオス率いる聖カルヴィナ聖装隊。
南の騎士団領を統治するマールス騎士団、西部を護るグレゴリッサ蒼騎士団、
大陸東部のログラッタ地方を活動の基点とするカルナック第六小隊、貴族領を主な黒曜第七師団、赤獅子騎士団の四つである。
現在それらは続々とコーレスに集結しつつあった。
「マールス騎士団は本日到着するとのこと」
一人の男がミリオスに報告する。
「赤獅子騎士団、黒曜第七師団の方は?」
「それが…」
どちらも統括している『槍』ダルバンド・ウィッシュナーは数カ月前に起きた北での異変の調査のために不在だという。
そのために招集に時間をかけているらしい。
「なるほどな。道理で貴族院の連中は『槍』を使うことをためらっていたわけか」
極北の地に接するミョテイリから聖都コーレスまでどんなに早馬を飛ばしても一カ月以上はかかる。
わずか数日でコーレスまでたどり着くのは困難だろう。
「我々だけで…」
そこで本営がざわめく。
巨大な剣を背中に背負った青年がその陣営に入ってくる。
横には初老の男性が寄り添う。
すべての視線は思わずその青年に釘付けになる。
絵画では目にしたことはあっても直に見るのは初めてである。
「あんたが当代のバフーフの契約者か。俺の名はソウ。宜しくな」
ソウは屈託のない笑みを浮かべ右腕を差し出してきた。
「あなたが…あの伝説のエウラーダの契約者」
ソウ・ガルファミア、知らぬものがいないほどの大英雄である。
第二次魔王戦争からその存在は知られており、異端審問官『狩人』の創始者としての名もある。
魔王戦争にあわせて復活を遂げてたという。
聖剣の契約者は教会の切り札でもある。
「バルドラック・レーエドンといいます。以後お見知りおきを」
バルドラックは恭しく一礼をする。
「…あなたが当代のレーエドン伯爵か」
ソウの脇にいる初老の男をまじまじと見つめる。
通称『伯爵』と呼ばれ、『狩人』の中でも実力の抜きんでたものがその名を代々名乗るという。
ただ、その存在は全くと言っていいほど表に出ることはない。
教会の中枢にいるはずのミリオスですらその存在を見るのは初めてである。
「ここには連れてきてはいないが周辺にいる狩人から人をかき集めてきました。
総勢百名たらずだが魔法抵抗力があり、魔族や魔獣、魔女との戦闘経験もある。存分に使うと良いでしょう」
「心強い」
魔との戦いにおいて戦い慣れしている『狩人』は一騎当千の働きを見せてくれる。
さらに人の感覚を惑わす魔法の類も見破ることができる。
敵に魔法使いもいるこの戦場においてこれ以上ないぐらいの戦力と言えた。
「ソウ殿、指揮は…」
「ミリオス殿、今の軍の編成もわからないし、この時代の人間もさっぱりだ。
私は一振りの剣としてあなたの指示に従うつもりだ。存分に使ってくれよ」
気持ちのいい笑みをソウ・ガルファミアはミリオスに向ける。
「かたじけない」
ミリオスはそのいかつい顔で精一杯笑みを作ったようだ。
ソウはそれを見て苦笑する。
「あんたっていつもそんな仏頂面してるの?それじゃ部下に引かれるだろう」
「…はあ」
軽いノリで時の大英雄はミリオスの肩を叩く。
ミリオスは
「…ミリオス、あの魔王ポルファノアの四日と言う期間をどう見る?」
ソウはミリオスの耳元でささやく。
あのままコーレスを攻め落とすことは容易だっただろう。
それをせずにあえて四日と言う期間をあの魔王は提示し、聖都コーレスの前で不気味に沈黙している。
こちらの戦力を集めるという意味では都合はいいが、相手は無策だとも思えない。
敵の中には策謀に富んだカランティの姿もあるという。
何らかの手があるはずだ。その不安は常にミリオスの頭にもあった。
「わかりませぬ。ですが相手がどんな策を弄そうとも我々はそれを打ち破らなくてはならないでしょう。
…たとえここで散ることになろうとも」
ミリオスは深い決意とともにその言葉を口にする。
「…ある意味で前向きだな」
ソウはにやりと笑う。
本営の外からざわめき声が上がる。
本営に入ってきたのは甲冑に身を包んだ三人の女性。
両脇に二人の女性を引き連れ、胸を張って進む。
男ばかりの陣営に彼女たちは異色の存在感を放っている。
「貴殿は?」
その女性が兜をとるその長い髪をたなびかせる。
目つきは鋭く、その気配は異常ともいえる。
「私の名はポルコール・セリアッカ。ラフェミナ様の命を受け参上した。
聖カルヴィナ聖装隊ミリオス殿。こうして会うのは初めてだな」
ミリオスに向けてポルコールは微笑む。
彼女の身のこなしは洗練されていて、訓練を受けているのは見て取れた。
「貴殿の噂は聞き及んでいる。今回共に戦えることを嬉しく思う」
ミリオスが差し出してきた大きな手をポルコールは握り返した。
こんな華奢な体で数百年の間『ハーティア聖滅隊』を率いてきたのだ。
その事実にミリオスは内心衝撃を受ける。
「ポルコール、まだ現役だとはな」
横からソウが声をかけてくる。ミリオスに向けた態度とはあまりに違う。
ポルコールは鋭い視線でその男をみつめ返す。
「貴様ももう復活していたか。英雄殿、三百年ぶりの実戦、腕はなまっていないだろうな」
「魔女よ。ここで試してみるか?」
ポルコールの一言にソウは冷ややかに言葉を返す。
ソウは背後の巨大な剣に手をかけ、ポルコールの体からは魔力があふれ出る。
互いの身から放たれるその力が一気に天幕の緊張感を跳ね上げた。
かたや伝説の大英雄と魔女側の実力者。
辺りは二人が放つその殺気に騒然とした雰囲気に包まれた。
ミリオスが鞘ごと聖剣の先を地面に叩きつけたのだ。
それは鞘ごしだったが、聖剣の余波を周囲にまき散らす。
二人の視線がミリオスに向けられる。
「私はまだ戦うことを命じてはいないが?」
冷ややかな視線を二人に向ける。
彼もまた聖剣と契約を果たした当代一の実力者。
その一言に二人は口元に笑みを浮かべる。
「お互いなまっているかどうかは戦場で確かめるとしよう」
「ああ」
二人がそう言うと張り詰めていた気配が嘘のように静まる。
天幕に居合わせた人間たちはそれぞれにほっと胸をなでおろす。
「次の一戦は全人類の命運をかけた一戦になる。断じて負けるわけにはいかぬ」
ミリオスは二人に語りかける
「もちろんだ。お互いに死力を尽くそう」
ポルコールの出してきた手をミリオスは力強く握り返した。