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運命の日~夜明けの輝星~  作者: 上総海椰
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1-1 人の消えた都市

少年は大陸一と言われる繁華街を一人歩いていた。

魔王ポルファノアの提示した四日という期日を明日にひかえ、聖都コーレスからは人が消えていた。

大陸一とまで言われる都は静まり返り、人っ子一人見当たらない。

たまにすれ違うのは衛兵ぐらいか。

ほんの数カ月前にやってきた時には夜ともなれば繁華街の光に包まれ、人の声が途切れることがないものだったはずだ。

まるでこの都市全体が通夜にでもなったかのようだ。

そんな中一件だけ光のある食堂を見つけ、その少年はその酒場に誘われるかのようにふらふらと入っていった。

「おや、ずいぶん若い客だ」

店には年老いた老人がいた。この店の主人だろう。

背筋も真っ直ぐで衰えを感じさせない。

「こんな時でも店を開いているんですね」

そう言って少年は手にしたかばんをおろしカウンターに座った。

「どうも店を開けるのが習慣になっちまっていてね。どこから来たんだい?」

「フゲンガルデンから来ました」

それを聞いて店の主人は表情をピクリと動かす。

「ずいぶんと次期の悪い時に来ちまったね」

その食堂の主人は少年に同情をみせる。

「コーレスから来る途中にコーレスから逃れる一団に何度か聞きました。なんでも魔王がゴラン平原に現れたとか」

「知ってたってのに来たのかい?若いのにずいぶん肝が据わってるね」

驚いた素振りでその主人は少年を見る。

「おかげで宿屋を見つけるのに苦労しました」

そう言って少年は苦笑いを浮かべる。

「今やっている宿と言えば…ブティのとこか」

「はい」

「あのじじいも覚悟を決めたか」

店の主人はどこか楽しげにつぶやく。

「…この三日で帝都からおよそ半数の人間が消えたよ。

残っているのは一部のお偉いさんと軍人と俺たちのようにコーレスを離れられない人間たちだけさ」

「コーレスには聖カルヴィナ聖装隊、都市結界も機能しているのに何故です?」

少年の言うことももっともである。

聖カルヴィナ聖装隊は教会最強と名高い武装集団、その上コーレスには対魔結界が存在している。

この大陸において最強の軍事力が集まっている場所だ。

だがそれでも人々から不安を拭い去れなかったということでもある。

「理由を知りたいのなら見晴らしのいい丘からゴラン平原を見下ろせばいい。

魔獣と死霊の軍勢がゴラン平原の北に行儀よく並んでやがる。あれをみれば大の大人でもちびっちまうよ」

ゴラン平原には魔獣と死霊が不気味に整列しているという。

それこそ戦争開始の合図を待っているかのように。

「ではどうしてあなたはコーレスを出て行かないのですか?」

「ここを出て行ってどうなるってんだよ。この歳だ。やり直しはきかんだろう。

それにもし死ぬ時が来れば、魔獣たちに食われてもコーレスでって決めてんだ」

そう言って主人はスープとパンを差し出してくる。

「…そうですか」

少年は差し出されたスープとパンを頬張る。

「あのいばりちらしていた教会守護兵が青ざめているのは痛快ではあったがね」

酒場の主人は豪快に笑い飛ばす。こんなのを衛兵に聞かれては縛り首ものだがそれを咎める者はこのコーレスにはいない。


「お代はいいよ」

スープを一息に飲み干し、カウンターにコインを置いておもむろに立ち上がる。

「これはささやかな気持ちです」

その主人は置かれた貨幣を手に取りしげしげと見つめる。

「気持ちか…」

「何か?」

「いや、この貨幣の価値もいつまで続くのだろうなと思ってね」

銀貨は教会が保証している教会が倒れれば貨幣の価値は無いに等しくなる。

「あんたも用が済んだのなら早くこのコーレスを出ていきな。

もっともここが落ちれば大陸で安全な場所なんてどこにもなくなるだろうけどね」

少年は店の主人に一礼するとその酒場を後にした。

「魔王戦争…」

すべての価値観も破壊される。

魔王ポルファノアの目的は魔族の支配する世界を作り上げることだという。

それが真意なのかどうかはわからないが、新たな価値観が想像される。

だとしたらこれは歴史の転換点なのかもしれない。


「ココル、その様子だと食事にはありつけたようだな」

宿に入るとココルは女から声をかけられる。

何やら札のようなものに何やら見たこともない印を書いている。

その女性の名はヒルデ。

今ははぐれ魔女だがかつては名のある魔女だったらしい。

「ええ」

「やっぱり俺もついていった方がよかったな」

そう言ってクラントは心底残念そうな表情を見せた。

男は窓枠に座り、剣を磨いている。

手にしているのは魔剣。このクラントという男魔剣三本と契約しているとか。

元々は四本あったらしい。

二本契約ならば伝承等で聞いたこともあるが四本も契約しているのは初めて聞く。

二人ともココルの師であるヴァロと知り合いでそのために今回救出に協力してくれるという。

ここまで来る途中で師と知り合った経緯を聞かされたが

魔族に聖剣に赤の他人聞けば眉唾ものの話ばかりだった。

だがそれ以前にとんでもない事件に巻き込まれていたココルは辛うじて信じることができたが。

「それで明日の夕刻が魔王への回答期限らしいです」

クラントが干し肉をはさんだパンをかじりながらココルの話に耳を傾ける。

「事前に調べた通りだな」

こんな状況だ、どこの宿屋もがらがらでまともに開いている場所はほどんどない。

一時はどこぞの空いている民家でも借りる話もあったのだが、借りられたのは運が良かったとも言える。

「ヒルデさん、ニルヴァさんとは連絡はつきましたか?」

「いいや」

ヒルデは首を横に振る。

ニルヴァは現在決戦を前にして会議やら結界の調律やらで飛び回っているらしい。

ニルヴァと言うのはこのコーレスの聖堂回境師のことだ。

聖堂回境師というのは人間界における主要都市の結界の管理者のことである。

魔王戦争を目前にひかえ、彼女たちはめまぐるしく動いているらしい。

そういった背景もありヒルデはニルヴァに会うことができなかったという。

「…せめてフィアさんたちと合流できればよかったのですが」

フィアもクーナも一流の魔法使いであるし、ココルは一緒に旅をしてフィアの実力は知っている。

もし一緒に戦うことができればこれほど心強いことはない。

フィアのことだ今頃、ヴァロを救出する目的のために動いていることだろう。

だがヴィヴィとの連絡を最後にフィアとの連絡は途絶えてしまっている。

一体どこにいるのか見当もつかない。

その行方を知るためにもニルヴァにはクーナと連絡を取ってもらいたかったのだが。

「…時は一刻を争う。我々はここで休息してからここを発つ。

可能な限り体を休めておけ」

そう言ってヒルデは蝋燭の灯りに手を伸ばす。

「ヒルデさん、少し聞いてもいいですか?」

「何だ?」

ヒルデは蝋燭に伸ばした手を止めた。

「教会はいつ開戦してくると思います?」

「教会は四日と言う期限ぎりぎりまで待って魔王戦争の開始を宣言するだろう」

「その根拠は?」

クラントは身を乗り出して聞いてくる。

「理由は二つ。丘の上から見てきたが教会側は急な出来事に戦力が集まりきっていない。

可能な限りの戦力を集めるために開戦の宣言は返答期限ぎりぎりまでねばるだろう」

ヒルデの声にココルとクラントは無言で頷いた。

今回第五魔王は突然その姿を現した。

そのため教会はわずか数日で各地の戦力を集めなくてはならない。

幾ら緊急で呼びかけようとも大陸の各地にいる戦力を数日で聖都コーレスまで集めるのは物理的に不可能だ。

教会側から見れば少しでも時間を稼いでおきたいのが本音だろう。

「もう一つの理由は?」

「相手には屍飢竜がいる。第七魔王ブフーランに作られたという屍飢竜は闇に溶け込み生物の命を食い漁るという。

魔剣の障壁を持たないただの兵士はただの餌でしかない」

ココルは生唾を呑み込む。魔剣を持たないココルにとっても他人事ではない。

「…それは厄介極まりない相手だな」

「これら状況を考慮すれば教皇が魔王戦争の号令を発するのは明日の日中。

もし戦端が開けば状況は予測困難になる。さすがに戦争のまっただ中でヴァロを探すのは避けたい。

可能ならば戦争になる前に救出しておきたい」

教会も戦力をこのコーレスに結集させている。

魔王軍と戦闘になればどんな不測の事態が引き起こされるかわからない。

「むしろどさくさに紛れる手もあるんじゃないのか?」

横からクラント。

「背後から聖カルヴィナ聖装隊に討たれても?」

ヒルデの一言にクラントはあからさまに表情を曇らせた。

「聖剣使いと対峙するのはもうこりごりだ」

そう言ってクラントは大げさに手を上げてみせる。

聖カルヴィナ聖装隊と言うのは教会の切り札とも言える存在である。

この四百年不敗とも言われており、その力は大陸最強とも言われている。

ゴラン平原をはさんで巨大な二つの勢力がぶつかる格好になる。

「それだけじゃない。ポルファノアは教会と対峙することができるだけの何らかの手段を持っている」

「教会に四日の猶予を与えるぐらいのな」

その点は不気味にすら思えた。

「ヒルデさん、師匠…ヴァロの肉体は大丈夫ですか?」

「一般の見解では満足な魔力を有していない交換したばかりの肉体でそれに臨むとは思えない。だが…」

「…交換する可能性もあると」

ココルの言葉にヒルデは首肯する。

「ああ。元の体にある魔力を新しい肉体に移し替える何らかの手段を持っている場合と

新しい肉体になっても十分に動ける場合だ。

「魔力を移し替える…第五魔王ポルファノアというのはどういった魔王なんですか?」

ココルの問いにヒルデは少し間をおいて答える。

「ポルファノアの二つ名は『大魔群』。かつて魔獣にその魂の欠片を分け与え、多くの魔獣を意のままに操ったと聞く。

第三次魔王戦争の際も奴の力でゴラン平原を埋め尽くしたという。

おそらく今平原にいる死霊や魔獣も奴の力によるものだ」

「…固有魔力…」

ココルはその言葉をつぶやく。

ココルは極北の地で出会った魔族たちのことを思い出していた。

彼らはそれぞれに固有魔力という独自の魔力を変化させるすべを持っていた。

そういう類の固有魔力もあるのかもしれない。

「よく知ってるな」

「固有魔力?」

クラントが

「上位の魔族がもつとされる自身の魔力を操る特有の能力のことだ。

第二次魔王戦争の際の文献によれば魔力を刃にする者や炎を操る者がいたらしい。

魔力によって死霊や魔獣を操れるものがいてもおかしくはない」

「固有魔力ねえ…便利だな」

「ココル、まだ質問はあるか?」

「最後に一つ、あのカロン城までたどり着くんですか」

ココルの言葉にヒルデは口端を釣り上げる。

ゴラン平原で向かい合うように二つの勢力はにらみ合っている。

二つの勢力のにらみ合う中、平原を迂回するにしても見つからないようにとなればどうしても遠回りになってしまう。

そうすれば今からでも一日以上は確実にかかるし、カロン城までたどり着くのは明日の午後以降になる。

「また新たな問題発生だな」

クラントはやれやれといった様子で声を上げる。

「その点なら大丈夫だ、私に考えがある」

ヒルデの含みのある笑みにクラントもココルも眉をひそめた。

「今は体を休めておけ、明日は大変な一日になる」

ヒルデは蝋燭の灯りを消した。

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