3-4 その一撃
一匹の黒蛇がその光景を丘の上からゴラン平原を眺めていた。
首を長くしてその姿勢をただじっと見つめているだけである。
傍から見れば異様ともいえる光景だ。
人影がその黒蛇の脇に足音とともにやってくるが、黒蛇はそんなこと気にしないのか微動だにしない。
「おや先客か、邪魔するぜ」
やってきたのはグレコとラウィンである。
「カッカッカ、ここが一番見晴らしがいいんだよなぁ。おめえもアレを見に来たか」
その黒蛇に語りかけるが黒蛇はピクリとも動かない。
「一緒に見ようぜ」
グレコはそう言って蛇の隣に座った。
黒い竜が南の空からやってくるのが見えた。
しばらくしてカロン城から何やら巨大な砲台のようなものが魔獣に引きずられて出てくる。
「あれは…」
ラウィンは皮膚が泡立つのを感じた。
教会側の軍が撤退をはじめている。
異常なまでに迅速な対応、動かしたのはソウだろうか。
「どうする、グレコ」
背後にいるラウィンがグレコに問う。
ラウィンもその異常さを感じ取ったらしい。
「どうするっつってもどうにもできないだろう。それに英雄様から言われたことを忘れたか?」
大英雄のソウからグレコたちは盤の外に出るようにと言われた。
ここで最悪の結末をむかえることになっても、それで終わりではない。
戦いは続くのだ。
次につなげるためにも何がここで起きていたのかを伝えなくてはならない。
伝える者がいなくてはならない。
そのためにグレコは両陣営を見渡せる場所にいる。
たとえ教会側が全滅してもそれで魔王との戦いが終わるわけではないのだから。
次につなげなくてはならない。
次の戦いのために。
砲台から発射された閃光がゴラン平原を一直線に駆け抜ける。
それは驚くべき速度で怖ろしいまでの光を放ち教会陣営に向かっていった。
そして教会陣営の前で魔導砲から放たれた光の筋が突然弾けた。
都市破壊級の攻撃から一人の少女の作り出した魔法の壁がコーレスを護っていた。
遅れて歓声が教会陣営から聞こえてくる。
双眼鏡でその様子をグレコは見ていた。
「あの力を弾いたのか…」
「あの嬢ちゃん…もうめちゃくちゃだな。まさかここまで化けるとはな」
グレコは双眼鏡で魔導砲の一撃を防いだ光景を見つめていた。
かつて見た少女とはまるで別物である。
魔女の中でも能力はずば抜けていると感じてはいたが、ここまで化けるとは思いもしなかった。
「行くか?」
ラウィンがグレコに問う。
「やめとけ、俺たちの干渉できる領域を超えてる。俺たちができることはこの戦いの行く末を見守るぐらいだろうぜ」
目の前で行われているのは神話級の戦い。
「まあ、俺たちが出る幕があるとすればそれは幕が引いた後だ。…つまり俺たちはただの人間で『狩人』だってことさ」
にやりとグレコはその光景を眺めながら微笑む。
「魔導砲を弾かれるとは…いまだ現代にこれほどの魔法使いが存在していたとはな」
玉座にいるポルファノアは宙に浮かぶ画面越しに純粋にただ驚いている様子だ。
「ポルファノア様…」
「案ずるな、魔導砲などただの前座に過ぎんよ」
ポルファノアの落ち着いた態度に周囲の動揺は静まった。
そんな静けさを破るように一人の男が部屋の中に駆け込んでくる。
「伝令!」
「何事だ?」
臣下の一人が声を荒げ伝令に詰め寄る。
「屍飢竜が動き出しました」
その場にいる者たちの視線が画面の端に向けられる。
土地所カロン城の周辺に展開していた三体の屍飢竜が一斉にオルカに向けて突進を始めていた。
その巨大な寸胴の図体を動かし、土埃をまき上げながらゴラン平原を進んでいく。
一斉にポルファノアに視線が向けられる。
ポルファノアは亡霊でも見るかのような表情で画面に映る三匹の竜を凝視していた。
「魔法生物である屍飢竜が暴走?まさか怯えているのか?」
信じられない出来事にポルファノアは立ち上がる。
屍飢竜には意志と言うものが無かったはずだ。
「面白い。見極めてくれよう」
ポリファノアは再び玉座に身をゆだねた。
「あの表皮は魔法すら吸収するんだとサ」
土埃を上げ、突進してくる屍飢竜を見ながらドーラはのんきな声でオルカに語りかける。
「あの程度、あなたならどうにかできるでしょう」
興味なさげにオルカ。
「白い連中も控えてるし、僕は無駄な魔力は極力ひかえたいネ。こっちは手持ちが少ないんダ」
仮面越しのドーラの眼差しは白い機兵に向けられていた。
白い連中というのは目の前の『パオベイアの機兵』のことだ。
『星の民』の負の遺産とされ、目につくすべての生物を食らい尽くし、その個体数を際限なく増やすという習性がある。
もし暴走を許してしまい、この大陸中に放たれれば際限なくこの地上の生物を食らい尽くすまで止まらない。
かつて異邦ではそれの暴走を許してしまい、一国が滅ぼされたという。
それ以後、最大の禁忌とされ、『アデンドーマの三忌』と名づけられた。
それを目の敵にしている異邦の王『邪王』アデルフィも黙ってはいないだろう。
ミイドリイクではその封が切れそうなだけで魔族の中でも最も武力に秀でた『爵位持ち』を派遣したのだ。
それが拡散したとなれば本格的に動き出すに違いない。
それは第二次魔王戦争以上の悲劇を生み出すのは想像に難くない。
幻獣王ツアーレンもポルファノア側にいるらしい。
幻獣王というのは魔王以上の力を持った存在とされ、この世界に七体存在している。
彼らは教会の定める魔王以上の存在であり、その力は国土すら容易く滅ぼしてしまうためにそれへの干渉は禁忌とされている。
そしてそれらは第二次魔王戦争以後不気味な沈黙を守り続けている。
それがどういうわけかその沈黙を破り今回ポルファノア側についているらしい。
現在ゴラン平原の遥か上空で不気味に沈黙している。
この二つの問題だけはどうにかしなくてはならない問題でもある。
ただ目の前の問題にもこれから対処しなくてはならない。
二つには及ばないが『屍飢竜』も相当な厄ネタでもあることはたしかだが。
その巨体を揺らし、大きな足音を響かせながら一直線にフィアたちに向かってきている。
「フィアさん、どうしますか?」
オルカは少女に最終決定をゆだねる。
「オルカさん、お願い」
「…わかりました。今はあなたに従いましょう」
そう言ってその黒ずくめの男は一人暴れ狂い突進してくる屍飢竜の前に立つ。
「あの男何をするつもりだ?」
ソウは腕を組んでただその事態を見守っている。
彼は教会の軍の中で唯一屍飢竜というものを知っていた。
見た目は寸胴なその巨体だが一度夜になれば闇に溶け込み人々を食らい尽くす。
その機動力、どん欲なまでの食欲。それは特筆するべきものであり、脅威でもあった。
以前第七魔王ブフーランの作り出した屍飢竜を倒したのは他ならなぬ彼である。
その屍飢竜は周囲の人間の都市や村々から人々を食らった。
またその討伐にはおびただしい犠牲を出すことになった。
彼が当時討伐したのは一体。
今回目の前にいるのは三体。
聖剣を所有し、弱点を知っている自身とミリオスが手始めに倒す作戦だった。
状況を見ながらソウはいつでも動けるように待機していた。
あの少女はミリオスと約束したがそれはミリオスと交わしたものであり、
自身を拘束するものではない。
その黒づくめの男は助けを請うこともなく黙って、腰に下げた黒い剣を抜き放つ。
黒い刀身が現れる。
彼はゆっくりと振りかぶるとそれをただ横に降りぬいた。
それはただの一薙ぎだった。
ただその黒づくめの男が剣を横に振る。
ただそれだけの行為のはずだ。
音と衝撃波と暴風が遅れてやってくる。
ゴラン平原全体がまるでそのものを恐れるかのように震える。
人々が目を開くと三体の屍飢竜は嘘のように消え去っていた。
「屍飢竜三体を一振りで消し去っただと?」
ソウは顔をあからさまにしかめている。
彼の瞳は瞬きもなくその光景を逐一目に映していた。
その黒づくめの男は力の奔流により屍飢竜をすりつぶしたのだ。
圧倒的な暴力にそれを目の当たりにしてたソウは言葉を失う。
魔力ではない、ただの力の奔流。
一振りで屍飢竜を消し去る様に背後の軍から歓声が上がる。
完成の最中目前の三人にミリオス、ポルコール、ソウが近づいていく。
「フィアなのか?」
ポルコールはフィアに向けて声をかける。
「はい」
フィアはしっかりとした声でそう応じ、ポルコールの方を振り向く。
「まさかお前が駆けつけてくるとはな。それでその二人は…」
ポルコールは二人の仮面の男を見る。
一人は八つの黒い球を背後につけ空中に浮いている。
とんがり帽子を頭につけて魔道士のような風体をしている。
一人は先ほどの巨大な黒竜の変化した姿。
全身を黒の装束で包み、腰に一本の剣を身に着けている。
「二人は私の協力者です。事情があり素性は答えるわけにはいきません」
一人は言うまでもなく黒竜王だということは見る者からみれば明白である。
だがもう一人の男にはその場にいる誰も心当たりはなかった。
ソウはその男をじっと遠くから睨んだままだ。
「ミリオスさん、お願いがあります」
背後にいるミリオスに声をかける。
全軍の指揮を執ってるのは彼だ。
「ポルファノアは私にまかせてもらえませんか?」
いきなりの提案にミリオスを含めその場が凍りついた。
「おい、相手は第五魔王ポルファノアだ。一人でどうにかできるわけがないだろう」
ポルコールが少女とミリオスの間に割って入る。
「できます。私なら」
フィアの表情と声には自信が満ちている。
こうなったら意地でも動かないのがこの少女だ。
ポルコールはやれやれと言った様子で一歩退いた。
決定権を持つミリオスは腕を組んだままその場に立っている。
「…まだ教会は宣戦の号令は発令していない」
ミリオスはそれだけ言って沈黙した。
「ありがとう」
フィアはにこやかに応えると反転し、進み始める。
三人の人影は両陣営が注目する中、ゴラン平原をカロン城に向かってただ進む。。
「見違えたな」
二人の背を眺めながらポルコールはかつて選定会議でみた少女の面影を思い出していた。
フィアたち三人の前に立ちはだかるのは魔獣と死霊の軍勢、パオベイアの機兵。
そして第五魔王ポルファノア。
そして三人対魔王ポルファノア軍の戦争が始まった。




