3-3 黒竜王出陣
かつて七体の幻獣王を配下においた第三魔王『七界の覇王』クファトス
史上最強の生物であり、最強の幻獣王『黒竜王』オルカ
かつて三人の大魔女を相手にしたという第四魔王『異形の壊求者』ドーラルイ
ここに少なくともこの場所に人間界を幾度か滅ぼせるだけの戦力がそろったことになる。
この状況にクーナは顔には出さないものの内心、相当に混乱していた。
だれも見ていないのなら頭を抱えているところだ。
だがフィアはその三人を前にしてひるんでいる様子は見えない。
その事実がそれをとどめる。
「全くフィリンギの奴にひどい目に合わされたヨ。おかげで戻ってくるのに今までかかったヨ」
その部屋に入ってくるなりドーラは愚痴をこぼす。
「北ではずいぶんと無茶をしてきたみたいだな」
「さすがに『オルドリクス』は手に余ったヨ」
極北の地においてドーラは世界の理を変え、『星の民』の理の結晶である『オルドリクス』を葬った。
「もし完全に復活していたら大陸は滅びていました。それでもあなたは…」
フィアはクファトスに向き合う。
「自身以外の幻獣王が自身の領域で動くのはフィリンギは許さんよ。それに『オルドリクス』の一件はドーラがやると言っていたからな」
クファトスはドーラを見て微笑む。
ドーラはクファトスの言葉に気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ドーラさん、実は…」
「途中で見てきたヨ。『パオベイアの機兵』が出てきたんダロ」
フィアは無言で頷く。
「さらに困ったことにあっちにはツアーレンもいるネ。
大方フィアちゃんは一人で解決は不可能と考えて王様に助力を求めてやってきたってわけダネ」
「はい」
ツアーレンというのは幻獣王の一人。
星の民が残した禁忌『パオベイア機兵』と『天空王』の異名をもつ幻獣王ツアーレン。
どちらも魔王を凌ぐ厄介事である。
「王様、何でツアーレンが出てくるのサ。約定…朱誓判とかいう取り決めがあったんじゃないのカイ?」
ドーラはクファトスに向き合う。
クーナは奇妙な関係だと思った。
ドーラは口には王様と呼んでいるもののその態度は砕けている。
クファトスもオルカも特にその件に関しては何も言わない。
「あれは幻獣王たちが人間界への領土不可侵を約束したもの、そして同時に幻獣王たちの領土を保証するもの。
断じて幻獣王の自由意志を奪うものではない」
「約束ねえ…」
「…そしてあれは奴をおびき寄せる餌でもある」
誰にも聞こえないような小さな声でつぶやく。
「…もし敵対するなら戦うかも知れないけどいいのカナ?」
ドーラはクファトスを見る。
「かまわん。もう私はどうこう言える立場にはいない。それにしなくてはならないこともあるしな」
「それならいいサ」
ドーラは薄く笑みを浮かべる。
「ドーラ、『パオベイアの機兵』を『世界振』を使って除外するのだろう?」
「ああ、アレがもし悪意を持って使われた場合、この世界にとって最大の脅威になるだろうからネ」
ドーラの言う通り、『パオベイアの機兵』は異邦において『アデンドーマの三忌』と呼ばれる厄ネタである。
現在異邦で王権を握っている幻獣王『邪王』アデルフィはそれを許しはしまい。
現に封が破られただけで秘密裡とはいえ、『爵位持ち』をミイドリイクまで動かしたのだ。
殲滅するためならば人間界への派兵もためらわないだろう。
クファトスはふうとため息をつく。
「『世界振』は一度だけにしておけ。…レザードが来た」
その言葉にドーラの表情が凍りつく。
「…あのじいさん、まだ生きていたのカ」
「レザード?」
フィアは一人の紳士の姿を思い浮かべる。
クファトスとドーラの表情からそのものの存在も外れた存在なのだと理解する。
その直後、感知した『爵位持ち』の魔力。
クファトスが手を掲げると空間が割れ、黒い宝石が現れる。
「私が作った魔法式が中にある。改ざんする理も決めている。『世界振』に到達したドーラならば扱うことができるだろう」
クファトスは机の上にその宝石を置く。
それは高密度に練り上げられた魔力の結晶体。
「…僕の使った手は以前から考えていたということか」
宝石を手に取りドーラ。
「ああ、私も以前から『パオベイアの機兵』『オルドリクスの魔神器』の除外は考えていた。
王であった頃からアデルフィに何度も持ちかけられていたからな。
『暁の三賢者』サーレルンから『パオベイアの機兵』の構造を聞きだし、秘密裏にその破壊の魔法式を作っていた。
ただし奴らにも気付かれずにそれを行うには完全破壊には術者が最低二人必要になる」
クファトスは待ったいたのだ。自分と同じ高みにいる者が現れるのを。
「…これも王様の思惑のうちカイ」
「…いいや、私はその役はカーナになるだろうと思っていたよ」
クファトスはどこか寂しげな笑みを浮かべた。
「ドーラさん…ありがとう」
フィアはドーラに礼を言って頭を下げる。
「面を上げてくれ、礼を言われることじゃないヨ。友人を助けに行くのは当然のことだ。フィアちゃん、ヴァロを助けに行こうカ」
「はい」
いつも通りどこか人間以上に人間臭いこの魔王を頼もしく感じた。
オルカが奥から無言で動き出す。
部屋から出て行こうとするフィアにクーナとヴィヴィが歩み寄る。
「無茶はしないで」
クーナはグッとフィアの手をにぎりしめる。
「フィア、必ず帰ってきなさい。仕事がたまってるんだから」
ヴィヴィはフィアの頭を小突く。
「行ってきます」
第四魔王と黒竜王に囲まれたフィアは微笑む。
「こうなったら少し派手に行こうカ。オルカ、コーレスへの移動は任せてもいいカイ?」
オルカはフィアの顔を見る。
「オルカさん、お願いします」
そうして三人はその部屋から出る。
外に出ると三人は光に包まれ、ゆっくりと浮き上がる。
フィアが結界の力を使い押し出しているのだ。
結界の外に出るとオルカがその力を解放する。
直後黒い魔力の奔流とともに巨大な黒竜がフゲンガルデン上空に現れる。
漆黒の体躯の影はフゲンガルデン全体を覆い
その巨大な爪は城壁ですら紙のようにたやすく消し飛ばすだろう。
フィアは慌てて光学魔法でその姿を消す。
ただしその巨大な影までは消せずに、実体をもたない影がフゲンガルデンを包み込む。
フゲンガルデンの人々は皆、雲もない空を見て首をかしげる。
「あれが黒竜王の本来の姿…」
窓の外に現れた巨大な姿を目の当たりにしクーナは顔をひきつらせていた。
「…結界の外にいてもその羽ばたきだけ結界が揺らぐほど…か」
結界を通じその力を感じたヴィヴィは冷や汗を吹き出し、眩暈を感じた。
あんなものに暴れられたのならばここの結界などひとたまりもないだろう。
想定が甘かった。
ヴィヴィには自信があった。
それなりに魔法の修練も積んでいたし、たとえ幻獣王だとしてもそれなりに戦いになろうだろうという自信が。
自身が想定しているよりもはるかに巨大なものがそこにあった。
黒竜王がその気になればこのフゲンガルデンなど一瞬で更地にすることができたのだ。
すべては一人の一存でその引き金は引かれる。
つまりすべての世界の命運は目の前の男に握られていると言ってもいい。
ヴィヴィはその男を無言で見つめる。
「オルカは優しい。その力の巨大さを知っているがゆえに自ら進んで力を振るうことは決してしない」
クファトスはヴィヴィの視線を察したのか窓の外を見つめながら呟く。
「王の命令なら例えそれがどんなに残酷な命でも行うでしょう」
「オルカは私のかけがえのない友人だ。私は友人の意の沿わぬことを決して強要はしない」
クファトスの言葉に釈然としないものを感じつつヴィヴィは自身を納得せざるえなかた。
クファトスが反転し、手を鳴らすと目の前にコーレスの映像が映し出される。
教会の軍とポルファノアの軍がゴラン平原で対峙していた。
フゲンガルデンには絶縁結界が張られている。
結界の中だというのに当然のように魔法を使いこなす様を見てクーナはヴィヴィに視線で訴えかける。
クーナの視線にヴィヴィは首を振る。
「我々はここで彼女の選択とその結果を見守るとしよう」
クファトス王は静かに書斎の机に腰を掛けた。




