01.入学その1
三人称で書く練習を兼ねて投稿してみようと思いました。
テンプレ学園ハーレムになる予定です……たぶん。
完結目指して頑張りますので、生暖かい目で見守ってくれたらうれしいです。
よろしくお願いします。
「うぅ……寒……」
バスのステップを降りた平野尚太は、思わず身震いをして、上着の襟を首に巻き付けるように閉じなおす。車内は暖房と人いきれで上着を脱いでも汗ばむくらい暑かったため、急速に冷やされた鼻の奥がツンと痛く感じられた。
鏡を見たら顔全体が赤くなっていることだろう。
首都圏に桜の便りが届き始め、連日お花見の話題がテレビをにぎわしている中、東北の山の中腹には、まだ冬が居座っていた。道路には分厚く白い氷が張り、歩道と車道を分けるように、1mほどの雪の壁がそびえたっている。
「空だけは、春になってるのになぁ……」
尚太が上を見上げると、真っ青な空に太陽がさんさんと光を振りまいていた。周りの空はどんよりと暗い雲に覆われた冬色から、きっぱりと濃い春の青色に変わっている。
ポッカリと広い青空と冬に覆われた白い山々が、鮮やかなコントラストを生んでいる。花と緑が広がるまでは、もう少しかかりそうな景色だ。
尚太はバスのトランクルームからボストンバッグを受け取り、山道を登り始めた。道の両脇は深い林になっていて、木々の枝に乗った雪が太陽の光でキラキラ光っている。
足元で氷の粒がジャリジャリと音を立てるのを感じながら、山道を10分ほど登っていくと、尚太の視界の右側が大きく開け、鉄柵に囲まれた建物が見えてきた。
「これがNEST、鷹の巣かぁ……」
尚太は思わず足を止め、しばらくの間目の前の建物に建物をじっと見つめる。
暗黒生物対策研究開発機構・北東北教育訓練校(North East Scholar for education and Training)略してNEST。山の中にあることから「鷹の巣」とも呼ばれるここは、尚太がこれから三年間を過ごす場所だ。
尚太の目の前は、西洋館を思わせるデザインの建物が、羽を広げた鳥のように左右配置されている。真ん中の部分は時計塔になっていて、大きな文字盤の下には校章がレリーフで彫られていた。
ここは、突如地球上に現れた暗黒生物と呼ばれる存在から、国土と国民を守るために立ち上げられた防衛相管轄の機関だ。暗黒生物との戦闘を行う武官の育成、暗黒生物の生態研究、武装の研究開発を主な任務としている。
――……
教育機関は、はじめは自衛隊から配属された人と18歳以上の希望者に対するものだった。
しかし、思春期前後に訓練を始めることでより効率的に能力を発現・強化でき、また、強力な能力を発現できる可能性が高くなることが判明したため、高等学校相当の年齢の男女に対しても教育訓練が行われることになった。
教育機関は多くの場合市街地から遠く離れたところに配置されて、公共の交通機関も道の途中までしか近づくことはない。
人々の喧騒から離れた場所にあるのは、まとまった土地の取得が容易で取得価格が安いこと、国の防衛施設であること、訓練の効率化といった理由からだ。
学校には尚太たち武官候補生を育成する闘技訓練科、エンジニアや開発者を育成する工学科、暗黒生物の研究者を育成する理学科が併設されている。
すべての学科に、基礎訓練を受ける義務があること、少額ながら賃金が支払われることという共通点がある。
――……。
正門をくぐった尚太は、学内の案内図の前でしばらく首をひねることになる。
何しろ敷地内には、三学科それぞれの校舎や訓練施設、学生寮などの建物が肩を寄せ合うように配置されているため、初見の学生にとってはわかりづらい。
「えと……男子寮は……」
「それならこの校舎の裏手だ」
「ひぃっ!?」
突然後ろから野太い声が聞こえ、尚太は飛び上がらんばかりに驚いた。荷物の重さがなければ1m-2mは軽くジャンプしていただろう。
振り返ってみるとそこには、尚太よりはるかに大きな人の形をした筋肉の塊が立っていた。
頭は五分刈りで、太い眉にギョロリと大きな目が漫画に出てくる柔道部員や応援団員を思わせる風貌だ。
筋肉男は手をあげ、黒く日焼けした太い指で案内図をなぞって道順を示す。
「……ここから右に入る道があるだろ? その奥の建物が男子寮だ。ちなみにその隣は女子寮じゃなくて教員宿舎だから注意な」
「……はあ、どうもありがとうございます……先輩……ですよね……?」
「先輩? 俺が?」
大男は驚いたように二、三度ゆっくりと目をしばたく。
「あー、一応俺も新入生なんだが」
「えぇっ!?」
尚太は思わず男の頭の先からつま先まで何度か視線を往復させる。
「闘技訓練科に入学する大岩鉄男だ。今度16歳になるピッチピチの新入生だ」
(ガッチムチの間違いじゃないの?)
口に出しそうになったがどうにかこらえる。初対面でそんな口を聞くほど尚太は礼儀知らずではなかったし、男との対格差を見て口を滑らせるほど恐れ知らずでもない。
「えと、平野尚太。僕も闘技訓練科、です」
「おう! 同級生になるのか! よろしくな!」
鉄男は白い歯を見せて右手を差し出す。大きな手のひらにはいくつもマメの跡があり、節くれだった指とも相まって古木の枝のようにも見えた。
尚太は手を出して応えながら、自分の手には力強さや男らしさがないと改めて実感する。
鉄男は笑顔で尚太の手を握り、ブンブンと振り回す。本人は軽くじゃれているつもりかもしれないが、尚太からすれば万力で締め上げられたうえ、肩とひじの関節がガタガタになりそうな拷問技だ。
それでも鉄男の嬉しそうな表情を見ていると、止めようという気持ちにもなれなかった。
「それじゃ行くか。ついてきてくれ」
「いいの? 大岩君も行きたいところとかあるんじゃない?」
「どうせ時間つぶしのための探検ごっこだからな。尚太も荷物置いたら一緒に行こうぜ」
「う、うん。大岩君がいいなら」
「鉄男でいい。というよりも、背中がゾワゾワする感じするから、鉄男と呼んでくれ」
「うん、わかった」
満足そうにうなずくと、鉄男は尚太の前に立って歩き始出した。
敷地の中も氷と雪に覆われているが、通路部分はきれいに除雪されている。路面は少し濡れてはいるもののスニーカーで歩く分には全く問題がない。
「そういえば、なんだがな……」
校舎の横を通り過ぎたあたりで鉄男が口を開く。
「俺ってそんなに老けて見えるか? 今朝来て職員の方にあいさつした時も、ものすごい驚かれたんだが……」
「うーん、早く着いたからじゃない? たぶん昼過ぎから夕方くらいに到着する人が多いでしょ?」
おそらく大きな理由は鉄男の見た目だと思われたが、指摘したら本気で傷つきかねない。尚太の判断は正しかったようで、鉄男は納得したように深くうなずいた。
「確かに、中学の時の感覚で8時半に着いたのは間違いだったかもしれん。どうしても期待が膨らんでしまって寝ていられなかったんだ」
「さすがに早すぎるよ……。まあ、その気持ちはわかるけど……寮ってあれ?」
しばらく小道を歩いていくと、林の中に三階建ての四角い建物があらわれた。
前面はガラス張りになっていて、図書館や会社のオフィス、あるいはデザイナーズマンションのような外見だ。少なくとも男子寮という響きにはそぐわないと尚太は思った。
「驚いたろ。なんでも広報誌にきれいな建物を写して新入生を増やしたいがためにリフォームしたらしいぞ」
「そんな事情があったんだ……」
「ついでに予算計上の理由にもなって都合がよかったんだと」
親方日の丸も楽ではないということなのだろう。
「そうだ。学生証、バッグの中に入れてるなら出しといたほうがいいぞ」
「了解。ちょっと待ってね」
尚太はボストンバッグを一度下ろし、脇ポケットから楕円形の携帯端末を取り出した。大きさは手のひらに収まるくらいで、表側は全体がタッチパネル式のディスプレイになっている。
入学手続きを終えた後、書類やパンフレットと一緒に尚太の家へ送られてきたものだ。
説明書によると、授業の出欠をとったり施設の出入りに使ったりするものらしい。また、敷地内での買い物や飲食代の支払いもできるようになっているとのことだった。
「一人一人にこんなものまで用意してくれるなんて、国も太っ腹だよね」
「これは性能試験のために持たせてるんだぞ」
「え……そうなの?」
「訓練校の卒業生が作ったものが、使えるものだとアピールするために配布してるんだ」
「へ、へぇ……そうなんだ……」
「うむ。国の金を投じている以上、使えない研究をしていると思われるのはダメらしい」
「ふうん。大人は色々大変なんだね」
解説してくれる鉄男には悪いと思ったが、尚太にとっては全く実感がわかない話だった。
今大事なのは省庁同士の陣取り合戦ではなく、早く手続きを済ませて荷物を置いてしまうことだ。ボストンバッグを担ぎなおして、建物に向かう。
入り口の自動ドアをくぐると、女性が立っていた。手にはタブレット端末を持ち、足元にはパンパンに膨らんだ紙袋が置かれている。女性は尚太を見ると人の好さそうな笑顔を浮かべて軽く会釈する。
「新入生さんですね。私は寮の管理人、安代といいます。学生証を貸してもらえますか?」
「あっ、はい。お願いします」
安代は尚太から携帯端末を受け取ると、タブレット端末の上を滑らせる。タブレットが端末の情報をよみとり、ピピっと軽い電子音が響く。
「えーと、平野さんですね。部屋は……二階の突き当りです。学生証をかざせば鍵が開くようになってますから……」
そう言った後、安代の表情が変わった。しばらく怪訝そうな表情でタブレットの画面に触れてスクロールさせると、尚太の顔をまじまじと見つめる。
「え、あの……何か……」
「ああ、いえ。学校の方から指示が来ていまして。一息ついたら保健室に来てほしいとのことです。校内にも案内図はありますが、迷わないように道順を表示するようにしておきましたので」
安代はそういって尚太の手に端末をにぎらせた。
「はぁ、ありがとうございます」
「それとこれは学校での規則や部屋の使い方なんかが書いてありますので、時間があるときにでも読んでおいてください」
尚太が端末をしまったのを確認した安代は、紙袋から分厚いバインダーを取り出して手渡す。安代は片手で軽く持っていたが、紙の詰まったバインダーはズシリと重く、尚太は慌てて胸の前に抱えなおした。
「今日はこの後、夕方六時から歓迎の式典がありますので、遅れないように準備しておいてくださいね」
連絡事項を伝え終えた安代は、にっこりと柔らかい笑顔を浮かべて両手をふわりと広げる
「最後になりましたが、ようこそ若鷹寮へ。あなたの入寮を心から歓迎いたします。困ったことがあったら『お姉さん』に何でも相談してきてくださいね」
そう言ってゆったりとした仕草で頭を下げた。
尚太は、安代の笑顔やしぐさにドキッとしてしまい、しばしの間返礼も忘れてぽーっとしてしまっていた。
「お、尚太。話し終わったか?」
後ろから聞こえた声に尚太の肩が跳ね、さっきとは違う原因で心臓がドキドキと鼓動を早くした。
「えっ、あっ、ああ、うん。今終わったとこ」
「なんかあったのか? まあいいか。早いとこ荷物置いて探検して来ようぜ!」
「う、うんっ。そうだねっ。管理人さん、これからよろしくお願いします」
「はい。よろしく」
頭を下げて建物の奥に進む尚太たちを、安代は笑顔で手を振って見送った。