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記憶のタイムカプセル

作者: 桃芳亜沙華

 星の光が冷たく空へ浮かんだ夜に、想いを馳せるのもこれで何度目だろうか。ただ、空を見上げたまま街灯を横切る。


 街灯に照らされ、吐いた白い息が風と共に彼方へと流され、霧散し、消えていく。人の思い出も、きっとこれに近いものなのかもしれない。時間という風に流され、形の無い思い出はいつしか忘れてしまう。


 あの頃は鮮明に思い出せたあの表情も、いつしか輪郭が薄れ、色が褪せ、形を無くしてしまった。

 凪いだ風が冷たく切るように、頬を掠めていく。



 思い出、過去の記憶はどうしてこうも簡単に手放してしまうのか。大切なものの筈なのに、それがどうしても思い出せないでいた。

 大切なものだということは覚えている。しかし、肝心の内容は忘れてしまった。


 大切なものだとわかっていながら、忘れてしまうなんて、人の頭というのも案外いい加減なのかもしれない。そのくせ、ふとした切っ掛けがあれば鮮明に思い出す事が出来る。


 まるで、鍵の付けられた宝箱のようだ。もしくは、埋めたことすら忘れてしまった遠い昔のタイムカプセル。


 中身なんて、見るまで思い出せない。不思議なものだ。



 夜に静まり返った道を歩くのは、どうしてこうも侘しさを感じずにはいられないのか。

 夜風に晒され、悴んだ手をポケットに突っ込み、自らの体温で暖を取る。


 冬の夜空には煌々と、闇夜を照らす照明の月が顔を覗かせ、歩みを進める先を見失わないようにしてくれている。

 風が薙ぐ木々が道を示し、風が背中を押すように、先へ先へと足を進めていく。


 今日は、大切な約束があるのだ。


 約束の内容も覚えてはいないが、この日、その場所で約束したということだけは覚えている。

 もしくは、それすらも、時の流れに錆び付いて叶わぬ約束として時間だけを無駄に過ごさせてしまうのかもしれないが。



 けれども、人生で一度くらいロマンチックに酔いしれるのも悪くないだろう。

 約束は月が導いて、巡り合わせてくれる。


 口には出さないが、今日は特別な日なのだ。



 きっと。





 月はいつしか風に押された雲に重なり、辺りを暗く沈みこませていた。

 舞台の幕が上がる直前のような緊張感。

 月はきっと、もう一人のメインキャストを呼びにでも行ったのだろう。



 夜の軋むような寒さとは裏腹に、歩みは乱れず迷わず進んでいく。

 どんな約束だったかな。


 口元に笑みが浮かんでいたのに気付いたのは、暫く歩いてからの事だった。




 歩みが止まる。風が凪ぐ。木々と共に揺れた黒髪の先に見つけた。



 約束の日、約束の場所。



 そして、佇む影でも分かる。約束の人。


 ロマンチックな日、というのは存外的外れでもなかったようだ。佇む影に、合わせられない目線。


 ただ、無言のまま立ち尽くす二人の間を月明かりが照らした。




 「……久し、ぶりだね」




 渇いた喉から出た私の言葉に、彼は優しく微笑んで見せた。あの時と変わらない笑顔で。


 冷たい冬の夜の下果たされた約束で、私は一つの温もりに包まれた。

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