ちっちゃいわけではないけれど
私の朝は早い。
どんなに疲労がたまっていても夜更けまでパジャマパーティーを開催したとしても確実に六時には眼が覚める。
軽く身体をほぐしてラフなトレーニングウェアに身を包む。早朝のランニングって慣れてしまえばなかなかやめがたい爽快感が有る。
身体が資本のアイドルとしてはなかなか趣味と実益を兼ねた習慣だと思う。もともと身体を鍛えることは成果が明確に数字に出るから好きだ、着実に成長しているという実感は心の糧になる。
何が受け入れられてどこで評価を落とすかなんて解らないアイドル稼業だからこそ、自分を信じるということが大事なのだ。
マンションに戻り汗ばんだウェアを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
なるべく熱い湯で汗を流していく。身体を新しく作り替えているようなこの瞬間が好みだった。
さて朝一のルーティーンも終わったことですし、いつもなら朝食を作るところだけど……折角なので同棲初日の恋人さんを起こしにいこうと思う。
「………………あと、十分」
以上、私が声を掛けた際の返答である。
これ駄目なやつだ。五分ではなく十分なところに根の深いものを感じる。チラリと目覚まし時計の起動時間を確認すると設定は三十分前。私がランニングしていたときは大層鳴り響いていたのだろう。
しかし…………寝姿も可愛いなこの娘。
すっぴんでもその美貌は全く曇りはしないし髪に至ってはツヤッツヤで天使の輪まで浮かんでる。布団の中の膨らみに(なんで枕が胸元に?)なんて一瞬考えてしまった。
この姿を写真に撮ってネットにあげたら沢山の人が『いいよね』と呟くこと間違いなしだ。
お寝坊さんをこれ以上相手にしても時間の無駄なので放置して朝食の準備に取り掛かる。あの手のタイプは最終防衛ラインを突破されるまで絶対眼を覚まさないからね。っていうか突破されても眼を覚まさないときがあるからね。あの娘が寝坊遅刻とかしたらさっきの画像をアップしよう、プライバシー?なにそれ?おいしいの?
今度買い物でピンクのネグリジェとかプレゼントしよう。流石に体操服の寝姿画像とかマニアックが過ぎるからね、いや好きな人なら逆にご飯三杯はいけるのか?体操服にひらがなで『みさき』って書いたゼッケン着けちゃうか?あざといけど逆にそれが……おっとヤバい、卵が焦げちゃう。
トーストした食パンとベーコンエッグ、蒸し鶏のサラダとフルーツまで付けちゃおう。
共同生活だと品数多く出来ていいね。消費量的な意味で。明日は和定食に挑戦しよう、一人だとなかなかご飯が炊けなかったんだよね。
あらかた用意が済んでリンゴを剥いているとお寝坊さんが起きてきた。
「……おはよう、蒼井って朝早いね。ごめんなさい、朝食用意させちゃって」
「謝らないほうがいいんじゃない?なんだか朝食はこれからも私の担当になりそうだしね」
「うぅ……否定できない。ちょっと顔洗ってくるね」
「もう朝食は用意できるからね。折角だし一緒に食べよう」
「ありがとうーすぐ眼を覚まして来るから」
やれやれである。
さてあとはリンゴを切り分けるだけ…………なんの意味もない話だが私はリンゴが好きだ。
それは酸味と甘味のバランスだったり調理してよし、そのまま食べてよし、ジュースにしてよしの汎用性だったり優良なコストパフォーマンスだったりもあるが何よりもこの大きさが好ましい。
掌にすっぽりと収まるフィット感、程好く感じる重量、このくらいの大きさがちょうどいいのだ。
一人でかぶりつくことも可能だし誰かと分けあうことも可能なこのサイズは果実としての完成形といっても過言ではない。
だがしかし、そんなパーフェクトといって差し支えないリンゴの存在を易々と超えるアルティメットフルーツが存在する、そう、メロンだ。
リンゴの二回りほど巨大にしたその果実はその圧倒的な高級感からリンゴの汎用性もバランスもコストパフォーマンスも一笑にふす。
一山いくらで売られるリンゴの一段高い場所で桐の箱に入り、決して自分の地位に届くことのないリンゴを見下すのだ。
「お待たせ。うわ、美しい朝食。すごいね蒼井。あ、フルーツも付くの?林檎だ!!私大好き」
「…………メロンめ」
「ん、なんて?」
「ううん何でもないわ。トーストが冷めないうちに食べようか」
先に言った通りなんの意味もない話である。
決してミサキが寝るときはブラジャーを着けない派で寝起きにすれ違った時にたぷんたぷん揺れていたことと今の話に因果関係はないのである。
「「いただきます」」




