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幕間 蒼井夕陽という少女

顔立ちは以前から知ってはいた。

今のご時世、アイドルグループ名とその人の名前を打ち込むだけでネットが情報をさらってくれる。

蒼井夕陽。

首元まで伸びたセミロングのクセっ毛と夜中の猫のような大きい瞳。

その容貌と圧巻のステージパフォーマンスから一部ネットでは『山猫(リンクス)』の愛称で親しまれているらしい。

だがネットやフォトが与えてくれる情報はあくまでも表面的なものだと身をもって知ることになった。

直にその健康的な肌に触れ、感情豊かな貌をみて、心地の良い声を聴くことではじめて解る気持ちがある。


要するに好ましいタイプだったのだ。





「…………………………」


「…………………………」


沈黙が重い。

なんとなく嫌な予感はしていたのだ。

だけどまさかそんなことはないだろうと思ってつい口に出してしまった結果がこれだった。


「…………ひょっとしてマネージャーさんから聞いてなかったんですか?」


「ちょっと、………ちょっと待って、整理させて」


マネージャーさん?!!

私の相方さんは百合営業の話だけ聞いて私自身が百合な人間だとは聞いてなかったみたいなんですけど?

形のよい眉を寄せてうんうんと唸りながら瞳をキョロキョロさせて悩んでいる姿は大きい音に驚いた猫みたい。

その挙動や表情の変化などがさらに彼女を魅力的に見せる。これがアイドルパワーというものか。

もっともそんな彼女は私の恋愛対象が女性宣言を受けて今は文字通り頭を抱えている。

そうしてひとしきり悩み終わったのか彼女は私のほうに向き直り口を開く、同棲生活開始前に終了のお知らせ?


「よし!!大丈夫!!!ごめんごめん。突然のことでびっくりしたけど別に問題なかったわ。それじゃ、私もミサキも百合営業は問題ないってことでこれからよろしくね‼」


「え、って…………あの、蒼井さん?私がいうのはどうかと思うんですが……どうしてそうなった?!」


おっとはしたない、思わず初対面の先輩にタメ口をきいてしまった。でもこれは蒼井さんが悪いと思う。

私は自分の嗜好が少数派であることは理解しているし、この手の話題を振るときは否定されないように空気を誘導してから切り出すことが常だった。

だが彼女のリアクションはそんな繊細な問題に対して、


「いやいや、よく考えたらスキャンダルないし逆にいっかなぁって」


軽いのだ。

先程少し悩んでみせただけでもう完全に私の恋愛嗜好を消化してしまったように見える。


「蒼井さん?私は恋愛対象が女性なんですよ?そんな相手と恋人の振りをすることに問題がない訳がないですよね⁉」


なんで私が自分からこんな質問をしなければならないのか。


「ひょっとしてミサキって好きな女の子がいたりする?それだったら誤解されちゃうもんね。紹介してくれたら私の口から事情を説明するよ?」


「そっち?!なんでそっちの心配してるんですか。そうではなくて、その…………気持ち、悪くはないんですか?」


「?」


「え、なんでそんな純粋に不思議そうな顔をしてるんですか?え、私がおかしいんですか?あなたのことも本当にそう言う眼で見るかもしれないんですよ」


同性愛を正面から否定する人は実は少ない。

大抵の人間は寛容な態度で表面上は受け入れてくれるがそれはあくまでも自分とは関係のない他人としての立場でだ。

これから直接的に関わることになる私の告白に対してここまであっけらかんとした対応をされると本当に解っているのかと不安になってしまう。

私の怪訝な態度を察したのか彼女は私の眼を見据えて先程とは一転、真剣味を帯びた言葉を紡ぐ。


「ミサキ、先輩としてまず一つだけ教えてあげる。好意を向けられることを怖がるような女の子はアイドルじゃないよ。愛を受け入れるかどうかは別にして拒絶することは決してない。あなたの恋愛対象が女性だからって排斥するような人は少なくともこの世界にはいないよ。…………あなたがいままでにどんな思いをしてきたのかは知らない。けどアイドルなんてもともとマイノリティの集団みたいなものよ。他人と違うことなんて大なり小なりみんなが持っていて、それを捨てることが出来ない人間がアイドルになるのよ。自分のなかの捨てられない大事なものを誇りに変えるためにね」


それはきっと彼女の本心なんだろう。

言葉の端々、表情の節々に真実が帯びる誠実さというものがある。まっすぐに私に向かって真摯な言葉を投げてくれる。

きっと彼女は自分恥じたり言葉に出来ない劣等感を抱いたりしたことないんだろうなぁ。

裏表のない真っ直ぐな人柄。眩しくて眼を反らしてしまいそう。


「そもそも恋愛対象が女性ってことは女性なら誰でもいいって訳じゃないんでしょう?流石に就寝中に夜這いされるようなことは勘弁してほしいけど、法で規制されない範囲ならそれこそ個人の自由だわ。一応聞いておくけど女なら誰でもよくてひとつ屋根のしたで暮らしたら性欲を抑えられないとかではないんでしょう?」


それには流石に勢いよく首を振って否定する。

それはそうだけどだからと言って同棲がオーケーなのはちょっと危機感が足りないと思う。


思い返せば私はまだこの時彼女の言葉を信じきることが出来ていなかったんだろう。

彼女の言葉に本気は感じるが、人は嘘をつく。

千の言葉を重ねてもその人が頭の中で何を考えているかなんて解りはしないのだから。


「ならやっぱり私のほうは問題ないわね。逆にあなたはどうなの?演技とは言え好きな女の子以外とべたべたするのに抵抗があったりするのかしら?」


だから人を信じたり、信じたいと願ったりするのはこんな風にふと出た言葉だったりする。


先も言ったように正面から同性愛を否定する人は少ないし、女性を好きなことはその理解度に差はあっても比較的受け入れられる。

だが受け入れられ難いのは別に全ての女性が恋愛対象になる訳ではないということ。

自称同性愛に理解のある女っていうのはその相手が何故か自分に好意をもっていると思いがちだ。

特殊な性癖をもっていることを受け入れてあげた女性(じぶん)のことを相手が好ましく思わないはずがない、というのが理屈であるらしいがこっちにだって好みが有るのだ。

そんな当たり前のことが解らずに一方的な上から目線で接してくれる人間が実に多い。


だから彼女のそんな何気ない問いかけがするりと胸に落ちた。

成る程マネージャーさん、確かに彼女は『大丈夫な娘』なのかもしれない。


「あ、私も女の子同士のスキンシップくらいなら問題ないです。ただ、その、キスは唇以外にしてもらえたら……」


うわ、思わず素で返事返しちゃった、なんだか恥ずかしい。



その後も大事なことやどうでもいいことまで色々と話し合った。

厄介な話題への憂いが解れたせいだろう、こんなに肩の力を抜いて話し合ったのは久しぶりだった。

流石に先生との初恋話に関しては楽しい話題ではないので少し濁したけれど。


気付けばすっかり夜も更けていた。


細かいことは明日から。最後に決意表明のようなお遊びを一つ。




「では改めて、アイドルグループ『パリカー』のリーダー蒼井夕陽です」


そう名乗って彼女は手を差し出す。


「アイドルグループ『パリカー』の新メンバー岬美咲です」


私もそれに応えて名乗り掌を合わせる。


「「初めまして、私の恋人」」


暖かな掌の熱とともに私は確信に近い予感を感じていた。


多分、きっと、私はあなたを好きになる。

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