大切な女の子
「ずっと先輩に恋していたんです。私じゃ、駄目ですか?」
恋?こい?コイ?……………love?…鯉?カープ?……神ってる?
「どうしたんですか、先輩。らしくもない間抜け顔して」
「…………いやいや、アヤちゃんのせいだから……………念の為に聞くんだけど、冗談とかじゃ、ない………よね?」
「もう一発ディープな証明が欲しいんです?」
あ、ですよね。すみません。
うわー、全然気付かなかったわ。なついてくれてるなとは思ってましたけど、恋でしたか、loveでしたか。
平然としているようだけど、よく見ればアヤちゃんの顔も真っ赤だし。
…………駄目だなぁ、本当私、自分のことばっかりだったんだなぁ。
思いっきり両腕を広げて手のひらを自分の頬に打ち付ける。パンッと良い音が響いた。
自分の中にあるミサキへの劣等感、ライブでの失敗、もやもやと心を渦巻くこれからへの不安。
そんなものは意識の外へと追いやってしまう。
今私が気にするべきなのは、未だに真っ直ぐ私を見詰めてくれている後輩の女の子なのだから。
恋の告白に半端な気持ちでいることを許されるほど彼女の想いは安くない。
アイドルにとって恋心は本来秘するべきものだ。
私達はアイドルになることを選んだその時から心のなかに天秤を持つことになる。
そしてその片側にはこれまでアイドルになるために積み上げてきたこと、これから成していくことの全てが積まれていく。
ファンからの信頼、自身の将来、相手の未来。
それら全てを秤に掛けてそれを振り切る想いを持ってしまったアイドルだけが恋を口にする。
文字通り、その恋にはアイドルとしての生命を懸けているのだ。
アヤちゃんのことは彼女がデビューした時からみている。
どれだけ努力を重ねてきたかも知っている。
共に苦楽を過ごした戦友のようでもあり、自分の妹のようにも思っている。
好きか嫌いかでいえばそれは当然好きで、愛しているかと問われれば躊躇いもなく頷ける。
とてもとてもとても大事な女の子だ。
だから私は、
「ごめん、私はアヤちゃんの想いには応えられない」
出来るだけ真摯に彼女の想いを断ち切った。
「………理由、訊いてもいいです?」
アヤちゃんは私の返事に動揺した色もなく、言葉を返す。
まるでそう言われることをわかっていたかのような反応。
(………いや、実際わかっていたんだろうね)
自由な放言や奔放な態度で『暴君』の異名を持つ彼女ではあるが、それが許されるのは元来彼女が人の心の機敏には敏感だからだ。
私の心がどこにあるのかなんて感じ取っていても不思議じゃない。
彼女と付き合えない、その理由を挙げようと思えばいくらでも思い付く。
女同士だから。なんちゃって百合営業と違って本気で付き合うとなればその障害は思っている以上に高いだろう。
同じグループだから。コミュニティの中に特別な存在をつくってしまうとどうしたって活動に支障をきたす。
業務命令で百合営業中だから。ミサキと契約カップルしてるのにアヤちゃんと付き合うって、なにそのゲスな展開。
今は仕事のことで頭が一杯だから。誰かと本気での恋愛なんてことにキャパシティを割けないのも本当ではある。
アヤちゃんの告白を断る理由なんていくらでも思い付く。
だけど、未だに真っ直ぐに私を見るアヤちゃんの瞳をそんなもっともらしい言い訳でそらす訳にはいかなかった。
「………私は、ミサキに、焦がれてしまってる。アヤちゃんとは、付き合えない」
誠実に心に向き合うと、気付きたくなかったことを認めざるを得なくなる。
ミサキへの想いを形にして言葉に出してしまうと、彼女が目指すべきライバルではなくなってしまうから。
「目を閉じても思い浮かぶのはミサキの顔なの。耳を塞いでもミサキの歌が聴こえるの………私は、誰よりも彼女に傍にいて欲しい」
………つまり何のことはない、私はアイドルとしての矜持なんかじゃなくて、好きな娘に相手にされなかったから拗ねているのだ。
アヤちゃん、君が好きだと言ってくれた私はこんなわがままな女ですよ?
「アヤがステージで手を抜いたって、きっと先輩はあんな風に怒ってくれないですよね………ずるいなぁ、才能があるって。私も先輩の………特別になりたかったです」
………アヤちゃんも私にとって特別な存在なんだって口にしそうになるのを必死に堪える。
そんな想いが彼女の求めているものじゃないことくらいはわかるから。
雨が強くなってきた。滴る水は雨なのか、それとも彼女の瞳から溢れているのか。
それを知ったところで私に出来ることはなにもない。
アヤちゃんはきっとこうなることがわかっていた。
それでも想いを伝えてくれたのは、あんまりにも私が情けない態度をとっていたからだろう。
「帰りましょう、先輩。風邪引いちゃいますから」
アイドルは愛されることが仕事だ。なんてミサキに偉そうなことを言ったのを思い出す。
無神経に後輩の女の子を傷つけてしまった私がどの口で………………あ、やばいやばい、またダウナーな思考回路に入りそう。
私、蒼井夕陽はまだアイドルだろう?間違えることはある。叩かれることもある。それでも立ち上がれ。
それが私を支えてくれる人に出来る唯一なのだから。
「ありがとう、アヤちゃん。私はどうかしてたみたい。こんな所でうじうじいじけてる暇なんてなかったわ…………ありがとう、私を好きだと言ってくれて」
「それでこそアヤの好きな先輩です。黒髪巨乳女と上手くいかなかったら私はいつでもウェルカムです」
そう言ってアヤちゃんは花のように笑う。
その姿は紛いないアイドルでさっそく逃がした魚の大きさに後悔しそう………なんて不謹慎な考えが過ってしまった。




