超気持ち良い
楽しみにしている瞬間というものは大なり小なり誰もが持っているものだ。
連休に立てた旅行の計画、冷蔵庫に冷やしたプリン、週一回の深夜アニメ、お気に入りのブログの更新。
それは日々を彩り生きる糧。別に無くても困らないがあればあるだけ人生は豊かになる。
もちろん私、蒼井夕陽にもそれは有るわけでその内の一つが今叶いそうになっている。
刻一刻と迫るその瞬間、期待に高鳴る胸を押さえて私はコンロの炎を止めた。
いつものように朝食の準備を済ませてエプロンを脱ぐ。さていざ朝食を食べようというこの時間、だがその食卓に同居人の姿は…………ない。
(ついに、この日が来たのか………)
まったくミサキにも困ったものだ。このままでは折角の朝食が冷めてしまう。朝が弱いのはわかるがここは私が心を鬼にして起こしてあげるべきだろう。
その際、身体を揺さぶったりしたらうっかり掌とかがいろんなところに当たってしまうだろうが、それは不可抗力である。
「…………ミサキ?朝御飯、出来たよ?」
一応声を掛けてみるがお寝坊さんは起きる気配がない。
声がいつもより小さいって?気のせい、気のせい。
「……………あと、五ふ……んっ?っぁあ、やっ………ちょっ、っんん!!ゃめ、ん…………あっ、はぁっ…………あァッ…ン!!」
凄かった‼
さてさて改めましておはようございます。
今日の朝御飯はミネストローネとプレーンオムレツ、バケットはガーリックトーストにしたかったけど流石にアイドルが朝からニンニクはないよね。
ミネストローネって野菜をごった煮にしてトマトを入れたら何とかなるお手軽感が良いよね。味付けもコンソメと塩で充分美味しいし、これならミサキでも作れるんじゃないかな?………無理か。
「ミサキ、ほら、これバケットに乗せて食べたら美味しいと思うんだ!!」
「…………うぅ、もう、お嫁にいけない」
うん、ちょっと興が乗ってやり過ぎちゃったかもしれない。
それでも食事を食べ進めていく内に笑顔を向けてくれるようになるあたり美味しい食べ物は偉大だ。
これに懲りて少しは早起きを頑張ってほしいものである。最もまた寝過ごしてもらってもこちらとしては一向に構わないが。
いやいや柔らかかったです。
「あ、ミサキ今日はスタジオ来るの少し遅れるって言ってたっけ?」
「うん、ちょっと課題終わらせないといけないから。ごめんなさい、ライブも近いのに」
「入学したばかりなのに流石に学力高いところは違うね。ライブの方はリハで完成度を詰めるだけだし大丈夫だよ。ミサキは覚えも早いしね」
「ふふふ、蒼井にそう言って貰えるのって凄く嬉しいなぁ。ライブ、楽しみだなぁ」
「……………きっと上手くいくよ」
何が受け入れられるかわからない芸能界だが明らかな突出を見逃すほど今の世界は鈍感じゃない。
ミサキみたいな存在がステージに立てば確実にバズる。
多分、ライブ後には『パリカー』の立ち位置も今と大きく変わるしメディアへの露出も増えるだろう。
もっと時間が欲しい。この不条理な才能の固まりに並び立つ為には時間なんていくら有っても足りはしない。
それでも時間は過ぎる。今週末のライブ、きっとミサキよりも私のほうが緊張してる。
「………そう言えば、ミサキってライブに知り合いとか来たりするの?」
話しの流れでそう尋ねたが、ずっと気になってはいたのだ。
この前のデートで見かけた女性。ミサキに聞いてもやんわりとはぐらかされてばかりで未だにどういう関係だったのか教えて貰えないでいる。
「ううん?私、この街に越してきたばかりだもの。誘うような人なんていないわ」
これである。硬い笑顔が全力であの時の話題を拒否しているので私も踏み込めないでいるのだ。
まぁ、別に本物の恋人って訳でもないし、秘密の一つや二つ誰にでも有るのだろうけどさぁ………
「これは友達の話なんだけど、デートの最中にあった昔の知り合いっぽい人の話題を振るといつも話を逸らされるらしいの。どう思う?」
「「浮気相手」」
「いやそういう訳でも無さそうなのよ。連絡とってるってこともないし、結構歳も離れた感じだったし」
「「元カノ」」
「……………………………やっぱり、そうなのかな?でも何か相手の方と感情に温度差がある感じが……」
「めんどくさい、パス。アヤ任せた」
「え、ナツキ先輩ずるい。アヤだって今の先輩はめんどくさいです‼」
グループメンバーが私の相談に対して冷たすぎる件。
いや、友達の話だと言っているから私の相談だとは理解していないだろうがそれにしてももう少し親身になってくれても良いと思う。
「先輩…………の友達の話ですけど、黒髪巨乳女…………じゃなくて、そのデート相手が言葉を濁してるなら下手に追及しないほうが良いと思うです」
「えー、でもさー、気になるじゃん。折角恋人同士何だからさ、気になることは知っておきたいじゃん」
「チッ」
え、アヤちゃん今舌打ちした?……気のせいだよね?
「黒髪巨乳女…………じゃなくてそのデート相手って地方出身です?ああいうところって結構ガラパゴス化が進んでいるです。下手に藪をつつくと蛇どころかティラノザウルスが出ますですよ?」
なんだか妙に実感こもってるけどアヤちゃんにもそういう経験があったりするんだろうか。
私も引っ越しは多かったけど人口の多いところばっかりだったからピンとこないかな。
「私の通ってるところもお嬢様学校ですから、地方の外部生が結構いたりするです。そういうエピソードを聞いたりしたら行くところまで行ってめちゃくちゃえげつなかったりするです。まぁお嬢様学校自体が治外法権のガラパゴスなところあるですけど」
私の視線に気付いたアヤちゃんはあっさりバッサリ名門校の闇を暴露してくる。
そもそもアヤちゃんのキャラ自体が名門ガラパゴスの産物だと思う。
そんな話をしているとマネージャー♀が声を掛けてくる。
「ミサキさんが到着したみたいですからそろそろリハーサル始めますよ。用意してくださいね」
よっしゃ、雑談はここまで。
後のことはライブが終わったら考えるとしましょうか。