デートの途中で他の女を見るな
友人と恋人の境界ってどこなんだろうね?
一緒に出掛けるという行為をデートと銘打ったところでそれ自体は友人とでも出来る。
ウインドウショッピングで互いに服を選びあったり、ランチで美味しい食事をシェアしたりすることも親しい友人となら普通にするだろう。
指を絡めて手を握ったり抱きついたりも、まぁする人はするだろう。
女同士ってスキンシップの幅が広くて深い。
要するに友人同士のノリで付き合っていっても当人が恋人だと主張してしまえばそれは恋人なのだ。
実に百合営業に優しい世の中である。
そうだ、あくまで百合営業なのだ。
「ねぇ、この服は流石に胸元開き過ぎじゃないかな?」
「あ、ちょっと待って。写真撮るから」
「ちょっ、連写!?」
例えばエロ可愛い服を纏ったミサキが赤面して照れているのギュン萌え!!とか思ってもそれは友達としてだ。
「このティラミス、凄く美味しい!!蒼井今度デザートで作ってよ‼」
「自分が食事担当じゃなくなったと思って無茶振りしてくれるわ、クリーム付いてるよ」
例えばトラットリアでドルチェのクリームをつけたミサキの口元を拭ってあげた時、思わずその唇に触れてドキドキしたとしてもそれは友達としてだ。
「都会は人が多いね。その、はぐれると、いけないから……」
「……そうね、はぐれると、いけないものね」
例えば絡めた指から伝わる暖かさが私の顔を紅く染めたとしてもあくまでそれは友達としてなのだ。
私、蒼井夕陽はアイドルだ。
それは紛れもない事実であると同時に陽炎のような虚ろな称号でもある。
アイドルという称号は私だけに与えられたオリジナルなんかじゃない。
アイドルならば蒼井夕陽であるわけでもない。
蒼井夕陽でなければアイドルでないわけでもない。
アイドルでなければ蒼井夕陽という存在が否定されるわけですらない。
私は常にアイドルで有ろうとすることでこの称号を纏えているに過ぎないのだ。
だから決して破ってはいけないルールがある。
これを破ってしまったら二度とアイドルに戻れないという確信すら抱いているたった一つのルール。
『天辺を目指し続ける』
言葉にすれば酷く幼稚なそのルール。
アイドルになると決めたその日から、それをずっと胸に抱いて生きてきた。
もちろんナンバー1以外にも価値はあるしこの世界には名脇役なる存在も多くいる。
だからこれは気構えの話。
目標はベスト8です。なんて口にするだけならまだしも心の内でナンバー1を目指せないようならプロの看板を降ろすべきなのだ。
だから私は岬美咲という少女が怖い。
初めて逢ったときから感じた強烈な存在感。
しんしんと雪の様に降り積もり私の内を埋めていく親愛の情。
眼を瞑っても浮かぶ彼女の姿、耳を塞いでも流れてくる彼女の歌。
自分の中に燻るこの気持ちに名前をつけてしまったら、きっと私はアイドルではなくなるのだ。
「ふふっ、蒼井といると凄く楽しい。蒼井が私のパートナーで凄く嬉しい」
「そうね、私もあなたと一緒にいると楽しいわ。これからも恋人の振り、上手く出来そうね」
これは嘘の恋。
ミサキとは百合営業で繋がった仮初めの恋人。
だからデートが楽しいのは喜ばしいことだ。演技なんて心から行わないと誰も騙せはしないのだから。
ふと、ミサキの足が止まる。周りには特に目を惹くものがあるとも思えない。疲れたにしてもこんな人ごみで立ち止まらなくても………
ミサキの目線を追って見ると一人の女性が目についた。
このやろう、デートの最中で他の女性に目をつけるとはけしからん。
「………………なん、で?」
頬でもつねってやろうと伸ばした手を引いたのはその女性を見るミサキの目が酷く真剣だったからだ。
露骨な視線に気付いたのだろう、相手の女性もこちらを見つけてしばらく目線が交錯する。
すると何かに気付いたようにその女性は近付いて話しかけてきた。
「あ‼………やっぱり、美咲じゃない。なんであなたがこんなところにいるの?あぁ‼もう大学生になるのね。月日が経つのは早いわねぇ。こんなところで逢うなんて運命感じるわぁ」
綺麗な女の人だ、歳はマネージャー♀よりも少し上だろうか
何だか何処かでみたこと有るような印象を感じる。初対面の筈だから多分誰かに似ているんだろう。
「…………………誰ですか?あなた」
隣で硬い声を発したミサキに少なからず驚いた。相手の女の馴れ馴れしさやミサキの動揺した態度から考えて赤の他人の人違いとは考え難い。
先程までの笑顔が嘘のような無表情。
私の手を握る力も緊張からか強くなっていて少し痛いくらいだ。
「あはは、忘れちゃったぁ?あんなに良くしてあげたのに、先生悲しいわぁ。あ、それとも卒業式のこと根に持ってるのかしら?あなたずっと泣きじゃくって「あなたなんて知らないって言ってるでしょう‼!!」
女の言葉を遮るように叫んだミサキはそのまま私の手を引いて走り出す。
「え、ちょっ、ミサキ?」
「ふふっ、またねぇ」
次第に遠ざかるその女性は唐突なその状況に動じた風もなく笑顔で手を振っている。
左手の薬指からチカチカと光りが差し、なかなか彼女が視界から消えることはなかった。