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10/22

セイレーン

『パリカー』のダンスは振りではなく殺陣である。


私達のグループのダンスパフォーマンスはネット上でそう揶揄されるくらい激しい。

メンバー同士の交錯も多く本来なら初見の人間が通しで行える内容ではない。

だからまずミサキが付いてこれていることを意外に思った。


ステップの幅であったりターンのスピードであったりと修正するべき点はいくつかあるが、それらはあくまで修正点であり直ぐに調整できるレベルだ。

もともとのセンスもあるのだろうが確かな練習の跡が伺える。

やりもせずに出来ないなんて文句をいうような類いの人種でなくて良かった。

怠慢は容易く才能を腐らせる。

これなら私もセンターを譲る甲斐があると素直に思える。


そんな風に冷静にミサキを見れていたのは彼女が口を開くその時まで。


メインボーカルパートのたったワンフレーズ。

その一声を聴いただけでいままでの感心が吹き飛ぶ程の衝撃に襲われた。

人の脳に感動を司る器官があるのならそれを直で震わせる天啓のような旋律。

心臓を鷲掴みにして離さない圧倒的な存在感。

強制的に人の五感を引き寄せて魅了する甘い警報(サイレン)


才能だなんて一言に結果を片付けてしまうのは好きじゃない。

だがこの残酷なまでの能力の差をなんて表現したらいいんだろうか。

地道に、階段を一歩一歩のぼるように続けてきた日々の積み重ね、それをこの先一生続けたとしてもきっと彼女の背中が見えることはないと解ってしまう。

いままでとこれからを無意味と断じられるその暴力的な性能。

心血を注ぎ練習して完成度を高めていった私達の歌を偽物へと変えるエネルギー。

そんな馬鹿げた存在を『天才』と呼ばずに表す言葉を私は知らない。





「皆さんお疲れ様です。アオイさんはポジション変更も問題にしないダンスパフォーマンスは流石です。アヤカさんは後半で少しミスが目立ちましたね、メンバーが増えたので立ち位置には特に注意するようにしてくださいね。ナツキさんも振りを覚えていない部分を何となくですませるのは悪い癖ですよ?」


一通りの練習を終えたあとのマネージャー♀からの総評だけど、なかなか内容が頭に入ってこない。

彼女の声が未だに心拍と同時に身体にこだまするような錯覚がして興奮が冷めてくれない。


「ミサキさんは色々指摘するべき点はありますが初めての通し稽古と言うことを考慮すれば上出来です。次のライブまではまだ時間も有るので皆さん完成度を高めて行けるよう頑張ってくださいね」


マネージャー♀の声は右から左に流れるのにとっくに歌い終えた彼女の声は脳に響く木霊す。

私は今夜ちゃんと眠れるんだろうか、睡眠不足はお肌の大敵なんだけどなぁ。


「さて、今後はこのスタイルで活動していくことになりますが何か質問や意見はありますか?アヤカさん?」


答えの解っている質問をアヤちゃんに振るあたりマネージャー♀はなかなか苛めっ子である。


「………………文句ないですよ。後半のミスもちょっと動揺しただけです。次は完璧にやりますです」


ミサキの稽古内容だって初めての割りに上出来というだけで勿論欠点はある。

文句を言おうと思えばいくらでも言えるだろう。

だがそれをしてしまえばアヤちゃんはアイドルとして大事なものを失うことになる。

何しろ未熟であろうと未完成であろうと絶対的な力の差をまざまざと味わったばかりなのだ。

何を言ったところで負け犬の遠吠えである。


「ええ、あなたのそういうところが性格の難を凌駕する魅力です」


アヤちゃんはそんな無駄なことをするくらいなら少しでも差を埋めるために努力するアイドルだった。

多少口は悪くても心根の部分は素直な頑張り屋なのだ。


「ミサキさんも色々細かい部分の指摘はアオイさんにしてもらえばいいでしょう。折角同棲しているんですし」


「そうですね。やっぱりやってみるとまだまだ皆さんの動きについていけなかったですし。蒼井には迷惑をかけるけど帰ったら練習見てもらってもいいかな?」


人外じみた歌声を披露しておきながらミサキは少しも驕った様子なく私に語りかけてくる。

彼女にとってさっきのステージはありふれた日常だったということだろう。


「まぁ、恋人の役目だね。手取り足取り教えてあげる」


あわよくば胸も取りたい。


「……………………え、ちょっと待つです。同棲ってどういうことですか?アヤ聞いてないです‼」


「あ、口が滑ってしまいましたね。アヤカさん、嘘です。冗談です」


「誤魔化しが雑です‼ま、まま、間違いがあったらどうするんですか‼?」


「事務所的にはオッケーですよ?」


「オッケーな訳あるかー‼許せないです‼アヤも一緒に暮らすです‼」


「もうアヤカさんにキャラ付けはいらないですね。却下です」


かくして新メンバー岬美咲の顔合わせはドタバタの内に幕を閉じた。

この時私はミサキに上手く笑えていただろうか。

初めて逢った時はそのカリスマ性に敗けを認め、今は官能的な歌声に魅了されて、この上全ての経験、技術を伝えてしまったら私には何が残るのだろう。

そんな不安を隠しきれていただろうか。



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