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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
本編番外編(本編に関連が深いお話)
63/66

【書籍第二巻発売記念】 女王陛下の保健体育戦争(後編)





「レオンハルト様! 私の鳥かごに赤ちゃんが入っています!」





 ……その衝撃を、なんと例えたらよいだろう。


 ――――王族かいぬしが増えた喜び?

 ――――リーゼ様につがわれたのは誰か?


 しかし犬にとって大事なのはそんなことではない。


「そもそも侵入者ですからそれは!」


 ――――まずは女王陛下たいせつなかいぬしの安全だ!

 レオンハルトはご主人様の寝室の扉を叩き破って飛び込んだ。


 わんわんわんわんわんわんわんわんわんわん!!!


 王宮中の犬が吠えた。





「リーゼ様!」


 レオンハルトが扉を開けると、ふわふわのシフォンのような、白い寝間着を着たご主人様の後ろ姿。

 驚いて見ている先は、窓際。

 そこには大きな鳥かごが鎮座していた。

 窓辺から差す月の光が鳥かごの中央に当たる。

 浮かび上がったのは、ブルーグレーに輝くの羽毛だった。


 頭とくちばしが異常に大きく、目つきは至極悪い。

 鈍重そうに座り込み、あたりを睥睨している。

 リーゼロッテがふかふかになるまで干しているお布団の上に赤子?がいる――――。




 守るマルスの背中から、リーゼロッテが口に両手をあてながら訊ねた。


「あの……私の赤ちゃんでいらっしゃいますか」

「……(こくり)」

「私の髪の色は銀ですが、私の旦那様の髪は青いのでしょうか」

「…………(こくり)」

「真面目に会話しないでよ! どうみても鳥人! そしてどう見たって侵入者だから!」


 マルスが叫ぶと、鳥かごの中央の目つきの悪い鳥は「余計なことを言うな」とくちばしをカチカチ鳴らし、さらに眼光鋭くに睨み付けてきた。



 

「ペリカン公爵のところのガキか。ほんの少し前まで尻に殻を貼り付けていたと思っていたが」


 破壊された扉からのっそりとやってきたバーバリアン。

 鳥かごを無理矢理こじ開けて、中で動かない無言鳥の羽の付け根を掴んで引っ張り出す。 


『……!』


 痛みでジタバタと羽毛をまき散らして暴れる鳥。

 レオンハルトは冷静に訊ねた。


「貴様はどうやってここに入った。コーギーとマルチーズの監視の目を抜けるとは普通じゃない」

『……使者についてきた。方法は言えない』


 変声期らしく声が少しかすれている。輪郭がぼやけて、十四歳ほどの少年に変化した。

 狩猟服のような服装にブーツ。

 銀の長髪を後ろで束ねている。

 いっそ病的なほどの白皙の美貌。

目鼻立ちは繊細に整っているが、目つきが大変悪い。


 二の腕を掴まれて、半分つり上げられている。

 バーバリアンも詰問する。




「言え。ド下手くそな赤ちゃんプレイの理由は?」

「……!」


 ぎりぎりと強力な握力で腕を締め付けるバーバリアンに顔を顰めながら、「リーゼロッテ大陸に行きたいんだ」と白状した。

 リーゼロッテは首をひねる。


「リーゼロッテ大陸に? 渡航禁止にはしておりませんし、以前は移民も募りましたが……」

「いいえ。禁止にしたのはネスト王国と公爵家の方でしょう。流石に貴族の公募はしていませんし」


 レオンハルトは答える。

 日々開発が続くリーゼロッテ大陸はルマニア大陸ほどの広さを持つ新世界だ。

 元首は現地人で犬人一種・ウルフハイブリッド一族によって統治され、シバ一族が補佐に回って一応順調に発展を続けている。

 移民は農業や土木工事関連に勤しむ者が多い。




「王立実証研究所に行きたいんだ」


 目つきの悪い少年は白状した。


 一部の者には有名な研究所の名前だ。

 新大陸は、第四部隊や王立研究所の提案する新しい技術開発の実験場としても有名だ。

 現地で運営しているのは王立研究所の分室「王立実証研究所」。

 去年からアフガンハウンド侯爵が顧問するようになってから、高度な実験も進んでいると聞く。


 ただし。

 ここに所属できるのは犬人のみ。

 同じ国民でも、純人の場合は制限がつく。差別というよりも、あまりに最新鋭の技術すぎて、信頼を置けるものにしか情報共有ができないのだ。


 

 


「……父上にも、伯父上おうにも反対されて。せめて、自分が犬人になれば参加できないかなって……」

「それで赤子か。無理矢理にしても発想がお粗末すぎるぞ」

「だって……」


 項垂れる少年。

 天蓋や天井からリリック・フォン・コーギーと第五部隊が小さな前足を出して、気の毒そうに覗いている。

 同時に後ろから人が集まって来た。

 戦いを中止したダリウスや和犬たち、衣類を一切乱していないマゾと髪を梳かし直すヨーチが入ってきた。

 

 鳥人の侵入者に驚きつつ、関係者がリーゼロッテの姿に安堵する一方で。

 犯人の爆弾発言が投下された。




「だって、赤ん坊は鳥かごに入れられて届けられるのでしょう? 母上は言うんだ。『お前はハシビロコウ伯爵にそっくりだけど、子授け鳥によって連れてきてもらった特別なペリカン一族なのよ』って」

「それって托卵…「しっ」」 



 ――――シーン。

 その場にいる大人はみな固まった。 

 特に【過保護党】関係者は冷や汗が止まらない。




 リーゼロッテは「まあ」と目を潤わせながら、寝間着をサラサラと引きずり、少年に近寄る。

  

「貴方も子授け鳥に連れてこられたのですね。私もそうなのです!」

「……陛下。今夜は大変な失礼をいたしました。僕の名前はククル・アストラカル・ペリカンです。……子授け鳥の話は母親に幼い頃から聞いておりました。だから……陛下が鳥かごを設置されると聞いて、犬人の資格を得られるチャンスだと思ってしまったのです。本当に愚かでした」

「仕方ないですよね! だって、子授け鳥様は、とても素敵な赤子を連れてきているのですもの!」


 人だかりは増えていくのに、比例して静かになる寝室。

 特に【過保護党】筆頭レオンハルトと、子守犬テレサがショックを受けて、何も言えなくなっている。

 ダリウスは犬の姿に変化して、壁に頭を付けてしっぽを項垂れていた。




「おやおや」

「科学書しか売れてもしょうがないですよ。年齢相応の好奇心を満たすのは何も学問だけじゃない」

「……おや、そのプリン素敵ですね。え、陛下の夜食だけど分けてくれる? どうも」


 肩を竦めるアフガンハウンド。

 スーツを整えるグレイハウンド。

 プリンを食べるボルゾイ。


 【エロ無罪党】の反応もそれぞれだ。

 バーバリアンは周囲を見渡して口を開く。


「……ま、親のエゴだな。そして子供に純粋でいて欲しいと思うのは、あくまで大人のエゴだ。知らないなら仕方がないが、下手するとこのガキみたいなアホになるぞ。そして陛下はあっさり信じてしまう。……どうする、レオンハルト・フォン・ゴールデンレトリバー。このまま陛下を大人にするのか?」

「……分かった」


 この夜、【過保護党】は政争敗北宣言を出した。




◇◇◇◇




 鳥かごは研究所で検査された後、ダシバの昼寝スペースに使われることになった。

 痩せなければ脱出出来ないという利点が生かされ、警備犬たちが安心して駄犬を管理できている。


 厄介な宗教・純人教の大導師ゴルトンは「聖なる畜生様になんてことを!」と激怒したが、一緒に鳥かごに入れば良いとリーゼロッテから提案をされ、大人しくなった。


 鳥かごは、大導師めんどうくさいやつ対策にもなる、実に素晴らしいものだったのだ。





 鳥かごの中で股を開いて爆睡するダシバ。

 横でリーゼロッテは書類を読んでいる。


 ちらりと愛犬の股を眺め、顔を赤くして書類に目線を戻した。 

 なんとも言えない表情で見守るマルス。


「ククル様は王立研究所に留学されることになったそうですね」

「うん。ネストの王家から取りなしがあったしね。鳥かごを持ってきた使者は行方不明。ククルは騙されたということになり無罪になった。ペリカン公爵から改めて彼の留学の依頼があったそうだ」

「良かった」


 ほっとするリーゼロッテ。

 そして、そわそわと時計を確認する。

 この後はテレサとレオンハルト、そして医師としてのジョゼ・フォン・セントバーナード隊長と先生としてのシュナウザー博士 (一応博士は中立だった)による、保健体育の授業の続きがあるのだ。




 王族専用の教育書は将来のために、医師を多く輩出するセントバーナード一族の管理下に置かれることになった。

 医師として動揺したことを反省したジョゼは言った。


「これからの時代は、飼い犬であっても飼い主の性教育くらい出来ねばなりません。秘宝であったこの本も必要な時にきちんと読めるよう、私が管理いたします」


 今後は王族だけではなく、研究犬や子守犬たちも熟読する必須の書となるらしい。




 そして犬による飼い主のための性教育。

 初めて授業を受けた時、リーゼロッテはショックを受けた。

 

(人にもおしべとめしべがあるなんて!)


 思わず動揺し、マルスやバド、レオンハルトやダリウスたちを一切拒否して女文官部屋に籠もってしまったのは記憶に新しい。

 その際にも男たちの間で一騒動あり、ありとあらゆる犬が女装して出勤するという事態になったが割愛する。




 しばらくして心の平穏を取り戻したリーゼロッテは決心した。

 しっかり大人になろうと。


 自分の潔癖さは自覚した。

 他にも無意識に拒否している事柄は多い。

 嫌なものは、やはり嫌だ。


 でも……自分は大人になりたいのだ。

 立派な大人になって、大切な人たちを幸せに出来る人間となりたいのだ。


(人の営みの基本くらいマスターしなくてどうするのです)


「リーゼ様。無理はしないでね」

「そうや、ただでさえ不器用なのに頭が爆発してしまうで」


 マルスに賛同して、バドが扉の向こうから声を掛ける。

 彼はリーゼロッテに届けられたグレイハウンド一族の陳情書を分別している。




 ヨーチの野望は一部だけ叶い、残りは却下された。


 おしべとめしべを習ったリーゼロッテが、勇気を奮い立たせて、グレイハウンド一族の推薦図書を読んだのだ。

 そして顔を真っ赤にして、もじもじとレオンハルトに伝えた。


「こんなに恥ずかしいお話……もうページがめくれません!」 


 ヨーチの推薦図書は発禁を免れたが、

「リーゼロッテ様が半分まで平常心で読める内容の本のみ、流通を許可する」

 という命令に代えられたのだ。


 少女向け恋愛小説で、後半の愛が盛り上がるのならばまだ良い。

 だが、最初から精力全力投球の男性向けエロ小説はすべからく却下された。


 結果として――――どの男性用エロ本も、七面倒くさい出会いや背景や恋愛の盛り上がり描写を女性陣が喜ぶまで盛り込まねばならず、戯作者たちは頭を悩ませることになった。


『早く大人になってくださいリーゼロッテ陛下!』


 全グレイハウンド男性の願いである。











『陛下。迎えに来たぞ』


 犬の姿で赤いソリを引いてきたのはバーバリアン。

 リーゼロッテは犬になったマルスと一緒に乗り込む。

 

 今日はバウ牛の牧場に勉強に行く。

 そこでつがいのバウ牛の観察をするそうだ。

 何が見られるのかは聞いていない。


「行ってきます」

「おう。頑張ってこいや」


 義兄の応援を受け出立する。

 背中にお座りする白い小型犬のぬくもりを感じつつ、涼しい風を感じて呟く。


「マルス様。大人って大変ですね」

『……まあねえ。今回はみんなボロボロだったね。早く成人したいよ』

「私だってそうです」

『……リーゼ様はゆっくりでいいよ。僕やバドがちゃんと補佐するからさ』

「ありがとうございます。カインお父様もそう思っていたのでしょうね」

『そうだね。……だったらいいね』

『鳥かごなどなくとも、私はカインお父様の娘ですから』


 庭に出て、ガラガラと進む犬ソリ。

 王宮は遠くなる。

 そしてすでに遠い祖国。


 

 

 リーゼロッテは今日も、新しい出会いと勉強を積み重ねていくのだ。




読んでくださりありがとうございました!


第二巻は本日(2017年8月31日)に発売です。

書籍版も興味がありましたら、是非手に取ってみてください~。

http://www.enterbrain.co.jp/product/mook/mook_bungei/213_other/17238101.html


第一巻は2017年1月31日に発売しました。

http://www.enterbrain.co.jp/kcg/special/201701_crazydog/



※新大陸編は大分先な話になりますが、書く予定です。

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