第十二話 リーゼロッテ女王陛下(十一才)に国民は愛を抱きます
移動は大人数となりました。
園の子供たちと、ダシバを銜えたエリザベスちゃん。
そして、子犬たちを全部抱き上げた大導師です。
頭には、すりすりと甘えるシバタが乗っています。
廊下に出ると警備兵の皆様が壁際に一列に並んでおります。
屈強な兵士たちが、私を熱い瞳で見つめております。勿論首には首輪。
「陛下、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。皆様のおかげです」
私は皆に感謝をいたします。
今日のマルス様は、隣に並んで私の手を持っています。
護衛というよりはエスコート。彼は公爵家の紋章の入った白の貴族服を着込み、すらっとしたシルエットを際立たせております。
「おめでとうございます!」
『おめでとうございます陛下!』
あちこちから声が掛かります。
兵士たちだけではなく。
文官の皆さん、侍女の皆さん。売店のおば様犬。食堂の料理犬の皆様。普段はあまり声を交わすことない、お掃除犬やお洗濯犬の皆さん。私がここで暮らしていく中で支えてくださる人達。
―———おめでとうございます。
―———この国に、このルマニアに来て下った陛下に感謝いたします。
次から次へと、私に祝福を投げかけてくださいます。
『おめでとうございます。陛下、これを忘れておりますよ』
にこにこと、シュナウザー博士が犬の姿で出口付近にお座りをしていました。
前足の下には教科書。
口にくわえて渡された『良い子の嫌みとばれない外交辞令Ⅲ』を胸に抱きます。
ずっと血清関連の研究に籠っていた博士は、毛に方々に飛び、毛先にも艶がありません。
私は本を胸に、大切な先生に御礼のハグをします。
やがて見送ってくださったテレサさんとも別れ。
王宮の入り口を出て、うっすらと雪の残る市街地を見下ろすと―――――。
わんわんわんわん!
『おめでとうございます!』
『今日という日を、アイアル様に感謝いたします!』
辺りに待ち構えていた、たくさんの犬たち。
王都の商店や家や屋敷からも、たくさんの犬たちが現れます。
私は嬉しくて手をいっぱい振りました。
空気はまだ冷たいですが、白い息を吐くほどではありません。
目の前には立派な装飾のされたそり。後ろにも二台ほど用意されております。
その傍には白い貴族服をきっちりと着こまれた、レオンハルト様が待っておりました。
相変わらずとても麗しく、黄金の短い髪も太陽の光に当たってキラキラしてみえます。
大輪の花が咲いたように微笑み、私に手を差し出さしました。
「さあ、リーゼ様。共に参りましょう」
「はい!」
今回のそり犬は、リーゼロッテ大陸で大活躍をされた狼犬の皆様にお願いいたしました。
ロボ様を先頭犬として、大編成が行われました。全員誇らしく首輪を見せつけるようにお座りしています。
『参りますよ、陛下!』
「はい、わんわん広場へお願いします!」
まずじっとクッション山とマットを睨み。
タタミ犬がいないか座席を叩かせて確認をします。
よし、いませんね。ほ。
「ではレオンハルト様にマルス様。エスコートをお願いします」
女王専用とそりに、たくさんの愛犬たちと、お二人と共に犬そりに乗り込みました。
変質者もこの際仕方がありません。政治的にも乗せておきます。
出立です!
陛下!
リーゼロッテ陛下万歳!
街並みを走りゆく犬そり。広く真っすぐの石畳。目的地は道の先。王都で一番広い広場です。
屋敷に商店、教会に集合住宅。赤レンガを基調にした家々には、白い雪化粧がまだ残っています
遠くにはうっすらと白い山並みが望めます。
現れるのは犬、犬、犬。
喜び溢れるわんこの笑顔が、道を埋め尽くしています。
中には竜人や猫人など、移住された方もたくさん混じっておりました。
純人教徒ももちろんいます。
彼らは「ダシバ様、こっち向いて!」「ゴルトン様もいる!」と興奮し、それらを侍らす私に対して畏怖と敬意を向けてきました。なんですか。
やがて到着したのは、広場に設営された大きな白いテント。ところどころわんこの足形が入った可愛い装飾がされています。
入り口には長身の男性。
やせ型の、しかしよく鍛えられた体に白の軍服を着こんだダリウス様が待っておりました。
その後ろに並ぶのは同じく白い軍服の隊長たち。全員が微笑んで私を見ています。
(ん? 一人いないような……考えてはいけませんね)
彼は精悍な顔を微笑みで飾り、優雅に腰を屈めて私に美しい礼を取ります。
「リーゼ様。今日の良き日を迎えられたことをお祝い申し上げます」
「ありがとうございます。私のワガママを聞いてくださりありがとうございます」
「いいえ。国民は皆、心から喜んで陛下のお気持ちを受け取りましたよ」
彼がエスコートを代わり、テントの中に入っていくとそこには――――――。
『リーゼロッテ女王陛下、十一才のお誕生日おめでとうございます!』
そうここは、私の誕生日を祝う会場なのです!
少し傾いた巨大な看板。
今日は設営担当の第四部隊の方が前夜祭だといって騒ぎ、二日酔いを起こしておりましたので……これも愛嬌ですね。
テントの中には各地の名産品やごちそうが並んでおりました。
温かいスープ。肉の焼ける香り。各地の食欲を注ぐ名物の匂いが、辺り一面に広がっております。
各国の使者がそれぞれ自慢の特産品を持ち寄り、あちこちに国を紹介するブースが出来ております。
『リーゼ様ありがとう! ぼく治ったよ! だから今すぐ結婚できるよ!』
コタツ王国のみかんを抱えた、もふもふ子猫なテツ王子が父王のアルカ・ホール・コタツ様に抱かれて手を振っています。
王妃に抱かれたコンブ王国のボノ王子も、私を見て泣かずに小さく手を振ってくださいました。
鳥人の王子のエンペラー様もご家族全員で、ぶんぶんと短い羽を振ってくださいます。
そして犬、犬、犬。人間。
たまに猫、鳥、色々な動物の姿をもった方たちと、なんだかよく分からない姿を持った方たち。
みんな私をお祝いに来てくださったのです。
元々王族には誕生祭をする習慣がありました。
各国の使者を交えて貴族のパーティーを催すそうです。
ですが、私はレオンハルト様にお願いしました。
なるべく国民の皆様が広く参加できて、楽しめるお祝いにはできませんか。みんなで美味しいご飯を食べ合うことができませんかと。
宰相である麗人は困るどころか、むしろ喜んでくださりました。
『ならば大きな広場で、国民を集めて祝いましょう。どうせなら他国に自慢の品々を展示させて博覧会にしてしまえばいい』
そして国民に、私へのプレゼントを用意するようにと命じました。
『陛下は皆が美味しそうにご飯を食べている中で祝われたいとおっしゃっている。広場にて会場を設営し、ごちそうを用意するゆえ、それぞれが楽しめるよう産物を持ってこい。周辺で市を行ってもよい』
それがこのテントです。
各国の人々が集まり、動物の姿を取りながら物品を交換したり交渉したりと熱気がすでに立ち込めています。これを機に遠い国とも地下道を通じた交易を始める商人もいるのだとか。
(あれはコンニ・チワワ様にピョンピョン・パピヨン様。行商人協会のケルピー様も、商売の話で走り回っておりますね。)
生き生きとわんこが走り回っております。
壁際に設置されたテーブルの方でも、宗教関係者が各々好きなように交流を深めていました。犬の姿のアプソ大司祭を仲介にすることで、ほのぼのと互いを尊重した討論が行われております。
そして、テーブルに広げられた豪華なごちそうに、指を銜えて見つめる子供たち。
皆、私の登場に気が付くと『陛下、おめでとうございます!』と盛り上がり始めました。
じゃじゃじゃじゃーん。
じゃじゃじゃ、じゃーん。
ファンファーレも高らかに。
楽団も元気に演奏し、様々な名曲を流し始めます。
マサムネ・スピッツ様を中心に編成された王立楽団には、今回は国民の有志も混ざっております。
歌曲に入ると歌手が入ります。
有名なドミンゴ・インディアンドッグ様が高らかに歌い上げます。
時々「白夜の女王に捧ぐ」といった不穏な歌詞が流れてきますが、流します。
あくまで私への親しみを込めた歌ですから。ワイマラナー様らしき怪しい影がちらつきますが、ええ。
————あくまで親しみを込めた曲ですから!
「リーゼロッテ殿」
私が席に向かうとすると、リンドブルム王が、クロコダイルの国王とラミア女王と共に挨拶に来てくださいました。
三国はとうに和解し、帝国時代のしがらみから解放されております。
彼はカインお父様に似た柔和な笑顔をこちらに向けると、彼はそっと私の手をとり、甲にキスしてくださいました。
「リーゼロッテ殿は益々素敵になられた。これから我々は益々のケンネルの発展を、ルマニアの共同体として手伝わせていただこう」
「ありがとうございます。どうか、仲良くしてくださいね」
私を眩しそうに眺める王。
改めて、彼にはもっと王族として学ばせていただくことを、お願いいたしました。
王としての生き方を、父の代わりに教わっているのです。
そして。私は女王の挨拶を始めます。
辺り一面に集まる私のわんこたち。
彼らの愛に支えられて、私はこうして立っております。
「皆様。リーゼロッテ・モナ・ビューデガーはこうして十一才を迎えることができました。一年前の私にはとても信じられない状況です。まさか、自分が女王になるとは。他の大陸を見たことすらなかった女の子が、どうして考えられましょう」
辺りは静かになります。
真剣な顔の隊長たち。レオンハルト様に、ダリウス様。マルス様に、たくさんの犬たち。
皆、私の言葉を、心に刻み込もうとじっと聞いてくださっています。
「ですが皆様のおかげで、こうして私は立っております。これからももっと勉強もお仕事も頑張って、国のためにお役に立ちたい。いいえ、皆様の頑張りをちゃんと褒められる飼い主になりたいのです」
会場の隅で、義兄がテーブルのジャーキーをつまみ食いしながら、「まあ、無理すんな」と片手を上げているのが分かります。
私は国民に向けて、満面の笑みを浮かべました。
もう、白夜の女王と言われてもいいです。氷の女王のように怖いと書かれても、いいです。
だってこの笑顔は、私のものです。
人のものでも、作ったものでもありません。
そしてわんこを愛する笑顔ですもの。笑顔がどんなに下手くそでも、気遅れなどしていられません。
「いつも感謝をしております。だから、これからもずっとともに幸せになりましょうね!」
わん!
会場中に響く同意の鳴き声。
今日という日を祝うべく、会場は高らかに遠吠えで埋め尽くされます。
皆様、どうぞよろしくお願いいたします!
そうして感動のままに主賓席の椅子に座ろうとして――――—。
ぷぎゅ。
………やられました。
「最後の最後に……!」
『陛下。最近隙が多いですね』
女王の座席にあった、足形柄の大きなクッション。
正体は自らの優美な毛皮に、わんこの足形を描き込んだマゾ様でした。
「タタミにしてあげると言ったではありませんか!」
『最近、尻に敷かれ――――いえ、押しつぶされるのもいいかもと、マイブームが来ていまして』
「貴方の趣味の話はどうでもいいのです!」
困った子も多いですけど、みな可愛いわんこ。
リーゼロッテ・モナ・ビューデガーはこれからも素敵なわんこたちと、この国で。
毎日幸せに暮らして参ります!




