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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第三章 リーゼロッテと愛しい愛犬たち
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第十一話 女王。愛とはダシバ。ダシバとは愛だ!( by ゴルトン )

「リーゼ様。園の皆さんが来ましたよ」


 つららが解けて、窓枠に水滴を落とす様子を見ていた私。

 にこにこと笑うテレサさんが、私の部屋に可愛らしく盛装をした子供たちを案内してくださいました。


「リーゼさまあ!」

「リーゼ様、遊びに来てあげましたよ!」

「エリザベスちゃんの赤ちゃん見せてー」

「おれが遊んでやるよ!」

「きゅん!」


 王立保育園の園児たちが、私のお部屋に遊びに来たのです。

 わらわらと集まる子供たちが一斉にのぞき込むのは、暖炉の前に鎮座した巨大なバスケットの中。

 エリザベスちゃんが子犬たちを抱えているところです。




 生まれた子供は男の子が三匹に、女の子が三匹。

 なぜか男の子は殆どダシバにそっくりで、女の子はエリザベスちゃんにそっくりでした。

 おかしいです。

 ハイブリッドならば、もう少し混じったようになるのでは。


 ただ六匹に共通する特徴もあります。

 みんな薄茶色の毛並みが艶々で体はむちむち。丸くて短いしっぽがぴんと上を向いています。


 まん丸い毛玉の大集団です。

 とっても可愛いのです!




 エリザベスちゃんは動き回る子供たちを銜えて引き寄せては、いっぱい舐めてあげています。

 特によちよち歩きを始めた男の子たちが、あっちへうろうろ、こっちへそわそわ。

 とても落ち着きがないから大変です。


 女の子たちも、お母さんのおっぱいを飲むのに「じゃま」だとばかりに、自分より小さな兄(生まれた順番でそうなりました)たちをむっちり足で押しつぶして、エリザベスちゃんのお腹に顔をつっこみます。


 ぎゅむぎゅむ、きゅんきゅん、きゃん!

 今日もケンネルのダシバ家は大賑わいです。


「かわいいの~」


 ポメラニアン家のヤドヴィガちゃんは、頬に手を挙げてうっとりしています。

 すっかり子犬のファンになったらしく、生まれた時から「私がお姉ちゃんになるの!」と宣言しておりました。

 いつか、保母犬か子守犬になりたいのだとか。





 さて。

 お母さんは毎日大変なのにお父さんのダシバはどうしているか、ですか?


 ダシバはエリザベスちゃんが子育てに忙しくなると、その隙に逃げて遊びに行きました。

 必死に逃げすぎて、王宮内で昨日からずっと行方不明です。

 ダメシバ!


 扉の向こうで、警備兵さんが二人の男の子を通します。


「リーゼ様! 駄犬を見つけたよ!」

「傷一つないよ! ほめて!」


 頭に葉っぱを付けたダシバを無理やり抱えてきた男の子二人。

 バーバリアン様の息子の、タイラント君とディクテイタ君です。

 二人とも灰色の髪を短く刈って、グレイの瞳をキラキラさせて私を見上げております。


 彼らは私のそり犬になりたくて、リーゼロッテ大陸では何度も直訴という名の体当たりをマルス様に繰り返してきました。それがやがてダリウス様やレオンハルト様のみならず、うっかりジョゼ様のお尻に体当たりをしてしまったところで制裁(予防注射)を受け、ようやく大人しくなりました。


 すっかり拗ねてしまった二人。

 そこで私は代わりに約束をしたのです。


『二人とも。保育園に戻しますから、今度こそ無事に卒園なさい。先生に喧嘩を売らず、園を破壊せず、友達を理不尽に泣かさなかったら、再来年の冬に一回そりに付き合って差し上げます。その時に乱暴に私をふり落としたら二度と乗りませんよ』


 二人は喜んで、毎日元気に保育園に通っています。


 辛うじて先生に盾突かず。

 かろうじて園を破壊せず。

 辛うじて「小さい子とは」喧嘩をしていないそうです。


 お父様よりもずっと立派ですね。




『陛下のおかげでとても良い子になって。素晴らしい躾をありがとうございます』


 短くした髪に幅広のお洒落な帽子を被ったグレース様が、涙を浮かべて喜んでおりました。

 彼女の発案で始まった虱蟲被害者への「短い髪にも似合うリーゼロッテ帽子」は、大陸を越えてヒットを飛ばしております。




 男の子たちに乱暴に掴まれてぐったりしたダシバを、私はお礼を言いながら受け取ります。

 二人は「あかんぼ見ようぜ!」とバスケットに走り出しました。


 子供たちも「タイラントとディクテイタだ!」と歓迎しているようです。シュレーダー君は「なんで来なかったんだよー」と喜んでいました。

 わいわいと新しい仲間たちを紹介し合っております。






 さて私はダシバを床に下ろし、真ん丸な顔を両手で包み込んで覗き込みました。


 相変わらず、後ろ足が片方前にはみ出した不思議なお座り。

 真っ黒な目には私が写っています。

 何も考えていない、いつものつぶらな瞳です。


「……全く。でもダシバ。貴方が無事で良かった」

「わう?」


 思わず口から気持ちがこぼれ出ました。

 そっと親指で、愛犬の薄茶の毛をさすります。


「私が私でいられたのは、ダシバがどこまでも自由な上で、私の側にいてくれたからです。不器用で頭が固くて、人とうまく関われない私には……貴方の側が心地良かった」


 忠犬では全くないけれど。

 仕事も何もできないけれど。

 本当に小物でどうしようもないけれど。


 責任感も忠義もない。可愛がってと主張もしない。どんな躾も受け付けない。


 ―————ただただ、自由マイペースな子。

 でも、ずっと傍にいてくれた。


「貴方は子犬の頃から鼻が悪いのに。なぜか私を見失わないのですよね」


 私が下級貴族の子でも、浮浪児でも、女王でも。

 ただ毎日同じようにお馬鹿に、ずっと傍にいてくれた。

 リーゼロッテの犬でいてくれた。


 貴方こそが、私の幸せです。

 



「これからもよろしくお願いいたしますねダシバ。貴方を守るのは私です。……ですが」 

「わう!?」


 私は手に力を入れて、ダシバの両頬をぎゅむっと押さえつけます。 

 最近、プードル夫人に大分鍛え上げられてまいりましたので、握力にはちょっと自信があるのですよ。


 ぎゅむぎゅむに手のひらで押しながら、ダシバを冷たく見下ろしました。


「私、子育てをまともにする気のない父親は好きではないのです。『手伝ってやった』なんて言う男は最低です。ダシバ、貴方がダメな犬だということは分かっています。そんな貴方を愛しています。ですが……ダメな父親であることは許しませんよ」


 私の最近の愛読書【熱血恋愛熟女】にも書いてあります。

 『イクメンなんて言葉は滅びればよい。男もやるのが当然だ』と。 


 後ろで見守っていたマルス様が、慌てて止めに参ります。


「リーゼ様!? 駄犬が白目を剝いているよ! 今まで一度も駄犬を絞めたことなんてなかったのに! というか、なんて本を読んでいるんだよ!」

「王宮の売店で売っていますよ? 侍女さんの間で大人気の作品です」

「テレサさん! リーゼ様を止めてよ!」


 マルス様がテレサさんの方を振り向きます。

 ですが、テーブルに山盛りのおやつを乗せる彼女は穏やかに微笑んでおりました。


「これからの女性は、より強くあるべきですからね。新作が出る度に買って差し上げています」

「まさかのテレサさん!?」


 なぜか愕然とされております。

 不思議ですね。なぜ男性たちは、このような素晴らしい本を嫌がるのでしょうか。

 

 




 ふと。

 お母さんのおっぱいを争うように飲んでいた子犬たちがぴたり、と動きを止めました。 


「きゅ?」

「きゅ?」

「きゅ?」

「きゅー!」

「きゅー!」

「きゅきゅーん!」


 子犬たちは一斉に扉に向かって鳴き出しました。

 体の大きな女の子たちはバスケットから出ようと、必死に縁に飛びつきます。

 男の子たちは、頑張る気はあるのですが、父親に似てやる気がないので、女の子たちの後ろ脚に蹴飛ばされてはコロコロと後ろに転がります。


 園児たちも「またあ?」と呆れて扉を眺めています。

 私とマルス様が顔を見合わせて肩をすくめると、「入るぞ、女王」と声が聞こえました。


 許可を請うだけマシになった彼に、許可を出すと――――――。

 白地に『聖なる子畜生よ、永遠なれ』と書いたエプロンを身にまとった大導師が現れました。

 子犬のおもちゃを詰め込んだ、巨大な風呂敷包みを持って入室してきます。

 

 彼のその服。「気が変わった」と変えた導師服は、今まで見慣れた黒ではありません。

 白い導師服です。


 ―———それはまるで、わんこ教の司祭服にも似ておりました。


「きゅー!!」


 唐突に興奮した一匹の男の子が、並み居る女の子たちを踏み台にしてバスケットの縁に捕まりました。

 お母さんが止める間もなく、勢いで反対側に落ち。

 わんこまっしぐらに大導師に走り飛び込みます!


 ひょいと持ち上げる彼。


「シバタ様、きょうも素晴らしくむっちりしていらっしゃる。ご機嫌で良いことですね」


 ころころしたダシバそっくりの子犬を持ち上げた大導師は、柔らかく微笑みました。

 元々女性と見まごう秀麗な顔立ちです。その優しい笑顔はまるで―――—。


 この顔を初めて見た時。

 私は義兄に頬を抓ってもらいました。



 

「ばう!」 

「わんっ」

 

 エリザベスちゃんがシバタを呼びます。

 するとなぜかダシバが直立不動に返事をし、バスケットの横にすすすと移動しました。


 大導師はシバタを抱え、のしのしとエリザベスちゃんの元に向かい、互いに視線を交わします。

 そして―――――そっとシバタをエリザベスちゃんに返したのです。


「エリザベス。お前の子を返すぞ」

「……ばう」


 バスケットの中に入れると、早く大導師の手に甘えようと殺到する子犬たち。シバタも抵抗します。

 エリザベスちゃんはじっと大導師ライバルの顔を見つけるとため息をつき、一匹ずつバスケットから下ろしていきます。


「いいのか?」

「ばう」 


 いつの日かエリザベスちゃんは、小犬が生まれてから自分を聖母犬と尊重するようになった大導師を認めていました。

 便利な子守げぼくとして。


「きゅ!」

「きゃんきゃん!」

「きゅー!」

「きゃん!」

「くうん」

「くーん」

「「わあ!」」


 一直線に大導師に飛び込んでいく子犬たちを、さらに子供たちが追いかけます。

 大導師の周りが、子犬と子供だらけになりました。


 早速「きゃー! イザベルちゃん可愛い!」と女の子を抱きしめるヤドヴィガちゃん。

 シュレーダー君は「イザベルちゃん大きくなったなあ」と、隣でなでなでしています。


 タイラント君とディクテイタ君は、兄弟の中で特に小さいダメタをわしづかみにしようとして――――妹犬のエカチェリーナに体当たりで吹っ飛ばされました。

 エカチェリーナちゃんはふんっと鼻息荒く、ダメタを銜えて大導師の元に引きずっていきます。


 ダニエル君は宙を飛ぶプラトン君と一緒に、大人しいヴィクトリアを撫でています。


 「弟」というものに不慣れたチャーリーは、興奮してすぐに力尽きて腹這いになったコシバを恐る恐る突っついています。大きさが同じくらいなので、とても微笑ましい光景です。


 そして兄弟の中で特にこの子守げぼくが大好きなシバタは、大導師の胸元で必死に甘えております。


 子犬たちは、みんな大導師が大好きです。

 生まれた時から張り付いている、大導師の崇め奉りひたすら甘やかす子守げぼくに、すっかりやられてしまったのです。


 特に毎日やる気がなくて今にもヒモ犬になりそうなシバタは大導師が大好きで、彼が来ると普段まるでダメなのが嘘のように茶色の弾丸と化すのです。




 大導師ゴルトンは、とうとう世界の純人教をまとめました。

 いまや純人教総本山の長です。


 かつて分派をしては過激派を生み出していた土壌。

 彼は、教義に対する異論は当然ということで、教会中での分派を積極的に認めるようにしたのです。


 ですが、全く分派によるもめ事は起きません。

 全てはダシバのおかげです。


 完全に駄犬教とは名を改め……はしませんでしたが、分派の殆どがダシバファンクラブと化しています。

 あの畜生を見て素直に生きることが純粋なる証。そんな恐ろしいほどに前向きな解釈が生まれるほど。


 更にはダシバそっくりの(ダメそうな)子犬たちが生まれたことで、ケンネルの繁栄と共に祈る、良き隣人となったのです。



 ダシバシバシバダシバシバ(意味:愛ある日々を送りましょう)

 ダシバシバシバダシバシバ(意味:隣人を大切にしましょう)

 ダシバシバシバダシバシバ(意味:腹が立つことがあったら、ダシバ様を愛でよう)



 各地の教会からは、夜な夜な怪しげなお祈りが聞こえてきます。


 



 ジョゼ様からは、先日あることを教えられました。


 ダシバとエリザベスちゃんの子犬たちには、エリザベスちゃんの特殊な血も受け継がれたそうです。


 狼の色を強く残した魂。

 このおかげで今後は再び新型の犬蟲が生まれてきても、血清の培養が容易になるのだとか。


 最初は本当にダメすぎて犬人達に嫌われたダシバ。

 彼は、別の意味で王を守る血筋として認められました。

 質実共に、ダシバの子孫は王族の愛犬として続いていくことになるのです。


 ダメシバは。

 本当に。

 ————何の努力もしていないのに!




 永遠えいえんなる聖なる駄犬。

 永遠とわに語り継がれる世界平和の駄犬。


 ダシバ一族は永遠に王の愛犬として称えられ、初代ダシバは歴史に名を刻む犬となるでしょう。

 

 世界で一番尊敬される駄犬。




 —————ああ、なんというダメシバ!







「リーゼ様。準備ができたで。テレサさん、リーゼ様の御召し物をよろしくお願いします」

「はい」


 私の中でモザイクが掛かった大導師を視界に入れないようにしていると、秘書官である義兄がひょいとやってきました。


「テレサさん……大導師様の鼻から流れる赤い液体。ハンカチでも差し上げた方がええんちゃう」

「あらあら。絨毯汚れてしまいますね」


 テレサさんは先ほどダシバを拭った雑巾を用意しました。




『じゃあ僕はこいつらの様子を見ているから』


 マルス様が犬になって、子供と子犬と変質者だいどうしを見守ってくださるそうです。


 出逢った頃はとても天真爛漫だった彼は、すっかり大人っぽくなりました。

 たまに「マルス様よりマルスがいいんだけどなあ、もう!」と愚痴をこぼしたり、義兄やヨーチ様たちとバカをしたり、マメタ様をおちょくったりと毎日楽しそうしています。


 ですが、こんな時。

 一歩後ろで私を見守ってくださるようになりました。

 そして、犬の姿で私の懐に飛び込むのを嫌がるようになりました。


『そりゃあ犬だよ? 犬だけどさあ。—————男でもいたいじゃないか』

「マルス様は男の子ですよ? どうしたのです?」

『……ま、いいよ。あと五年くらいしてリーゼ様の「恐ろしき熱血恋愛」ブームが去ったら教えるよ』


 男の子はよく分かりません。






 最近彼は成長痛で体がギシギシするそうで、ジョゼ様の指示で警備犬を休むことも増えています。

 代わりに臨時で入ったのは騎士団ではなく―――――なんとバーバリアン様です。


 あくびをする彼の横で、超巨大犬のダリウス様が頭を下げてお願いにきました。


『ふわあ』

『今は闘犬にとっての敵がいないので。たまの静養も兼ねて口輪の代わりに、リーゼ様が側においてあげてください』


 ダリウス様。はっきりと私は「生きる口輪」だとおっしゃましたね。

 言い切った彼を睨み上げます。


 彼は軍の代表者として多忙となりました。

 たまには足元に侍りに帰ってきます。ですが、基本は三大陸間を行き交う毎日です。


 一時期は昔の愛犬だった記憶に囚われて、暴走したことがある彼。 

 世界の軍事バランスを調整する立場となり、一段と落ち着いた物腰になっておられます。


 私を時折「女神」と呼び崇拝するのは変わりませんが、必要な時には私をちゃんと利用できる――――バランスの良い関係になったのだと思います。


 ですが、たまに――――。

 自室の犬小屋の中に入り込んで、アベルお父様の遺品を枕に物思いに耽っているようです。


『悪い夢ではないのです。ただ、懐かしいと幸せに浸るのが好きなのです』


 苦笑される彼のしっぽは、ふさふさです。

 もう二度と禿げるものかと、育毛剤を毎晩しっかり塗り込んでいるのだとか。




 私に預けられたバーバリアン様は、なんともいつもの通りです。

 外に出ればあっちに喧嘩を売り、そっちを煽り立て。ようやく完成したコロシアム(安全は保障させています)では、一番人気の闘犬貴族です。勝ち方がえげつないと。


 私は人の姿にするのも面倒なので、バーバリアン様を警備犬にする時には、わんわんリードで移動することにいたしました。

 これがまた、他国の使者を怖がらせてしまうようでして……。


『白夜の女王だ……』

『あんな凶犬を引き連れて……恐るべし、氷犬の女王』

『聞いたか? リーゼロッテ女王はヒグマーの親玉をワンパンで沈めたらしい』

『なんと恐ろしい! 流石は鉄拳制裁女王』


 ―————そして。


『ははー!お許しください、「氷の微笑で犬を絞める女王様」!』


 とうとう、街中で見かけた盗人に、そう叫ばれて土下座をされました。


 ますます私の変なあだ名が増えております。

 全てはわんわん一座のせいです!


 同行中は刺激がなくて、いつも眠そうなバーバリアン様。

 彼はリードを強引に引っ張ぱりながら、踏ん張るかいぬしをバカにしてきます。 


『陛下。いい加減諦めて、犬に愛されていれば良いのではないですか?』

「もう少し普通に扱われたいのです」

『ふん。今更、普通だの大げさだの文句を言って遅いですね。犬にとってあなたが唯一。犬は貴女を称え、何かをして差し上げたい。それでいいではないですか』

「……そして貴方は、相変わらずコロシアムでの勝利を私に献上されるのですね」

『当然。……まあでもそろそろ飽きましたよ。あそこは生ぬるい』


 遠い目をしたバーバリアン様は「私は闘犬ですから」と空を見ておりました。






 白の華やかなドレスに着替えた私は、鏡の前でテレサさんに髪を梳いてもらっています。


「リーゼ様の綺麗な髪も少しだけ伸びましたね。今日は小さな編み込みをいたしましょうね」

「はい!」

 

 耳の横に小さな編み込みを作っていただき、今日の主賓の恰好が出来上がりました。

 上から下まで眺めてうんうんとうなずくテレサさん。


 ふと。私は彼女に抱き着きました。

 彼女は柔らかくてふっかりとした体で受け止めてくださいます。


「あらあらリーゼ様。甘えたくなりましたか?」

「テレサさん、大好きです……貴女はもう一人のお母様です」

「ふふ。光栄ですね」

 

 優しく髪をなでてくれるテレサさんの温かい手。

 私の周りにはこんなにも優しい人たちが、傍に居てくださいます。 


「私もいつかは、立派なレディになれるのでしょうか」

「あらあら。エリザベス様や、モナ様に武勇伝に感化されましたか? リーゼ様ならなれますよ。何にだって、なれます。私がずっと見守っておりますから」

「……はい」


 ぎゅっとテレサさんの服を握ると、彼女は約束してくださいました。


 かつてお母様の乳母として選ばれていた彼女。

 実は母の本当の姿を、良く知っておりました。


 ですが、言えなかったそうです。

 母の行動があれだったのもそうですが―――――当時の上層部と同様に、私の堕胎に反対しなかったことが、申し訳なかったのだと。


 そんなもの許すも許さないもありません。

 私は優しく抱きしめてくださる、彼女の腕が好きなのです。

 それでいいのです。


 この気持ちを伝えた時に、彼女は泣いてしまいました。


「とりあえずは立派な女王様になるべく、『熱血シリーズ』は全部読破してしまいましょうね」

「はい!」

『ちょっと! 今すごく不穏な教育をしていないー!?』


 扉越しにマルス様の悲鳴が聞こえます。





 さあ、これから出立です!

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