第九話 愛のために死ぬなんて、許しませんよ!( by リーゼロッテ )
そうして日が傾かないうちに戦いは終わり。
大雪原の真ん中に空いた巨大な穴。
その縁に、私は立っております。
多くの若いヒグマーが、反省の穴(臨時命名)に放り込まれました。
掘削部隊が「穴掘りは全犬人類のロマンです!」と情熱に任せて掘った大きな穴には、五千を超えるヒグマーが転がされています。
辛うじて生きております。ですが目を覚ますたびに鉄球をぶつけられて、再度意識の底に沈んで……彼らには睡眠薬が効かないからだそうで……。
その様子を眺める私と、ロボ様。
更にリンドブルム王、レオンハルト様、ダリウス様。
白い息を吐きながら、この戦いで傷一つなかった精悍な狼犬を見上げます。
「これをどういたしましょう?」
「うーむ。全部をプー鍋にするわけにもいきませんからね」
ロボ様が腕を組んで悩んでいます。
私も困り果てました。
攻めてきたのは先方です。
ですが、滅ぼすというのも違います。
もう私たちは、生存競争として殺し合う仲ではないのですから。
彼らは大人になりたての若いヒグマー。
この種は大人になればすぐに一人立ちをするらしいので、流石に暴れた子を親が迎えに来てくださるというわけには――――。
ふと、気になりました。
「ロボ様。シロクマはあくまで若いヒグマーたちの統率熊なのですよね?」
「はい。これらは成熊になったばかりの個体たちです。本当の統率熊はヒグマーの本拠地・ミケベツの奥地におります」
「それとは、話し合いができないのですしょうか。その、今度こそ互いの住処の境界線をはっきりさせたいのです」
「……いささか厳しいかと」
灰褐色の目を細めて、ロボ様は私を見下ろします。
「奥地のヒグマーほど強いのです。ミケベツの中で食料に困らない分、滅多に人里には降りてきませんが。ただ、我々が足元の虫をうっかり踏んでしまうように、他の生き物をゴミの様に見下しています。特に頂点に立つ統率熊。キングヒグマーのことを私は幼いこと古老から教えられましたが、あれはまずい。今のケンネルの技術力でも勝てるかどうか……」
交渉困難な相手。
しかも、本気で全ヒグマーの群れが襲ってきたらとてもかなわないかもしれないという。
ロボ様の話に、リンドブルム王が興味を持ちます。
「ウォルフ卿。キングヒグマーとはそんなに強いのか?」
「ええ。どうやら、山と見間違えるほどの大きさの変異種らしいです」
「かのパンダくらいの大きさか?」
「いいえ、例えば―――――」
代々ヒグマーと戦ってきた戦士の一人であるロボ様が、山なみに向かって指を向けます。
「ちょうど手前の山くらいの巨体です」
私たち北の山を見つめます。
茶色の山。豊かな毛に覆われたような山肌はまるで毛皮のよう—————。
————ん?
山が大分近づいてきておりませんか?
「……リーゼ様。それは山じゃないよ」
「気が付かなかった。匂いがないぞ?」
「無臭タイプの変異種か……」
後に控えていたマルス様が、私を抱き寄せます。
ロボ様は犬になり唸り声を上げ、レオンハルト様とダリウス様が全軍に警戒指示を出します。
リンドブルム王の周辺にも、家臣の竜人たちが囲み―――――。
迫りくる山を見つめます。
雲をかかって山頂が見えない山。
いいえ。とても大きすぎて雲を突き抜けているだけでた。
トコ、トコ、トコ。
ふわふわ薄茶色の毛並みのそれは、その巨体から想像されるよりもずっと軽い足取りで、こちらに南下してきます。
その足は大きく、街の一区画がすっぽり入るほどのサイズです。
目を見開いたロボ様が、震えながら教えてくださいました。
「……あの三頭身。あの図体。ふわふわ過ぎて埋もれて窒息死しそうな毛————一度だけ見たことがある。あれこそが、キングヒグマーです」
ミケベツの奥に住むヒグマーの統率熊。
それは巨熊中の巨熊。高さは雲を突き抜けるほど大きく、いつも雲に隠れて顔を見たものはいない。
しかし今。
首に掛かった雲が晴れています。
それは私たちを見下ろす超巨大ヒグマーでした。
ガラスの作り物のような、つぶらな丸い瞳。
三頭身の大きな頭。
ふわふわの体毛はとても柔らかそう。
まるで、ぬいぐるみのように――――――。
「あれはキングヒグマー。通称『テディ』です」
重低音だけれども可愛らしい声が、青空から聞こえてきます。
『ベアー』
子供のような声を発したふわふわの口周りは―――――真っ赤に染まっておりました。
どうやら集落の人を食べた、ご本人のようです。
恐慌状態になった子犬隊の誰かが、鉄球を発砲してしまいました。
ふわふわの毛並みに当たりますが、力なく落ちていく鉄球。
『バカ! チワワ、何をやってるんだ!』
『ごめんパグ! 急に巨大なものに迫られると怖いんだよ!』
キングヒグマー、いえテディは体に当たった何かには気にも留めずに、手に握っていた何かを放り投げました。
転がり落ちたのは二人の人物。
血塗れの、バーバリアン様と大導師でした。
一度虱蟲に罹患したバーバリアン様の方は、毛足のごく短い犬となってぐったりしています。
「きゃあ!」
「大丈夫です。まだあの二人は生きています!」
ダリウス様が教えてくださいます。
バーバリアン様は以前からテディと戦いたいと望んでおりました。
友人の大導師がヒグマー襲来ののちに、混乱してミケベツの方面に逃げてしまった純人教徒を集めていると聞いてから彼は別行動を始めました。
若いヒグマーとの戦いよりも、南下してきたテディを見つけ、挑みに行ったようだと。
なんという野蛮犬!
死んだら悲しむ者たちが、こんなにもいるというのに!
「もう! なんておバカなのですか!」
涙が出てきます。
ご自身は闘犬を称しておりますが、闘犬を戦わせるために操った古代の人々はもういないのです。
いくら喧嘩が大好きでも、命をかけるなんて許しません!
貴方はもう、私の大切なわんこなのですよ!
掘削部隊がギリギリに穴を空けて回収した筋肉質の犬が、私の前に担架で運ばれます。
私の匂いに気が付いて、うっすらと目を空けるバーバリアン様。
今までに見たことがないほど、弱弱しいお姿です。
『女王陛下。どうやら私は負けたようです。貴女様に勝利の血肉を差し上げることはできそうにない』
「……本当にバカなことされますね」
『そうですね。私は命を掛けることでしか、己の愛を実感し、語れない男のようだ』
「グレース様が泣きますよ」
『……よくも別れたいと言わないものです。あんな女、世界に一人しかいませんね』
私は涙を浮かべ、ぎゅっと灰色のごく毛足の短い犬を抱きしめました。
『陛下。私は虱蟲に再感染しています。移ってしまいますよ』
「構いません。ハゲがなんです。髪などいつかは生えてきます。貴方をこうして抱きしめて差し上げることの方が、ずっとずっと大切です!」
縋りつくように抱きしめる私に、バーバリアン様は血のついた前足で『美しい髪なのに勿体ない』と、私の髪に触れました。
「死んだら許しませんよ! 女王としての命令ですからね! 生きてお仕置きをうけてください! 爪をみんな短くして差し上げますからね!」
『了解ですよ。女王陛下』
彼はふっと笑うとそのまま失神し、後方へ運ばれていきました。
大導師も一緒に運ばれていきます。
彼は絶対に死ぬ気がしないので、後で見舞いに行くつもりです。
―———私が泣いた一方で。
テディは、ゆっくり穴に近寄ります。
そして、穴の中に積み重なったヒグマーたちを眺めています。
すると座り込んで、穴に手を突っ込みました。
一頭持ち上げては、首を傾げてぽいと放り投げます。
さらに一頭持ち上げては、ぽい。
「何かを探していますね」
レオンハルト様がおっしゃります。
確かに、テディは何かを探しているようです。あ、アマクマ。ではなくシロクマを持ち上げました。
表情は良く見えませんが、何かとても不快なものを見る目で摘み上げると、どのヒグマーよりも遠くへ放り投げました。
ぽいぽい、と若いヒグマーたちを放り投げていきますが、私たちには何もできません。
現在の戦力ではとても立ち行かない。
だから下手に触ってはならないと、ダリウス様が全軍に指示を出したからです。
そして彼は、ビアンカの首から外れてしまった赤い首輪を見つけ出しました。
どうやらヒグマーの回収の最中に、一緒に落ちてしまったよう。
彼は鼻につけて、くんくんと必死に嗅ぎ続けます。
そして。
突然テディの顔に、縦のラインが入りました。
ピシピシと、次第に開いていく顔。その奥には黒い何かが蠢いています。
「まずい! あれは聞き伝わる『過去にテディが怒り、一国を一瞬で亡ぼした前兆』だ!」
「ええ!?」
何が彼を怒らせたのですか!?
『ベアー!』
彼が大きく吠えると、毛皮から大量の白い何かが噴出しました。
ジョゼ様が悲鳴を上げます。
「あれは虱蟲です! 白く見えますが、莫大な群れで集まっているために可視化されているだけです!」
過去虱蟲に罹患されていた方たちが、衝撃が走りました。
移民兵をまとめていたラドン様が「まさかあれが原因とは」と愕然と口を開けています。
伝令兵が、首都に向けて通信を始めます。
『発生源はテディ! 放置されたぬいぐるみから溢れる埃にしか見えず、相当不潔な模様! 緊急で殺蟲薬を大量に用意されたし!』
現場には混乱が広がって行きました。
テディは町に向かって、ゆっくりと歩き始めます。虱蟲を辺りに吹き出しながら。
そして、縦にラインが入ったまま。
ダリウス様が身を翻し、犬になって駆け出します。
『全軍方向転換! マラミュート、全兵器を準備させろ! 特に掘削部隊今のうちにシロカブトを落としたような、巨大な穴を再度開けさせるのだ!』
その命令に、技官のビーグル&ダックスフンド両氏が悲鳴を上げます。
「えー!?」
「あのサイズが入るような穴を、今すぐですか!?」
「穴掘り犬のプライドに掛けて、やれ! 陛下に『所詮可愛いだけのただの犬なのですね』と言われたいか!」
「「やります!」」
そんなの私の台詞ではありません!
掘削部隊が、次々と掘削機に乗り込んで走り出しました。
ロボ様も「狼犬! トランシーバーよりも遠吠えだ! 街の警備犬たちに伝えろ!」と指示を出し、狼部隊は一斉に犬になって遠吠えを始めます。
私はマルス様に抱かれたまま、レオンハルト様が誘導でリーゼロッテ号に乗り込みます。
衛星都市を守らねば!
たどり着くと、都市は大混迷を極めておりました。
老若男女が荷物をまとめ、首都へ向けて逃げていきます。大混雑の中、子供の泣き声も聞こえます。
「皆様、落ち着いて! 騎士団が皆様を守りながら首都へ誘導します!」
「陛下!」
私はマルス様とレオンハルト様に守られながらも、住民へ移動指示を出していきます。
しかし、街の外れで妙にまごついている集団がおりました。どうやら純人教徒のよう。
私は代表者である壮年の導師に訊ねました。
「どうして逃げないのです」
「女王様……私たちは既に少数派。かつて見下していたもの達に憎まれ、居場所すらないものでございます。ここで異教徒しかいない世界に行っても、果たして受け入れてもらえるのか……」
俯く彼らに、私は叱責しました。
「自分がやったから相手もする、とお考えのようですね。ならばまず自分たちから考えを変えなさい。純人だから優れている。そんな考えは変えなさい。そうすれば壁はなくなり、新しい土地でも生きていけます」
「とんでもない!」
は強く反論します。
「教義を変えるわけには行きません! 純粋なるものが偉いのです! 純粋なるものが発言することこそ正義なのです! 純粋なるものが尊重されないなんて。辛すぎる……!」
「宗教者として、貴方一人が行きたいのなら構わない。お前たちは女子供、弱っているものたちも抱えているのだろう? なぜ巻き込むのだ」
「仲間なら共に殉教するはずです!」
助祭の資格を持つレオンハルト様が、頑なな彼らの様子にすっかり呆れています。
この事態になっても、柔軟に生きられない彼ら。自分の信条に他人を巻き込む彼ら。
……ならば、これしかありませんね。
(大導師と同じことなどしたくはありませんでしたが……)
私は、胸ポケットからあるものを取り出さしました。
「大導師ゴルトン、という名を御存知ですか」
「はい。確か散り散りになった純人教徒を救う旅をしているという、偉大な御方ですね」
「これは、彼が純人教の布教に使用している、大切な純人教のお守りです」
「なんと……!」
導師は震える手で小型の冊子を受け取ります。
題は『ダシバ様はあはあアルバム』。
めくるとそこにはダシバのダメな日々が精密な絵で描き込まれています。
「こ、これが噂で聞いた聖なる畜生・ダシバ様!」
「どのページにも、とても畜生な犬の中の犬・ダシバの素晴らしくダメな生き様が載っております」
「おお。おお。どれもダメすぎる……! 純粋なる犬の素晴らしさよ……!」
感動しながら絵を見つめる導師に、私は囁きました。
ダシバは現在、首都に来ております。純人教徒の保護施設にて、さんざん甘やかされて堕落しております。貴方も混ざりませんか、と。
「首都リーゼロッテで、ダシバと握手です!」
「皆の者行くぞ!」
そうして。
元気に彼らは首都へ向かって去っていきました。
『ダシバ様はあはあアルバム』を胸に。
私に、空しい気持ちを残しながら。
誰もいなくなった一角で、マルス様が白い目で私を見ておっしゃります。
「また駄犬教徒が増えたね」
「ええ」
レオンハルト様が、優しく私の肩を抱いてくださいました。
ゆっくりとした歩みで迫りくるテディは、周辺の村を踏みつぶし、虱蟲をばらまいていきます。
そして、衛星都市の手前で、ふと立ち止まりました。
「まずい。あちこちに掘った落とし穴に気付かれたみたいです!」
ビーグル氏が叫びます。
そして、テディは低く姿勢を取ると————ジャンプをして、衛星都市の庁舎の上に落ちました。
繊細な砂糖菓子のようにあっさりと潰れる庁舎。
『ベアー』
彼は咆哮を上げます。
空を飛ぶ子犬隊たちが鉄球をぶつけますが、全く動じません。
「次はどうする!」
「何とか首都ではなく、せめて海に沈められないか!?」
「……!」
「首都の防衛がつぶされたら、人々はあっという間にテディに食われるぞ!」
「アフガンハウンドのミサイルはどうなんのだ!?」
「あれは既にシロカブトに使用して次が作られていない! あいつが飽きてしまったからな!」
ダリウス様が隊長たちと意見を交わし合います。
ふと。
私は気が付きました。
彼が怒りだした原因。それは確か首輪。
彼が持っていたのは赤いちぎれた首輪。
それは大事に懐の毛皮にしまっています。
そして怒り。
もしや、あの行動は――――エリザベスちゃんと同じ?
『はにー!』
「お義父さん!」
現場が大混乱するなか、テディの目の間に一頭と一人が飛び出しました。
ビアンカとベオウルフ氏です!
商店街を踏みつぶしたところで立ちどまるテディ。
ビアンカを凝視しています。
次第に開いていた黒い線がなくなり、ふんわりつぶらな顔に戻るテディ。
二人は彼に向かって叫びました。
「どうか、僕たち二人の仲をお許しください!」
『ハニー!』
なんと、どうやらテディはビアンカの父親のようなのです。
娘がいなくなったことを心配して南下してきたと考えられます。
ビアンカがテディの足に縋り付き『はにー! はにー!』と必死に呼びかけます。
父親は腰を屈め、ビアンカを拾い上げました。
そのままくるりと北を向き、歩き始めます。
「お義父さん! どうか、どうかご許可をください!」
『はにー!』
ベオフルフ氏が必死テディに縋りますが、彼は無反応です。
このままでは二人は離されてしまう―――――私は思わず飛び出しました。
「リーゼ様!」
思わずレオンハルト様とマルス様が追いかけますが、捕まるわけには行きません!
止めようする兵の前でなんとか躱そうとしていると、足元を大きな犬が救い上げ、私を乗せてくれました。
アフガンハウンド卿です!
「なぜ、ここに!?」
『作業が終わったので来たら、面白いことになっているからね。これから部下の結婚のもめ事に上司として仲介するところでしょ? いつも息子がお世話になっているし、ここは手伝うよ』
「きゅーん!」
アフガンハウンド卿の頭には、白黒犬がしがみついておりました。
「チャーリー!? 確かヒグマーが怖くて、来れなかったはずでは?」
「きゅん!」
『「いじめられた記憶が蘇るから怖かったけど、大事なリーゼ様のピンチだからがんばる!」と言っているよ。ヒグマーの噂を聞いて閉鎖前に自力でやって来たんだよ。本当にいい子を持って、僕は果報者だね』
だから女王陛下、貴女には。
非力なる才能を全て差し上げよう。
アフガンハウンド卿は必死にテディに縋るベオウルフ氏の背中を踏み台にし、山のような毛並みの海を駆け上がり、とうとうテディの肩に到着しました。
チャーリーが精いっぱい鳴きます。
「きゅーーーーーーん!」
『ベア?』
テディがこちらを振り向きます。
そして、アフガンハウンド卿の頭にしがみついている白黒犬を見て、つぶらな瞳を見開きました(ように見えました)。
『ベア!?』
「きゅん!!」
『ベア!』
「きゅん」
『ベアー……』
何を言っているのかさっぱり分かりません。
『どうやら、チャーリーとテディは大昔の知り合いだったようだね。要約すると「娘の仲を認めてあげて。もしくは、彼に婿として相応しいように成長する機会を与えてほしい」と説得しているみたいだ。「お前だって昔は彼女と結婚するのは大変だったじゃないか」とね』
やがてテディは足を止めます。
そして、下で必死にしがみついているベオウルフ氏を見下ろしました。
そのまま屈むと、娘を掴む手の反対の手で彼をヒョイと摘まみ上げ、目の前に運びます。
目の前に吊るされたベオウルフ氏。
彼は巨大な顔に全く怯まず、必死に叫びました。
「お義父さん! いいえ、偉大なるヒグマーの王! どうかビアンカに相応しいと認めていただけるよう努力いたします! 私にチャンスを!」
『はにー!』
すると―――――テディの顔に再びピシ、と縦のラインが入りました。
「危ない!」
『まあ、見ていてよ。チャーリーが大丈夫だと言っている』
ベオウルフ氏はそのまま避けた線に向かって運ばれ———放り込まれました!
食べられてしまいます!
「きゅん!」
『あれも大丈夫だって。しばらく様子を見ていて』
そうしてしばらくそのまま動かなくなりました。
ダリウス様が号令をかけテディの周囲に展開した子犬隊。
空には空を飛ぶ子犬隊と。リンドブルム王たち竜人が待機します。
後追いしてテディの毛皮を駆け上がってくるレオンハルト様にマルス様。ロボ様たちは気を取り戻して動き始めた若いヒグマーたちを倒していきます。
更に足を囲む犬や他のものたち。
純人も含め全員が唸り声を上げてテディの足を狙います。
更に緊張の続く中―――――突然、皆の頭に子供のような声が響き渡りました。
『補欠合格! ミケベツで鍛え直し』
どうやらテディの声のようです。
顔の割れ目から、気を失ったベオウルフ様が放り出されます。
『はにー!』
テディの手から無理やり飛び出したビアンカが、空中を追いかけました。地面に激突する直前に捕まえて着地します。
ホッとしたのも、つかの間。
テディは肩にいる私に視線を動かしました。
慣れていないのか、たどたどしく言葉が聞こえてきます。
『娘を助けてくれた。名誉犬にしてくれた。パンダも助けた。感謝する。これは昔の狼たちならとても考えられない。ならばこちらからもお礼。名誉熊の称号。「キラークイーンベアー」。どう?』
「もう少し平和な名前にしてください……」
「きゅん!」
『……パンダ。そーお? じゃあ「鬼女熊」だ。決定!』
決定されてしまいました!
チャーリーは、私のことを一体どう説明したのですか!
そうこうしているうちに、テディは私を「意思疎通をしても良い相手」と見なしてくださいました。
かつて人を食べたことも、今回犠牲者が出たことも、謝罪など一切ありませんでしたが……。
今後交渉していくことで、互いの住み分けをしていく。
それだけは決まりました。今はそれだけで十分です。
ベオウルフ氏は、とりあえずミケベツで修業をするためにビアンカと共に参るそうです。すぐにミケベツに入ると惨殺される可能性があるため、とりあえずノボリベツという温和な土地に向かうとか。
大導師も私とテディの決定を静かに受け入れ、「復讐したいものは止めない。ただ理と、生き残った意味について考えろ」と信者たちに語ったそうです。
地上に降りると、レオンハルト様とダリウス様には散々怒られ撫でられ、抱きしめられました。
匂いもさんざん嗅がれて、服も噛み噛みされましたが、怒る気になんてなれません。
むしろその温もりに、愛されている自分を実感いたしました。
衛星都市を出立する前に、私は他の犬たちにも必死に謝ります。
喜びを爆発させて、「やはりリーゼロッテ様は我らの女王様だ! その雄姿、末代までお伝えいたします!」と音楽を鳴らす楽団の方々の近くで、私は今回怖がらせてしまった犬の皆さんを、必死に撫でて落ち着かせて回っておりました。
「「きゅーんきゅーん」」
「ごめんなさい。でもあの時は、二人の愛の終わりをとても見ていられなかったのです」
『バカだよ、リーゼ様は! 僕がどんな気持ちで追いかけたと思っているのさ!』
胸元で必死に甘えるマルス様。
「本当にごめんなさい。私が暴走しておりました」
『これだから放っておけないんだよ! もう、大好きだよ!』
「私もマルス様が大好きですよ」
『あああああもう! リーゼ様が十五才になったら容赦しないからね!』
「?」
柱の陰で撫でて欲しそうなマメタ様も呼び寄せ撫でていると、「あの、僕も、僕もリーゼ様が十五才になったらチャンスがありますよね?」とおっしゃるのです。
どういう意味かと訊ねますが、お二人は答えてくれませんでした。
足元で甘えるたくさんのわんこたちも必死に慰めながら、壊れた庁舎の側でチャーリーをお腹に乗せて寝そべるアフガンハウンド卿に訊ねます。
「一体何があって遅れたのですか? 地下道を閉鎖なんて、事故でもあったのですか?」
「ルマニア大陸で新型の狂犬病が発生したからね」
だから人の行き来を完全に止めたんだと、さらりと恐ろしい事実を、おっしゃったのです。
さあっと血が引いていきます。
私の脳裏には――――テレサ様、アプソ大司祭、シュナウザー博士、保育園の子供たち、王宮の皆様、国民の皆様、そして大陸の中で仲良くなった子供たちの顔が思い浮かびます。
そして義兄の顔が、最後に強く浮かびました。




