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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第三章 リーゼロッテと愛しい愛犬たち
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第七話 愛に理屈など要りませんわ ( by コリー )

「あの子は、実に立派な『女王様』でした」

 

 ここは王族を歓待する応接間。

 追加で同席したのはレオンハルト様とダリウス様。

 特にマルス様も含め、三人は公爵家。王族と血が近いゆえに、縁戚として私のルーツを確認する必要があるそうです。


 目の前にいるのは、『わんわん一座』として一世を風靡した旅芸人の一座の元団長。

 本名・ワイマナラー氏は、愛おしそうに母のことを語ります。


「見事に娘である陛下が、母親のせかいせいふくを叶えられるとは――――—モナも草葉の陰で喜んでいることでしょう」



 何か違う。

 私とマルス様は固まっております。



(ええと、私はもう少し暗い話を想像していたのですが……)

 戸惑います。

 ですが一方で、この場に同席したレオンハルト様とダリウス様はなぜか平然としているのです。

 むしろ「当然」「リーゼ様の母御ならそうあるべき」という顔をなさっていて……。


 お二人は私を何だと————!


 私の憤怒には気が付かず、ワイマナラー氏は母との思い出を語り始めました。



 曰く、モナは何でも「出来る」天才であった。

 曰く、モナはそれに輪をかけてプライドが高かった。

 曰く、モナはいつだって自分が一番の女王様で「出来ない」人間を見下していた。

 曰く、嫌な男のプライドを討論や裏工作で粉砕し、ボロボロにするのが大好きだった。

 曰く、団長を嵌めようとした商人を、謀略で破産させて地べたに這いつくばらせて頭を踏んで高笑いをしていた。

 曰く、モナは常日頃「私はビッグになる。一旅芸人では終わらない」と放言して敵が多かった。

 曰く、『わんわん一座』が大きくなれたのも、あの子が他のライバルを蹴落として徹底的に潰していったから。



 一座が王宮に呼ばれたのも当然です。

 だって、他の一座はことごとく母親に潰されて、他に呼びようがなかったのですから―――――。


「モナの夢は世界を征服して、この世の男を全て下僕にすることでした。それが女としての大成。『世界に自分が拝み奉られる光景を想像するだけで鳥肌が立つ』とも言っておりました。ただ、私が旅芸人稼業に拘ったせいで、なかなか他の仕事に手を出せず……」


 母の思い出を、目尻に涙を浮かべて語る養い親。

 嬉しそうに「ああ、そっくりだ」と私を見つめ―――――。


「娘が母親のせかいせいふくを叶えるとは……陛下は本当に母親孝行な方ですね」

「そうですね」

「リーゼ様は実に立派な女王様です」


 頷く年長者二人。しみじみと笑い合います。




 ―———ちょっと待ってください。


 何をおっしゃっているのですか!?

 私がいつ? 世界を征服して? 男たちを下僕にしておりますか!?

 拝み奉られておりますか!?


「……考えたら、そうだよね」

「マルス様!?」


 形の良い眉を寄せて、マルス様がうーんと腕を組みます。


「この大陸はとうに平定されているし、伝説的怪物シロカブトも懐にいれちゃったし、宗教も純人教ですら統制下ダシババンザイで、リーゼロッテ教まで出来ちゃって。ルマニア大陸でもある意味盟主になっちゃったし―――――まあ、旧大陸はいつか勝手に滅びるだろうからどうでもいいとして……」


 うなりながら、一つずつ事実を挙げていきます。


 そしてがばりと顔を上げ、ぱああっと華が咲いたように笑顔になりました。

 頬を染めて、まるで大輪の花を咲かせるかのように―――—。


「リーゼ様すごいよ! あとはヒグマーたちを倒せば、完璧! これで世界征服完了だね!」

「勘弁してください!」

「下僕じゃないけど、僕らはみんなリーゼ様の犬だよ?」

「う。それはそうですけど! それはそうなのですけど!」


 否定をしたい。

 否定をしたいのです。


 ですが、事実は事実なのです。

 何か、何かがおかしいのです。


 そんなつもりはなかったのに—————! 


 脳裏にファンクラブで刊行された、『世界をこの手にして高笑いをする白夜の女王』の劇画な挿絵が思い浮かびます。


 いやあー!!




 冷や汗をかき、自分の生き方について懊悩する私の横で。

 宰相としてのレオンハルト様が、冷静にワイマナラー氏に訊ねます。


「アベル様にあなたがモナ殿を差し出した件ですが」

「ああ。それは私が悪かったのです。モナを止めることが出来なかったのですから」


 当時、民間から女性を召し出す夜伽の風習はありましたが、殆ど形骸化しておりました。

 経済を支える女性陣からの反発が激しかったからです。


 ですが母は違います。

 これはチャンスだとおっしゃったそうです。

 

『父さん、良かったね。私がこのチャンスをものにして王妃の座を手にして上げる。あの男チョロそうだし、イケると思うの。裏からこの国を操って軍事拡大をして―――――世界を手に入れるのよ!』

『やめるんだ、モナ! 私はお前を大切にしてくれるところに、いつかは嫁に出してあげたいと』

王宮ここは、良いかりばじゃない。まあ、あの男はお父様に似て顔も好みだし。それに、「大切にしてくれる男を探す」なんて意味ないわ』


 母は不敵に笑ったそうです。


『実力で、私を大切にさせるのよ』




「……それって、ちょうきょ「しー」」


 マルス様が何かをおっしゃり掛けましたが、ダリウス様が手のひらで塞ぎます。

 私は呆然といたしました。

 今までの母のイメージが、ガラガラと崩れさっていきます……。


 


 強い母。

 どこまでも欲望に真っすぐだった母。

 欲しいもののためには手段を選ばなかった母。


(そういえば、カインお父様は『モナの真っすぐなところが好きだった』とおっしゃっておりました)


 先王のアベルお父様の手記にも、逃げた母のことを悪く書いてはおりません。

 むしろ前向きな姿が好きだったと、強い情を行間に滲ませておりました。

 愛犬であるダリウス様は、そもそも母についてコメントをしません。一体何を見たのかは知りませんが、今も凪いだ瞳で母の行状を、ごく当然のこととして受け取っております。


 ……カインお父様が再婚したのが、あの強烈な義母だったのも分かる気がします。

 どちらのお父様も、女性の趣味がアレなのですね。




 人として付き合うのならば、モナお母様はとても近寄りたくない方です。

 でも男女の恋愛として、その姿を見直すのならば—————。


「お母様は、素敵な恋愛をなさったのですね」

「はあ!?」


 先ほどまで私を賛美していたマルス様が、なぜかその点だけは信じられない、という顔で私を凝視します。ダリウス様も「そこだけは……」と唸ります。

 ただレオンハルト様は、死んだ目をされながら「子孫繁栄になるのならばいいでしょうね。ええ、恋愛に夢があるのは良いことです」と虚ろに微笑みます。


 ワイマナラー氏は私の言葉にうんうんと頷いております。

 

 「ただ」と、レオンハルト様が訊ねました。


「ただ、モナ殿は逃げました。誰にも見つからず、大洋を越えてまで犬から逃げきってみせました。いったいこれはどういう意図なのでしょう。ワイマナラー殿なら、何かを知っているのではないですか」

 

 その質問に、はっとします。


 そうでした。

 母は子を孕んだことで、犬人達から王妃の座を確約されたと聞いております。

 国全体がお祝いに溢れた中の、突然の蒸発。  

 その意図は—————。


「はい。しかしあの子は野望も夢も恋?も、全て捨てたのです————リーゼロッテ様。貴女様のために」




◇◇◇◇ 



 《私はきっと、あなたに会うために海を越えて見せたのよ》



◇◇◇◇




 明るい日差しが、首都リーゼロッテの家々の屋根を照らします。

 兵士と住民が頑張って雪掻きをした街並み。レンガ作りの家々の軒先には大きな氷柱が垂れ下がって、時折わざと折ろうとした子供を叱る、母親の声が聞こえます。


 白い息を吐きながら町を見回すと、大変活気があって豊かな営みが、そこにはありました。

 全てが凍るような空気の中でも、店は開き元気に声掛けをしています。店先には凍ったことでかえって新鮮さを保たれた魚介類や肉類が、所狭しと並べられておりました。

 人通りも増え、雪に反射した光に眩しそうにしながらあちこち行き交っております。


 中に毛皮が縫い込まれたブーツで、積み重なって氷のようになった雪をざくざくと踏み分けます。


 ざくざく。ざくざく。

 ざくざくざくざく。


 私の前には、力いっぱい踏み固められた人の足跡と、犬の足跡。

 そしてそりの軌跡が存在します。


「女王。ところでジャーキーが尽きた。お前の権力であの旨そうな屋台の料理をダシバ様に買って差し上げろ」

「なぜ私は貴方と歩いているのでしょうね……」

「仕方ないだろう。私がダシバ様と散歩をしたいのだから。むしろ貴様は邪魔なぐらいだ。せっかく宿敵エリザベスがいなくなったと思ったのに……」

 

 私は町の中心である行政府のから少しだけ外れた商店街を、なぜか大導師ゴルトンと歩いていました。

 雪仕様に歩きやすい裏打ちされたブーツに、厚地のスカート。

 ふわふわの白いコートを着ているというのに、先ほど旅から一時的に帰って来た彼は、いつもの一張羅の黒い導師服です。

 防寒着くらいは着ましょうよ。


 私の横で周囲を確認するマルス様は、黒い軍服を着て、首に薄いストール。

 ダシバは一人、もこもこのチョッキを着て歩いています。




 エリザベスちゃんが、ここにいない訳――――。

 それは「おめでた」でした。


 彼女は、妊娠をしていたのです。 


「季節外れですけど、発情期がずれ込むこともあります。とにかく、安静にして部屋でゆっくりさせましょうね。血清検査の結果によりと、エリザベスちゃんはどうも珍しい魂の情報を持っているようですから。念には念を入れて、再調査をしましょう」

『エリザベスちゃん、やりましたね! 本当に嬉しいです!!』

「ばう!」

『マスティフ卿に連絡を、そうそう、ルマニアのグットマン様にも連絡をしなくてはいけませんね!』

 

 ジョゼ様の診断に私とエリザベスちゃんは抱き合って喜びます。

 うっかりすると巨体に潰されそうですが、構いません。


 だって、子供ですよ! 

 ダシバの、エリザベスちゃんの、子供ですよ!

 家族が増えるのですよ!

 

 当犬のダシバはまるで分っていないようでしたが、周りの喜び溢れる雰囲気に、「わん」とご機嫌に吠えました。


 一方周りの男性陣は、私たちを遠巻きに眺め—————。


『まじか、あの巨乙女を』

『やるな駄犬。本当にプライドがないんだな』

『……でも、あいつを拝んでおけば、俺たちの夫婦運は良くなるかもしれん』

『駄犬教か――――俺だけは入信するのに抵抗あったけど、家族運も上がりそうだしな』

『とりあえず祈っておこうぜ』

『ああ』

 

 真剣に彼らは手を合わせます。


『『なむー』』


 ……何か、神聖なはずの御祈りが嫌な響きに感じられます。


 ですが何はともあれ、おめでたいのです!






 そうして、一人散歩に出たダシバと飼い主の私に、なぜか大導師が「ダシバ様を独占させろ」と風呂敷を背負って声を掛けてきたわけですが————。


 そこにさらに現れた闖入者ちんにゅうしゃ


 私の目の前には小さな赤いそり。

 結ばれた白い紐の先では、灰色のがっちりとした四肢の子犬が、二匹ならんで元気よく歩いています。 

『リーゼ様! なんで乗ってくれないのー!?』

『リーゼ様! おれたち力持ちなんだよ!』

「その前に、私はせっかくの散歩なのだから歩くと申し上げましたよ」

『『えー』』

  

 バーバリアン様とグレース様のお子様たちです。

 監禁した夫をようやく解放したグレース様が、先日紹介してくださりました。


『陛下! 本当に申し訳ありません。うちの子たちが、第四部隊に紛れて大陸にやってきてしまいました。本当にこの子たちは暴れん坊で「待て」が通用せず……。ピットブル家のお義母さまが腰を悪くしてしまっている今、そう簡単に家に帰すことも出来ません。申し訳ありません。これから多少の被害が出るかと思いますが、どうか今からお許しください』

 

(今から「お許しください」と言われましても)


 実際に紹介されてからの二人――――年子で兄のタイラントと弟のディクテイタは大変悪戯好きな幼児たちでした。

 王立保育園ではどちらも保育犬の皆様に喧嘩を売り、窓を半壊させて強制退園になった逸話もあるそうです。


 豆台風なんて優しい言葉では、とても言い表せない。

 母親のグレース様が、真剣な表情でおっしゃいます。


 放任の父親の方は「早く私と闘えるほど強くなればそれで良い」などと暴言を吐いており、ビアンカにちょっかいをかけてベオウルフ様と喧嘩をして過ごしています。

 

 グレース様はため息をつきます。

 

「本当にあいつは腹が立つのですわ。意見は合わない。習慣は合わない。価値観は全く合わない。どうして一緒にいるのかいつも分からなくなります。でも……」

 

 切なそうに、去っていく夫の背中を見つめる彼女。


「愛に理屈など、ないのですわ」



 

 そんなお二人の、ミニバーバリアン様なお子様たち。

 ですが、どうやら私の前だけでは様子が違うそうです。


 私と初めて会った日。

 彼らは毛を逆立てて、しっぽをピンと立てて硬直しました。


 そして唐突に、

 

『リーゼ様、おれ、そり犬!』

『リーゼ様を乗せたい!』


 と宣言し、私の前でいつも赤いそりを引くようになりました。


 最初はその必死な様子が可愛いかったので、お言葉に甘えて乗ってみましたがとんでもない。

 興奮して暴走犬と化した二人は、勢いよく私を置いて走り去り、見事に受け止めたマルス様と共に私は雪山に飛び込むことになりました。

 

 何度か同様のことを繰り返してくださり、とうとう私は二人に「めっ」をしたのです。

 「ちゃんと落ち着いて人を乗せられるようになるまで、私はそりには乗りませんよ」と。


 ですが二人はそんなことでは堪えません。

 いつも赤いそりを担いで私の周りをうろつくようになりました。




「ところで女王」

「なんです」

「噂をたどって、ある純人教徒の集落を探しに行ったのだが。……見事に全滅していてな」

「……そうですか」 


 大導師がざくざくと、珍しく私に歩調を合わせてくださいます。


「多くは、柔らかい腹を喰われた状態だった」

「それは……」

「ああ、ヒグマーの習性だ」


 賑やかな喧騒が、小さくなっていきます。




「ヒグマーの若い一団が、どうやら南下を始めたらしい」




 黄色いビアンカと狼犬のほんわかした事件から一転して。

 本当の脅威であるヒグマーが私の国民を狙って、やってくるというのです。

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