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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第三章 リーゼロッテと愛しい愛犬たち
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第六話 シャケトバとジャーキーだけでは、わんこは生きていけないのです( by ウルフハイブリッド )

 Q.道でヒグマーと出会ったら、良い子はどうしたらいいのでしょうか?



 A.普通のヒグマーだった場合。

    → まずは悲鳴を上げて大人に知らせましょう。決して背中を見せてはなりません。 


   白黒犬だった場合。

    → 保護者の許可を取って頭を撫でてあげましょう。


   黄色いヒグマーだった場合。

    → まずはリーゼロッテ神に向かって祈り「リーゼロッテ様万歳!」と唱えましょう。すると、頭を撫でて立ち去ってくれます。


 <リーゼロッテ国子供防災教本より 一部抜粋>




 ヒグマーと野犬の関係が、この大陸には残っております。

 狼犬ウルフハイブリッドの一族はリーゼロッテ大陸の北方、ヒグマー生息領域との境界線に暮らしておりました。北の最奥にはヒグマーの世界・ミケベツ。誰もが到達したことのない恐怖の領域です。

 狼犬とヒグマーは時に領域を争い、時に互いを食料として争い合っていたそうです。


 古代の犬人である狼人の魂を濃く引き継ぐ彼らは、犬人の中でも驚異の戦闘力を誇ります。


 ただし、ロボ様たちは闘犬ではありません。

 あくまで彼らは狩犬。生き残るために、狩りをする犬たちです。

 狼人の血を他の犬人よりも濃く引いてはおりますが、野犬の時のような闘争心はありません。


 むしろ彼らは、純人教による迫害から隠れて生きて来た一族なのです。

 たまたま他の人種が近づけないがゆえに、仕方なく選んだ北の大地。


 戦いよりも、純人教のはびこる純人たちの中で「生き残る」こと。

 ロボ様が誇りとする『サルバイバル』の名の起源です。

 

 ロボ様は以前おっしゃいました。

 大戦が全てを変えた、と。 


『もう我らは自由。どこにだって移住できる。奴らと完全に住み分けても良い時期なのです。ですが、大陸に起きた戦乱はヒグマーの食料であるクマシャケを激減させました。今は逆に、奴らが我々の食料を狙ってリーゼロッテ国に出没するようになっているのです』

 

 あいつらは今までは遡上したクマシャケの頭と卵しか食べなかったのに、肉まで食すようになっている。これはクマシャケの個体数が激減したから。だから警戒が必要なのだと。

 

『おかげで、狼犬の大好物であるシャケトバが今年は作れません』


 あれはジャーキーよりも美味いのに、と至極残念そうな彼の顔が忘れられません。






「……ッテ殿! 早く!」

「はっ申し訳ありません!」


 うっかり現実逃避をしてしまいました。

 あまりのキイロカブトのインパクトに。


 私はマルス様の腕の中で王と共に退避しています。


 キイロカブトは、


 『はにー』


 と野太い声で鳴くと、窓ガラスと壁を割って侵入を果たしました。

 その巨体は四つん這いでありながら、天井に背中がぶつかるほどです。


 走り逃げる私たち。

 のしのしと追いかけるキイロカブト。

 ふっくらもっちりとした外見を裏切り、どんどん私たちに追いついてきます。

 途中廊下にぶつかっては破壊し、警備兵たちも跳ね飛ばしていきます。


「なんでリーゼ様を狙うんだよ!」

「分からん。特殊な個体であることは認めるが。竜人の記録にもあんな外見の変異種は見たことがない」

「そりゃあ千年万年単位の昔の記録じゃしょうがないよ。僕も比較的若いやつだってくらいしか知らないしっ」

「リーゼ様あー!」


 廊下の反対側から走ってきたのは白い美少女、いえ、マメタ様です。

 彼は毛が刈られたマメシバになり『僕がリーゼ様を守る!』と駆け寄って—————跳ね飛ばされました!


「マメタ様ー!」

「大丈夫だよ、あいつああ見えても打たれ強いから!」


 キイロカブトは跳ねた被害者を無視して追いかけ続けます。

 当て逃げ、いいえ当て追いです! 


「ばうっ」

「エリザベスちゃんだめ!」


 エリザベスちゃんが反転して、キイロカブトに噛み付こうとしました。

 駄目です! いくら強い犬とはいえ、相手はヒグマー。怪我をしてしまいます!


 するとうっかり、吠えたついでに銜えられていたダシバが転がり落ちました。

 コロコロとキイロカブトの足元に—————!

  

『全く世話の掛かる』


 リンドブルム王が竜になって、つま先でダシバを拾い上げます。

 大きな竜に姿を変えたせいで、廊下の天井を羽が突き破りました。

 破られた天井から入り込む吹雪。目を細めていると、数人の見知った影がキイロカブトと私たちの間に現れます。


 棘の付いた金属の棍棒を担いだ狼犬。

 ロボ様たちです!


 歓迎の意も込めて中央騎士団に似た軍服を着ていたロボ様が、「再び遅参して申し訳ありません!」と、キイロカブトに向けて棍棒を構えます。

 野性味を帯びた強い瞳で、敵を見据えております。


「この厳重な警備も破るとは……お前のド派手な色はこちらを馬鹿にしているとしか思えん」

「ウォルフ様! やはりあいつからは匂いがありません!」

「そしてこの夜の吹雪か。フクロウではない鳥人兵士の警備の穴を狙ったな。だがキイロカブト……何世代にも渡ってヒグマーと闘い続けてきた我らの狼犬を、完全に騙せると思うな!」 

 




 鈍く輝く棍棒を認めて、足を止めるキイロカブト。

 そのつぶらな瞳でロボ様たちを見下ろします。


「そもそもキイロカブト。お前は何をしにここまで来た。虱蟲をこちらに持ってこないよう、餌場は北の領域に作ったはずだが」

 

 特異種のヒグマー。

 ふっくらもちもちしたその体はなぜか無臭。犬人たちの鼻を誤魔化せるために、それは夜に徘徊することが多いそうです。かつて幾人もの犬人が気の抜ける外見と無臭に惑わされて、跳ね飛ばされました。ただ、彼の腹に入ったという犬人の報告はまだありません。


 黄色いヒグマーは何も応えません。

 代わりに、つぶらな瞳は私に視線を向けています。


「私ですか?」

「その目。よく見れば知性が感じられる瞳だが—————死を覚悟してまで、どうして女王に会いにくる」


 ダシバを掴んでエリザベスちゃんに返した王が、キイロカブトに問いかけます。


 しばらく何も応えず―――――もちもちしたその毛皮から、何か緑の塊を取り出しました。

 私に直接渡そうとする何か塊を、随分と髪を短く刈ったロボ様は「駄目だ。お前の虱蟲を移す気か」と断りを入れ、代わりに受け取ります。


 狼犬の兵士の一人が、布の上にそれを乗せ、腰に付けた袋の口を開いて中の粉を振り掛けました。

 一瞬青白く光ったかと思うと、元に戻ります。

 

「殺蟲が終わりました」

「中身を確認しろ」


 どうやらそれは、ヒグマーの間でまれに食される植物の一種。

 まさか、これを私に?


「どういうことです?」

『リーゼ様! 今、通訳を連れてきました!』


 慌てて走ってくるレオンハルト様とダリウス様。

 お二人の後ろから優雅にやってくる、銀の掛かった赤い首輪のサラサラ長毛大型犬。

 それは——————。


『どうも、通訳です』

「アフガンハウンド卿!?」


 私が出航している間に、彼は第四部隊と共に、いつの間にかリーゼロッテ大陸とルマニア大陸を繋げる地下道を完成させていたようです。第四部隊にアイドル犬レアカードをちらつかせて、自分の知識を惜しむことなくつぎ込み、人知を超えた期間短縮を成し遂げた彼。

 まさしく、彼は天才犬でした。


『だってチャーリーが「船に乗るのは怖い」「空を飛ぶのも怖い」って泣くんだよ。そうしたら下を掘るしかないよね。でもチャーリーはリーゼロッテ大陸にヒグマーが住んでいるって知ったら、クッションの山に潜って出て来なくて。仕方ないから一人で来たんだ。ん、言葉? チャーリーと会話していたらヒグマーの言葉なんて簡単に覚えられたけど?』


 のほほんと話す元第四部隊隊長に、団長が眉間を指で伸ばしながら愚痴ります。


『脳内でさえ会話ができない相手なのに……』

『むしろ、なんでみんなはできないの? 普通できるよねえ』

『私はお前と会話をすると頭痛がする。とにかくその黄色いもちもちした物体の通訳をしてくれ』


 彼は優雅にキイロカブトの足元に歩いていくと、首を上げて「わん!」と鳴きます。

 するとキイロカブトは屈んで『はにー』と答えます。 

 やり取りを数回繰り返して、キイロカブトはその場に座り込みまました。心なしかホッとしたようにも見えます。


 その傍でダシバが好奇心でもちもちした体に近寄ろうとして、エリザベスちゃんに銜えられました。

 アフガンハウンド卿は『駄犬は良い嫁をもらったね。縁とはすばらしいものだよ』と頷きます。


「ところで、あれは何と言っている?」

『団長。どうやらキイロカブトが届けてくれた草は、ヒグマーの間でよく殺蟲に使われる植物らしいよ』

「なんでキイロカブトがわざわざ敵に届けてくれるのさ」


 私が床に下りると、マルス様が疑問を呈します。


「あの人に食べさせてほしいって。自分が蟲を移したから、せめて早く復活してもらいたいって言ってるね」

「あの人?」

「……恐らく、ベオウルフのことではないかと。キイロカブトによって、最初に虱蟲に感染した若者です」


 ロボ様が腕を組み、布の上の塊を睨みます。

 





『はにー』

『ビアンカ……! 無事だったのか!』


 療養施設で寝たきりなっていた若い狼犬、ベオウルフ氏。

 吹雪が落ち着いた頃。

 私たちはキイロカブトを引き連れて訪問すると、ベオウルフ氏は飛び起きました。そのまま犬に姿を変えて—————外で待機していたキイロカブトに突撃したのです。


 衝撃も特に感じていないキイロカブトが、両前足でベオウルフ氏を優しく抱きしめます。


『お前がいないと俺はどんなプー鍋も美味くない! いつの間にかお前を食べるのが人生の目標になっていたんだ!』

『はにー』

「これは一体……」


 唖然とするロボ様たちの横で、アフガンハウンド卿があくびをします。 


「『出来れば寿命近くになってから食べてね。ずっと喧嘩していたいな。でも犬鍋は美味しくないから、できれば死に際にはお菓子をちょうだい』と言ってる。どうもキイロカブトは珍しく草食のようだね。あと、これは若い女性のようだ」

「女性だったのですか」




 雪の首都は厳戒態勢です。

 黄色いヒグマー一頭が現れたことで、誰も家から出てきません。


 ここは行政府から続く幅広くまっすぐとした道の先に、突貫で建てられた療養所の一つ。ダリウス様はグレイ様と建物の周囲に部隊を展開しています。


 研究所を併設した大きな療養所は、ジョゼ様の管轄です。 

 私、リンドブルム王、マルス様。ロボ様たちに、レオンハルト様。そして、様子をじっと観察しながら記録を付け続けるジョゼ様。

 竜人向けに、巨体も収められる大部屋に移動した私たち。


 今、とても信じられないものを見ています。

 暖炉の前では恐るべき変異種のヒグマーが、若い狼犬————ベオウルフ氏を抱き込んで離さないのです。


 ベオウルフ氏も『絶対に食べてやるんだ』と言ってもちもちした黄色いお腹に、頭をぐりぐりと押し付けています。どう見ても甘えています。本人は威嚇しているとおっしゃっていますが。


 その様子とじっと観察しつづけたジョゼ様は、本ヒグマーの許可を得て血清を取り、診断を下しました。


「滅多にいない草食型で、大変頭の良いヒグマー。先天的という意味では、シロカブトの事例より珍しい変異個体です」

「最初にベオウルフ様ではなく、私の前に現れたのはなぜでしょうか」

「リーゼロッテ様を私たち国民の————群れのボスと認識したのでしょう。直接突撃するよりも確実にベオウルフに会えますからね」

「実に頭がいいな。ヒグマーが皆草食ならば苦労などしないだろうに。それに————「愛ですね」」


 リンドブルム王が感心していると、レオンハルト様が唐突に断言しました。

 二人の世界に入っていない、残り全員の視線が集中します。


「愛、です。わんこ教の愛犬育成書バイブルには、『愛を知らぬものが愛を知る時—————それはストーカーになるか依存症になるか、まれに魂が変異してそのものに近づこうとする』とあります。キイロカブトはベオウルフに惹かれたことで、本来の知能の高さをより高めたと考えられるかと」

「前半の文章が生々しくて嫌です」

 

 アフガンハウンド卿がそうだよね、と続けます。

 

「まあ、うちの子も養子になってからは体毛が少し伸びたから。寂しさも変異を及ぼすけれど、愛だって十分に魂に影響を与えるのさ」




 ―――――訳知った顔の長毛犬の通訳によると。


 ビアンカはその外見のせいで、他のヒグマーとは距離を取られていたそうです。そのような中、何度もベオウルフ氏に狩りの対象としてアタックされ続けていとか。最初は生存競争、しかしいつしか彼のことばかりを思うようになり、最後には「彼とだけ闘いたい」という欲望が生まれるようになりました。

 そしして起きた、虱蟲を移してしまう事件—————。


 全然自分に会いに来ない彼にしびれを切らしていたら、どうやら自分が原因だった。

 ならば他の犬人に襲われようと構わない。ヒグマー秘伝の薬を持って、「来ちゃった」を決行しようと—————。

 ヒグマーの「来ちゃった」が、どれだけ周囲に恐怖を与えるのか気が付かずに。


 ビアンカはつぶらな瞳で、私をじっと見つめます。エリザベスちゃんのような強い思い。


「捨て身の求愛というのも素敵ですね」

「……リーゼ様。もしかしなくてもさあ、今ケンネルで流行っている小説の『熱血恋愛少女』に嵌まってない? 言っとくけどあれは物語だよ?」


 マルス様が突っ込みを入れますが、私は信じません。あの小説は私の中の聖典です。

 煌く恋愛を集めた素敵な実話集。戦い、拳で手に入れる永遠の愛。根性と努力の上に手に入る至上の愛。そうに違いありません。

 

 マルス様が反論しようとすると、「ところでさ」とアフガンハウンド卿が確認してきます。


「あの二人もう離れたくないそうだよ。どうするの? 国民は怖がると思うけど」

「チャーリーの時と同じです。共に生きたいと思うものがいるのなら、私は女王トップとして仲介役を行います」

「そうだな、他人種との協調については私も手伝おう」


 リンドブルム王が賛同してくださいました。「たまにはこういう前向きな話も悪くない」とおっしゃって。

 暖炉のせいだけではなく、温かくなる室内。




「わうん」

 

 いつの間にかレオンハルト様が犬に変わり、私の足元にすり付きました。

 マルス様も「わん!」と足にくっつきます。  

 どうやら、甘えたい気分になったようですね。


 見ると、もじもじとロボ様が撫でて欲しそうに大きな犬になっており、私との距離を測りかねています。

 それを大型犬ジョゼ様が『貴方の虱蟲は完全に除去されましたよ。行ってきなさい!』と前足で勢いよく、もじもじ犬の背中を叩きました。


 私は怖がられないよう、目で微笑みます。

 そして、両手を広げておいでをしました。


「ロボ様。これまでのことも、これからのことも、毎日大変でいらしたでしょう? ヒグマーの問題も簡単には解決することではありません。だからこそ、少しでも私に癒して差し上げる機会をくださいね」

「わん!」

 

 どす。


 超重量級の刈り上げわんこの衝突。

 足が後ろにズリ下がります。

 一瞬呼吸が出来なくなりましたが、なんとか堪えました。 


 わんこの愛を受け止めるためにも、鍛え続けていて良かったです!






 女王として私が出来ること。

 それは最後に責任を全て負うことです。

 ですが、そもそも問題が起きないようにすることだって大事なのです。

 

 首都と衛星都市の有力者、ラドン様たち移民代表を集め、研究者たちから『キイロカブトは草食であり、基本は穏やかだから国民に加えでも大丈夫である』とお墨付きを与えました。

 

 会議室の大きな円卓の中央には、ベオウルフ氏と、丸刈りになったビアンカ。


 彼女は、伝染を防ぐための毛刈りと全身殺蟲に同意いたしました。ヒグマーの殺蟲はいささか効力が弱く、ジョゼ様たちが開発した治療法を選択したのです。

 そして、ふっくらもちもちだったその姿は—————変わらずふっくらもちもちでした。

 流石は変異種。謎です。


 ラドン様が代表して質問をします。


「基本穏やかだということは、まれに暴走するということですか? そんな危険を我々が許容するとでも?」

 

 そうだ、そうだと賛同する声が聞こえ始めると、ロボ様が立ち上がり説明します。

 数人の狼犬が同時に立ち上がりました。ヒグマーの最前線とビアンカを良く知る者たちです。 


「危険度を説明するならば……そうだな。犬人の大切な宝物くつしたを奪い取った時ほどは怒らず、竜人の逆鱗を激しくマッサージした時よりも怒らず、猫人のコタツに臭い足で入った時ほどは怒らないと確約しよう」

「ならいい」

「なんだ、全然大人しいじゃないか」

「問題ない。むしろ最近増えた難のある移民よりもマシじゃないか」

「腹が立つ同胞よりも、性格が保証された他人だ」

 

 あっさり許容してくださいました。

 予想以上におおらかだった、ルマニア大陸事情です。


「やったなビアンカ!」

『はにー!』


 大きなもめ事もなく受け入れられたビアンカ。

 二人は抱き合い、喜びました。




 ただし、とロボ様は私に忠告します。


『本来のヒグマーは気が優しくも、穏やかでもありあません。我々を捕食対象としか思っておりませんので、どうかご注意を。しかも今年は例年になく食料が少なく、冬眠すらしないものが多い。この騒ぎでは陛下が来てくださって、不安に襲われていた国民はみな安心いたしました。ですが、なるべく早くご帰還いただきたい』


 真剣な話をしながらも、犬の姿でお腹を見せて転がっています。


 どうやら熱い二人に触発された様子。

 はい、腹毛もモフらせていただきますよ。いつも頑張っていらっしゃいますね。



 

 念のために私がビアンカに嵌めて差し上げた赤い首輪。

 『わんこびあんか』と書かれたタグを付けて、身分保障証代わりにいたします。


 これはヒグマーではありません。

 黄色い犬です。

 女王陛下の元で穏やかに飼われるべき、保護対象であると示したのです。







 折角主要関係者が集まったのだからと、私とリンドブルム王の歓迎式典を、再度ビアンカも含めて小規模で行うことになりました。

 行政府の中でも大きな広間に、たくさんのお客様。


 港でも美しい音楽を奏でてくださった楽団の方が、リハーサルを行っています。

 マメタ様を見舞った帰りにマルス様と廊下を歩いていると、どこか懐かしいフレーズが流れてきました。


 エリザベスちゃんはいません。

 ジョゼ様が「少し気になることがありますので」とおっしゃるので、預けることになったからです。

 夫のダシバはこの隙に見かけた美女犬の元に行こうとして—————首を銜えられました。もちろん強制移動です。


「……実家で聞いたことがあります。カインお父様が時折、鼻歌で歌っておりました」

「へえ、珍しいね。あの音楽は旅芸人たちが好むフレーズなんだよ。この国の楽団は主に移民で構成されているから、誰か出身のものがいるのかも……あ」

「旅芸人ですか」


 私とマルス様は目を交わします。

 母の出身も、旅芸人の一座です。もしかして—————。

 興味引かれた私は、お願いして楽屋裏に入り、団員たちに気付かれないよう音楽を聴き続けました。




 確かにこのような音楽でした。華やかだけど、優しい子守歌のような響き。

 歌詞は知りません。ですが音に浸っていると、昔の幸せだった家のことを思い出します。


 暫くマルス様と椅子に座って、しみじみと拝聴していると、私の来訪を知らされた犬人の指揮者が舞台裾から慌てて走ってきました。


「女王陛下! このようなところまでお越しくださり誠に恐縮です!」

「先ほどの曲は?」

「『望郷』————という題の音楽でございます」


 今回の選挙区は、式典も二回目ということで団員たちと相談し、少し趣向を変えたものを選んだそう。

 『望郷』は出身がバラバラの団員の中で、たまたま旅芸人をしていた者の持ち歌だったとか。

  

「どの方が、旅芸人だったのですか?」

「あの者です」

「陛下……」


 楽団の末席で弦楽器を持っていた、年老いた団員が私を見つめました。

 マルス様が目を細めます。そして後ろに控えていた兵に声を掛けます。兵士は慌てて走っていきました。


 その様子を見た団員は、決意を固めて立ち上がります。

 私の近くに膝を着くと深く礼を取りました。


「どうか、発言の許可を」

「許可します」


 彼は顔を上げ、私を懐かしそうに眺めます。


「昔、先代王の宴に上げていただきました一座の団長をしておりました。陛下のお母上、モナの養い親でございます」


 私の知らない、母の過去を知る人。

 そして――――母を先王に差し出した人。 


 彼は言います。


「ああ、陛下はあの子に良く似ている……」

「……私は父似と言われておりますが」

「いいえ。聞き伝わる行動とその雰囲気です。実に立派な『女王様』でいらっしゃる」

「はい?」


 少々話の流れがおかしいです。

 元団長は、遠い目をして微笑みました。






「あの子の夢は、世界征服でしたから」



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