第五話 ここはわんこの最前線です( by セントバーナード )
船から降りると、そこは雪国————いいえ、丸ハゲわんこの山でした。
犬人以外の住民の方は、人の姿で厳寒の冬の装備をしています。
毛皮を着込んだ、鰐人・蛇人・純人・鳥人・猫人・その他様々な出身の方々。妙にきのこっぽい人もいます。
しかし、犬人だけが。
頑なに犬の姿でいらっしゃるのです。
わんこの多くは狼犬。体は大きく、眼差しが鋭い野性味あふれる方たちです。
着こまれた犬用防寒胴着はそれぞれが小さな花柄で可愛らしいです。
「全く。いくら陛下の前では犬の姿をお見せしたいからと言って、病後の姿で無理をするとは」
レオンハルト様が嘆かれます。
あれが、病の治療による後遺症―――――。
お肌がスベスベになるまで剃られたその体。ファラオハウンド卿にそっくりです。
代わりに薬らしき光沢のあるものが全体に塗られていました。
(風邪を引いてしまうのではないでしょうか……)
心配でしょうがありません。
胸を痛めていると、ジャンジャンと打楽器の音が聞こえてきます。わんこの山の向こうに控えていた楽団です。賑やかな音で、白い世界が華やぎだしました。
そして代表者の一人らしき老犬がわん! と吠えます。
『女王陛下! ずっとこの地に来てくれることを祈っておりました!』
わんわんわんわんわんわん!
わんこたちが銘々に吠えて私を必死に見つめています。
――――ああ、私のわんこたち!
「大変遅くなって申し訳ありません。私、リーゼロッテ・モナ・ビューデガーは、ようやくこの地に訪れることが出来ました! 皆様に、ずっとお会いしたかったです!」
彼らの瞳はとてもキラキラとしていて—————ずっと私を待っていたのだと分かります。
わんこたちは皆、白い息を吐き、寒さに耐えながら女王が来るのを、今か今かと待っていたのです。
思わず両手を広げ、うるうるするわんこたちの群れに思わず飛び込もうと!
しましたが、レオンハルト様とリンドブルム王に止められました。
「リーゼ様! ちょっと待った!」
「リーゼロッテ殿、落ち着け!」
『『陛下! それは駄目です!』』
雪山を掻き別けて飛び込んできたのはジョゼ様とロボ様、そしてダリウス様とグレイ様でした。
いつ来ていたのか、レオンハルト様の秘書官のシェパード卿もいらっしゃいます。
全員私と代表団の間に立つと、ぐるるるるると威嚇をいたします。
ダリウス様ががう!と吠えて怒りました。
『勝手に動くなとセントバーナードに指示されていただろうが!』
『す、すみません。どうしても香しい匂いにいてもたってもいられず……』
何が起きているのかわからない私の前で、ジョゼ様は人の姿になります。軍服の上に毛皮を羽織ったまま私の前に跪きした。
頭には毛皮の帽子。裾から見える髪が、とても短くなっています。あんなに見事な赤褐色の髪だったのに。
「陛下、犬を触ってはいけません」
「なぜですか?」
ジョゼ様が白い息を吐き、真剣な表情で私を見上げます。
「ハゲるからです」
リーゼロッテ大陸で発生した疫病。
それは、虱蟲という恐ろしい蟲によるものでした。
ルマニア大陸や旧大陸にも虱という虫がおります。毛に寄生し、フケを食べ、大繁殖をいたします。大迷惑な虫です。ただ、種類によって寄生する人種が違います。
犬人なら犬人、猫人なら猫人同士で掛かり、ルマニアの場合は殆どが簡単に駆除できます。
ただしこの虱蟲は、虫ではありません。よく似ていますが、ごく小さく、肉眼では全く見えません。
そしてなによりも、彼は魂に寄生する「蟲」と言われる存在。
魂を通じた感染を起こすため、人種を問わず、魂の結びつきの強いものにも感染するのです。
しかもソレらの主食は、フケではなく。
恐ろしいことに魂なのです。
魂は命でもあり、私たちの肉体を形作る物であり、意思でもあります。
過去に魂の変異を起こしたチャーリーのように、この世界の生き物のごく根幹を支えているものなのです。
削られただけでも意欲が激減します。
そして姿が不安定になり、自信を喪失します。
何よりも恐ろしいことは、闘犬寄りの患者によっては、
『こんな自分は生きていてもしょうがない。そうだ、せめてヒグマーにでも特攻しよう』
と、自暴自棄になってしまうのです。
グレイ様たち第二部隊は、ヒグマーの生息地である北方に抜け出そうとする患者たちを倒しては第八部隊に引き渡す仕事をしておりました。
その間にも、ジョゼ様たちは必死で研究します。
蟲の存在に気が付き、寄生領域が髪であり、皮膚にまでは進入していないことまで発見したのです。
予防法は隔離。移った患者は隔離施設で生活してもらいます。念のために血液検査などを行います。
そして、治療法はシンプルです。
毛皮を刈ることです。
丸ハゲわんこになってしまえば、毛に張り付いた虱蟲は地に落ち、体を維持できずに死んでいきます。
だから刈ればいいのです。
毛皮を、思い切り、丸ハゲに……。
「何度聞いても恐ろしいです!」
「そうですよね! 特に女性たちがあまりにもこの治療法に苦痛を感じておられるので、部分剃り技術も開発いたしました。ですが、この冬を乗り切るためにも、団長に緊急に犬用防寒着の大量生産をお願いしたのです」
「だから布とお針子さんが必要だったのですね」
「はい、幸いファッションの大家・グレース・コリー・フォン・ビットブル様がこの地にいらしております。彼女の指示により機能的かつ斬新な犬用防寒着が開発されています」
「斬新は要らないと思いますが、現在は間に合っているのですね? 死者も出ていないのですね?」
「はい」
「良かった……」
ジョゼ様達は、まず最初に感染した若い狼犬えお、死の危機から救いました。
しかし大分魂を削られ、しばらくは日常に戻ることはできないと聞いております。
きっかけはヒグマー狩り。
ヒグマーの一匹に変異種がおり、それはキイロカブトと言われておりました。
外見はなぜか体内に隠れているはずのプーそのもの。
戦う意思を萎えさせてしまうと有名なヒグマーでした。
若い狼犬は棍棒を持って、彼との戦いを繰り広げていく中で、いつしかキイロカブトと熱い友情を築いてしまったのです。
その際に起きた、ヒグマー間の虱蟲の大流行。
魂の絆を結びかけていた彼にも見事に移ってしまいました。
彼はベッドで寝たきりになりながら「あいつは大丈夫でしょうか。俺が鍋にしてやると決めているのに……」と毎日窓の外を見ているそうです。
その他の人種でも、丸刈りにしたものが多いと聞きます。
ですが人の姿をとることで不便はさほどないそうです。人の時には髪をごく短く切りますが、冬の寒さに困るということはありません。
ですが、犬人は……。
『神だ! リーゼロッテ神がご降臨あらせられた! へくちっ』
『皆のもの儀式の準備をせよ! くちゅん!』
『リーゼロッテ様! どうぞ我々の平和と幸せを祈らせてください! ずずっ』
ここは神殿。意外と素朴な作りで、赤いレンガで積みあがった大きな施設でした。
中ではあちこちで火が灯っておりますが、暖を取るには足りません。
私が案内された巨大な回廊の横では、丸ハゲわんこたちが咳・鼻水を盛大にしながら、右へ左へと走り回っております。
案内役の三毛の猫人の司祭様が人の姿で、小さくなって弁解をされます。
「この素晴らしい日に人不足で申し訳ありません。鰐人と蛇人の司祭は寒さが弱く、犬人の多くが風邪を引いて動けません。人に姿を変えればいいのに、大司祭が『犬人はどうしてもリーゼッロッテ様に可愛がられたいのだ!』と聞かないものですから……。その大司祭もとうとう高熱を出して寝込んでしまわれました」
「せめてお布団と司祭服を、もっと温かいものにしてくださいね。船にも載せて参りました」
「ありがとうございます。今、下の者が胴着の追加を受け取りに行っております。犬人はどうも頑固というか……あ、すみません」
「いいえ、構いません」
リンドブルム王とは行政府で落ち合うことし、私は神殿がかつての(今も?)暴走する純人教のような、熱狂を帯びていないか確認をすることにいたしました。
レオンハルト様、ダリウス様、マルス様、ジョゼ様訪れた『リーゼロッテ教』の神殿。
足元にエリザベスちゃん。
そして、エリザベスちゃんに銜えられて運ばれているダシバです。
もはや何も疑問もなく、ぶらんとぶら下がるダシバ。
ダメシバは楽に流される天才です。
とうとう、男のプライドよりも「嫁にみんな任せると楽ちん」ということを覚えてしまいました。
まだエリザベスちゃんが喜んでいるからいいものを……。
「プライドがないことは、悪いだけではないのかもしれませんね」
私はダシバのひげをひっぱり、ご機嫌のエリザベスちゃんの背中を優しく撫でました。
この神殿に向かう際、大導師とは別行動になっています。
大陸で純人教は「滅びの原因」として嫌われているからです。
彼は別れ際に「純人教徒は絶滅したとも聞くが。せめてどこかに生き残っている信徒たちに新たな生き方を提案するのが、同じ純人教の導師としての在り方だろう」と、ダシバの大量の絵姿を手に入れて、風呂敷に包んで去っていきました。
そうですね。
駄犬教徒としての新たな生き方が、果たして良いものなのか私には判断が付きかねますが。
「あれが、リーゼロッテ神です」
猫人の司祭が指さした先。
そこには、『へのへのもへじてへペロ☆』の顔をした、巨大な何か。
筋肉隆々で六本腕それぞれに武器を持った、胸板なのかナイスバディな分からない黄金の像が、高い天井にぶつかりそうなほどの大きさと迫力で見る者の胸に迫ってきます。
私の胸にも、ショックと共に迫ってきます。
「誰が、こんな……」
「いつ見ても素晴らしい。私の絵からここまで偉大なリーゼロッテ様を表現して見せるとは、作成した造形師は実に見事だな」
「お犬様の監修のおかげでございます」
白く固まる私の横で、頬を赤らめて見上げるダリウス様。うんうんと満足気です。
犯人は貴方ですか!
『ごほごほ。申し訳ありません』
言いたいことがあり過ぎてうまく言えないでいる私に、よろよろと近づいてくる一団がおりました。
この宗教はわんこ教と基本は同じ教義で、心と体の健康を優先いたします。
なので指導者は国家行事ですら、無理を押して出てくることなど滅多にないのですが——————。
突然、大司祭が倒れました!
それはおすわり? いいえ! 腹這いで五体投地をされました!
「大丈夫ですか!?」
『リーゼロッテ様! 我らの女神! 貴女様の輝かんばかりの御威光と芳しさにお祈りをさせてください! ごほっ』
『女神様! なんと美しい! 神像の通り、いえ神像が霞むほど輝くそのお姿! 目に焼き付けて生涯の宝といたします! ごふっ』
『さあ、皆の者、祈るのだ!』
あちこちでわんこの唱和が始まります。
『なんまいだー』
『なんまいだー』
『なんまいだー』
『皿が一枚足りないだー』
……なんでしょう。そのお祈りの言葉は、妙に違和感があります。
犬人以外の司祭たちの采配で、一通りの神殿の歓迎行事が終わりました。
再び高熱を出して倒れた大司祭一行を無理やり寝室に戻し、私は行政府に向かいます。
乗っているのは伝統の犬ぞりではなく、雪上車というものです。
犬人は現在多くの方が風邪を引きやすい外見になっており、かといって代わりの変身人種の方をそりに使うと、嫉妬で人種間闘争が起きる可能性があるそうです。
結果として、母犬艦から運び出された乗り物を使うことになりました。
後ろの座席で、私はジョゼ様に訊ねます。
「セントバーナード卿。それではもう虱蟲の実質の被害はないのですね」
「はい。念のために犬の姿の犬人時には触れ合わないようお願いします。人の時よりも感染リスクが高いのです。後は、新たに毛が伸びるのを待つしかありませんね」
「私はケンネルに来て初めて学びましたが、『蟲』とは恐ろしいものなのですね……」
「ええ、過去に犬人達のトラウマを作った狂犬病がありますが、あれを発症させたのも『蟲』です。哺乳類系の人種にはすべて感染しますが、特に犬人の魂を好んだものですから『犬蟲』とも呼ばれています。
本当は発祥地がコタツ王国だったので『猫蟲』と名がつくはずだったらしいのですが、ケンネルの混乱の隙を見て「猫の名前が付くのがいやだから犬に押し付けちまおうぜ」と当時の猫王に命名され、広げられてしまいました。
「虱蟲は定期的にヒグマーの間で発生しているようです。どうやらヒグマーの領域と我らの住む領域とを分ける要因が、この蟲のようですね」
ヒグマーは魂の二重構造をしているため、蟲はなかなか魂を削れず、重症化はしないそうです。
ですが、他の生き物にはそうはいきません。
「ピットブル一族たちがヒグマー狩りに積極的にかかわるようになってから、より深くヒグマーの生息領域に入り込んだのが原因ともされています」
「そういえば、ピットブル卿はどうされたのでしょうか。いつもどこかに消えるから国内でニュースにも上がらなくなりましたが、まだ行方不明のままではありませんよね?」
「大丈夫です。虱蟲に真っ先にやられたせいで、戦闘欲と蟲による自暴自棄が相まって『戦わせろ、もしくは戦わせろ』と大変なことになりましたが、現在奥様の手で地下牢に厳重に監禁されております」
「ある意味いつも通りで安心いたしました」
行政府の赤レンガの建物に到着します。
ダリウス様にリードされて降りると、出迎えてくださった方々。
先頭には、とても清楚な美少女がおりました。
「陛下。無事に海を渡れて良かった」
行政府の貴賓室にて、私の真正面にいる美少女。
白いスカートを翻した乙女。
華奢な手足。
さらさらの短い黒髪、黒目がちな大きな瞳。
ふわふわの羽織り物を肩にかけたその姿は、とっても綺麗で可愛いです!
「ほう……。私のワンピースを大きく作り直して送って良かったです」
「そのままで送ってくださいよ!」
「!? あ、ごめんなさい……また押しつけてしまいましたか……」
「違います! いや、違わないけど……ええと、とにかく違います!」
「なあマメコちゃん」
マルス様がにやにやとマメタ様の肩に腕を乗せて、顔を近づけます。
「君、可愛いね」
「うがああああああ!」
褒められたのになぜか突然叫びました!
足元でエリザベスちゃんがダシバを抱き込んであくびをします。
ロボ様が真面目な顔で「褒められたのだから喜べお豆様。その香りも似合っていると何度言ったら信じるんだ」とコメントしますが、逆効果のようでした。
さて暖房のよく聞いている貴賓室で、リーゼロッテ大陸全体のお話を聞きました。
リーゼロッテ国として形作った地域は、食料も医療も、就職先も安定しております。
移民団への職も十分にあり、農地の再開発、街の開発、放棄された鉱山の再開発など、張り巡らせた道路を通じて勢いよく進んでおります。
狼犬を中心に生き残った先住民の皆様は、シバ一族の指示の元、毎日明るく働いております。
ところで、なぜかシバ一族は先住民の皆様に大人気です。
狼犬は、彼らを見るとなぜかとても親しみが湧くというのです。
いつかシュナイザー博士が、シバ一族の魂と狼犬の魂はとても似ていると教えてくださりました。
それにしても、まるで犬時の外見が違う彼ら。とても不思議な感じがします。
移民団の代表である竜人の方とも、リンドブルム王を交えての会談も行いました。
代表として、かつて帝国で英雄と呼ばれ、重役を務めたこともあるラドン・ダ・ガマ様です。
リーゼロッテ大陸を「再」発見したかつての冒険者は、好々爺の顔をして私たちと共に丸テーブルを囲みました。
「王よ、私たちの元まで来てくださり感謝いたします」
「まさか貴方が移民団を結成してくださるとは思いませんでした」
「誰かが立たねばならないのです。ならば、新しい世界を求める儂が仲間を募る方が、ずっと夢があるでしょう?」
ラドン・ダ・ガマ様は偉大です。
彼は既に確固たる地位と多くの財産を抱えて引退しておりました。そのまま悠々自適に避難生活もできたはずなのです。
ですが、難民を移民にという話を耳にし、今こそ財産は使うべきだと立ち上がりました。
『ラドン・ダ・ガマは新しい世界を開拓する! 共に戦い夢を語る仲間よ、集え!』という募集広告を出し、新大陸までの世話を一手に引き受け、ケンネルの援助が届くまでのタイムラグを埋めてくださいました。
そして夢を語ることで、帰るべき家を完全に失った一部の難民を、前向きに立ち直らせてくださったのです。
闊達に笑う偉大なる冒険者に、王は尊敬と感謝を込めて頭を下げました。
若い頃のリンドブルム王を知っているラドン様は、瞳孔を細め「先々代王には様々に援助いただいてまいりました。お互い様ですよ」と答えると、私の方を向き直しました。
「儂らはこの大地に根を伸ばしはじめております。出来れば子々孫々この土地で生きていきたい。その援助をしてくださるリーゼロッテ陛下には深く感謝申し上げる」
「どうぞ今後とも末永くお願いいたします」
戦争や内乱は、哀しみ以外に何も生み出しません。
ですがごくたまに、人の底知れぬ強さというものを、垣間見せてくださいます。
—————さて、会談も終わり。
私はリンドブルム王と各地を回ることになっております。
いえ、なっておりました。
「ああ、忙しい、忙しい! この行政府はやることがいっぱいあり過ぎて幸せですね!」
走り回るシェパード卿の興奮した声が、遠くに聞こえます。
部屋にいるのは私と王、マルス様だけ。
レオンハルト様とダリウス様も文官・武官の指揮を執るべく出払っております。
三人で貴賓室のテーブルに座り、お茶を飲むしかできません。
足元ではうとうとするエリザベスちゃんの脇から、爆睡のダシバが転がり落ちています。
「なんでこのようなことに。少しでも皆さんをもふって差し上げたかったのに。悔しいです……」
「仕方あるまい。どんなに文明が栄えようが、武力があろうが。我らは自然と病には勝てないのだから」
リンドブルム王は呆れてテーブルに肘をついています。
私が窓から覗いた先にあったのは、雪の嵐。静かに世界を侵食する白。
吹雪が発生したのです。
「この大陸では、リーゼロッテ国とその周辺に作った衛星都市にしか、もう人が住んでいないそうです」
「ああ、聞いた。人口が増えたら再び開拓民を結成して土地に戻すらしいがな。既に滅んだ人種や民族が多すぎて、土地の情報が足りないらしい」
「ヒグマーの領域も増えているそうです。ここから再び住めるようになるには時間が掛かりますね……」
『ここは、犬人にとって生きる最前線なのです』
ジョゼ様が、次々に集められる土着の病気について研究を進めながら、そう評しておりました。
リーゼロッテ国の圏内から外れれば、すぐにヒグマーを始めとした弱肉強食の世界です。
(私は女王として、この大陸に生きる国民たちも守っていかねばなりません)
そう心に誓っていると、突然、ガタリと王とマルス様がテーブルから立ち上がました。
エリザベスちゃんも歯をむき出しにして唸り出します。
「なんですか!?」
「後ろに回って、リーゼ様! 思わぬ侵入者だっ」
「まさかここまで生存権がかかる最前線だとは思わなかったぞ」
皆の視線が集まる窓を見ます。
窓一杯の黄色。
「あれは……!」
「まさかだね、今日聞いたばかりじゃないか」
「ああ、確かあれは」
ヒグマーの異種、キイロカブト。
虱蟲の媒介者。
プーなつぶらな瞳で、こちらを覗き込んでいます。




