第四話 ねえ、僕は可愛いよ? 可愛がってよご主人様!( by マルチーズ )
さて、私がこの国に来て、一ヶ月ほどが経ちました。
体も全快し、美味しいご飯と適度な運動、そしてテレサさんのおやつで元気いっぱいです。
ダシバも見事にコロコロとした、デブシ……いえ、コロシバになりました。
そして部屋でぬくぬくしていることに飽きました。
本を読んでいる私の斜め後ろにじっと立ち、次第に寂しがってくーん、と鳴き始めそうなレオンハルト様に訊ねます。
「レオンハルト様、私は王族なのですよね」
「はい、私の全てがリーゼロッテ様を至上の方と言っています」
「その感覚が私には理解できないのですが。それよりも! ————私はずっとここにお世話になっております」
「お世話なんてとんでもない。ここ全てリーゼロッテ様のもの。むしろもっとお世話をしたくてたまらないのですが。なぜもっと言いつけてくださらないのでしょうか」
「……話を戻しましょう。いい加減、私にこの国の実状と私がすべき仕事を教えてください。ただ飯を続けることほど怖い借りはないのだと、お義兄様から教わりました」
私の要請に、レオンハルト様は笑顔を凍らせます。
そして肝心の事を答えずに、斜め上のことを訊ねてまいりました。
「……リーゼロッテ様は、時々『ナンデヤネン』や『ドウスンネン』など、あの国の西の言葉を話されますよね。それもこれも、全てお義兄様の影響でしょうか」
正しくはエセ西方語というらしいのですが。
生まれ育ちが西方でなければ真の発音は難しく、下手に頑張れば頑張るほど地元民に軽蔑されてしまう言語だそうです。実に哀しそうな顔で「どうして俺は、最初から西方に生まれなかったんや」といつも嘆いていました。
「ええ、西方語は彼に教わりました。そもそも彼がいなければ、私は実家か施設でとうに力尽きていたでしょう。本当に彼は生きるすべを教えてくれた恩人なのです」
「そうですか……」
レオンハルト様は目をそらし、次第にそわそわし始めました。
ノミですか? いや、それはダシバくらいですよね。流石に。
「義兄の事ですから元気でやっているでしょうけど。レオンハルト様。もう、私の祖国と外交交渉は終わったのでしょう? 義兄にお手紙を書いても良いでしょうか?」
「いや、その。少々お待ちください」
彼は後ろに控えていた警備兵を呼び、こそこそと指示を出されました。相当緊急の用なのでしょう。警備兵は慌てて細長い犬に姿を変えて走り去っていきます。
私は嫌な予感がしました。
祖国を陥落させた後、すぐに王族を始め、継母たち全員を解放してくださったと連絡をいただきましたが……実は嘘だったのでしょうか。
しばらくして、私は王宮の応接間への移動を促されました。
レオンハルト様と二人、何かを待ちます。
扉が開くと、二人の兵が絨毯で簀巻きにされた何かを転がしました。
芋虫のように蠢くそれ。
耳を澄ますと『なにすんのー!』という悲鳴が聞こえてきます。
義兄です!!
「お義兄さま!」と、私は慌てて芋虫に駆け寄ります。
しかしたどり着く前に、目の前で芋虫が長い軍靴に踏みつけられます。
『痛っ』
「不審者のくせに女王様の前で汚く叫ぶんじゃないよ、このゴミムシが」
思わず固まり、上を見上げました。
半ズボンの足を辿ると、義兄と同い年くらいの少年が踏みつけた芋虫を冷酷な表情で見下ろしています。本気で義兄をゴミムシと思っているようです。
色素の抜けた、絹糸のようなサラサラな髪が肩で切り揃えられ、褐色の肌を飾っています。華奢な体を黒い軍服に包み、片手には短い鞭を持っています。
漆黒の目はこぼれんばかりに大きく、小さな唇はプックリとして、色っぽく。
こんな美少年は初めて見ました。
驚愕した私と目があった褐色の美少年は、とたんに華が咲いたように笑い、私に挨拶をしてきたのです。
「初めまして、リーゼロッテ様! 第五部隊隊長のマルス・フォン・マルチーズだよ! 暗殺と潜入と拷問が得意だからいつでも命じてね! 『マルちゃん』って呼んで愛玩犬にしてくれたらもっと嬉しいな!」
高めの可愛らしい声と、足下の状況が全く合いません。
後ろで「愛玩されるのは私です。家犬と言えば私でしょう!?」と、レオンハルト様がおっしゃっていますが、これはスルーでよいでしょう。
とにかく私は芋虫を、もとい義兄の解放を望みました。
しぶしぶマルス様と兵士さんたちは簀巻きを解き、中身を転がしました。
黒髪に黒縁メガネ。中肉中背で、胡散臭そうな笑顔の十三歳。
やっぱり義兄です!
「お義兄さま! 大丈夫ですか!?」
「やっぱリーゼで当たったわ。それにしても大丈夫に見える~? ほんま、ひどい目に遭ったわ」
両肘を立てて起きあがる義兄。彼らの背中についたほこりを必死に払っていると、周りから「囚人のくせにリーゼロッテ様に触って貰えるなんて」と嫉妬の視線が飛んできます。無視、無視。
よく見ると、義兄は囚人が着るようなシャツとズボンを着させられていました。
解放された彼は地面にあぐらを掻いて、はーっと深く息を吐きます。
「俺、ずっとここに捕まってたんよ」
「撤退後、戦車部隊に紛れ込んでいたのを捕獲しておりました! 不敬にもリーゼロッテ様の兄と名乗るものですから、取り調べを念入りに「しようと思っていたのだけど、伝令が来たから中止したんだ。つまらないの」」
マルス様はムチを片方の掌に打ち付けて、唇を尖らせます。
一方で義兄は、牢屋で両隣の独房の方から色々情報を仕入れていたらしく、ここがもう一つの大陸でケンネル王国、かつ犬人の国であることまで理解していました。
「リーゼが貴重な王族の生き残りとはね。ババアの女の勘が当たったわ」
義兄は、謎の軍人たちの突然の襲撃で捕まった時に、軍人の一人から「リーゼロッテ様を苦しめた罪を償わせる」という言葉を聞いたそうです。
半狂乱になる母と兄二人をよそに、どうやら彼らは義妹の関係者であると当たりをつけました。
更に突然解放された際に孤児院を調べ、浮浪児から話を集めました。そして私が山に逃げたらしい推測して捜索をしていると、明らかに首都に駐留していた馬のない馬車の足跡が一直線に続いている。
ならばあの馬車たちがたくさん駐留している場所が怪しいと張っていたそうです。
そして、私が連れていかれたと確信した義兄は大胆にも、全軍が撤退しかけた際に馬のない馬車を輸送する巨大な船に入り込んだというのです。
犬人はすぐに匂いで侵入者に気が付きました。
だけどマルス様が止めたそうです。「あいつからリーゼロッテ様の匂いがするから、様子を見ろ」と。
たまたま義兄はダシバに会えたら何かに使えないかと、私のリボンを何個か匂いの指標に持ってきていました。それは本当に運が良かったと思います。
さらに無事に密航を成功させたあと、マルス様が愉しく取り調べようとしたら上から声が掛かって、この状況とのこと。
思い出しました。
義兄は結構な強運の持ち主なのです。
そんな面の皮の厚さと強運が取り柄の義兄が、応接間のソファーに座り直し、レオンハルト様とマルス様の前で自己紹介をしました。
————ちなみにかしこまった場所では、彼はエセ西方語を標準語に直して話します。
「俺の名はバド・ラック・ハイデガーと申します。今回は強引について来てしまって申し訳ありません。義理とはいえ大切な妹が誘拐されたではないかと、心配だったのです」
「大切ですか? それにしてはリーゼロッテ様が悲惨な目にあっても全く守れていませんでしたね」
「ええ、どんなに反省しても取り返せません。ですが、これからは年齢を言い訳になんていたしません。むかつく兄どもが居る実家など捨てても構いません。どうか、今後義妹を守れるチャンスをいただけませんでしょうか」
『正直、文無し後ろ立てなしで俺ピンチですやん。義妹よなんとかしてや』という、義兄の心の声が聞こえてきました。
私は立ち上がり、レオンハルト様に懇願します。
「お願いします! 義兄が安心して暮らせるように助けてください!」
「ええ、まあ、リーゼロッテ様がそうおっしゃられるのでしたら……一応大切な方ですし……」
「どうして歯切れが悪いのですか!?」
しぶしぶ、といったレオンハルト様に、横でムチを脇において茶をすするマルス様が「要はあれだよ、群れの順位の問題さ」とおっしゃいました。
「ねえ、バドくん。どんなに君がリーゼロッテ様に兄貴風を吹かそうと、あくまでここでは新参者。至高の方に対する態度を変えたほうがいいと思わないか? なにせここは犬の王国だからね」
「え、だってお義兄様はお義兄様なのに!」
「あーなるほど。ええよ、ええよ。……それではリーゼロッテ様。俺をあなたの家臣に序していただけませんでしょうか?」
突然義兄がソファーから降り、膝立ちをして服従を示しました。
なんという順応の早さ!
いつでもたくましい兄の後頭部をみつめ、複雑な気持ちになりながらも彼の身分を保証するために行動いたしました。
「はい! 分かりました! 分かりましたから、何とかしてくださいレオンハルト様!」
「はい、リーゼロッテ様。ちなみにハイデガーくん。もう二度とリーゼロッテ様を『リーゼ』などと軽々しく呼ばないように。そして今後、正式に王位を継がれた時にはこの方の呼び名は『陛下』しか許さん。分かったな。……この国にて嫉妬で殺されたくなければ、守れ」
「分かりました」
素直にうなずく義兄に、私は寂しい思いがこみ上げてきました。
ではせめて私の近くで働いていただけないかと再度お願いしましたが、馴れ馴れしくならないようにと、義兄は軍で訓練させられることになりました。
もともと、私の近くにいるためには、最低でも『護衛犬』という資格がいるらしいのです。
「お義兄様……」
「リーゼロッテ様は、今後彼を『ハイデガー』と呼ぶようにしてください。今後貴女様の苗字は『ビューデガー』となりますので、問題はないかと」
「……抵抗があります」
「ならば、名前で結構。ついでに私のことはレオンハルトと是非呼び捨てに」
「あ、僕はマルちゃんで!」
「呼び捨ては勘弁してください!」
仕方なく、今後義兄を「バドさん」と呼ばざるを得なくなりました。
全く気に留めない義兄とは裏腹に、私はなんとも微妙な気分です。
その代わり、軍の特訓の合間に『私の命令で』、面会させることは可能になりました。
ただし、その場合にはレオンハルト様か、なんとマルス様の同席でという条件付きで。そこでならエセ西方語での兄としての話し方も赦すと約束してくださいましたが……。
去り際に、私は声を掛けてしまいました。
「お義兄様……私はお義兄様におうちを捨てさせてしまいました」
「その名は今後から禁止ですよ。
……何はともあれ無事で良かったわ。お前を守る約束は果たせそうだしな。あんな家もうええ。元々なるべく早く出るつもりだったからな。ただ、どうしてもこの国は分からないことが多いわ。というか、王族に関しては特にきなくさい。どんなにワンワンとすり寄ってくるやつらでも、全ての意図が分かるまでは決して気を許すなよ」
「……はい」
そして警備兵に連れられて行く義兄を見送りました。
後ろで腕を組んで睨まれているレオンハルト様と、愉快そうなマルス様の表情に気が付かずに。
さて、以前起きたピットブル一族の襲撃を警戒して、私の周囲の警備はより厳重になりました。
ドッグランコートでは、動くことすら面倒くさがり始めたコロシバを無理矢理走らせ、私は脇にある東屋のテーブルに本を積みます。編み物をするテレサさんの横でひたすら読書です。
皆さんは私の本の虫な姿を心配されますが、とんでもない。まだまだ読み足りないのです。私はとにかく知識に飢えていました。この世界のこと。犬人のこと。そして私自身のこと。
まだまだ皆様が教えてくださらないことが、たくさんあります。
ならば、出来る限り自分で調べてなければ、とても落ち着いてなんていられません。
義兄のように人中であっさりと生の情報を仕入れられほど、私は器用ではないのです。
のどかな空に、周囲は緑生い茂る東屋。周囲には警備兵がたくさん囲んでいます。
その中に一匹だけ、犬の姿を取られている方がいました。
マルス・フォン・マルチーズ様です。
―———実は警備兵の皆さん、王族の前では犬の姿を取って可愛がってほしいと思っているらしいのですが、一度癖になったら二度と人間の姿に戻れなくなってしまうかもしれないと恐れています。
なんですか。私は麻薬ですか。
綺麗な白い長毛を靡かせて、ちょこちょこと歩く小型犬。
可愛らしい可憐な外見ですが、肩書は第五部隊の隊長です。第八部隊まである中央騎士団の隊長で、彼は唯一の小型犬だそうです。
彼はこの職務のために副隊長に隊長職を譲り、私専属の「護衛犬」となっております。
騎士団とレオンハルト様たちの相談の上、彼の実力と才能(主に暗殺技術)、そして外見が私と一緒にいても他の犬から嫉妬されにくいということで、本日から私付きに任命されました。
「バーバリアンほどではありませんが、暴走しやすい犬はたくさんおります。なので、常に脇に携帯できる護衛を用意しました。多少癖がありますが、リーゼロッテ様を命に変えてでも守り抜くでしょう」と、レオンハルト様が紹介してくださった時の、マルス様を睨む彼の嫉妬に溢れた顔が忘れられません。
レオンハルト様は最後まで、「家犬ならゴールデンレトリバーが一番なのですがね。臨時措置ですからね。仕方ないですよね……」と何度もこちらを振り返り振り返り、扉から出て行きました。
あれって引き留めて欲しかったのでしょうか。
でも確かに、マルス様は癖がお強い方でした。
「ねえねえ、リーゼロッテ様! ご主人様って言って良い?」
「できればやめて欲しいのですが」
「えー? レオンハルトさんが時々言っているのを聞いたよ? 彼だけ許されるなんておかしいよ。ねえ、良いでしょう?」
「……人前で気をつけてくだされば」
「やった! ご主人様大好き! ねえねえ、抱きついて良い? もしくは犬の僕を抱き上げて?」
普段はとても無邪気な方です。
出会った最初の印象が薄れてくると、思ったよりもぜんぜん若く、全く成人しているようには見えません。実際義兄より少し上くらいでしょうか。
明るい表情が義兄によく似ているので、親しみがあります。
それを指摘すると、マルス様はむっと膨れました。
「ご主人様の『大好き枠』ってさあ、あの駄犬でしょ? テレサさんでしょ? レオンハルトさんはあと十歩くらい足りないでしょ? ————そしてバドくんだよね? ねえ、その中に僕も入れてよ!」
「あの、お会いしてあまり日数が立っておりませんよね」
「僕は良い犬だよ! 駄犬と違ってちゃんとご主人様を守れるしね。ピットブル野郎たちにだって負けないよ。だからちゃんと可愛がってね」
「は、はあ」
「何せ僕は可愛いからね! たくさん可愛がってね、ご主人様!」
面白い方だなあと思いましたが、あの時は気がつきませんでした。
愛玩されることが大好きなマルチーズ一族は、とても悪戯好きな方たちだということを。
そして、狂犬騎士団の隊長である事実。それが、どれだけ癖の強い人物であるかの証明であるということを。
さて翌日。
相変わらずのドッグランコートの東屋で、私はこの国の歴史を読んでいます。
この大陸の文字は複雑な形をしております。
最初は意味が分かりにくかったのですが、テレサさんに文字の構造を教えていただけますと、私がいた国の旧字をさらに古くしたものであることに気がつきました。
大昔に渡ってきた文字が、独自の姿を保ったものだったのです。
これは父が教えてくれた、「動物の姿を持つ人たちは海を渡った」という説の大きな裏付けになります。
彼らも確かに言っていましたね。「昔海を越えた」と。
歴史本も大分読み進められるようになって、分かったことがあります。
結構この国は、やばいです。
やばいにも色々な意味がありますが、この国の場合は「戦闘力」が突出しすぎている、ということです。
ルマニア大陸にある国は九ヶ国。人口は最大のルマニア・ドラゴニア帝国で八千万人。中規模な国では一千万人~三千万人。小規模で百万~五百万人。
ただ軍事バランスでみると状況は変わります。
ルマニア・ドラゴニア帝国では、軍人(貴族の私兵も含めます)が、十万人で通常農民されている兼業軍人が五十万人。
一方でケンネル王国では人口三千万人に対して、軍人が五万人で兼業をされている方が一千万人。
何かがおかしい。
食べ終わったおやつの皿を片付けてくれるテレサさんに聞くと、こう返ってきました。
「犬人の男は勝ち負けにこだわる人が多いですから。力が強いと示したいのですよ。だから戦える能力のある人は積極的に兼業軍人に出願します。兼業軍人には通常禄なんて出ませんけどね。でも、とにかく兼業なりとも軍人になって能力を認められさえすれば、王のお墨付きの『護衛犬』という資格を得られるのです」
「護衛犬」と名乗る権利を得るために、常に己の牙を磨き、王族に褒められるために強くなる。それがこの国の男のステータス。
(義兄は……生きて還れるのでしょうか)
私は不安で仕方がありません。
「リーゼ様、そろそろ軽い運動の時間ですね」
『ご主人様! <取ってこい>をやって!』
頭にマルス様の声が聞こえてきます。
口に犬用円盤を銜え、白いサラフワな毛を揺らし、わふわふと東屋のテーブルにやってきました。
「いいですよ、マルス様」
「わん!」
『マルス様って堅いよー。いっそマルちゃんって呼んでよ!』
キラキラ輝く黒い真珠のような瞳に見つめられるとぐらつきますが、「それはちょっと……」となんとか断ります。
「駄目ですよ、マルチーズ様。下手に砕けた呼び方をされたら、ただでさえとても我慢している騎士団の皆様に、嫉妬で担当を変えられてしまいますよ」
『それはいけないね! 僕もこの役を手に入れるの、大変だったからなあ。仕方ないよなあ。————じゃあ、マルマルでいいよ、ご主人様!』
「それでいいかと」
「解決になってないです」
なんとか「マルス様で!」と強引に押し通し、私は円盤を持ちました。
せっかくなので、ダシバも一緒に運動です。
ダシバは綺麗なマルチーズに心惹かれ、きゅーん、きゅーんと近寄ります。
あ、前足で叩かれて十メートルほど吹っ飛びました。
ダメですよ、この人は犬人なのですから。
それ以前にオスですけど。
気を取り直して、ほおれと円盤を投げます。
二匹は同時にダッシュで追いかけました。
――――しばし待つこと二分。
マルス様は迷彩服を着た人間を一人、首を銜えて引きずってきました。
迷彩服さんは全く動きません。
『ご主人様! 帝国あたりの暗殺者だよ! ちゃんと殺ってきたから褒めて褒めて!』
「円盤は!?」
『てへ。そっちは忘れちゃった。次に取ってくるけどその前に、褒めてよ!』
「あ、ありがとうございます?」
『どうせなら抱き上げてよー!』
迷彩服の人を視界に入らぬよう、サラフワ犬を抱き上げました。
温くて腕にジャストサイズでもふもふです。
『ね! 僕は可愛い犬でしょ? だからこれからたくさん可愛がってね!』
わん! と可愛らしく吠えるその牙には、べっとりと血がついていました。
歯槽膿漏じゃあないですよねえ。
……ですよねえ。
ちなみにダシバは、円盤を追いかけている最中にウサギを追いかけている最中に枯れ枝を追いかけている最中に風に飛ばされたジャーキーの袋を追いかけて、最初の目的を忘れたようです。
ジャーキーくれと、戻ってきました。
安心の、ダメシバです。