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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第三章 リーゼロッテと愛しい愛犬たち
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第四話 ……(訳:この世の海は全て貴女様のものですから)( by グレートデン )

 海です!

 果てしない冬の大海原です!


 私は今、リーゼロッテ大陸に向けての船の旅をしております。


 船団の向かう先には、現地を運営するマメタ様とロボ様。

 見えない敵と戦っているジョゼ様とグレイ様。

 夫を探しているグレース様。

 そして、安全宣言を確認してすぐに海を渡ったダリウス様が待っていらっしゃいます。




「冬の海は荒々しいですね」

「そうだな、リーゼロッテ殿」


 私がリンドブルム王と立っているのは広い甲板。

 もこもこに着ぶくれた私とは対照的に、寒さに弱い爬虫類であるはずのリンドブルム王は白い軍服で飄々と立っています。


 見渡す限り紺碧の大海。水平線に向かって飛ぶ白い海鳥。

 そして空の青にも海の碧にも染まらぬ、我がケンネルの巨大空母。

 通称・母犬艦マザードッグです。

 艦長のダルメシアン卿の指揮の元、大船団を組んでいます。


 戦車部隊である子犬隊プッピーズを乗せ、順調に進んでいます。


「早く、皆様を勇気づけたいのですが……一体何と言えば良いのでしょうか」

「『よく頑張った』でいいのではないか? 所詮王が出来ることなど、努力と結果を本人が満足するよう認めてやることしかできん。やる気を出させるために先に褒め殺しておくのも手だが、な」

「そうですね……」


(先にご褒美を差し上げておいて良かったです……)

 私はほっと胸を下ろしました。






 先日、ジョゼ様から『大陸安全宣言』が出され、渡航許可が下りました。

 予防策と治療法の目途が立ったというのです。

 大量の食糧・資材を乗せた船はダリウス様の指示の元、先に出立いたしました。

 なぜか、大量の布地とお針子さんを共に乗せて。

 

 私はドラゴニア王国と足並みをそろえるべく、空を舞い降りるリンドブルム王たちを待つことにいたしました。


 自室ではテレサさんたちが着替えなどの準備に追われています。

 その横で。部屋着の私は、目の前の高貴な大型犬と俯いている小型犬を唖然と見下ろしておりました。

 先に王座の間でご褒美を差し上げた二人です。


「ファンクラブ、ですか」

『そうです。今まで僕らは新大陸からの情報を、不安を煽るよう曲解して拡散する愉快犯を追っていました。帝国の内情不安の時とは違って、大きな地下組織が後ろで後を引いていると分かったのです』

『私が手を入れて崩壊させようかと思いましたがね。先にご褒美をもらってしまったので、もう少し余裕を持って対処いたしました。それにあいつら悪気はないので』


 私に渡されたチラシには『リーゼロッテ女王陛下ファンクラブ会員募集中』とあります。

 ファンだなんて。ちょっと嬉しいですね。


 しかも、募集要項には「国籍不問、人種不問。大陸中の仲間よ、集え! ファンであるなら心は同じ、いざ語り合おうではないか」と書いてあります。

 実に素晴らしいではありませんか。 


『……裏面も見てください陛下』


 暗い声でリリック様がおっしゃるので、チラシをひっくり返すと……。

 なんですかこれは!


 紙いっぱいに描かれた、巨大化した劇画調の私。

 『素敵なリーゼロッテ様』と題名が付けられた私は、銀糸を振り乱し、目を血走らせ、ナイフと大きな白い袋を持って、道行く悪い子たちを襲っています。

 

<ファンクラブで輪読するリーゼロッテ様本>

・「白夜の女王様の恐怖譚」

・「しっぽが直立不動になる、リーゼロッテ様の恐ろしき罠の数々」

・「悪い子はいねえかあ~。宵っ張りな子供の後ろには女王の影が!」

・「しまっちゃう? しまっちゃう? 悪い子は女王様がやってきて浚ってしまっちゃう?」


 ……どうやら、絵本や児童書の類のようです、が。

 ふるふると持つ手が震えます。


「私を愛でるにしては内容がひどすぎませんか!?」

『陛下の巡業で実際はさほど怖くない方だと周知されましたから……。ある意味、そこまでいじっても問題ないと判断されたのでしょうね。陛下の笑顔は怖いですから。すみません、お役に立てずに……』

「わ、私はこの大陸でどう評価されているのでしょうか……」


 人になったマルス様が、代わりにチラシを受け取ってくださいます。


「……以前は国民にとって、最初は心の拠り所が戻って来たという感じだったな。今はいい意味で、僕らのご主人様だね」

「他国だってそうや。ようやく恐怖の女王から、犬にまみれた女の子程度に親しまれるようになったんだから気にすんなや。距離が近づいた証や。妙に尊敬されたり怖がられるよりもずっといいで」


 義兄も良い傾向だ、と教えてくださいます。

 私は震えを止めて、印刷された私のおどろおどろしい絵を眺めました。

 そう考えれば怖可愛いと言えるかもしれません。

 この……裂けた口も、血濡れた唇も……。


 なんとか納得したい私がいます。




『問題は、そこですね』


 マゾ様が前足で指した一文。


・新刊!「リーゼロッテ様百物語」発売。リーゼロッテ様が毎日私たちの前の報告してくださる新大陸の内容を、面白可笑しく編集しました!

 

『当初は、陛下のネタ本として出しただけだったようです。ただ、いじるにしても内容が内容ですからね。真面目に流行り病の実情と受け取ってしまう方もいたようです。第七部隊の方で一度発禁処分にして、改稿させています』

「書いた方は……」  

『第一部隊に渡し、反省の木程度で済むように対応しています』


 高貴な犬は首を傾げ、


「陛下どういたします?」


 と、確認してきました。

 ガラス玉のような薄い光彩で、私の底を探るような視線。

 

「許します。悪気がないのは分かりますから」


 私が許可をしました。

 マゾ様はそうですか、と瞼を下げ軽くあくびをします。


『とりあえず、良かったのではないですか? 為政者がマスコットで居られるうちは大陸が平和な証ですよ。私の方で「せめて、挿絵をもっと可愛らしくするように」と女性作家たちにお願いしておきました。そのうち赤と黒の絵柄ではなく、可愛らしい色彩で二刷以降は書き直すそうです』


 そして高貴な犬は、私の前に腹這いになりました。

 隣に倣うように、気弱な小型犬もぺったりと座ります。


『まあ、印象操作は基本的に第五、第六、第七部隊に任せておいてください。大衆小説で人気抜群の女流作家、ミユキヤベ・ライカにも協力をお願いしてきました。絵も劇画路線ではなく、キモカワにして流行らせてくださるということで……ご主人様』

『あの、ご主人様の靴はとっても噛みごたえがあって幸せでした。なんか自分みたいな犬でも生きていていいような気がして。でも幸せすぎて千切りになっちゃって……あのできれば、その、スリッパも……』


 じっと見上げる二人の犬。

 片方は全く可愛げがなく、片方は気弱なようでさりげなく主張が強いです。

 どうするの? という護衛犬と秘書官の視線を感じ、私はため息をつきました。

 

「人死にも、遺恨なくやってくださったことにも、感謝いたします。言っておきますが、痛いのはだめですよ? それにちぎったものは食べちゃだめですからね?」 


 




 ふう。と再び思い出してため息をつく私に、「ところでリーゼロッテ殿」とリンドブルム王が声を掛けてきました。


「あれはどうするつもりだ?」

「あれですか……」


 私の後ろには、むくつけき男性たちが平伏しています。

 あちこち撥水性の生地に羽毛を閉じ込めた服は、随分と禍々しいデザインです。

 潮風と日焼けでボロボロになった蓬髪を一つに束ねた彼らは。

 職業・海賊の方たちです。

 純人の方が多いですが、一部鰐人と竜人が混じっています。


 奇抜な恰好の方たちの中で、一番身なりの良い男性が一歩前に進み、膝を着きます。


「リーゼロッテ女王陛下。我らを海賊と知りながら海賊大王から救ってくださったことを感謝いたします!貴女様に救われたこの命。女王陛下への忠誠の証に使わせていただきたく!」

「命は大切にしてください。刑には服していただきますが、その後は安定した仕事を確約いたします。ご家族にも仕事を紹介します。だから安心して反省して来てください」

「あ、ありがとうござます! 我ら賊にも貴女様は、女神の様にお優しい……! リンドブルム王にも感謝いたします!」


 私を崇拝する瞳を向けたまま、兵士に連れられて去っていく彼ら。

 おまけのように感謝されたリンドブルム王が、白けた目で私を見下ろします。


「感謝されていたようだな」

「ええ。申し訳ありませんが」

「海賊大王とは、センスの欠片もない名をつけたものだ」

「私が付けたわけではありません」

「お、大王が来たぞ」


 副官を連れてきた、鍛え上げられた長身の男性。

 先ほどの海賊の恰好よりも、よほど格好の良い船長服を着ています。

 

 風になびく灰色の短髪に、日に焼けた精悍な顔。

 今までは彼の表情は柔和な笑顔しか見たことがありませんでした。しかし、真剣に私を見つめる姿は、野生の狼を思わせる強靭さを漂わせています。

 彼は私の足元の跪くと、隣の副官が報告を上げました。 


「近海の海賊船を全て撃破または拿捕だほいたしました」

「ご苦労様です。グレートデン卿、得た財宝は所在の分かるものは所有者に返還し、所在の分からぬものは換金し、被害者家族への生活保障金に回してください」

「……!」

「御意!」

「『海賊大王に被害を受けたところを救われた海賊』への救済策はこちらで行います。どうか、立派な海賊として名を上げてくださいね」


 きりっとした切れ長の瞳。

 言葉はありませんが、その瞳に籠った熱を感じさせながら、彼は私を見つめてくださいます。


「貴方には大変な役を続けてもらっております。貴方自身は寒がりだというのに。おかげで大陸に渡る移民や沿岸部の住民は安全に暮らせております。だから、鹵獲ろかくした王族の遺産は臨時給与として全て差し上げましょう。それに、この冬は寒いでしょうから」


 私は彼に犬になるよう命じます。

 ほっそりとした灰色の超大型犬に、私は自分の巻いていた白いマフラーを巻きました。


「第三部隊隊長として、疫病の騒ぎを食い止めてくださったことも、感謝いたします」


 そして大きな首に抱き着くと、優しく背中を撫でます。

 くーんと鳴くアポロ様がとても可愛らしく感じられました。


 副官のスキッパーズ卿も優しく撫でると、彼らは戦車に乗り込み、停泊させていた自分の船に戻っていきます。

 踵を返して歩いていくその堂々とした姿。

 その格好は、騎士団の一員とは思えません。威風堂々とした姿はまさに海の覇者。


 見送ったリンドブルム王が、ぼそりと呟きます。


「……流石だな、海賊『犬』王」

「マッチポンプとおっしゃってもいいのですよ。その通りですから」




 中央騎士団第三部隊は謎の部隊。

 世間で知られているのは「海の警備をしている」「検疫を行っている」ということくらい。

 かくいう私も、海の航海は危険だからと見学を止められ、秋まで活動実態を知りませんでした。

 

 ですがこの冬とうとう私は知ってしまいました。

 検疫で走り回るアポロ様が、うっかり海賊船をドッグにしまいそびれたからです。


 隠しきれていなかった船。

 そこにはドクロのマークと大きな靴下が描かれた旗。

 ……私のお気に入りの、アポロ様に差し上げた靴下の柄です。


「アポロ様が、海賊大王だったのですね……」

『………!?』

「なぜ気が付かれたという顔をされましても」


 昔からケンネルでは海岸線を荒らす海賊に困っていたそうです。

 そこで考え出されたのが、「海軍で倒しても逆恨みされるだけだから、もっとひどい海賊に倒させてしまおう」という方法。


 第三部隊は普段は海岸線伝いに交易船を護衛し、検疫や輸送を行います。

 その一方で、【海賊大王】として最新兵器を搭載した海賊船を作り、海賊から略奪の限りを尽くしては国庫を温めていたそうです。


 巷の伝説的海賊、海賊殺しの海賊大王。

 その実態は、女王の海賊。国益を守る海賊犬王。


 今日も、見事にケンネルと大陸を結ぶ海は守られています。





 この秘密を共有しているリンドブルム王は、目を細めて私を見下ろします。


「随分と貴女は王らしくなられた。時々まぶしいほどに」

「まだまだです。私はもっと成長したいのです」


 私の言葉に、王はくっと笑われました。

 

「まだ十歳なのに」

「子供のままでさせてくださらないのは、どなたでしょうね」

「それはそうだ。ただ無理に成長していびつになられても困る。息子の結婚相手は心身とも健康であって欲しいからな」

「またそれをおっしゃいますか。それこそ私にはまだ早いのです。あと五年は考えたくもありませんね」

「おやおや、潔癖な」

「これだけは譲れません」


 私は肩をすくめる王を無視して歩き出します。

 首に冷気が当たるので、寒気がしてきたのです。マルス様が私を船内に誘導しました。

 レオンハルト様が私を抱き寄せてくださいます。


「リーゼ様! ああ、すっかり冷えてしまわれて。早く自室にお戻りください」

「宰相。実際のところどうなんのだ。婿は何人までなら良い」


 聞きたくなんてありません。私は視線が自然と下に落ちました。

 それに気が付いた金髪の宰相は、綺麗な顔を顰めました。


「全てはリーゼ様の御心が定まった時に決まること」

「だが、犬人からしたら子供はたくさん欲しいだろう?」


 家庭犬を自負するレオンハルト様。

 彼は冷たい視線で王を睨むと、私の肩を抱いて答えます。


「子供うんぬんではありませんね。一度は狂犬病により我らの王族は滅亡した。リーゼ様はたまたま存在してくださった奇跡だ。奇跡であるリーゼ様との絆を大切にすることの方が、何よりも大事なことなのです」

「……レオンハルト様」

「ふむ。しばしかかりそうだな。まあゆっくりと行こうか。女王陛下、貴女に巣食う『愛への不信』が払拭される日を楽しみにしておきましょう」


 リンドブルム王は再び肩をすくめて、客室へと向かってきました。




 私はレオンハルト様に肩を抱かれたまま、廊下を歩きます。

 後ろから歩いてくるマルス様の視線を感じつつ、私は麗人の保護者に訊きました。


「レオンハルト様。私は自分のわんこたちを愛しています」

「はい」

「でも、男女の愛には、どうしても受け入れられないことが多いのです。心の底に親のこともあるのかもしれません」

「今はそれでいいのですよ。女性として成長していきながら、ゆっくりと知っていくことですから。無理して知ることではありませんよ」

「理想はエリザベスちゃんのような素敵な愛なのです」

「んん?」


 レオンハルト様が妙な声を上げると、後ろの足音が止まりました。


「分かりやすくストレートな愛がいいのです。獲物を見つけたら食いついて離れないような。決して諦めず何度でもアタックして『獲ったどー!』と宣言できるような。攻め気な愛を示したいですね。まずは体力をつけないと。世の中は訳の分からない執着が多すぎます」

「はあ!?」


 突然上がった奇声に、後ろを振り返りました。

 口をあんぐりと開けたマルス様が、私を信じられないものを見る目で凝視しています。


「どうされたのです?」

「そのさ、リーゼ様って、いや、」


 また珍しく口の中でもごもごとされたマルス様は、それ以上答えませんでした。




 寝る前にレオンハルト様と会話が聞こえました。


『やり方が間違っていたのかなあ。だから全然それっぽい感情がリーゼ様から感じられないのかなあ』

『全てはリーゼ様のためだ。死ぬ気で行け、マルス』

『家庭犬ならアドバイスしてよ』

『家庭犬は家庭に手を出さないのが常識だ。それに自慢だが、何もしなくても私はモテる』

『ボルゾイと同じようなことを言わないでよ!』

『バカもん、失言だ。どの家だってあの家とは一緒されたくないわっ』


 適当なアドバイスをするレオンハルト様の声。 

 それ以上は眠りに落ちてしまったため聞こえませんでした。

 エリザベスちゃんの湯たんぽは、とっても温くて最高です。


(最近少し体温が上がりましたか?)

 ダシバを抱き込んだエリザベスちゃんの体温は、冬の海上では大変有り難かったです。


 




 そして数日。

 ようやく、大陸のうっすらとした影が見えてきました!


「あれが、リーゼロッテ大陸……」

 

 感慨深い新大陸。私の国民がいる世界。

 私は目の前に広がる陰影を前に、思いました。


「やはり、名前を変えませんか? 気恥ずかしくてなりません」

「それくらいは我慢してあげましょう。住民は喜んでいます」

「本当ですか!?」


 思わず宰相に確認をすると、大陸の向こう側から何かが向かってきます。

 黒い塊。

 緊張が甲板に走ります。


「あれは?」

『警告を出していますが反応しません!』

「ロタン! 確認しろ!」


 共にいたリンドブルム王が手すりから乗り出し命じました。


『御意』

 

 海底から響く声。母犬艦マザードッグの下から一人の海竜が首を出します。

 王の同行者の一人です。


 彼は勢いよく滑るように泳ぎ出しました。

 そのまま黒い不審物と接触すると……思い切り殴られて沈みました!


「な!」

『全魚雷を不審物に向けろ! 砲台も用意! 目標は目視可能!』


 ダルメシアン卿が指示を出し、前足を上げます。

 全弾が対象に向けて発射をされる前に——————黒い塊から不吉な声が!


「ダシバ様はどこだあー!」


 甲板は静かになります。

 ――――なんだ、あいつか。

 外は寒いはずなのに、船内の空気は随分と生ぬるくなりました。

  

 ダルメシアン卿が私に訊ねます。


『撃っていいですよね』

「気持ちは分かりますけど、駄目です」






「全く、来るならもっと早く言え女王!」

「伝えてありますよ。むしろ伝道先で聞かなかった貴方が悪いのでしょう」


 甲板に引き上げられた大導師は、私に文句を言ってきます。

 確か彼は傷心のまま伝道の旅に出たとアントン様に聞いておりました。


「それよりも、ダシバ様! 貴方のゴルトンです!」

「それよりもって。ここは軍のですね」

「がうっ」

 

 流石は宗教指導者。かいぬしは無視です。

 ダシバに向かい突き進むずぶ濡れの大導師ふしんしゃは、ダシバの嫁に行く手を阻まれました。

 片目に虚無を瞳に浮かべた、一見女性にも見える大導師ふしんしゃが、巨体を有する乙女犬とにらみ合っております。


「やはり、ひとにダシバ様をそう簡単に譲るわけにはいかぬ。懊悩を重ね、涙を流し続け、理性に基づいた一人討論を繰り返した末に————私は戦うことを決意した」

「……嫉妬に基づいた、の間違いではないでしょうか」


 一方で、夫を奪おうとする大導師ゆうかいまに対してうなり声をあげ続けるエリザベスちゃん。

 牙をむき出しにして、闘志を高める彼女。

 首輪の後ろに結んだ大きなリボンも、激しく揺れておりました。


「ぐるるるる」

「私は負けんぞ、女。ダシバ様を甘やかして、とことん畜生で純粋な生き様を見守る使命が、私にはあるのだ!」

「ばう!」

「勝手にそんな使命を作らないでください」


 緊張の漂う後方で、後ろ足で頭を掻いている一匹。

 二つの強烈な愛に挟まれた、間延びした顔のヒロイン。

 我がダメシバです。


 元々が面倒くさがりの愛犬は、嫁のオーラに慣れるとすぐに、嫁の腹にくるまれておやつを請求するようになりました。この事態でも最後におやつをくれればどうでも良いようです。

 順応が早いのは、この子のすごいところです。






 すっかり呆れてしょうもない三角関係を眺めていると、船は大陸の港に到着しました。

 

 騒動の原因。

 突然発生して、リーゼロッテ大陸どころか、ルマニア大陸全土を恐怖に陥れた流行り病。

 治療法が見つかったと聞いて二週間。


 その結果は、私を歓迎するパレードを見てすぐに分かりました。 


 大陸の住民の半分以上が犬人。

 そして毛がふさふさしたタイプの変身人種が四分の一。

 すいぶんと毛皮豊かな人口構成のパレードです。




 いえ、豊かなパレードのはずでした。

 












 なんということでしょう。


 港にいた全員が、全身丸ハゲだったのです。


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