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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第三章 リーゼロッテと愛しい愛犬たち
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第三話 ご主人様、正直に言ってください。犬の方が可愛いですよね。 ( by とても真剣なゴールデンレトリバー )

 疫病への恐怖で動揺する犬人たちを見た時。

 私の心に微かに残っていた棘が消えました。


 心に少しだけの残っていた、棘。

 私を生んだ母のこと。


 自分が昔好かれていたとか、好かれていなかったとかではなく。

 大切なものを守ること。今苦しんでいる大切な犬たちを救うこと。

 それ以上に、悩む必要などないのです。 


『悪かったな、リーゼ様。俺が親のこと話したから、変な夢とか見てしまったんやろ。―――――ああ。なんもなかったわ。カイン父さんはまあ…………急死だったからな。学術論文くらいしか残さなかったみたいやで』


 過去、母が所属したとされる旅芸人の一座は解散し、行方も分からなくなっています。

 ですが、もう。母の欠片を求めることは止めました。

 二人の父親の愛を頂きましたし……何よりも。


 ここに私が、存在している。

 それだけでも母が無事に生んでくれた証。

 私にくださった愛だと信じています。


(もう迷いません)

  

 私は自分の胸に手をやり、気持ちを新たにします。

 愛すべきわんこたちを、大切にするのだと。







 そう、気持ちを新たに——————。


「きゅーんきゅーん」

「くーんくーん」

「わう……」

「くうーん」


 全身に擦り寄せる、不安に陥った犬の大群。

 私は今、大切なわんこたちの動揺を、抑えられずにいます。


 腕の中には子猫。

 白地に黒い縞模様で四肢の太い男の子です。


『ねえねえリーゼ様。ボクたちの婚約はいつ~?』

「テツ王子。その手のお話は大人になってから考えましょう」

『やだ! 待てないよう』


 胸元に擦り寄せる可愛らしい体を落とさぬよう、しっかり抱きしめます。

 その都度、下からわんこの悲鳴が聞こえるのです。


『どうだ。リーゼロッテ殿。うちの子は可愛いだろう~? 猫はいいぞ~可愛いぞ~』


 低い美声が王座から降ってきます。

 王座は布が張られた四角い箱。

 そこから上半身を出して声を掛けてきたのは、私と同じ銀髪で、筋肉の張り出した男前。


 あの箱は確か「こたつ」というのだとか。

 一般家庭から貴族いいたるまで、一家に一つはある、この国の象徴だそうです。


 ここは猫人中心の王国、コタツ王国です。

 私は外交で初めて訪れました。


 男前なのに妙に色っぽい彼は「さっさと会談して早く一緒に昼寝をしよう」と、くいくい手招きをしてきます。

 警戒心にあふれた犬たち。マルス様が私と王の間に立ちます。


『さては、リーゼ様を誑かすつもりだな!』

『許さんぞ、猫!』

『可愛いからって我らの女王陛下を狙うとは!』

「皆さん、少し黙ってください」


 私は肩に結構重いテツ王子を移動させて、一人一人のわんこをぎゅっと抱きしめ直します。

 しっぽが元気に振られ、弛緩する毛皮。それを実感してから、ようやく会談の場に向かいました。


「さあリーゼロッテ殿。どうぞ一献。ねこまたまたジュースだが」

「それって貴方にとってはお酒ですよね」

「堅いこと言うなよ、黄金犬」

『父上、ボクも!』

「お前にはまだ早い」


 四角い王のこたつに座れるのは四人。

 外交団として赴いたのは私とレオンハルト様。そしてマルス様と第一部隊の方たちです。

 なので、とりあえずレオンハルト様とマルス様が同席します。


 私は斜め前に座って靴を抜いで足を入れ、こたつの上に出された飲み物を頂きました。

 味はワロンに似ていて、私は好きな味です。


 それにしても。このこたつとは実に気持ちの良いものですね。

 足が—————温いです。


 ぶみ。


「ひ、何か踏みました! 何か柔らかいものをっ」

「ああ、それはうちの長男だ」

「……これですか」


 レオンハルト様に引きずり出されたのは大分丸くなったおデブ猫です。

 

 白地に黒しましまは、王やテツ王子と同じです。

 ですが目つきがとても悪くていらっしゃいます。なんというか、その……。


「うなあ」


 ドラ声も大分可愛らしくていらっしゃいます。


「リーゼ様!?」

「はっはっは。リーゼロッテ殿はこっちの方が好みかな? すまんがこちらは跡継ぎでな」

「兄上、ひどいよ! ボクの方が絶対かわいいのにっ」


 レオンハルト様は美しい顔に表情を乗せず、後ろで控えていたキシュウ卿にワカン箱を持ってこさせました。そしてぽいっと捨てます。捨て、え!?


「リーゼ様。要りませんよね、こんなの。犬が一番可愛いですよね」

「止めてください! 可愛いですから! 私のわんこたちが世界一ですから!」

「はっはっは。やめてくれないかなあ、一応それは俺の息子なんだが」


 そのまま話は脱線し、しばらく話は毛皮の良さに流れていきましたが、最後には無事に研究の協力と情報の共有化の確約を頂きました。

 テツ王子は私の肩に登って下りてくださりません。そろそろ肩が疲れました。

 猫王は腕に飛んだねこまたまたジュースを色っぽく舐めとり、私に訊ねました。


「それにしても、よく国民がたった一人の王族を国外に出す気になったな。ずっと犬小屋に閉じこもっているのかと思えば」

「国民とよく話し合うことが出来たのです」


 


 あの騒動の後、王宮は落ち着きました。

 頭を切り替えた犬人たちの行動は早く、国民に対しても正しい情報が流されました。


 各紙やあらゆる媒体で「新大陸で疫病が発生しましたが、現在調査に向かっているので続報を待ってください。検疫も強化していますので、いつも通りの生活を送ってください」という発表しています。

 同時にこの発表を信じてもらうべく、各地で部隊が直接訪問し、研究所の情報の提供と収拾に務めています。


 王宮から伝えるだけでは、国民はすぐに疑います。根拠があろうがなかろうが。不安が噂を作りあげるのですから。

 ならば、積極的に伝えに行くしかありません。

 私は第七部隊の撮影所とやらに何度も出演して、第八部隊からの情報を自分から伝え続けました。

 もちろん、リーゼロッテ大陸にも。


『国民の皆様。第八部隊の許可が下り次第向かいます故、どうか耐えてください』


 最近開発された保存動画というものを、大陸間弾道通信で向こうの大陸のマメタ様とロボ様たちに送ります。

 更に涙を堪えて戦っているであろうマメタ様に、私のワンピース一式をアポロ様に託して送りました。

 どうか、せめて。私の匂いが付いたこれを着て頑張ってほしいと。


 —――――一週間後。緊急のホットラインから届いた情報によると。

 マメタ様は涙を浮かべながらワンピースを着て、あちこちに指示を出して頑張っておられるそうです。

 とても似合うと各地で評判だとか。良かった……。

 

 時折第五部隊の調査にも同行します。

 リーゼロッテ号で数々の診療所の状況や現在のケンネルの医学について学ぶ機会もいただいています。

 地方に行くと『歓迎! リーゼロッテ女王陛下!』というで横断幕で歓迎してくださるのが面映ゆいながらも、領主のお子さんたちと交流したり、わんこ教の司祭と純人教の導師が仲良くしてくださるようお願いしたり。

 そんな活動をずっと続けておりました。


 すると私が直接出て行った方が物事が上手く回ると、ようやく理解して下ったのです。国民はやっと私の外出に賛同するようになりました。


 



「ただ国の中でいるよりも、こうして直接対話した方が、他国と協力し合えると理解していただけたのです」

「なるほど。不幸中の幸いというところか。我々としてもようやく犬と共闘する意味が分かった。猫人は何せ出不精だ。わざわざ来てくださった貴女の想いを無下にはすまい」

「ありがとうございます……!」


 私が感謝を申し上げると、猫王はふっと笑いました。

 間に挟まっていたワボチャのような長男をどけて、横から私に圧し掛かってきます。


「はい!?」

「何をされるのですか王!」

「ちょっと!」

『父上!?』


 レオンハルト様とマルス様とテツ王子が悲鳴を上げると、彼は私の顔ぎりぎりに近づいて囁かれます。

 何と言いますか、目を伏せ気味にしていると色気? 色気が全身から現れて—————。


「猫なら散歩は要らないよ。寝室にこの大きな猫を一匹どうかな?」

「キシャー!」


 テツ王子に引っかかれました。






 別れ際、「いやあ、予想以上にリーゼロッテ殿が大人でいい女だったものだから。まあ、褒め言葉だよ、うん。うちの国も養ってもらえたら楽そうなだなって。まあこれからも宜しくな!」と息子から縁を切られそうな猫王が見送ってくださり、隣国のコタツ王国への訪問は成功しました。


「実に危険な国だったな。可愛らしさを武器にするとは許せん」

「うん、あんな国。もう二度と訪問しちゃだめだよ、リーゼ様」


 周りの犬人たちも頷いています。

 危険って、そういう意味ですか。


 呆れながら次々と他国に訪問し、私たちはケンネルの現状と協力を依頼して行ったのです。





 鳥人の国では————――。


「リーゼ様! ぼくのもふもふだってとっても柔らかくて可愛いでショ?」

「エンペラー様。ヒナの産毛が可愛いですね」

「「わん!」」


 嫉妬したわんこたちには……はい、良い子良い子。




 大陸の先端にある小国。ラバピカ共和国では—————―。


『お風呂入って行ってください』

「はい?」

『いまならブンタンが浮かんでいい感じなんです』

「あの、私はお話を—————」

「……止めておきましょう、リーゼ様。この国はルマニアで一番マイペースな国で誰も近寄りません」

「はあ……」

『あ、陛下はキノコお好きですか?』

「ええ、大好きですが」

『今ならエリンギ人とシイタケ人の侍女が控えていますので、うっかり食べないでくださいね』

「なんですかそれは!?」

「だからカオスなんだよ、ここは。滞在すると頭がおかしくなるよ」


 



 そして何とか書類だけ締結して、小国コンブ王国に辿り着くと—————。


「助けてください陛下!」


 いつぞやのボノ王子のお母さまです。

 結婚式の時は私を殺さんばかりに睨んでおりましたが、腕の中にぐったりしたボノ王子を入れて、私に縋り付いてきます。


「どうされたのですか!」

「ボノが、ボノが治らないんです!」


 第八部隊から私の外交団に選ばれたベル・ピレニーズ隊員が、私の代わりに「失礼します」と言ってボノ王子の診察をします。

 部隊に完全復帰したベル様がてきぱきと検査キットを扱う中、なぜか王妃が私をひたすら見つめています。顔に何かついていますでしょうか。


 ベル様がほっとした顔をして注射を取り出しました。


「これは猫人の国で流行っている病原ですね。地下道を通じた貿易が活発になったせいで、この国では滅多にない病気に罹患しやすくなったということでしょう。幸い第八部隊のストックに治療薬がありますので、それで対応します」

「ありがとうございます……ボノ!」


 この国では最近になって交易を活発化させたものの、まさか経済だけではなく病気の種類まで豊かになるとは思いもよらなかったようです。

 海獺人は、昔から地元の海に浮かんで生活をしていました。長年守って来た伝統だけでは対処出来ない事態で、すっかりパニックに陥っていたのです。

 ようやく落ち着いた王妃は、王と共に話し合いに応じ、今後は医療を中心に二国間でそれぞれ共闘できる部分を相談することになりました。


 そして王妃が私に必死に縋った理由。それは————。


「リーゼロッテ様がこの国が癇に障ったからボノを呪ったのではないかと!」

「とんでもない誤解です! 呪いってなんですか!」

「だって、氷の白夜の女王は大の男を踏みつけにして、竜すら叩きのめして、かの大食神話に出てくる大熊猫すら食べてしまうと聞いておりましたから」

「違います! 事実を端折り過ぎです! 意味が違います!」


 本当に。

 自ら外交に出て行って、ケンネルの実情を知っていただくのは、とても大切なことだと実感いたしました。





 それから数か国を回って、鰐人の王妃と蛇女王から「踏みつけの御指南を」と縋られた以外は無難に交渉をまとめ、最後に着いたのはリンドブルム王国でした。


 すでに書簡で先方から協力を申し出てくださり、話も具体的に進んでいる王の元へ参ります。 

 リンドブルム王も共にリーゼロッテ大陸に向かうことで意見が一致いたしました。


「リーゼロッテ殿。あちらにはわが民がいる。我らの手が間に合わず、養うことが出来なかった民がな。私には負い目がある。せめて最大限の協力を大陸の仲間にさせていただこう」


 その目は帝王の目。

 細めた瞳孔で私を見下ろし、同じ「王」として、私を見てくださっておりました。






 世界の連帯感が高まる中、私の手元には次々と送られてくる報告書。


「現在、疫病の正体は狂犬病の病原とは違うものと特定されました」

「ヒグマーから発生したとまでは特定されました。しかし検体が足りません」

「最近原始人と間違えて村人に発見され、再び行方不明になった、バーバリアン・フォン・ピットブルの痕跡をたどりつつ、病気のヒグマーの捜索を続けます」


 狂犬病ではありませんでした。

 その情報は国民の胸を安堵させました。

 しかし、一度発症すると致死率が高いという情報もあり、まだ安心はできません。


 謎の病原はまだベールに包まれております。

 予防策には今のところマスクである程度防げると判明いたしましたが、未だ感染爆発の危険があり、互いの大陸の行き来は禁止されております。


 一刻も早く。防護服を着てでも、大陸の国民の元に駆けつけたい。

 それはしかしリンドブルム王からも止められました。


「焦るな、堂々としろ。国民は良く見ている、少しでも焦りを見せたら不安を煽るだけだ」


 各地を回る以外は、なるべく穏やかな日常を国民に見ていただくように努めるしかありません。






 日常ということで、時折ダシバとエリザベスちゃんも愛犬として連れて行きます。


 ようやく、口に銜えられると男のプライド傷つくらしいと気が付いた、私とエリザベスちゃんは、ダシバを自分の前で歩かせることにいたしました。

 しかしダシバは、三歩ほど後ろから歩いてくる彼女の迫りくる強烈なオーラに耐え切れず……。

 結局エリザベスちゃんの後ろを歩くことで、二匹は一緒に歩けるようになりました。


 もちろん、強制的に散歩に出ていますので、コロシバが少しスリムになって健康的な豆柴となってくれたのです。

 

 少し関係が落ち着いた二匹。

 ダシバはエリザベスちゃんを見て固まる時間が減りました。

 しかし少し痩せたダシバのその姿を、別の方向で解釈した男性たちは、より一層ダシバに祈るようになりました。


 一方でエリザベスちゃんも女性陣に人気です。

 彼女の愛に走る姿勢が素晴らしいと。

プレゼントを下さったり、恋愛運を高めようと撫でに来る女性も多くいらっしゃいます。「女王様もなでておいた方が良いですよ。なんだかご縁が薄そうだから」と助言もいただいてしまい……夜中にこっそりと撫でています。


 それを見たマルス様が、なぜか渋い顔をなさいます。


『あのさあ、リーゼ様。運を良くしたいならエリザベスよりも僕を撫でてよ』

「マルス様の頭には何がありましたっけ」

『あるよー! すっごくある!』


 そうおっしゃって強引に白いフワサラな頭を突きぐりぐりと私の足元に押し付けてきます。

 その様子を見た義兄は、秘書官の姿で笑うだけです。


『なあバド。お前は撫でて欲しくないの?』

「さあ。俺はお兄ちゃんですからね。妹にヨシヨシされる年でもないでしょう」


 そう言った義兄は後ろを向いて、報告書を片づけておりました。


 




「陛下。私たちの命を救ってくださるだけでなく、エリザベスを幸せにしてくださり、誠にありがとうございます」

 

 私に頭を下げたのはエリザベスちゃんの元飼い主。昔はグッドマン男爵と呼ばれていましたが、今は文官として再雇用されています。

 故郷では名家だったのですが、革命の騒ぎで国民への見せしめに処刑台に乗せられたところを、レオンハルト様に救われました。 

 穏やかな壮年の男性は、足元で甘えるエリザベスちゃんをよしよしと撫でています。


「いいえ。これも二人の愛ゆえですから」

「ダシバくんは、本当にいい男ですね。あの子はどのオスにも怖がられて、全くお見合いが成功しなかったのです」


 エリザベスちゃんはとても巨大な犬です。

 外見はマスティフ一族に近いのですが、大きさが段違いです。

 グレイ様は縦も横も大きい大型犬なのですが、エリザベスちゃんは縦だけでもダリウス様に近い大きさです。つまり体型は巨体以外の何ものでもありません。


 でも私は同類。外見で損する部分が多いゆえに、彼女が繊細に傷ついていることに気が付いておりました。

 飼い主のグッドマン様も同じく、彼女の幸せを願っていたのです。


「そういえば、エリザベスちゃんは『何かすごい犬』という方の血を引いていると聞いておりますが、犬種は何なのですか?」

「それがすっかり忘れてしまいまして。確か血統書を持っていたのですがあの混乱で紛失してしまいました」

「そうですか……」

「まあ、いつか二匹に子犬が出来た時には必要になるでしょうから。なんとか思い出します」




 その時は既に、「何かすごい犬」についての興味は失せておりました。

 ですが、まさかその情報こそが。世界を救うことになるとは。


 あの時誰も想像をしていなかったのです。 

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