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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第三章 リーゼロッテと愛しい愛犬たち
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第二話 ご主人様、犬にも色々あるのですぞ!( by マスティフ )

 午後のお茶の時間。

 本日私は騎士団の方たちと長方形のテーブルを囲んでおりました。

 多くの方は犬の姿ではありません。

 私が秋から『お茶くらいはボウルを禁止にしてください!』とお願いをしたからです。




 いつもは静かな私室の一角には、雷鳴のような笑い声が響いております。


「はっはっはー! いやあ、我が義娘は実に力強い! 宰相には感謝をせねばなりませんな!」

「マスティフ家のご協力は大変有り難く」

「いやいや、長年愛犬を輩出しておらなかった我が一族ですからな! これで当主としても面目が立ちましたぞ!」


 ご機嫌なグレイ様が、骨付き肉厚ジャーキーを齧ります。

 テーブルを挟んで年長者に感謝の礼を取るレオンハルト様は、微笑んでお茶の入ったカップを取りました。


 レオンハルト様の右横には、第四部隊のラスカル様が座っています。テーブルに前屈みになって動きません。

 何をなされているのかと窺ったら、高級ホネホネボーンの包装紙で、骨の形の折り紙を作っていました。

 どうやら暇のようです。


 第三部隊のアポロ様は相変わらずの多忙のようで欠席です。

 何やらリーゼロッテ大陸(諦めました)との往来が増えてから、懸念すべき材料が増えているのだとか。

 彼は今、海上だそうです。


 第五部隊のリリック様はこの部屋にはいます。……いますが、上です。天井です。

 理由を訊くと私とお菓子を食べるシチュエーションが申し訳ないとか……。最近、後向きが過ぎませんか!?

 

 そして、第七部隊のヨーチ様も欠席です。

 ダシバの結婚生活の記事がバカ売れするとかで、王宮内にある印刷所から出てこられないのです。

 彼は顔をインクだらけにして『駄犬の地位向上のためです!』とおっしゃりますが、どうも怪しげな週刊誌を刷っている模様。

(名前は【ワスパ!】でしたでしょうか……何やら女性の性的な絵を載せて男性の本音を書き散らしたものだとテレサさんから聞いておりますが……)

 若手からミドルまでの男性が好む雑誌のようで、一度こっそり捲ろうとしたらテレサさんに取り上げられました。 


 義兄は隣の部屋で、実家から届いた遺品の整理をしてくださっています。

 一度確認いたしましたが、アベルお父様が残してくれた手記のような遺品は、何もありませんでした。

 ―――――亡くなった母が何かを残してくださっていないのか。

 少し、期待をしていたのですが。


(そう簡単にはいきませんよね)

 何も残さずに亡くなった方の気持ちは、簡単には分かりません。

 義兄は実の母には色々と思うところがあるようでしたが、カインお父様のことは本当に尊敬していたのです。

 ついさっきまで本の埃を払いながら、『あの人も不器用だったからな。みんな不器用だったんよ』と懐かしそうに遺品を眺めておりました。



 テレサさんが穏やかに彩り豊かな軽食や飲み物を用意して下さる中。

 隊長の前に「元」のつく方が、マルス様以外にもう一人—————。


「実に合理的だよね。ダシバの境遇に殆どの男は同情して味方になったし、エリザベスの境遇と愛情に女性の胸は打たれた。陛下は愛犬を二人にすることで、見事に嫉妬しやすい狂犬どもの管理に成功したわけだ」


 グレイ様の隣にはアフガンハウンド卿が座っています。

 つやつやした長い髪を後ろに流し、チャーリーによって整えられた爪で拾い上げたワンベイを齧っています。

 ワウ茶を啜り、「やっぱワンベイはわんこ製菓のやつに限るよね」と頷いておりますが……。


「アフガンハウンド卿……なぜ貴方がまたここにいるのですか。秋も収穫祭で会いましたが、確か王都から追放されたはずですよね」

「法律は常に穴だらけ。この世は常に穴だらけ。やり方はいつだってノーコメントだよ。チャーリーがプラトン王子から『新しい友達自慢』の手紙をもらってね。どうしても会いたいって言うから、連れて来たんだ。あの子はまだこの王立保育園に籍があるし。当然の権利だよね」


 年齢不詳の妖精のように美しい男性は、いけしゃーしゃーと説明します。

 すっかり私に対して砕けた言い方になった彼の首には、私が嵌めて差し上げた、銀の入った赤い首輪を付けておりました。

 彼はつんつんと自分の首輪を突ついて、語ります。


「それに知っているかな、ご主人様。最近の保護者は言ったもの勝ちなんだよ。『第七部隊を使って訴えちゃうぞ? 子供の泣き顔を世間にバラまいて悪役にしてやるぞ?』と論戦張れば大抵の先生は穏便にことをすませようと「はい、ストップ。この手の話はノーコメントのはずでは?」」


 レオンハルト様に止められます。 

 彼の説明になっていない説明に、レオンハルト様の左隣で干し果物をつまんでいたジョゼ様が反応されました。 


「あら、でも。宰相は計算してやったわけではないでしょう? たまたま素敵な恋愛があっただけですよね?」

「セントバーナード卿、その通りだ。私は恩人の女性の夢を叶えたに過ぎない」

『ふーん』


 私の足元ではマルス様がうろんげに、乙女に花束を掲げそうな雰囲気のレオンハルト様を見上げています。

 

『そうだな……。旧大陸でも嫁が見つからない可能性もあったのだから、幸いだったのだろう』

『幸い? それは誰にとって、でしょうね』


 同じくテーブルの下で寝そべる、犬の姿のダリウス様と、大きな胴体で押さえつけられたマゾ様。

 ダリウス様は今日も「女王の足」の護衛犬をしてくださりました。

 腹這いに倒れる優雅な犬は、一心に私の編み上げブーツを見つめ、首を振ります。


『駄犬の幸せはともかく。なぜ女王は一度で許されるとお思いか。私がそれくらいで満足するとお思いですか。せっかくの硬そうなブーツだというにのに』

「それくらいで満足してください。ダリウス様、団長権限でお願いいたします」

『喜んで。この身を持ってこの変態犬の重しとなりましょう。足元に侍るのは私。足下に侍るのは……許さんぞ、ボルゾイ。私がやるならともかく』


 黒い超大型犬は、いささか不穏な台詞を吐いて、私の足を見つめ続ける細身の大型犬の部下を睨みました。

 

「全く。騎士団の皆はマイペースですね」

「本当に。宰相のレオンハルト様を筆頭に、ですね」


 麗人の宰相のコメントに。私が突っ込みをいれます。


 彼は麗しく笑顔で答えます。

 今日の赤い首輪も、きちんと手入れをされて艶やかです。 


 ですが騙されませんよ。

 私はお腹に回された青年の腕と、お尻の下の硬い太ももをペチリと叩きました。


「そろそろレオンハルト様の膝から降りたいのですが。下ろしていただけませんか」

「それは命令ですか?」

「当然です!」




 渋る彼の膝から降り、私はテレサさんにあれを持ってくるようお願いしました。


「今日は私の手作りのおやつですよ!」


 テレサさんがドンとテーブルに出したのは、ワナナの山盛り。

 バナナととても似ています。しかしそれよりもずっと大きくて、白くてふんわりして極甘なのが特徴の、半生干し果物です。


 行商人協会が開発した、食品の『旅犬』ブランド。

 そのブランドの一つが、このワナナの手作りキット。

 簡単手作りおやつキット『どんなに不器用な子だって、簡単に可愛いお菓子が作れちゃうシリーズ~切れちゃうワナナ~』です。

 不器用で手先がもたつく私にもぴったりの手作りおやつキット『どん不器』シリーズ。

 その中で唯一私が失敗しないのが「切れちゃうワナナ」なのです!


 袋を開けると、外皮が剥けた状態のワナナが現れます。

 それを両手でゆっくり割ると、綺麗に楕円に切れるので、それを大きな丸皿に並べます。

 はい、出来上がり!


 その様子を初めて見た時のマルス様と義兄の表情が忘れられません。


『またワナナ……せめてワナナプリンとか』


 テーブルの下から声が聞こえましたが、文句を言う人には差し上げません。

 綺麗に並べたワナナの一切れに、小さなフォークを刺して。


「はい、私の作ったおやつを食べてください! あーん」 

「「わん!」」


 どんなに同じワナナを出しても、これをすると犬人の皆さんは喜んで食べてくれるのです!

 私にも差し上げられるものがあるというのは、なんと素晴らしいことでしょう!  


 ただ大抵の方は犬の姿になって、素手で「あーん」をされることを喜びますが、マルス様は人の姿でされたがります。

 そして、レオンハルト様が人の姿で手の平まで舐めてくださった時には、ドン引きいたしました。






 一通り大皿が空っぽになった頃。

 私は二匹の愛犬を呼びました。 


「ダシバ! エリザベスちゃん! おやつですよ!」

「ばう!」

 

 元気な声で応えたエリザベスちゃんが、私の寝室からやってきます。

 彼女の前にワナナを入れたボウルを二つ置くと、もう一匹が来ないことに気が付きました。


「ダシバはどうしました?」

「……くうーん」


 哀しそうに鳴いてしょげるエリザベスちゃん。

 その様子に、隊長たちの視線が私の寝室に移動します。

 エリザベスちゃんは自分のボウルをじっと見ると、ひょいと銜えて、もと来た場所へ戻っていきました。

 私は互いに顔を見合わせて、寝室の様子を見に行くことにしました。 


 犬の影のない、私の寝室。エリザベスちゃんはベッド下に、鼻先でボウルを押し付けて入れています。


 ダシバはベッドの下です。

 マルス様が「男には一人になる時間も必要なんだよ!」と主張し、いつもは譲らない私のベッド下の権利をダシバに差し出したのです。


 当初ダシバを嫌っていた方はもうこの王宮にはいません。

 今はダシバとエリザベスちゃんを連れて廊下を歩くと、男性たちが皆、ダシバに向かって祈りを捧げるのです。

 特にエリザベスちゃんがダシバを銜えている姿を見た男性は、厳かな表情で祈ってくださいます。


 文官のアントン様の話ですと、「厄払いに駄犬教に入信したい」という犬人が増えたのだとか。ですが喜ぶべき大導師は毎日泣き暮らしているため、信徒の把握ができず、どれだけ影響を及ぼしているのかは分からないそうです。 

 朗らかに「兄を慰めるのが大変です」と笑っておりました。




「今、犬人の男性たちは犠牲のワープによって一致団結しておりますからな。当分は序列闘争も起きませんよ」


 そうおっしゃったのは、アプソ大司祭です。

 ワープとは毛を刈り、服を作り、肉を食すための家畜の一種になります。

 年末には犬人の厄を全て背負わせたワープを丸焼きにして食べるというお祭りがあるそうで、今、ダシバは全既婚男性の厄を背負って—————ん?


「大司祭様。なぜダシバが厄を背負うのですか? 幸せな新婚さんではありませんか」


 にこにこと笑うだけでお答えにならない大司祭様は、愛犬育成書バイブルに書かれている結婚の祝詞に、【愛にも色々あるのだから】と言う文言を書き加えておりました。




「ダシバ。おやつですよ」


 私がベッド下に声をかけると、ひょっこりと、ダシバのむちむちとした前足が現れました。腕輪は付いたままです。

 エリザベスちゃんが鼻先で押し付けてくれたワナナボウルを前足で引きずり込み、もちゃもちゃとベッドの下で平らげる音を立てました。


「……エリザベスちゃんのこと嫌いではないのですよね」

「もちゃもちゃ」

「ばう……」


 おしっこも漏らさず、しっぽが腹につかず、穴を掘って顔をつっこむこともせず。

 そして彼女には降参ポーズも取らない。

 私はすっかりこの大きな乙女を、ダシバなりに好きなのだと思っていましたが……。


 以前ダシバに対して「唯一の友達」を押し付けてしまった時のように。

 私はまた、間違いを犯してしてしまったのでしょうか。


 不安に陥る私に、マルス様が「それは違う」とおっしゃいます。


『大丈夫だよ。本当に嫌がっていたら、僕らはもっと反対したよ』

「マルス様」

 

 ダシバの様子を覗き込んでいる白いサラフワ犬は、はあ、とため息をつきます。

 そのまま私の膝に前足を掛けておねだりをしました。


『ねえリーゼ様。抱き上げてよ』

「え、あ、はい」

 

 持ち上げると腕にすっぽりと入るマルス様は、私の胸に顔を押し付けて鼻をすんすんと動かし、うっとりしています。


『あいつはまあ、見る度に気の毒なんだけどさ。なんというのか。あれでいて初めて「本当に好きになってくれた女の子がいた」ことに衝撃を受けているんだよ。自分がおバカでダメ犬で、下半身にだらしないおっさんだって自覚だけはあるみたいだからね。反省なんて全くしないけど。実際にあの威容を畏れているのは本当だし』

「ならば、すぐに彼女の愛情を受け入れてくださいますね!」

『そう簡単に行くのかなあ。愛ってさ、なかなか腑に落ちるものじゃないんだよ』


 マルス様は黒曜石のような瞳で、私の顔をじっと見上げます。


「どうされました?」

『……まあ。リーゼ様が好きだってことだよ。みんな、みんな。出会った時よりもずっとリーゼ様を好きになったってことさ』

「本当ですか? 嬉しいです!」


 私は胸の中のマルス様を抱きしめて、思わず頬ずりします。


『もちろんですよ、女王様。貴女が幸せそうに我らと共にいたいと数々の行動で示してくださった。それだけ我らも心が救われたのですから』


 黄金犬になったレオンハルト様が足元にすり寄ります。


 わん!


 気が付くと、周りには犬になった皆様。

 足にくーんと甘えてくださります。

 ドアの向こうでは黒い犬になったテレサさんもニコニコお座りしています。


 グレイ様がエリザベスちゃんにすり寄り、養女になった自分よりも大きな犬を慰めています。

 耳元で『あまりにも奴が焦れさせるようなら、しっぽを嚙み切ってやろう』と助言……になっておりません!


 何とも賑やかなお茶会が、今日も楽しく終わりました。




◇◇◇◇




 夜の海岸で、私は一人でした。

 静かな大海。暗い波が寄せ、私の足を冷たく濡らしていきます。


『リーゼちゃんのお母様って元は旅芸人なんでしょ? それって……』

『そうですけど、それがなんだというのですか』


『リーゼロッテ! 私の息子はお前の母親に騙されたんだよ。お前がいるから、結婚せざるをえなかったんだ! ああなんて可哀想な私の子!』

『おばあ様……』

『お婆様なんて呼ばないで! 本当の孫かも怪しいのに』


『お父様、私のことを好きですよね? 私がいるから大丈夫ですよね? お母様がいなくても、私がいれば再婚なんてされませんよね?』

『リーゼは可愛いなあ。するわけないじゃないか』


 そして頬を撫でてくれた父の手の感触はすぐに失われ、代わりに鋭い痛みが突き刺さります。 


『もうちょっと愛想よくできないの? 私の手が赤くなっちゃったじゃない』

『ごめんなさい、お義母さま』

『どうせ貴方を生んだ女なんて、こっそり他の男の子供を産むために、純粋なカインを騙して結婚したのでしょう? 私は違うわ、愛があるもの。カインの本当の愛もお腹の子も、全て私のものよ』 

『……』

『何よその目は。貴方に涙なんて似合わない。女の涙を使っていいのは私だけなんだから』



 ばう!



「はっ」

  

 目が覚めると、私は午後寝のカウチソファーの上でうたた寝をしておりました。

 顔のそばにはエリザベスちゃん。

 魘される私を、彼女が舐めて起こしてくださったようです。


「エリザベスちゃん。ありがとうございます。起こしてくださったのですね」

「ばう」

「エリザベス様はリーゼ様をずっと見守ってくださっていたのですよ」

「素敵な愛犬が増えて、女性陣としても安心していられますわ」

「駄犬は危険が迫っても、吠えることすらしませんでしたからね」


 夕方の作法の講師に来てくださったプードル夫人と、フリーゼ夫人です。

 備え付けの白いテーブルの上で待っていてくださったようです。


「申し訳ありません! すぐに用意をいたします」

「まだ大丈夫ですよ、陛下。ピットブル夫人がまだいらしていないのです」

「珍しいですわね。グレース・コリー様は時間に厳しい方なのに」

 

 確かに。

 きっちりと結い上げた髪と同様、グレース様は待ち合わせに厳しい方でした。

 なのに、なぜ人生の時間感覚すらおかしいバーバリアン様と結婚したのか……。


 私が不思議に思っていると、突然ドアが叩かれます。

 飛び込んできたのは、いつもの伝令犬の皆様。


『新大陸で疫病が発生したと報告が入りました! 航路を第三部隊が閉鎖しています!』

『第八部隊が集合し、ウルフハウンド団長とセントバーナード隊長の指示の元、分隊を構成しています!』

『グレース・コリー・フォン・ピットブル様が「大陸の旦那に会いに行く」と門で兵と揉めています!』


 目が一気に覚めた私は寝起きの髪を後ろに縛り、すぐさま確認します。


「疫病の正体は!?」

『分かりません。ただ、セントバーナード隊長は狂犬病ウイルスの新型である可能性もあると————』

「いやー!」


 報告を聞いた途端、フリーゼ夫人が悲鳴を上げて気を失いました。

 真っ青になったプードル夫人が、「陛下」と私に抱き着きます。震えながら豪華な巻き髪を揺らし、必死の形相で私に訴えます。


「陛下は今からシェルターにお逃げください。そして絶対に出てこないでください」

「え?」

「そして新大陸を閉鎖し、これ以上アレがケンネルいえ、ルマニア大陸に到達する前に新大陸を燃やし尽くしましょう。人ごと」

「ええ!?」

「陛下にまさかのことがあれば犬人は絶滅したも同然。犠牲になった新大陸人は喜んで死んでくださると—————」

「やめてください! そして落ち着いてください夫人!」


 私は必死に夫人の巻き髪と背中を撫でて落ち着かせる横で、テレサさんが伝令犬の方々に、私がすぐに王の間に向かうと伝えてくださいます。

 



 緊急故、マルス様に並走するテレサさんの背中に乗ります。

 王座に辿り着くとそこには赤い首輪を軍服の群れ。


 私の姿を認めたグレイ様とラスカル様が、開口一番言い出しました。


「陛下! 陛下はどのミサイルが一番好きですかな!?」

「第四部隊ではいいもの揃えてますよ」

「最終手段を最初に言わないでくださいっ!」


 完全に騎士団は浮足立っています。

 指示を出し終わったダリウス様が慌てて駆け寄ってきました。


「申し訳ありません。可能性といえど、あの病原の話題が出ては、犬は平常ではいられないのです」

「王族を死に至らしめた病ですか……」

「ええ。犬の家族を奪い、愛する飼い主たちを奪った—————狂犬病です」


 私の父を奪った、病。


「しかし、必ずしも特定されたわけではありませんよね」

「ですが疑わしい限り、最大限の対策を早期に取る。我々はかつて学んだのです」


 レオンハルト様が珍しく白い宰相服ではなく、白い軍服を着ています。


「私の妹は当初頭痛を訴えておりました。咳をしていたため、当初はただの風邪かと思っていたのですが————」

 

 言葉を区切って、黙りました。

 私は目を閉じます。それ以上の説明を訊く必要はありません。


 防護服というものを着込んだジョゼ様が、『検体を取ってまいります』と膝をついて説明してくださいます。新大陸で診察をしながら病原を特定するそうです。


「あり得る可能性をゼロにすることは不可能です。ですが、あり得ない可能性を広げることはできます。どうか陛下。これからは体調の悪そうなもの、体調の悪さを訴えるものに決して近づかぬよう、お願いします」  

「分かりました」

「それと、ピットブル夫人の同行の許可もいただけますでしょうか」


 グレース様も?

 

「彼女はいつも『旦那はどこかで生きているはずだから放って置いてください』とおっしゃっておりましたが……」

「陛下。それも信頼なのです。ですが、彼女も狂犬病で家族の多くを失くした身。いつものように動揺を抑えることが出来ないのです。同じ女として同情した私を許してくださるのなら、どうか。彼女の旅立ちもお許しください」

 

 ジョゼ様の必死の瞳に、私は頷くことしかできませんでした。




「そして、はい陛下」


 ラスカル様から手渡された、既視感を覚える赤いスイッチ。


「……これはなんですか」

「最近開発した大陸破壊ミサイルのスイッチです」


 いつの間にそんなものを開発していたのですか!

 私が驚愕すると、ラスカル様は真剣な表情でおっしゃります。


「仕方ないじゃないですか。この大陸に上陸されるよりは、マシです」

「ちょっと、これは流石に—————」


 私が周りを見回すと、誰もが真顔です。

 本気で、最終手段として親族が、仲間が、親しい人たち住んでいる大地を破壊する気です。 

 

 更に手のひらにスイッチが二つ渡されました。

 ボタンは青と、黄色です。


「ついでにこれが旧大陸に向けたミサイルでー。おまけでルマニア大陸全域向けも作ってみました」

「本当に本気でやっていますか!?」

 

 職人犬オタクを率いるラスカルさまは、真剣に「どうせやるならコンプリートしましょうよ。面白そうだし」とおっしゃります。

 ……流石にそろそろ、人事異動を始めしましょうかね。


 しかし、よく見るとボタンの「ここを押してね」のマークがずれています。

 珍しい。

 一分の狂いもなく、精密に作るのが得意だと聞いておりますのに————。


 ラスカル様の手をよく見ると、少し震えていました。



(……そうですね)



「ダリウス様」

「はい」

「手を貸してください」

「はっ」


 私は彼の手に自分の手を添えて、ゆっくりと「私の」王座に向かって歩き出しました。





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