第十八話 リーゼロッテ女王陛下(十才)のお仕事は、犬を愛することです
秋です!
天高く、犬肥ゆる秋です!
夏痩せしていたわんこたちは皆ふっくら。毛皮もつやつやしています。
一部水虫が繁殖し治らない方がいた以外、あの苦しみは既になく。
―――――地獄の季節は、過ぎ去ったのです!
私は今、アイアルダムにハイキングに来ています。
山の上にある広い湖のようなダム。紅葉が少し始まっていました。
水辺も以前の犬洗い状態が解消され、すっかり綺麗な水面と緑を満喫できるようになっています。
最近レオンハルト様は「一から家庭犬を出直します」と宣言しました。
そして華麗な文官服の上に、割烹着。
ただし、裾にわんこシルエットのアップリケと胸元にフリルと『リーゼロッテ様命』の刺しゅうなど、かなりこだわりが増えています。
本日は頭に三角巾を付けて、豪奢な金髪をまとめていました。
彼がそっと前菜のバスケットを差し出してくださります。
「リーゼ様、全員お弁当を持って配置に付きましたよ。合図をお願いいたします」
「分かりました」
私は周囲で各々グループを作っている皆に声を掛けました。
「皆様、お腹が空きましたね。アイアル様と健康に感謝を掲げ、美味しくご飯を食べましょう!」
「「わん!」」「わうーん」「ばうっ」「はい!」「きゅ」「きゅん!」
あたり一面で肉球模様のシートを敷き、近くの峠のわんこ飯屋で提供されたわんこ丼(ジビエ肉盛りだくさん)を並べたわんこたちが元気にお返事をされます。一部わんこではない方も混ざっていますが気にしません。
本日の同行者は、犬人だけでも千人を越えます。
皆さんご主人様の近くでは犬の姿で食べたいそうで、壮観な光景が広がっていました。
これでも人数を絞ったのです。
私が「みんなでハイキングに行きたい」といった手前、最初は王宮中の犬人全員が前足を上げて参加を表明しました。
しかし完全に王宮をするにすることはできません。
一方で、お留守番する方には確実に不満が募ります。
そこで私は「保育園の子犬たちとその保護者」「元・野犬」「大臣・局長クラス」「中央騎士団の隊長たち」、そして抽選によって選ばれた臨時警備犬部隊に絞りました。
文句ですか?
もちろん出ましたとも。
そこで私は女王として、きちんと説得いたしました。
「ちゃんとお留守番出来た子は、後日お庭で一緒にお昼寝しましょうね」
これで静かになりました。
テレサさんもシュナウザー博士も褒めてくださいまして、ほっとしています。
ただ、レオンハルト様が「王宮の周囲に、移動販売菓子屋わんわんエンジェル大特価セールと、興行プロレスわんこ無料公演の罠を張っておきました。これでも誘われなかった連中がいたら認めてやりましょう」とおっしゃっていたので、何名の方が残られるのかは分かりません。ちなみに第五部隊の方がムチを片手に名簿チェックを入れるそうです。
ここにたどり着くまでにも、色々なことがありました。
まずは地下道。
地下道も国民の移動用・運輸用と整備されました。
気候・天候に関係なく人や物が移動できるため、「高速道」と呼ばれています。
ちなみに人気の道は、ユマニティの大都市アシとこの王都アイアルを結ぶ高速一号線。
隣国ドラゴニアの王都リンドブルムへ続く高速二号線。観光面では東の海へまっすぐに続く高速三号線も需要があります。
小さな休憩所用の横穴も作られ、道行く旅人や商人に商いをするようになりました。
聞くところによると、わんわんソフトクリームの出店が大人気だそうです。また、行列のできるワロンパンという出店もあって、列が高速道にはみ出るほどなのだとか。
最後尾のわんこが運搬車にはねられたという噂が絶えないパン。
「一度食べてみたいですね」とうっかり発言してしまったために、警備犬部隊の方がワロンパンに殺到して行列を乱してしまった事。
これにはしっかりと叱責いたしました。
困ったものだと思いつつ、私もやはり浮かれておりました。
遊ぶ目的で外に出たからには、気になったものを買ってみたいのです。
そうは言うものの、私自身はお金を持っておりません。レオンハルト様の服の裾を握ってお願いします。
そして、目的地の手前にあった、道のわんこ駅に止まっていただきました。
道のわんこ駅。
高速道が出来てからは国認定のお土産スポットとしてあちこちに作られました。税金はその土地の領主が取って良いことになっています。
その土地に訪れた旅人が楽しめるよう、地元色の強いお土産が多いと聞きます。
中を見学させていただくと、売り子は老犬の方ばかり。
高速地下道ができてしまったために、若者たちがほとんど香りの良い王都へ出稼ぎに行ってしまったとか。地方の問題を改めて浮き彫りにされました。
わんこけし。模造品のわんわんブラシ。パクり疑惑のある「白いわんこ(クッキー)」。
アイアル様等身大フィギュア。ムツゴロー様壁一面用ポスター。
前者はともかく、後者は地方色どころではありません。
たまに国境近くのドラゴニアからの観光客が面白がって買っていくそうです。お恥ずかしい。
ガイドブックで読んでおいたわんこクリームソフトをしっかりと食べ、ダムの近くの犬棄山に向かいます。
犬棄山はすっかりはげ山になっておりました。
アフガンハウンド卿の胸元に抱かれた白黒犬チャーリーが「きゅん……」と反省しています。
山の様子を感慨深そうに見ていた元・野犬の皆さんは「もうシロカブトは死んだのだから」とチャーリーを許しています。
うるうると目を潤ませるチャーリーに、ベル・ピレニーズ様が「じゃあ、せめてちょっと抱っこさせてください」と近づいていきましたが、保護者に拒否されました。
すっかり過保護になった彼曰く、
『一族がこぞって巨体で構い倒して圧迫死するところでした。特に母が萌え死になりかけましてね』
ということだそうで。
仕方ないですね、とても可愛い子ですから。
ちなみに。
一時期王宮に連れて帰ったチャーリーの評判は、ほんの数日でひっくり返りました。
プードル夫人の反応が典型的な良い例です。
出会いの時にいただいたお言葉が、
「まあ!シロカブトですって!? そんな危険なヒグマーをなぜ陛下は処分しないのです!」
でありました。
しかし二日後には、
「まあ! なんて小さくて可愛らしいの!? こんな危険なパンダをなぜ陛下は愛犬にしないのです! 田舎に引っ込ませるなど……」
と、なっておりました。
犬人はヒグマーたちとは違って、後ろ向きにしつこくはないのです。
また、シロカブトとして外身はどうなったかと申しますと……私は食べませんでした。
数千年以上経過した肉は硬くて臭くて、食べられたものではなかったそうです。
一部の野犬の皆さんは記念に。新大陸の狼犬の皆さまは獲物であるからにはと、意地で鍋にされていました。
しかし相当に不味かったとか。
ロボ様は「やって食えないものはない!」と宣言されて、肉を全て担いで新大陸に持って帰りました。
どうにかして全部食べてやるのだそうです。
その情熱は狼の血を強く引くものにしか、分かりません。
犬人の皆さんすらあっけに取られておりました。
バーバリアン様は彼について新大陸に行ってしまいました。
「こんなとことで始末書なんて無駄なことをする暇があったら、戦いに行く」という捨て台詞を吐き、全てを弟のジェントルマン様に放り投げていきました。
ジェントルマン様は下手にまじめな性格が災いして、「兄め、許さん」と戦後処理に奔走しております。
未だに、兄の元に殴り込む機会がないそうです。
そして砲弾も牙も刃物も聞かない毛皮はどうしたかと申しますと……。
この時期の農民の味方になっております。
中に木組みを入れて、穀倉地帯に立たせることに事にしたのです。
「かかし」とういうらしいのですが、周囲の生き物がシロカブトの異様に怯え、一切近寄ってこなくなったそうです。なんと素晴らしい効果でしょう。
チャーリーも、自分の外身が食べ物を台無しにしてしまう存在ではなく、育てる存在に回れたことを大変喜んでおりました。
ちなみに剥製には紐で通した巨大な板がぶら下がっておりまして、そこには【パンダ出没注意】と書かれております。
隣国からの作物泥棒にも効果があるそうです。
犬棄山は一度はげ山になりましたが、既に植林が進んでおります。
鎮魂祭を催した際に、私も共に苗を植えさせていただきました。
そして、大きな碑がふもとに建っております。
『この世に野犬はおらず、棄てられるべき犬もいない』
じっと胸元で手を握り、女王としてわんこを幸せにすると心に誓いました。
他の方も静かに黙とうを捧げます。
そしてその隣の小さな墓。
残念ながら犬棄山の環境に体が耐えられなかった、または怪我や病気で亡くなられた方の集合墓です。
山を捜索しても身元が分からないものも多く、行方不明者の方の遺骨を埋めさせていただきました。
私が祈ったのち、アフガンハウンド卿が遺族の一人として祈りを捧げます。
彼の足元に降りたチャーリーはじっと動かず、遠い目をして山を見つめています。
まるで、何かと会話をしているかのように。
そしてようやくハイキングです。
犬棄山に近い、アイアルダムのあるポチ山。
私は桃色わんこの絵柄が入ったリュックを背負い、『ジャージ』と呼ばれる運動服に着替えます。
これにはグレース・コリー様が推薦するブランド・ドッグダスの黄色ジャージです。黒いラインが印象的です。
これは迷子防止と虫よけも兼ねています。
足元は、同じブランドの黄色いシューズ。派手すぎて目がチカチカします。
さて、登山においても問題が発生しました。
ふもとまではリーゼロッテ号で移動するのは構いません。
しかしこれはハイキング。
ダムのある山頂付近へ歩いて行くのが楽しいのです。
準備運動をしてさて行こうとした矢先に、第一部隊の皆さんが突然犬に姿を変えました。
「どうされたのですか?」
『山は勾配がきつく大変です。我々に跨って移動しませんか』
もちろんお断りしました。
第八部隊隊長のジョゼ様とテレサさん二人に、「男がレディに跨って欲しいと言うな!」と片端から殴り飛ばされていきます。そこにはダリウス様も含まれました。
しばらく歩いていると、第四部隊から派遣された三人のおバ……いえ、パグ様とチワワ様とチン様が言い出しました。
「陛下、やっぱ疲れますよね? 自分は飽きました。山越えなら犬そりにしませんか? ほらあんな木の上にそりが!」
「そうですよ、第四部隊が冬に愛用しているこれを使えば……!」
「見本をお見せしますよ、ほら! 三人乗ってもだいじょう、」
斜面をすべて落ちていきます。
その様子を見ていた義兄が「あれって雪山用やん」と呟きました。
同じくその様子を見ていた第四部隊隊長のラスカル様が、慌てて背中の後ろに、小型そりを隠しました。
言い忘れておりましたが、義兄はみごと秘書官に出世しました。
レオンハルト様の部下という立場になり、ダシバをコントロールできる男として重宝されるようになったのです。ダシバのリードが引けるという事は、純人教――――ダシバ教も抑えられるということです。
必然的に私との連絡も任されるようになり、御用聞きのようなこともしてくれるようになったのです。
アベルお父様の再婚の時から、いつも私のためにと頑張ってくれる義兄。
無事に職場で任命され、レオンハルト様と共に部屋に挨拶に来られた時に、訊ねました。
『バド様。バド様が本当にやりたいことはないのですか? 貴方の自由を私が奪っているようにしか思えません』
『何をおっしゃいます陛下。私はいつだって自分に正直に生きていますよ。今は貴女の幸せそうな姿が見たい、ただそれだけです』
いつもはエセくさい笑顔の義兄。
しかしその眼鏡の奥のまなざしは、嘘を言っているようにはとても思えませんでした。
私の横に付いていたマルス様が問います。
いつものいたずらっぽいような、少し挑発するような、微妙なニュアンスです。
『ねえ、バド君。陛下のどちらが先に陛下から「リーゼ様」呼びを許可されるか競争しない?』
『……私は、そのようなことができるような立場ではないかと』
すると、その様子を見ていたレオンハルト様が突然言い出しました。
『リーゼ様。とりあえずどちらにも許可をしてあげてください』
『あ、はい! もちろんです。むしろ名前で呼んでくれると嬉しいです』
『レオンハルトさん?』
『マルチーズ。こういったことは競争じゃない。リーゼ様が成長された時に彼女の意思に任せるものだ』
『うー……はい。ごめんね、バド君』
『いえ』
私は何を暗示して言っているのかさっぱり分かりません。
足元のダシバに視線を流しますが、少しやせたダレシバは相変わらずはいつくばって役に立ちません。
困って義兄に視線を送ると―――――彼も少し困った顔をして、視線を返してきます。
何とも言えんわ、という困惑の気持ちが伝わってきて、私はこれ以上聞くのを止めました。
そういえばダシバです!
義兄がハーネスを使って引きずっているダシバは、これでもデブシバとコロシバの間ぐらいに痩せました。
これも全て和犬の皆さんのおかげです。
聞くところによると、秘密の地下実験場で謎の特訓をされたとか。
トサ卿は「手ごわかったですね。(うっかりキシュウのやつが駄犬の首を絞めようとするのを止めるが)大変で、大変で」と当時の頃を振り返ります。
ハーネスでずるずると引きずられていくダシバが「きゅーん」と哀しそうに鳴く相手は、駄犬教の高官の方々。彼らはハラハラとダシバを見守っています。
ユマニティ出身の純人は、ハイキング当初からダシバをお輿に担ぎたいと申し出てきておりました。
大導師ばかりが担いでいてずるいと。
しかし彼らには、私の命令で我慢をしていていただいております。
「あの子がデブりすぎて心臓が止まったらどうしてくださるのですか」と。
すっかり散歩が嫌いになったダシバ。ハーネスに抵抗して、断固拒否をしてきます。
でも私もこの子の健康を祈る一飼い主として、けっして抱き上げは致しません。
大導師ゴルトンの弟であらせられるのに、理よりも利を尊ぶ高官、アントン・フォン・ユマニティ様が、同じジャージ姿のダニエル君の手を引きながら冷静にコメントをくださりました。
「今後もほどほどに太らせておく方が良いと思いますよ。ダシバ様の長寿のため、といえば駄犬教徒の我々は動けませんから。特に兄は」
「なるほど。でも良いのですか? 大導師に不利な情報なのでは?」
私の問いに、アントン様は冷静に答えます。
「私はいつだって兄の未来ために布石を打ってきました。貴女の味方である限り、兄は安泰でしょう。それにうちのダニエルが貴女のことを好きですからね」
「僕はそんなことを言ったことは欠片もありませんからね。どんなに優しいお姉さまが好きでもリーゼ様のことが好きだなんて言っていませんし、賢い女性が好きでもリーゼ様のことが好きだなんて言っていませんし、綺麗な方が好きでもリーゼ様のことが好きだなんて一言も! 言っていませんから」
ダニエル君は相変わらず屁理屈をこねていますが、おそらく嫌われてはいないのでしょう。
私は心の中でにっこりと微笑みました。
「ダニエル、まってよ!」
「プラトン様、待ってくださいー!」
後ろから飛んでくる小さな赤い竜は、プラトン王子です。慌てて追いかけてくるワイバーン卿をひらりひらりと交わして逃げます。
なぜ一国の王子がこのハイキングにいるのかは、リンドブルム王の依頼によるものでした。
『リーゼロッテ殿。保育園の子供を全員ハイキングに連れていくそうだな。うちの王子もまだ保育園に籍が残っているはずだが? 仲間外れは良くないな』
このような手紙と共に鼻息荒くキンキラキンのジャージでワイバーン卿に連れられてきたプラトン君。
仲良し友達のダニエル君、シュレーダー君、ヤドヴィガちゃんと再会できてとても喜んでおりました。
そして、王の手紙にはいささか不穏な一文も。
『貴女がプラトンを気に入れば、今後「赤犬」扱いで其方のわんこにしてもいいのだぞ?
パンダが犬になるくらい平気な貴女だ。竜なんて簡単だろう。もちろん犬にするからには確実にそばに置く契約をしてもらおう』
契約とは?
私が首をかしげていると、横から全文を眺めていたレオンハルト様が奪い取って懐に入れてしまいました。そのうちに分かりますよとだけ言って。
近くでヤドヴィガちゃんの悲鳴が上がります。
「リーゼ様っ、おれ、こんな岩も登れるんだぜっ」
「やめてようシュレーダーくん、危ないよう」
風化しかけた大岩の上に立った、髪がぴんぴんにはねた男の子がシュレーダー君です。
実に自慢気に私に見せようとしますが、その次の瞬間には足もとの岩が崩れました。
風のように私の横を何かが通り過ぎます。
「このおバカ!」
「きゃん!」
お母さんであるアンゲラ・レオンベルガー様です。
犬の姿で息子を銜えて斜面に降りると、すぐに人の姿に戻って、ごつん。
助かったシュレーダー君は拳骨を味わいながら、地面にうずくまっています。
「ご、ごめんなさあい」
「良かった! ふえ、怖かったあ」
「しゅれーだー!」
「シュレーダー君!」
友達が慌ててシュレーダー君を囲んで、同時に頭をさすってあげています。
たぶんたんこぶが余計に痛いと思うのですが、当の本人は嬉しそうです。
そこに登山中に仲良くなったらしいチャーリーが「きゅん!」と駆け寄ってきました。
彼は確か、プー年齢が五歳くらいで止まっているのだそうです。
すっかり意気投合した五人は、同じシートでお昼ご飯を食べる約束をしていました。
さりげなく、居て当然のごとく保護者の輪に混じるアフガンハウンド卿。
(友達って、いいですね……)
私の脳裏に、かつての自分が思い浮かびました。
人には誰しも、黒歴史というものがあります。
『リーゼは大きくなったら何になりたい?』
『おともだちがひゃくにんできるようなおとなになりたいです!』
『……なんだか寂しくなるから、もう少し具体的な職業名をたのむよ』
『べんごしになります』
『ほう、面白いね。その心は?』
当時四歳で早熟だった私は、片手を上げて宣言しました。
『たくさんこまったひとをたすけて、おんをきせて、おともだちになってもらいます。そしてひゃくにんともだちができたら、おおきなやまにいっしょにのぼって、てっぺんでごはんをたべます』
『娘よ……』
目頭を押さえるお父様。
なぜ泣いているのか分からない私は、とりあえず子犬のダシバを抱きしめていました。
ぬくい湯たんぽの、唯一の友達です。
以上です。そんなごく幼い頃の思い出です。これ以上言うと余計に落ち込みます。
そして今。
友達百人とは少々違いますが、わんこを千人ほどつれてアイアルダムのあるポチ山を登り、お弁当を広げています。
同じシートの中には、毎日のように会うレオンハルト様、ダリウス様、マルス様、テレサさん。
そして狂犬騎士団の隊長である七人です。
ダシバは和犬の皆さんが食事の指導もしたいとおっしゃるので、別のシートにおります。
義兄は肩をすくめて「まあ、ちと助けに行くわ」とそちらに向かいました。
マメタ・フォン・シバ様は私の顔をじっと見て、「僕は陛下と……!」と言い出したところで、キシュウ卿に襟首を掴まれ連れていかれました。
そして残った隊長たちは、一緒に美味しくご飯を食べております。
犬の姿で。
第二部隊隊長のグレイ・フォン・マスティフ様はわんこ丼に顔を突っ込みながら一度も顔を上げず、
第四部隊隊長のラスカル・フォン・マラミュート様は、肉だけ食べてライスを残そうとしてテレサさんに怒られ、
第五部隊隊長のリリック・フォン・コーギー様は、シートの端っこに丼を銜えて運び、後ろ向きで食べています。
また、第七部隊隊長のヨーチ・フォン・グレイハウンド様は三分で丼を平らげ、『こんな緊張感が無い時に、誰かのスキャンダルが発生するんですよ。特に園児の保護者連中の間でピーとか!』と、謎語を言い放って飛び出してしまいました。
そして静かに上品に丼を平らげている第三部隊隊長のアポロ・フォン・グレートデン様。
今まで一体何をしているのかさっぱり分からない方でしたが、ふと。
頭部と垂れた耳の先。そしてしっぽの先が焦げています。
思わず「耳としっぽが痛くありませんか?」と訊ねますと、彼は穏やかにほほ笑んだままです。
テレサさんに殴られて顔に青あざが出来ているダリウス様が、説明してくださいました。
『海の上にずっといると、日焼けがきついですからね。夏は大変だったみたいですよ』
—————どうやら第三部隊のお仕事は、ほとんど海の上にあったようですね。
謎の部隊の輪郭が少し見えたことに安堵いたしました。
そして最後に。
組み立て式のミニいすに座る私の足をちらちら眺めながら、とてもお上品に丼を食べ終わった第六部隊隊長のマゾ・フォン・ボルゾイ様。
彼は見事に、クロコダイル王国とラミア女王国との恒久平和条約まで話をまとめてくださいました。
二か国からは「最高の足を持っておられるリーゼロッテ女王陛下には決して逆らいません」というお言葉もいただきました。それは一体何ですか。
しかし私は、彼に問わないと申しました。
故に、どうやってあの女性二人を説得したのか、あの怪しい言葉の意味は何なのかを聞くつもりはありません。聞いたら後悔するような気がするからです。
逡巡の末。
私はちょいちょいと彼を手招きしました。
彼はひょいと立ち上がり、四足で優雅に歩いてきます。
そして上品にお座りします。
そこで、私は静かに両足を上げて見せました。
ほんの瞬き間に。
すかさず彼は足の着地地点に滑り込み、倒れこみます。
周りの好奇心の視線が、私とマゾ様に集中しました!
——————そして私は目をつぶり。
静かに、足を下したのです。
ええ、今日だけですよ。
さてご飯も最後のデザートになり、既に食べ終わったわんこの一部はダムの水辺で遊び始めました。
わんわんわんわん! 濡れ犬になって笑うわんこたち。
とても楽しそうで良いことです。
だって今日は、みんなで遊びに来たのですから!
「美味しいですね! みんなで食べるご飯は、とても美味しいですね!」
「「わん!」」
ふと横から人の手で、季節のフルーツタルトが差し出されます。
マルス様です。
「マルス様は、人の姿に戻られていいのですか? まだおやつが残っていますよ?」
「……たまにはさ。人のままでリーゼ様の隣にいるのもいいかなって思ったんだ」
えへへ、と照れ笑いするマルス様。
犬のサラフワ犬も大好きですけど、褐色のマルス様の笑顔も素敵ですよ。
私は心で笑ってうなずきました。
タルトを一口食べて、その天然の甘さに震えていると、遠くでチョコバーを狙ったダシバがキシュウ卿に吊り下げられています。
ダシバももう七才。
犬人の方はあまり実感できないのかもしれませんが、彼の寿命は純人や犬人よりも、ずっと短いのです。
「ダシバは女の子が大好きなのにずっと一人。せめて素敵なお嫁さんが来てくれないでしょうか」
『お嫁さんですか……』
私の愚痴に、レオンハルト様が反応されます。
最近彼はしきりに私に、「犬人は所詮犬ですが、それでも男としてカッコイイと思う方はいませんか」と訊いてくることが増えています。婚活でもされているのでしょうか。
『リーゼ様。愛犬のパートナー選びは国民にとっても一大事ですから。ちなみにどのような方が駄、いえダシバに合うとお思いで?』
「あの子は頼りないから、しっかりしている子がいたら嬉しいですね。でも結局はお互いに気に入った犬同士が良いのでしょうし。旧大陸から連れてきても良いのかも分かりません」
『ふんふん。ちょうど心当たりのある方がおられます』
「本当ですか!」
『ええ。あの犬の首根っこを掴まえるなら、かの方以外は考えられませんね。しばしお時間をください。なんとかいたしましょう』
「お願いします、レオンハルト様!」
ああ、みんな頼りになります!
犬人は、わんこは皆、私と共に頑張ってくださるのです。
素晴らしい秋空と色づく木々。
水面には豊かな水をたたえ、わんこたちがわふわふと遊ぶケンネル王国。
私、リーゼロッテ・モナ・ビューデガーは三千万人ほどわんこを飼っております。
ですが、負担なんて全く感じておりません。
私は全てのわんこを愛しておりますもの。
大変なんて、あり得ないのです。
相変わらず王族が一人しかいないという状況は変わりませんが、私は今できることを積み上げていくのみです。
私は最高の気分で立ち上がり、ハイキングに来てくださった国民全員に告げました。
「今日は私のワガママに付き合ってくださり、ありがとうございました! また明日からもよろしくお願いいたします!」
『もちろんですよ、陛下! 我らは貴女様の犬ですから!』
女王陛下!
我らの喜びよ!
その時のわんこの遠吠えは山々の斜面に反響しました。
それ喜びの声は、犬棄山の名もない墓にまで、届いたのです。




