第十七話 さあ、散歩は終わりです。みんな私と一緒にお家へ帰りましょう ( by リーゼロッテ )
白い服をたなびかせて、大導師ゴルトンたちとリンドブルム王たちが去りました。
リンドブルム王は「調印式は改めて」と一声かけて、もう後ろを振り返りませんでした。
その潔い後姿に。
やはりカインお父様によく似ていると、思ったのです。
一方で、朝焼けの大地に新しくやってきた方。
大司祭のラサ・アプソ様と、研究所のアルベルト・シュナウザー博士です。
二人は「鍋にする前にシロカブトの魂の検証をさせていただきたい」と申し出てきました。
(魂、ですか……?)
私は良く分かりませんでしたが、レオンハルト様とダリウス様が許可を出し、二人は穴に向かっていきました。
別れ際に、大導師は最後にダシバをぎゅうぎゅうに抱きしめて「すぐに戻ってきます」と、虚無の涙を流していました。
一方のハミ肉に溢れたダシバは、口に入れた骨ガムを離しません。
すっかり食べ汚くなった我が愛犬。
じーっと目を合わせていると、はっとして私に頭を擦り付けます。
またうっかり私の顔を忘れてくださいましたね。
しかしこの肉……健康に本当に良くないですね。
和犬の皆様に教育を依頼する必要があります。
私はダシバをよしよしとたくさん撫でて、黙ってヨシムネ・フォン・キシュウ様にお渡ししました。
重すぎて腕がプルプルします。
白い歯をキラリと光らせた爽やかな彼は、タレシバを脇に挟み込み「お任せください!」と笑いました。
「ダシバ様は英雄!(いくら活躍したって先輩と後輩の上下関係を忘れるなよ、駄犬。このままお前の身の程というものを骨の髄まで思い知らせて)立派に鍛えてみせましょう!」
本当に和犬の皆様は頼りになります。
そして必死に野犬の皆さんを戻す私。
まだ一部しか戻せていない私は、腕が上がらなくなり小休止することになりました。
レオンハルト様がどこからともなく用意してくださったソファーに横になっております。
ちゃっかりと枕の代わりに「あとはダリウスに任せましたので」とご機嫌な黄金犬が丸まって侍っています。
そういえば。
ベッドの上に犬は乗ってはいけないのではなかったでしょうか。
ソファーなら良いで宜しいのでしょうか。
彼も随分甘えん坊な面を見せるようになった。そういうことで良いのでしょうか
うーん。
悶々とする私にマルス様が「風邪をひかないでね」と朝冷え対策に薄いタオル地の掛物を持ち上げてくださいます。
さらに足元には、お座りをした犬二人。
バーバリアン様とロボ様です。
ロボ様は下を向いていますが、バーバリアン様はそっぽを向いています。
二人はシロカブトへの止めを巡って喧嘩になり、ドッグファイトをしていたのです。
雨によって大分血が洗い流されておりましたが、毛皮がボサボサです。
「反省していますか?」
『申し訳ありません。ついヒグマーへの扱いに先輩面をしてしまいました。まだまだケンネルでは新参者ですのに……』
『陛下、野犬はまだ戦い足りないのですが? 狼犬などに獲物を取られるなど言語道断ですね』
「ピットブル卿。野犬は貴方一人で十分です。早く野犬の皆さんを戻して差し上げないと」
バーバリアン様は竜にすら有効だった自分の自慢の牙と爪が、シロカブトの分厚い面の皮と毛皮に負けたことに傷ついているのです。これでも。
私はため息をついて、ロボ様に向きました。
「ロボ様。新大陸のヒグマーはまだどれだけ生きているのですか?」
「ヒグマーですか? 大陸各地に勢力が気付いていますが、数万頭はおります。特にミケベツという地域には凶暴な勢力が築かれておりまして、周囲の住民を食い荒らしています」
「今まではどうされていたのです」
「我らがもっと多かったころは、各地に雇われて退治をしておりましたね。もっとも、人口が減ってしまい、今は手を付けておりませんが……大分増えてしまったのではないでしょうか」
前足を顎に付けて悩むロボ様。
私は、気が抜けて甘えモードなレオンハルト様の顎を、よしよしと撫でてあげながらバーバリアン様に命じました。
「ピットブル卿。血と毛皮の争いをしてきなさい。第二部隊たちも付けます。誰か、隊長のマスティフ卿を連れてきてください」
「―――――それは、ヒグマー退治ですか」
「ええ。貴方がたを存分に、正しく国民のために使わせていただきましょう。ただし、防衛隊として。見事に国民を害するものと戦って、私に勝利を報告なさい。待っておりますよ」
私はにっこりと、微笑みました。
バーバリアン様はしばし黙り、人の姿に変わりました。
鋭い目を細め、鋭い犬歯をむき出しにして礼を取ります。
そして私の指を掴み、
「流石は我がご主人様。己の欲望のために、リーゼロッテ大陸の平和を守って見せましょう。女王陛下(マイ、プレジャー)」
と宣言しました。
軽く、指先にキスをして。
受け入れる側のロボ様に「では、戦力の増強を」と視線を向けると、彼は人の姿になって土下座をしていました。
いつもの謝罪スタイルにとても似ています。
「どうされたのですか!?」
「まぶしい……! まぶしすぎます女王陛下! いや女神! 私のようなはした犬にはもったいないその美しき笑顔! しっぽがどこまでも縮んで逃げ出したくなります!」
突然ありがたやーありがたやーと拝み始めました。
やめてください! それって全く褒めていませんよ!?
後ろの方に控えていた狼犬の皆さんも必死に拝み始めます。
これではリーゼロッテ大陸(勘弁してください)では、どれほど宗教化が進んでいるのでしょう。
海の遭難事故を考え、未だに訪れておりませんが……。
恐ろしくて訊ねることすらできません。
グレイ様も合流して、リーゼロッテ大陸での治安とヒグマー対策について相談していると、伝令犬から連絡が入りました。
『シロカブトが急激に衰弱し始めました! 大司祭様が陛下に至急説明したいことがあるそうです!』
「分かりました。そちらに参ります」
現場は巨大な穴が出来ておりました。
犬人の殆どがその周辺に集まってきています。
「シロカブトは、食べるものがなくなり飢えて衰弱を始めています。腕が使えないため、仕方なくそこらの土を齧っては歯を磨いておりました。残念ながら、白い歯になる以外に効果はなかったようです」
「雨が降っていた時には、後ろ足を使って石と土で体を磨いていました。しかしかえって毛皮が土色になってしまい……がっかりして衰弱が激しくなった模様です」
静かに動かなくなったシロカブト。
土色の自分が嫌らしく、意気消沈としています。
「しかし神話の通り、シロカブトって本当に清潔好きだったね。あいつ見ていると犬人はお風呂に入らなくてもいいような気がする。ねえ、チワワ」
「そうだよね、プータ! 第四部隊はお風呂禁止にしようよ! より犬らしくあれって! ね、隊長!」
「……それはいいな」
「許しません」
私は思わず、第四部隊から聞こえてくる声を叱りました。
泥だらけでしゅんとしている皆さま。
わんこはきちんと体を洗いましょう!
私がアプソ大司祭とシュナウザー博士のところに歩いていくと、穴の縁に大司祭様。
彼はシロカブトと目を合わせられるところに膝を立てて、座り込んでおられました。
様子を見守るシュナウザー博士が、私に手招きをします。
「陛下、よく見ていてください」
アプソ大司祭がシロカブトに向かっておっしゃりました。
どうやらわんこ教の愛犬育成書の一説を諳んじながら語り掛けているようです。
「シロカブトよ、其方は寂しさに負けた。暴飲暴食は、体だけではない。心も荒ませる。お前は、特異種に生まれて早々に仲間外れになったと竜人の教典にあった。寂しさのあまり食べることに逃げたお前は、とうとう魂が暴走し、肉体のコントロールすら外れて怪物にまで成長してしまった」
「我々は元々魂の生き物だ。故に寂しさは毒だ。お前は寂しさに負けてしまったのだ」
シロカブトはじっとアプソ大司祭の顔を見ました。
その目に、初めて理性の光を見ました。
「陛下。今まで抗議の中では『魂』についてあまり触れてきませんでした。この機会です。我々の在り方について、改めてお教えしましょう」
隣でシュナウザー博士が教えてくださいます。
それは、変身人種の在り方に関わる大きなお話でした。
「なぜ犬人が二つの姿を持つか分かりますか?
そもそも我々は魂の存在として、世界に生まれたからです」
肉体が生まれ、一つの魂が生じたのではなく。
最初に魂があったと。
「この世にこの肉体は、魂の力に依存しています。
最初が犬の姿だったのか、人の姿だったのかは誰にも分かりません。
しかし肉体とは魂より派生したもの。
魂に刻まれた記憶により、たまたま二人の肉体を持って生まれたのが変身人種です。
我々は両方の姿を行き交うことができるのは、そのためです。
純人とて、一つの魂から一つの肉体が派生したもの。
決して例外ではありません」
そしてシロカブトは、と説得を続ける大司祭を見ながら博士は続けました。
「竜人たちの資料をまとめて見えてきたことがあります。
あれは生まれ持って尋常ではない魂の力を持っていたそうです。
そして異質な外見。他の人種には好評でしたが、仲間からすると周りに媚びていると見られたそうです。
ヒグマーの中では特異種と生まれた意味は、本来そこにあるのでしょう。
ただ、あれは周囲から浮きすぎた。帝室法典の補足も解読しましたが、どうも空気が読めないタイプだったようですね」
ただでさえ外見が違う、力が違う。色々違う。
そして、周りに合わせられない。
会話が上手くないから、誤解ばかりされる。
なぜか自分の事を言われているようで、胸が痛みます。
「そうして孤独を深めたシロカブトが行ったのは—————やけ食いです」
博士が続けます。
「わんこ教では、暴飲暴食を特に戒めます。肥満は魂までおかしくするのです」
しかし、シロカブトは孤独に耐えられなかったといいます。
食べて、食べて、食べて。
巨大化する胃を更に満たすために更に食べて、食べて、食べて。
「あれは食べ過ぎて太るだけではなく、魂の奥まで肥大化しコントロールができなくなったのです。体の構成まで変わってしまったという、恐ろしい症例なのです。
愛犬育成書には記載があります。摂食障害という病の最重症例として」
そうして。ただのデブヒグマーとなるだけではなく、巨熊と化してしまったシロカブト。
自分を攻撃し、阻害する者に悲しみを抱く都度。
分かり合うのではなく、殺して食べていったのです。
寂しさに負けてしまった子。
アプソ大司祭はおっしゃいました。
「このまま死にたくはないだろう。死にたくないからここまで生きてきたのだろう。しかし、いつかは誰とて寿命を迎えるのだ。お前の長寿を支えた肉体はもうもたん。せめて良い夢を見て欲しい」
そして。
「……わん」
シロカブトは一声だけ鳴いて、目を閉じました。
仲間も、受け入れてくれるかもしれなかった全ての者を食べてしまった巨大な寂しい生き物は。
もう二度と目を開かなかったのです。
すると、野犬たちの雰囲気が次々と変わっていきました。
「あれ。俺、何をやっていたのだろう」
「お父さん!」
「私は一体……」
「お姉ちゃん! 良かった目を覚ましたのね!」
シロカブトが死ぬと、「シロカブトを倒すこと」を夢見て来るっていった犬人たちが目を覚ましていきました。まるで悪夢から醒めるかのように。
最初に目覚めていたベル・ピレニーズ様も、大喜びで目を覚ましていく元野犬の仲間たちの周囲を走り回ります。
『やった! やりました! シロカブトを倒した! 私たちは誇らしく家に帰れるんだ!』
喜びに沸く周囲。
私も微笑ましく見守らせていただきました。
ダリウス様も、レオンハルト様も、隣のマルス様も、義兄も。
心から喜んでおります。
これが、王族が消えた時から引きずって来た苦しみから、犬人たちが解放された瞬間でした。
犬棄山に自らを捨てるものは、もういないのです。
そして、じっと屍となったシロカブトを見つめるアフガンハウンド卿————彼は目を閉じて、じっと動きませんでした。心の底から浮かぶ何かに堪えるように。
太陽が昇り、気温が上がります。
突然レオンハルト様がおっしゃいました。
「さて、朝ごはんですね。りーゼ様、宵っ張りはお肌に悪いですが、ご飯は食べてしまいましょう」
「王宮に帰るのですか?」
「いいえ。とりあえず、そこに食材がありますので」
指さした先にはシロカブトだったもの。
穴から地面に引き上げられて、うつ伏せに転がっています。
や っ ぱ り 食 べ る の で す ね 。
兵士たちが近づくと、今までなかったものがシロカブトの首の後ろに現れていました。
ファスナーです。
—―――シロカブトの首の後ろに、服に付いているファスナー!?
「これは……」
「ヒグマーが死んだ証拠ですね」
確認をしたロボ様が説明します。
証拠?
私の不思議そうな顔に、ロボ様がまじめな顔で答えます。
「思ったことはありませんでしたか?
妙に可愛らしくあざとい外見のやつらには、背中に絶対にファスナーがあると」
「いいえ。思いません」
思うわけがありません。
ヒグマーの在り方=強靱な肉体 ⇒ 軟弱な肉体 ⇒ 魂
誰がそんな仕組みを知っていますか!?
常識とは一体何なのですか!?
「ヒグマーも魂に二つの姿を持っているのですよ。
だが、人と熊ではなく二つの熊の姿を持っている。
外側は強靱なヒグマーであり、片方は軟弱で魂の本質が直接現れるプーだ。
ちなみにプーは旨い。熊鍋は最高です」
そういってロボ様が屍に歩いていき、力一杯にファスナーを下げると。
見事に剥かれた毛皮。
(ヒグマーの毛皮剥ぎって、随分と簡単なのですね)
遠い目をして見守っていると、ロボ様が「これは驚いた」と声を出しました。
狼犬の皆様が動揺しています。
「こいつのプーが生きているぞ!?」
「しかも黄色くないぞ!? 本当にプーか!?」
「随分と小さいな!?」
「これが奴の魂の本当の姿か……魂が小熊のまま暴走したということか」
鍋を用意していた狼犬の料理人がため息をつきます。
「しかし小さすぎるな。これは発育が悪い。ヒグマーのプーは殆ど大きさが変わらず数メートルはあるというのに。まあ、これが怪物の魂の姿――――孤立する前の形をとどめてしまったのだろう」
「魂の成長を止めたという事だな。長生きしすぎているから、これ以上大きくなりようもない。肉も少なそうだ」
私はとても気になりました。
「一体何があったのですか?」
私が訊ねると、ロボ様がファスナーの奥に手を突っ込んで、ある物体を取り出しました。
首の後ろの皮を掴んで、ぶらさげられたそれ。
色は白黒の毛皮で外身と変わりません。
ただ、とても小さい。
ダシバが子犬だった時よりも、さらに小さいそれ。
プランと揺れる、つぶらな瞳の子。
目が合ってしまいました。
「きゅーん」
ドキュン。
不思議な音を立てて、胸が打たれます。
「これが美味いのです」
「え」
わいわいと狼犬の皆さんがやってきました。
小熊の毛皮をあちこちつついて、それぞれに語り始めます。
「この辺の腹肉が結構甘い」
「背肉は大きくカットしてよく煮込むと、野菜と脂が絶妙なハーモニーを奏でます」
「丸いしっぽと手も美味い」
ふるふると震える、小さな白黒子熊。
目が……目が合ってしまいます。
ロボ様がため息をつきました。
「せいぜいリーゼロッテ様用の一人鍋で終わりか。つまらないな」
「一口くらいはいけるのでは?」
私は頭が真っ白になりました。
博士に確認をします。
「博士……もうあの子は巨大化しないのですよね」
「そうですな、もう一つの姿が壊れましたから。プーに力があったという話は聞いたことがない」
「もう暴食に走りませんよね」
「そうですなあ、ヒグマーはあの外側の肉体を維持するために大量の食べ物を必要としているだけですから。大丈夫では?」
「そうですか、良かった……ならば」
ロボ様にお願いをして、小熊を貸していただきました。
そして、皆様の前に突き出して、こう宣言したのです。
「皆さま、今日からこれは犬です」
—―――。
一瞬の間があり、「またまたあ」という反応が返ってきました。
ロボ様が訝しそうに指摘します。
「陛下。どう見てもこれはヒグマー、いやプーです」
「違います。犬です」
「プーです」
「犬です」
「プーですってば」
「いいえ!」
私は思い切りワガママを言いました。
「これはシロカブトではありません! シロカブトである外身は死にました!
さらにヒグマーでもありません!
これはパンダ模様に見える犬、白黒犬です。いいですね」
————白黒犬?
皆さんが驚いている中、私は白黒犬とした小さな小熊を見つめます。
それは私を不安そうに見上げていました。
寂しい子はもう結構。
みんな私の家族になればいいじゃないですか。
私はじっと小熊を見つめて言います。
「貴方は私のわんこになりなさい。一緒にお家に帰りましょう」
「きゅー」
つぶらな瞳をうるうるとさせる小熊。
「最初から居てはいけない子なんて、いないのですよ」
「きゅーん」
シロカブト柄の—————いえ、その表現は良くないですね。
この子は白黒柄のわんこです。
「全ては私のワガママです。これは犬! 良いですね!?」
私は白黒わんこを抱きしめて断言をしました!
一切の異論を許しません!
「はい! 女王様(マイ、プレジャー!)」
全員の賛同を得たところで、ポケットからあるものを出しました。
ケンネル王室に伝わる三つの神具の最後の一つ。
まさかこれを使う日が来るとは思いませんでした。
「そ、それは————!」
わんわんタグです。
愛犬が迷子になった時に身分を証明するタグ。
ただしこれはただのタグではありません。
王室の中で最高の身分証明となり、
歴代の愛犬たちですら、恐れ多くて付けられませんでした。
私はマルス様から水で落ちないペンを頂き、そこに書き込みをしました。
【これは食べ物ではありません】
髪を縛っていたリボンの一つに通して、白黒わんこの首に巻きます。
そして。
私は、じっと様子を見続けて来た彼を呼びます。
「アフガンハウンド卿」
「は」
「ケンネルを一時なりとも裏切った貴方に、刑罰を申しつけます。ドーベルマン卿! 私の判断を法律になんとかこじつけなさい」
『は、はい!』
何度もシロカブトの毛皮にアタックしては己の毛皮をボロボロにさせていたドーベルマン卿が、気を付けの姿勢を取り、器用にも二本足で立ちました。
優雅にしずしずと現れ膝をつくアフガンハウンド卿に、私は語りかけました。
「私は貴方の苦しさと寂しさに気が付きませんでした」
「それは致し方なく。私が勝手に暴走しただけですので」
「しかし私は女王。他の犬へのけじめの手前、きちんと罰を与えねばなりません」
「謹んでお受けさせていただきます」
「手を」
私は手の中の白黒わんこを、アフガンハウンド卿の両手の平に置きました。
彼は目を見開き、ふるふると震える、手の中の温かな存在と目を合わせます。
私から離されて、すがるように見つめる小さな子。
うっすらと笑って、命令を下したのです。
「この子を幸せになさい」
「しかしこれは、」
「貴方が起こしてしまった幼子です。貴方が生け贄を捧げ、多くの命を捧げてしまったものの、生き残りです。
これは弟さんが倒したかったシロカブトではありません。あれは抜け殻として死んだのです。もう貴方の復讐は終わりました。ならば」
私は屈んで、アフガンハウンド卿を見つめました。
「後に残った寂しい子を、救ってあげてください」
アフガンハウンド卿は真っすぐ、私を見つめ返します。
同時に、手の中にいる命をおそるおそる撫でました。
最初殴られるのかと緊張で体をカチンコチンにしていた白黒わんこは、思いのほか優しい手に、次第にうっとりと全身を弛緩させていきました。
「スヌーピー……」
「それは亡くなられた弟さんのお名前ですか?」
「ええ、可愛い子でした。でもこの子は別犬ですからね。チャーリーにでもしておきましょうか」
彼の声がとても優しくなりました。
私は、一緒にチャーリーを撫で、彼に託すこととしたのです。
頬に、涼しい秋の風を感じます。
見上げると秋の雲。もうすぐ、夏は終わるのです。
私は立ち上がり、全ての犬に向けて命令を出しました。
「皆さん、私たちの夏の戦いは終わりました! みんなでお家に帰りましょう!
リーゼロッテ・モナ・ビューデガーの名において、全軍帰還いたします!」
わああああと盛り上がる犬たち。
ダリウス様も頷いて、各方面に指示を与えました。
鍋を担いだ狼犬の料理人が「え、今から熊鍋ですよ」と訊いてきますが、聞こえません!!
私たちは、お家に帰るのです!




