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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第二章 リーゼロッテと素敵な珍犬たち
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第十六話 わ———————ん!!( by ダシバ )

 レオンハルト様の報告に頭が「?」だらけになる私。

 同時に厚い雲に覆われた空から、大きな声が響いてきました。


『リーゼロッテ殿! 貴女の愛犬がとんでもないぞ!』


 リーゼロッテ号が鋭い鉤爪に捕まれ、激しく揺さぶられます。

 冷たい目で上を見たマルス様が「静かにさせてよ」とアフガンハウンド様におっしゃいました。

 すると砲台が上に向いて……やめてください!





 激しくなった雨の中。

 大人しくなったシロカブトをダリウス様たちが囲む一方で、会談です。


 雨避けに大きめに張られたテントに案内された私とマルス様。

 リーゼロッテ号をラスカル様とキース様に任せ、アフガンハウンド様も同行させました。


 血しぶきのついたマントを放り出し、簡易イスに勢いよく座るリンドブルム王。

 髪がぼさぼさになり、とても疲れた顔をしています。


 私と王で同じテーブルを囲みます。

 レオンハルト様が難しい顔をしている傍で、王が私を責めます。


「本当に、貴女の犬はシャレにならん」

「あの。その犬とは、ダシバのことですよね」

「そうだ。あのタレシバのことだ」


 ————タレシバ?


 私の更なる疑問をよそに、王は説明を始めました。






 ドラゴニア王国首都・リンドブルム。

 王が帰還すると、解放戦線を名乗る反乱軍は既に王城を包囲していました。


 解放戦線の主力は、帝室との長年の癒着で肥太ってきた貴族。

 彼らは、取り上げられたものを奪い返すべく、いえ、より以前よりも多く手に入れるために、周辺国の傭兵も含め過去最大の戦力をぶつけてきたのです。


「ハイヌウェレ公爵なぞ、ケンネルと結びついて帝位を奪い取ったにすぎぬ! 我らは帝国を正しい道に戻すために立ち上がったのだ! 皆よ、王都を完全に掌握し、リンドブルムの血を絶やしてしまえ!」

「絶やしてどうする。代わりがいるのか」

「我々で土地を分割すればいい」

「そうか! これはますます力が入るな!」


 盛り上げる反乱軍は、近隣の村々や王都の住民から食料を奪いながら進軍してきました。

 彼らからすれば「協力者は全財産を寄付すべき」ですし、「断るものは非・帝国民なので奪い取る」です。なんら問題はありません。


「当の盗人たちを殺すために送った三万人はどうなった? もう報告があってもいいのではないか?」

「返事が来ない……これはケンネルと交戦になっているに違いないな」

「ケンネルなぞ。あの子犬隊ケルベロスさえどうにかしてしまえば我々の勝利よ」

「あれだけバカ高い忠誠心だけはあるワンコロの中に、よく内部協力者がいたな」

「まあな。向こうから申し出て来た。先の大戦で王族に愛想をつかした犬もいるということだ。今更子供が一人見つかったところで、いびつな犬の社会だ。不協和音は逃れられまい」

「では我々の国を作ったのちは、ケンネル領の分割も視野に入れませんと」

「忙しくなるな!」


 首謀者を集めた天幕の中。

 そこに一言、男とも女とも知れない声が響きました。

 

「本当に忙しいな。我々が、な」



 



 空中で構えていた敵を倒して王城に舞い降りた時。

 王の帰還を喜ぶ声に交じり、戸惑い声があちこちで広がっていたそうです。


「フーコー様!」

「どうしたワイバーン。まだ敵は進入していないだろう?」


 石の階段を慌てて駆け登ってくるワイバーン様。

 彼が思いもよらぬことを報告をしたのです。


「ルマニア大陸中の純人シンプルが、一斉に蜂起しました!」

『なぜだ?』

「確か……純人シンプルの一人が『ダシバ様の魅力を見せつけるチャンス』と申しておりました」

「その報告は間違っている」


 突然王の間に入り込んできた白い服を着た一団。

 警備兵である鰐人を代表者が殴り倒し、口を開きました。


「もうすでに大陸は制圧した。純人教の諸派は全てダシバ教徒へ統合させた。ルマニア大陸、全三千万人の純人がダシバ様の心からの信徒ファンだ」

『……貴公か』

「王。国を成すのは王族ではない。民だ」


 白い服を来た誰かが、巨大な一人御輿を担いで現れました。


「民が指導者を選ぶのだ。運がいいな、王。お前は民に選ばれた。

 —————純人は、お前を王とする」






 帝国を成していた主流の人種は――――竜人、鰐人、蛇人。


 しかし、人口だけで言えば。

 純人が一番多いのです。


 純人は一千万人近く、元々帝国に住んでおりました。

 この数は旧ユマニスト王国の人口の三分の二にあたります。


 彼ら自身はとても非力な存在です。

 ですが恐ろしい宗教の力を持っていました。




 純人教。

 二つの姿を持つことを否定する宗教。

 人であることを問い、人間らしさを追求し、特に理性を尊ぶ宗教です。 


 彼らの信仰には世俗主義と原理主義、二種類がありました。

 原理原則をもって変身人種を嫌うものたちは、ユマニスト王国に集まって暮らし、他人種ともなんとか暮らせるものは大陸中に散らばりました。後者が世俗主義で大多数です。


 ただし世俗主義でも、問題は抱えていました。


 例えばコタツ王国で暮らしている純人にとっては、隣人とトラブルになりやすい「お前さ。猫なの、人なのどっちなの。にゃーんて、膝で甘えれば俺のプリンを奪っても良いわけ?」というお菓子争奪戦がそうです。


 変身人種に動物の姿で甘えられると、不利に陥ることでも可愛いから許してしまうのですが、人の姿を見てしまうと「騙された……」という気持ちでいっぱいになるそうです。




 変身人種アルターは動物ではない。

 だが可愛い。愛でたい。でも、人。


 さてこれは動物として愛でていいのか。

 それとも人としてのマナーを問うべきなのか。


 彼らは常に悩んでいたのです。

 



 そこに彗星のごとく現れた存在が、ダシバです。


 純人原理主義のトップである大導師ゴルトンが、一人神輿で担ぎ上げた存在。

 本当に神輿を作って練り歩いた結果、世俗主義の純人教徒に衝撃を与えました。


 どこをどう見たって犬。

 しかも頭悪い。

 ただの畜生。

 駄犬の中の駄犬。


 人の姿を、理性を、全て捨てた—————究極の犬。 



 —————何も気負いなく愛でても良い、ただの犬!


 



 僕も(私も)ダシバ様を愛でたい!


 これに目を付けた純人教徒の良い子たちが、親に「ねえ、ダシバ様を飼ってもいいでしょー」と一斉にねだり出したのです。 

 これ以上ない、聖獣ペットとして。

 

 その感動は、犬人や猫人から全面降伏して「モフっても良いのよ」と腹を投げ出してきたシーンよりも強く、あっという間に世俗主義の信条を塗り替えていきました。




 世俗主義は元々世間と迎合しているので、原理主義たちのように極端な反応はありません。

 しかし、第七部隊隊長のヨーチ様がこれに乗じてマスコミで攻撃を仕掛けました。

 内乱を誘発させた実績のある各新聞を、再び抑えたのです。


 そして始めたのは『今日のダメシバ』という記事の連載でした。

 内容は、犬の姿しか取れない、ただの犬の日常の紹介です。


 ダシバの失敗の日々。

 ダシバの駄犬な日々。

 ダシバのダメシバな日々。

 特別なものは何もない、ひたすらマイペースなダシバの日々です。


「ママあ。今日のダシバ様は自分のしっぽが気になってグルグル回っているうちに壁にぶつかったのよ!」

「我が子がダシバ様のダメな姿が見たくて文字を読めるようになるなんて、素晴らしいわ。流石はダシバ様」


「パパ! ダシバ様を飼いたいよー!」

「そうかそうか。ならば大導師様のように立派な人間になるか、ケンネルの女王様のようにお勉強が出来るようにならないと」

「うん、立派な人間になる!」

「ダシバ様に感謝をしないと、な」


「おばあちゃん! あたし絶対ダシバ様に会いに行くんだ! そのためにも早く病気を治したい!」

「嬉しいわ、治療に前向きになってくれたのね! ダシバ様ありがとうございます!」


 駄犬が頭悪いところを見せれば見せるほど、人間の子供たちは賢く良い子になっていったのです! 






 子供への教育効果は抜群であるダシバを、大人たちが崇めるのも無理はありません。

 あっという間に世俗主義だった各宗派が、大導師ゴルトンの原理主義————今やダシバ教という別名を持った宗派に合流していきました。


 大導師が言ったからです。

 「ダシバ様をモフりたければ、それ相応の誠意を見せてもらおうか、ん?」と。




 ヨーチ様はこの流れを上手く掴みました。

 喜んでダシバブランドを作り上げて行ったのです。


 ダシバブロマイド、ダシバポスター、ダシバの足形がついたタオルにダシバクッキーと商品展開を始め、一財産を作りました。


 義兄も、時々ケンネルの方角を見てそわそわするダシバを宥める「生きるリード」として、商品開発の手伝いをしていたそうです。

 生温かい視線で駄犬信徒ダシバファンを眺めながら。


 第五部隊のリリック様は、ダシバの熱狂的なファンを捌くために必死に夏の大地を走りました。

 

「後ろの方は『最後尾』のプラカードを持ってくださいー! ああすみません、どうもすみません」


 私たちが旧帝国の平定と国内の混乱の沈静に必死になっている間。

 義兄たちはダシバを大陸中の平和の象徴アイドルとして、仕立て上げたのです!

  





 

 中心となった大導師は、見事に帝国の一千万人の純人教徒、大陸中の三千万人の純人教徒を、駄犬教徒、いえ、ダシバ信徒に塗り替えて見せました。


 宗派が一つにまとまる。

 歴史上類をみない快挙でした。


 喧嘩の一つもなく、ダシバが宗派の争いを越えてみせたのです!


 脳内に、いないはずの義兄の、


『このダシバ神格化計画、途中で笑ったら終わりなんやで。恥ずかしがったら終わりなんやで……』


 という声が聞こえてきます。






 王の耳に城下の民の声が聞こえてきます。


「リンドブルム王はダシバ様のお仲間だ!」

「金と権力が欲しいだけのやつらにこの国は渡さぬ」

「畜生様、万歳!」

「あのやる気のない、純粋おばかな瞳に我らは従う!」

「子供の未来は、駄犬に託されたのだ!」


 数万の反逆者たちを囲む、数百万の立ち上がった駄犬信徒ダシバファン


 白い彼の方は、ふ、と笑います。


「王よ、純人教の名言を教えてやろう『数は力』だ。問答無用に理不尽で押しつぶす」


 あっという間に駄犬信徒ダシバファンの波に倒されていく鰐人と蛇人たち。


 彼らは非力ではあります。

 しかし長年変身人種ともめ続けただけあって、様々な技や知恵をもっていました。


 脅迫、恐喝、内緒話。

 金貸し、根も葉もない噂、巧妙な悪口。

 晒し者。


 純人教の経典の一つに『民主主義こうへいなぼうりょく』と記された圧倒的数の暴力の元で、力強いはずの変身人種がなすすべもなく倒されていくのです。心を潰されて。

 噂を煽るためにヨーチ様も手伝い、義兄も「アホらしくてやってられんわ」と必死に壁に落書きをしていきます。






「そして、三国において無事に解放戦線を潰し、鎮圧した。

 見事だ。ああ見事だとも! とても割り切れないがな!」


 リンドブルム王がキレ気味に言葉を切ると、テントの中は静かになりました。

 犬人達の殆どが眉間に皺をよせ、私は呆然としています。


 レオンハルト様がテントの入り口に視線を寄越すと、伝令犬の方が恐る恐る入ってくるところでした。




『大導師たち一行がワイバーン卿に連れられて、この地に到着いたしました!』


 


 テントから出ると雨は止み、うっすらと空が明らみ始めていました。

 空には何人かの竜人が飛んでやってきます。


 目の前に下りてきたのはワイバーン卿。


 その背には四人と一匹の影。

 義兄とヨーチ様、リリック様。そして大導師ゴルトンとダシバです!




 うっすらと差し始めた朝日を背負った大導師。

 彼は一人御輿の後ろにダシバらしき茶色い毛皮を担いで降りてきました。


 なぜか服が真っ白になっています。 

 彼は虚無を称えた片目を細めて気持ち悪いほど微笑み、私に語り掛けました。


「女王。私は心が洗われた。ダシバ様はまさに愛の奇跡」

「はあ」

「ダシバ様と共にあれば、純人はほぼ確実に幸せになれるであろう」

「はあ」

「しかし、メガネ小僧は忠告するのだ。犬はきちんと飼い主に返してあげてこそ、犬。そろそろ戻せと」

「はあ」

「私は苦渋の決断をし、女王の元にダシバ様を帰すことにした」


 そして一人神輿の後ろに載せていたダシバを恭しく下ろし、二歩ほど下がりました。




 ダシバは……動きません。

 こちらをちらりとも見ません。


 ずっと腹這いのまま。起き上がる気力が一ミリたりとも感じられません。

 さらにだらしなくなった腹の皮が、だらんと地面に広がっています。




 これがタレシバ……いえ、だれシバです。

 

 呆れた顔の義兄が、コメントを出しました。


「あー。こいつはすっかり大導師に甘やかされてな。歩くのも億劫になってしまったんよ」


 —――――ダメシバです!

 この子はまごうことなき、ダメシバです!




 そんな姿に、他の竜人の背中に乗って付いてきた信者たちが感動しています。


「なんてやる気のない……」

「なんてだらしのない……」

「なんてしょうもない……」


 駄犬とは、なんと素晴らしい畜生なのだ。

 彼らは地面に転がったダシバに向かって、お祈りを始めたのです。


「ダシバ様のおかげで大陸が平和になりました。このまま世界が平和になりますように」


 ……その時、私は思ったのです。

 この世は理不尽と不思議で埋め尽くされていると。






 しかし。

 これでダシバの旅が終わったわけではありません。


 私はダシバに「成果を上げるために旅に出よ」と命令しました(聞いてはいませんが)。

 それは全てケンネル王国の犬人社会の中で、ダシバの居場所を手に入れるため。


 女王の愛犬という肩書以外で。

 ダシバという一匹の犬として、犬人達に認められるために。




 一部の兵士をシロカブトの監視に残し、朝焼けの平野に犬人達が集まってきました。

 雨に濡れた草が、光を浴びてキラキラと光っています。


 狂犬の皆様。

 私がまだ戻しきれていない、野犬の皆様。

 そして新たなる仲間である狼犬の皆様。


 彼らに囲まれたダシバは、腹這いをしたまま億劫そうにしています。

 

 彼らは大金星を挙げ、血を伴わない戦争終結を成してしまった一匹のマメシバを、複雑な顔をして見ていました。


 私はすぐにでもダシバの元に行きたいのです。

 あの子に抱き着いて、お帰りなさいと言いたいのです。


 しかし、それはもう駄目だと分かっています。


 私は女王かいぬし

 全犬を平等に愛する女王かいぬしなのです。




 黙って腕を組んで見守っているレオンハルトの横には、義兄。

 彼に向かって視線を送ると、彼は首を静かに振ります。


 すぐ横についてくれているマルス様が、「さて、ここが勝負どころだね」と呟きました。

 近くでは、自称・頭の悪い犬であるアフガンハウンド卿が、静かにその様子を観察しています。






 たくさんの犬に囲まれたダシバ。

 ダリウス様が代表者として近づいていきます。 


「ダシバ。よくやった。見事に大陸中の純人教徒を無害に変え、旧帝国を平定してみせた」


 首を反対方向に捻るダシバ。 

 全く理解できていません。


 ダリウス様が「陛下、お願いいたします」と私に声を掛けます。

 私は黙ってブーツを脱ぎ、膝丈ストッキングを下ろしました。


 ものをそっとマルス様に渡して、皆に聞こえるように大きな声で伝えたのです。


「ウルフハウンド卿。ダシバ・ダ・シバの功績を称えてください。あの子はちゃんと事をなし、帰ってきたのです」

「御意」


 彼はマルス様から、恭しく私のストッキングを両手に受け取り。

 そのまま腹這いのダシバの元に歩みました。


 ちらりと見上げる愛犬を見下ろす長身の狂犬騎士団団長。


「ダシバ・ダ・シバ。おまえは我々狂犬にはできないことを成し遂げた」


 戦争も、謀略も、政治も、駆け引きも。

 犬人は何だってできる。


 だが、その後は。

 掘った穴を埋め戻さず、必ず血と涙の荒れ地が残ってきた。


「ただの犬の癖に、ただの駄犬の癖に、大陸中の人間を武器も持たずに和解させてしまった」


 —――――駄犬教がはびこる限り、大陸に戦争をする余裕は生まれないだろう。


 犬たち、旧帝国のものたち。

 そして純人たちがダリウス様とダシバの様子を見守っています。


「お前を見ていると、もう怒りどころか呆れてものが言えない。

 ダシバ。これはお前の報償だ。最高の名誉である、リーゼロッテ女王陛下の脱ぎたてストッキングだ。これをお前に捧げよう」


 ダリウス様がダシバの目の前にストッキングを置きました。





 すると。

 ダシバは薄目を開けて、ストッキングを前足でダリウス様に押し出したのです。


「なっ」

「駄犬はどうしたのだ!」

「まさか、あの香しいストッキングがいらないと言うのか!?」

 

 周りの動揺をよそに、更にずいと、ダリウス様にストッキングを押し出すダシバ。

 ダリウス様は水色の瞳を見開き、確認なさいます。


「私にくれる……というのか?」

「わん」

「自分には勿体ないと……?」

「……わん? わん!」


 ダリウス様は震える手でストッキングを拾い上げ、首輪の上に巻きつけました。

 そしてダシバの前足の脇を持ち上げて、固唾を飲んで見守っていた皆に見せたのです。


 ぶらーんと、だらしなく垂れる腹の肉。



 

「国民よ! これが本当のダシバ・ダ・シバだ! これは、私に名誉を譲ってくれた誇り高き犬なのだ!」


 犬人達に衝撃が走ります。


「自分よりも国のために血を流した団長がふさわしいというのか」

「見直した! 見直したぞ、駄犬!」

「いつも死ねって言っていて悪かったよ! 撤回するよ!」


 感動がその場に広がっていきます。


 その雰囲気を感じ取ったのでしょう。

 ダシバはご機嫌になって「わ———————ん!」と一吠えを上げました。


 周囲も皆、ダシバにつられてわんわんわんわんと明けの空に向かって吠えだします。

 その合唱は、ハゲ山になった犬棄山ほけんじょを越え、辺り一面に響き渡ったのです。






(いいえ)

 一方で私は、ひたすら生温かい視線を、美しいはずの情景に送っていました。

 

 ダシバは単に足の匂いが嫌いなのです。

 好きなものは食べ物の匂いと、美犬のお尻の香りです。


(そして、適当に元気なお返事をするのが得意です)

 私と義兄は、知っていました。


 —―――ですが絶対に言いません。

 この雰囲気で、言えるわけがありません。


 私もちょっぴり大人になったのです。


 義兄をちらっと見ると、ただ嘘くさい笑みを浮かべているだけでした。



 辺りに広がる「だーけーん!」「駄犬!」「ダメシバよ!」というコール。

 これほどまでに犬人の中でダシバがほめられたことが合ったでしょうか。

 いえ、ありません。






 ダシバは犬人には英雄と祭り上げられ、純人には聖犬ペットとして祭り上げられ、他の人種には平和の象徴として祭り上げられました。


 その飼い主である私の評価も上がり、「狂犬女王」から「ダシバ様の愛人(愛犬の人版だそうです)」と褒めたたえられるようになったのです。




 ナンデヤネン。






 そして最後の問題はシロカブト。

 穴の中に閉じ込められた、怪物だけになりました。


「さて、プー鍋だね」


 夜を徹した犬人たちの食欲は、白黒な巨大な生き物が潜む、巨大な穴に捧げられておりました。




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