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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第一章 リーゼロッテと愉快な狂犬たち
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第三話 やろうぜやろうぜ戦争やろうぜ!( by マスティフ&ピットブル )

『貴女様を苦しめたあの国を、陥落させておきましたからな!』


 そう、少し垂れ気味の頬を上げて自慢げに報告をするグレイ様。

 私は、頭が真っ白になっております。

 国を陥落って、攻め落としたってことですよね!? それって結局ドナイスンネン。


 第一、第二部隊は戦闘が主な仕事らしく、特に外国との紛争は第二部隊が担っているそうです。


 横で爆発気味の黒いくせ毛をした、無表情の大きな男性が書類を見ながら淡々と報告されます。

 後方支援が主な第四部隊の隊長でラスカル・フォン・マラミュート様。

 アーモンド型で白目がちの、茶の瞳が印象的です。


「マスティフ殿。この成果は我々技術部隊のおかげではないですか。特に戦車の大量輸送ができなければ電撃戦は不可能でした」

「そうですよ。第五、第七部隊などの情報部隊が各国の政治状況を把握しておかねば、大陸中を火の海にするところでした。リーゼロッテ様に果敢な戦いを捧げるのは素晴らしいことですが、より確実に勝利をもたらす我々も認めてもらわないと困る」


 その隣に、ラスカル様に外見と雰囲気が似た、しかし彼よりは小柄な男性が付け加えます。

 彼は第四部隊の副隊長でキース・フォン・ハスキー様。

 髪は直毛で、マラミュート家とはごく近い親戚筋だそうです。


 そう言って、四つのアーモンドの目が私をじっと見つめます。

 褒めて褒めて、と。


「……」

「私たちも頑張ったと言っています」


 代わりにキース様が解説をしてくださった方。先ほどから何も話さず、不動直立で少し後ろに立っておられる方は、第三部隊の隊長だそうです。

 彼はアポロ・フォン・グレートデン。

 誰よりも背が高く、灰色の髪に穏やかな顔をされています。


 しかし何も話されないので、どんな仕事をされているのかさっぱり分かりません。




 三者三様の意見に、グレイ様が面白くなさそうな顔をして付け加えます。


「分かっておる! だがまずあちらの戦力を無力化して王族を捕縛したのは儂らだからな! ほれ、ピットブルから新しい連絡が来たぞ」


 彼が取り出したのは大きな長方形の箱でした。

 耳に当てるとそこから音がするようです。

 先ほどのグレイ様の大きな声よりも、輪を掛けて騒々しく野太い声が漏れ聞こえてきました。


『隊長! 諸悪の根源、ハイデガーの女狐を捕らえました! 今断頭台を用意しておりますが、帰国されてからにしますか? それともいっそ首を食いちぎってしまいましょうか!?』

「やめてください!」


 私は思わず叫びました。

 向こうにも聞こえたのでしょう。一瞬沈黙がありました。


『こ、この声はリーゼロッテ様! 目覚められたのですね! 

 ならば! 女王様の目覚めを祝って犠牲祭を行いましょう! 

 この女から初めて義兄ども、孤児院の連中、王族と、鮮血とはらわたをまき散らして盛大なお祝いをいたしましょう! 

 そしてこの国を足掛かりに旧大陸を制圧し、女王様へ捧げるのです! 大陸名もリーゼロッテ大陸でいいでしょう! いや、世界がリーゼロッテでいい! いや、そうなるべきだ!』

 

 震えるような歓喜が伝わってきますが、祝う内容が全くダメです!

  

「もういいです、やめてください! 誰も殺さないで帰ってきてください!」

『え、そんなっ!』

「そんなっ」

「私のためにしてくださったことは分かりました! ですが、そのせいで誰も傷ついて欲しくありません」


 私の悲鳴に、箱の向こうの方とグレイ様が、ショックを受けておられます。

 そこに冷静なレオンハルト様が、グレイ様たちに指示を出されました。


「そういうことだ。私は女狐と義兄ども、リーゼロッテ様に害を及ぼした者たちはこの国で断頭台に送りたかったが……あくまで現在は、リーゼロッテ様が望まれない。これ以上糧食を減らさぬよう、即時撤退と交渉を進めてくれ」

「儂らは褒められたくてだな……!」

「リーゼロッテ様。褒めてあげてください」


 レオンハルト様がグレイ様をいなして私を振り返ります。

 私はベッドの上から、四人を見つめました。

 期待に満ちた、視線が集まります。


「私のために頑張ってくださり、ありがとうございました」

「「リーゼロッテ様!」」「ご主人様!」『女王様ー!』「……!」

 

 ペコリと頭を下げて感謝する私に、大喜びでベッドに詰め寄る彼ら。

 いきなり顔が近くなりした。何事ですか!?


 私の動揺を察したレオンハルト様が、「リーゼロッテ様、駄犬にしてあげるのと同じことですよ」と、教えてくださいます。まさか……。


 嫌な予感のままに片手を伸ばし、私は恐る恐るグレイ様の頭に手を置きました。

 「おおっ」と感動されるおじ様に、やはり、とそのまま手のひらを左右に動かしました。

 

 渋い初老のおじ様が、私のなでなでに、悶 え て お り ま す。


 心に相当のダメージを受けながら、全員に「良い子良い子」を終えた時には、長方形の箱から『我らも早く女王様の報酬をいただきたいっ。即時撤退いたします!』と野太い声が聞こえて、通信が切れました。


 箱から漏れ聞こえるザーという雑音が、私のむなしい心境を語ってくれます。




◇◇◇◇




 さて、彼らが満足げに帰られた後に微熱を出した私は、しばらく面会謝絶となりました。

 ただし、足しげく通われるレオンハルト様は別です。


 どうやら仕事を秘書官たちに放り投げて来られているようでして、とうとう割烹着を着て給仕をし始めました。


 とても申し訳がなく、私は「どうかお仕事を頑張ってください」とお願いをしました。

 すると途端に喜々として、スキップして仕事場に向かわれたのです。


 職場では私に付けてもらった赤い首輪を見せびらかせて、嫉妬を集めているとか。


 そういえば、あの時の四人も首輪を羨ましそうに見つめていました。

 そして、チラ、チラと私に視線を送られたのです。ええ、何も気が付きませんでしたね!




「シェパード家の坊やが感謝していましたよ。ついでに『仕事ができるわんこが好きだと言ってください』ってね」


 そのことを教えてくださったのは、私付きになった侍女さんです。

 ドンとした迫力のある、丸々とした中年の女性は、テレサさん。

 

 ニューファンドランド子爵家から出仕されておられる方で、私の母が宮廷に留め置かれていれば、本来なら私の乳母になるはずだったそうです。

 すでに八人のお子さんがいらっしゃる、肝っ玉お母さんです。


 私には身近に母(継母は論外です)と呼べる方がいなかったので、戸惑いました。

 しかし彼女は、男性たちがひたすらうやうやしく接してくるのとは違って、ずっとフレンドリーな対応をして下さったのです。


 やはり女性だからでしょうか。それともお母さんだからでしょうか。

 緊張する私をそっと抱き寄せ、ボリュームのある柔らかな胸とお腹で包み込んでくださった時。

 私は記憶にないはずの母を感じたのです。


 それ以降は彼女のことを「テレサさん」と呼び、彼女にも「リーゼ様」と呼んでもらっております。

 様付きだけは取ってくださいませんでしたが、それでも十分に日々安心して暮らしています。

 



 ―———そして。彼女に、なぜ私以外の王族がいないのかと訊ねました。

 答えは「もう少し時期が来たら」、です。


 少なくとも彼女の悲しそうな様子から、実の父はもう死んでいるのだろうなと思いました。


 今私にできることなど、何もありません。

 「何もしないで休んでほしい」と望む彼ら。

 彼らがそれを望むのならば、とにかくまずは健康的に肉を付けないと。


 部屋の中で出来る軽い運動を教わりながら、この国の文字について習うことにしました。


 ここでは言葉は通じましたが、どうやら使われる文字が違うようです。

 そしてルマニア大陸全体では共通の文字体系。

(これはさっさと書き言葉をマスターして本を読めということですね。楽しみです) 




 多少は肉も体力も付いて、部屋の中を歩けるようになった頃。私は綺麗な白と紫のワンピースを着て窓辺を見ておりました。

 王宮の一角にあるこの部屋から見える広い庭は、庭木が鮮やかで、今の季節はクリーム色の小さな花が満開のようです。


 庭はとても広い空間でした。

 噴水を中心に犬になった貴族たちが十分に遊び、その様子を王族たちが愛でられるよう、工夫されているそうです。別名「ドッグランコート」。

 今は庭師以外進入禁止となっており、ただ庭木を管理されるだけの場所です。


 ダシバが私の横で、窓の外を見たがりました。散歩には連れて行ってもらっているようですが、ここからの景色も気になったようです。

 脇を持ち上げて外を見せていると、突然「キャンッ」と叫んでベッドの下に逃げ込みます。


「何かいるのですか?」


 私が再度窓を覗き込むと、噴水の後ろに、随分と大きい黒い影。

 進入禁止を破った誰かでしょうか?


「リーゼ様どうされました?」

「何かが噴水の後ろに……」

「まあ、大変! 警備に連絡しなくては!」


 テレサさんが慌てて出ていきます。

 再度窓を見ると、すでに影はなくなっておりました。


「何だったのでしょうか……」


 私が首を傾げていると、野太い怒鳴り声が聞こえてきました。

 廊下で騒ぎが起きているようです。


「私はまだ女王様の報酬を頂けていない! ここを通せ!」

「いけません、宰相様からの許可がないと!」

「我々一族のモットーは『欲しいならば腕ずくで』だ! 私よりも弱いくせに命令などするな!」

「ここは王宮です! ピットブル家の家訓など関係ありません」

「うるさいどけ!」

「キャンッ」


 バキ、ドカ、と派手な音が聞こえた後に、突然扉が乱暴に開きます。


 現れたのは軍服を着た、筋肉隆々の灰色の短い髪の青年男性。

 背はさほど高くはありませんが、眼光鋭く、厳めしい顔つきをされています。


 ちらりと覗けた廊下の向こうには、死屍累々とした何かが見えました。




 私を見つけた男性は、灰色の目をギラギラ輝かせてニヤリと笑いました。

 笑うと犬歯が覗き、大きな口が裂けたようにも見えます。


 そう、まるで獲物を見つけた猟犬のように……!


「この感覚は、確かに王族。女王様……見つけましたよ」


 硬直する私に、ゆっくりと近づいてくる男性。


 ダシバは、もちろんベッドの下から出てきません!

 むしろベッドの前に立つ私の踵に、何かぬるいものが触れ……ダシバが男性の殺気に当たられて漏らしたようです。ダメシバ!


 私のすぐ前に立ち、見下ろす形になる男性。

 見下ろされた私は、彼の凶悪そうな雰囲気に、心の底から怯えました。


「私の殺気に当てられて動じないとは。流石は我らの女王様(マイ、プレジャー)」


 いいえ。顔面筋がなかなか動かないのは生まれつきです。いつも可愛げがないと言われます。

 既に私の心は尻尾を巻いて、貴方様に降参しております!


 彼は節だった太い指で私の顎を持ち上げ、今にも噛み殺さんばかりの眼光でじっと睨んできます。


「私は第二部隊の多くを構成するピットブル一族の長、バーバリアン・フォン・ピットブル。

 マスティフ殿の下にいるピットブルは、私の弟でしてね。

 我々は貴女様のために、あの国を陥落させました。ですが突然退却命令を出して、ピットブル一族の闘争心を生かしてくださらなかったそうで……。ピットブルに最後まで戦わせないとは言語道断。

 私は、貴女様に抗議をしに来たのですよ」


 闘争心を生かさないとダメなのですか!? 軍人とはそういうものなのですか? 

 と言いますか、ピットブルとはそのような一族なのですか!?


 私の動揺は、もちろん通じておりません。

 相変わらず顔面筋の動かない私に、バーバリアン様はふっと笑いました。さらに口が裂けて見えます。

「だから、私に戦争をさせてください」

「はい!?」


 ようやく言葉が発せましたが、あまり意味が成せません。

 彼は私の返事(疑問)に、機嫌を良くします。


「気持ちの良いお返事で。流石は我らの最後の王ですね……。よろしい、ならば戦争です。

 我らの存在意義は闘争。貴女様のために美しい、鮮血に塗れた国を取ってきて差し上げましょう」

「い、いえいえいえいえ違います。戦争は止めましょう。喧嘩ダメゼッタイです。そもそもなぜ戦いたいのですか!?」


 私の必死の否定を、彼は鼻息一つであしらいます。

 

「ふ。簡単には了解をいただけないようで……残念ですね。

 そもそも、我々はそのために作られた犬種だからですよ。戦えと、血が叫ぶのです」


 ピットブル一族は、過去に古代人の戦争のために戦闘能力を極限に高められた犬人の血を濃く引いているそうです。だから彼らは命がけの戦いを好みます。

 むしろ定期的に激しく闘争心を燃えさせないと、フラストレーションが溜まりすぎて内乱を起こしかねない。そんな一族だそうです。なんて迷惑な。


 王族は、そんな彼らのために様々な戦いの場を用意してきたと言います。

 国境紛争、大規模な盗賊征伐。コロシアム。

 場合によっては国所属の傭兵として国外に貸し出すことすらあったとか。


 今回の私の捜索&私を助けて来なかった国への復讐やつあたりは、絶好の機会だったそうです。

 『旧大陸を平定しちまおうぜ』と。


「この私たちのマグマのように溜まる鬱憤を、貴女様はどうやって解消してくださるのでしょうか。

 ————それとも貴女様をいたぶれば、少しは晴れてきますかね?」


 彼は私の顎を掴んだ指に、力を込めます。

 そこに、テレサさんが慌てて戻ってきました。


「何をしているのです! 名家ピットブル家の当主とはいえ、リーゼロッテ様に何たる失礼を!」

「我らの辞書には『王族だから敬え』という言葉はない。弟は変わり者だから関係ないがな」


 警備兵がジリジリと近づいてくる中、バーバリアン様は私の顔ギリギリまで覗き込んで笑います。

 この男は……煽っています。私を怒らせたいのでしょう。


 そこで私は気が付きました。

 ……この行動は知っています。これは結局、今までの犬人さんたちと同じなのです。


「女王様? 我らは『強きもの』に従います。貴女はどこまで我々を満足させてくださるのでしょうか?」

「……知りません」

「ほう?」


 彼の低い声での脅しに、私は踏ん張りました。

 至近距離で、きっと彼を強く見つめ返します。


「私は貴方を、全然知りません。一方で私もまだ、自分が何者であるかを分かっておりません。

 ただ今は『旧大陸での喧嘩を、よく我慢されましたね』と、褒めさせていただきます」


 そして私は、顎にかかった彼の手をそっと外し、両手で短い髪をわしゃわしゃとかき混ぜました。


 鋭い目を見開いた彼は、呆然と髪を弄られておりました。

 そして存分にボサボサになった髪に手をやり、笑いだしたのです。

 

「あっはっはっは! そっちですか、リーゼロッテ様! 我々の辛い我慢をお褒め下さりありがとうございます。ならば、一旦は引き下がりましょう。

 ————なにせ王族に褒められるのは、本当に久しぶりですからね」


 早く、我々の戦いの場を用意してくださいね。

 そう言い残し、筋肉で盛り上がる背中を見せながら、彼は笑って去っていきました。






「リーゼ様! よくぞ御無事で!」

 

 テレサさんに抱きしめられて、私はようやくほっとしました。

 全身の力が抜けていくのが分かります。


 バーバリアン様。

 全く持って、迷惑な方でした。

 

 次に走ってきたレオンハルト様には、全力で抱きしめられて匂いを嗅がれて大変でした。

 そして「あの野蛮犬に絡まれてよくぞ無事で!」とおっしゃるレオンハルト様に、私はこう言ったのです。

 

「ダシバを躾ける時によくやったのです。

 突然主あるじにマウンティングを仕掛ける時。それは単に構ってほしいだけなのですから」


 まずは、褒める。

 ただし、その理由ははっきりと示して。

 それだけでも、犬人の彼はとりあえず納得をしてくださいました。

 恐らく弟だけ「良い子良い子」をされたことも、彼の鬱憤の一つになっていたと思われます。



 ピットブルとは大変な犬人です。

 今回は誤魔化しましたが、彼らに対する用意は今後考えていかねばなりません。


 それにしても、この国にはまだまだ厄介な「狂犬」たちが多そうですね。


 ため息をつきながら、なかなか腕を外してくださらない、この大きな黄金色のわんこをどうやって剥がそうか悩んでおりました。


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