第十二話 ご主人様。男にモテなくとも、犬にモテればいいのです! ( by セントバーナード )
「ぐるるるるるるる……」
檻に入った大きな犬が、目を血走らせながら牙をむき出しにしております。
体の所々に、赤黒く乾いた血がこびりつき、毛皮がごわごわとしています。
その様相は、ここに来るまでに、かの犬に起きたことを物語っておりました。
マルス様と和犬の皆さんに守られた私は、その痛々しい様子に心を痛めたのです。
ここは舞踏会会場の裏にある、小さな離れ。
可愛らしい小物や壁紙が、色あせたまま放置されています。
昔は王族や犬人の子供たちが、コーラスの練習などに興じた子供用の防音部屋だったそうですが。
今は誰にも使われておりません。
「間違いありません。この匂いは野犬化した証。行方不明者名簿と照会して、元第八部隊隊員のベル・ピレニーズであると断定します」
兵士が声を上げると、ダリウス様がくんと何かを嗅ぎ分け、了解します。
レオンハルト様が、眉間に皺を寄せて置手紙を読んでくださいます。
『これは国境近い犬棄山の近くで、我が解放戦線の竜人に突然襲い掛かって来た犬人である。言葉も通じず、理解不能。暑さに参っているところを捕らえたが、殺さずに提供してやったのだ。感謝してほしい』
部屋の中の温度が下がります。
『我ら難民たるルマニア解放戦線は、悪の化身リンドブルムの弾圧によって故郷を離れざるを得なかった。我らの故郷は帝国。これを逆臣・リンドブルムを打ち、正しい帝国政治にもどるためにもリーゼロッテ女王陛下の力をお借りしたい。我らこそが正道であり(中略)奪い取られた我らの人権と各種権利を取り戻してほしい』
ここまで読み切ると、レオンハルト様は手紙を封筒に戻して、目が糸の様に細い文官に手渡しました。
首を振って「この野犬―――いえピレニーズは本当に平地の熱にやられてしまったようです。脱水症状がありました」と状況を判断しました。
「ふん。何を偉そうに。伝手も何もない他国の王に言う台詞じゃないですね。しかもこの厳重な警戒網で、檻を置いて逃げるだけで精いっぱいのくせに。流石は新王国から不正を指摘されて財産を没収・追放された貴族連中です。
難民の人権? 領民の人権を踏みにじったから追放されたのに。
それに権利? 利権の間違いですね」
軍服を夜会用に少し細身に着こなしたヨシムネ・フォン・キシュウ様が、鼻で笑います。
ダリウス様が腕を組んで考え込まれました。
「ごく古い記録ですが……野犬はあれでいて、ケンネルよりも強い群れ社会を作ります。怪我や病気でやって来た弱い個体は淘汰されますが、このピレニーズの怪我は激しい戦いによるもの。序列争いによるものだと考えられます。平地での被害は報告されていないので、山で何かが起きているとして思えません」
野犬化など、本来は滅多に起きないのです。
記録によると一回だけ。
大昔にムツゴロー・ビューデガーが死去した時に、一部の犬人で起きたくらいです。
その際には王族たちの何十人と山に登り、ひたすら説得したと記されていました。
『ベル!』
許可を受け、第八部隊隊長のジョゼ・フォン・セントバーナード様が犬の姿で突進してきました。
檻の前に座り込、鼻をふんふんと突っ込みます。
『ベル! ジョゼよ! 貴女をずっと探していたの!』
しかし、ジョゼ様を敵とか認識できないベル様が、がう! とジョゼ様の鼻先に噛み付こうとします。
すれすれのところで躱したジョゼ様はとても哀しそうな顔をしました。
がちゃがちゃと檻に前足をぶつけ、怒り続けます。
ジョゼ様は首を小さく振り、「そうね。私が分からないのね」と、数歩後ろに下がりました。
「ばう! ばう!」
警戒し威嚇し続けるベル様。
皆、哀しそうに檻を囲みます。
今こそ、特訓の結果を示す時です。
私は「ではやります」と宣言し檻の前に進み、座り込みました。
吠えるベル様に目を合わせ、じっと動きません。
背中に皆様の心配そうな視線を感じます。
檻を揺らし、威嚇し続け。
しかし一方で、次第に吠える回数が減ってきて、焦点が定まってきました。
私の心は凪いでいます。
こちらの全く動じない様子に、彼女は口を閉じ、時々首をかしげます。
目を逸らしてはならないのです。
—―――そして数分後。
彼女はようやく声を出しました。
久々に言葉を発したという、たどたどしい話し方です。
『……妙に懐かしイ。イイニオイがすル……』
「迎えに来ましたよ。貴女はベル・ピレニーズですね」
『……ダレ?』
「貴女の飼い主です」
『アベル様は死んダ』
「その代わりにリーゼロッテが貴女とともにいます……檻を開けてください」
「しかし」
ダリウス様が戸惑います。
ですが私の決意は変わりません。
「いいのです。何かがありましたら皆様が守ってくださるでしょう?」
その言葉で、ダリウス様は檻を開ける許可を出しました。
不意に自由になるベル様。
すると。
彼女は急に襲い掛かり、私を大きな前足で床に押し倒しました。
「陛下!」
「まだです! まだ手を出さないで!」
首に牙が刺さりましたが、これは本気ではありません。マルス様は動じずに、じっとこちらを見ています。
私はそのまま首を優しく、抱きしめたのです。
優しく汚れて固まった毛並をなで、耳の後ろを掻いて差し上げます。
うっとりとする彼女は、口を離しました。
今です!
ひたすらモフり、揉み込み、よーしよしと褒め、全身でハグをしまくります。
貴女のことが大好きですよと、全身で伝えるのです!
ごくりと唾を飲む方がいらっしゃいますね。誰ですか。
時折逆らいつつもモフられたままになっていた彼女は、次第にスンスンと私の匂いを嗅ぎ始め、じっと動かなくなりました。
私はホッとして、彼女に優しく声を掛けたのです。
「さあ、ベル様。おうちに帰りましょうね」
『!』
「もう私がおりますよ。貴女を棄ててどこかにいなくなることなどないのです」
ベル様が体を離し、私の首をじっと見ます。
『首から血ガ……』
「ちょっと失敗してしまいましたね。でもこれは仕方のないこと。次の甘噛みでは優しくしてくださいね」
私はベル様の頭を掴んで、鼻と鼻を合わせました。
「これからはよろしくお願いします」
『こ、ご主人様………ふえ、ふえええええええええ』
きゅーんきゅーんと鳴きだし、私に必死に頭を擦り付けて甘えるベル様。
ホッとした周囲と、その様子を見て「ベル……良かった、良かった!」と涙をこらえるジョゼ様。
彼女が落ち着き次第、野犬の状況と解放戦線の状況を聞くことになりました。
さて、先ほどのことで髪はボサボサ。ドレスはドロドロになった私。
とにかく着替えねばなりません。
舞踏会の本番が行われるまであと少し。
野犬から目が覚めたベル様は、私から離されるのが辛くて泣き続けるので、ジョゼ様・テレサ様・そしてドレスのデザイナーであるグレース・コリー・フォン・ピットブル様と私で一緒に簡易風呂に入り、洗うことになりました。
もちろん男性陣は入ってはなりません。
彼らには、女王陛下の準備が遅くなっていると内外に連絡を取ってくださっております。
マルス様は「僕は可愛いし愛玩犬だからいいでしょ?」とちゃっかり風呂場に足を踏み入れそうになりましたが、レオンハルト様とダリウス様が摘み上げてどこかに持って行きました。お前にそれは早すぎると。
みんなでベル様を洗います。
石鹸の泡を立てて、丁寧に作業するのです。
「こびりついた毛玉は切ってしまいましょう。良いわね、ベル」
『お願いいたします』
「あら、やはりピレニーズ一族。汚れを落とせばとても白いですわね。これを生かさないなんてもったいないですわ」
一方で私も洗われます。
「リーゼ様、首が染みると思いますが、ちゃんと洗い落とさないと大変なことになりますからね」
「お願いします……」
「やっぱりリーゼロッテ様も白いですわね。ブードル夫人の特訓が厳しすぎるのではありません? 手足と首に日焼けの境界線ができてしまったではありませんか! 日焼け止めはどうなさったのです」
「ごめんなさい。すぐに汗で落ちてしまいます」
「まあ、いいじゃないですか。毎日日に当たって健康ですよ」
「でも、女の子なのですからもっと気遣っていただかないと! この後のドレスはどれにいたしましょうか……」
ようやくベル様も私もピッカピカです。
不思議な丸い筒から、風を送られ、二人で目を閉じて乾かされました。
ベル様は私の見るところにいないと不安でしょうがないそうです。そうですよね。
なので、会場にも来ていただき、事情聴取をすることになりました。
専属デザイナーであるグレース様には、同じ白系統でも、シフォンを多用した華やかなドレスを用意していただきました。
彼女自身、素晴らしいプロポーションを際立たせた、真っ赤なドレスで勝負しておられます。
ただ気になるのは首の傷です。
絆創膏で処置していただきましたが、これでは目立ってしまいます。
「首は包帯が目立つから、リボンでも結ぶのですか?」
「いいえ。今宵は勝負の夜。むしろこれを付けるべきですわ」
差し出されたのは 赤 い 首 輪 で し た 。
「わ、私が付けるのですか……?」
「ええ。これは王族でも滅多に付けない特別製。『勝負首輪』ですわ」
「初めて聞きました」
「初めて命名しましたもの」
グレース様は、本気です。
本気でこれで勝負しろと言っています。
私は恐る恐る、とても幅広で、銀色のラインが入ったごつごつと飾られた首輪を触って確認いたしました。
確かに、本日は大陸中の国が集まってきています。
そして、先ほどの【解放戦線】のような危険な団体もこの会場の周辺にうろついていることでしょう。
検査は厳重にしておりますが、スパイだって多くいるはずです。
レオンハルト様が計画した「犬人を統べる女王」イベントはそれなりに強烈なインパクトを与えたと思います。しかしこれで私自身の覚悟も、各国に示せるかもしれません。
(ええい! ままよ、です!)
—————そして今。
私にダンスを申し込んでくる他国の男がおりません。
華やかな白いシフォンのドレスに柔らかく編み込んだ銀髪。
そして赤い首輪で勝負を決めた私。
【狂犬女王】というひそひそ声が聞こえてきます。
犬人ではない私に聞こえてしまうと言うところに、嫌みを感じます。
しかし狂犬騎士団の皆様は、それを喜んで聞いています。
まったく褒められていませんよ。
ダンスは、我が国の犬人とは一通り踊りました。
レオンハルト様、ダリウス様、ロットワイラー様たちと次々にくるくる踊り、国内の貴族たちともくるくる踊る私。
十歳に華麗な踊りは求めないでください。ひたすらくるくる、です。
踊るためにも最後までグレース様と喧嘩をして、辛うじて丸めの靴です。
天敵のヒールではありません。
地方貴族も私を慕ってくださいました。
夏カットキャンペーンでたくさん巡業した分、女王としてよりも、私自身を評価し、忠誠を誓ってくださる方が多かったのです。幸せです。
そして無心を決め込んだリンドブルム王の他に、クロコダイル王国のカイマン王とも踊りました。
始終私を見て顔が引きつっていたのが印象的です。
そしてなぜか。
ラミア女王国のタイパン女王とも踊りました。
踊りながら「領地とボルゾイ様の件ですけど。いつでも交換して差し上げます」と彼女は囁きます。
「申し訳ありませんが、あれは私の犬でして」
「私は誰よりも溺愛いたします。仕事などさせず、毎日優しく紐でつないで毒を注入して大切に保管いたしますのに」
「……タイパン陛下。犬は元気に駆け回る方が健康的ですよ。しかもあの方はわんこ教徒。わんこ教では『紐で繋がれてばかりじゃ健康に良くない』と教えています。どうぞ信条の違いはご理解ください」
なんとか躱して終わりました。
そして。
次のお誘いが来ません。
他国の皆さんが怖がって近寄ってくださりません!
やはり原因は、私の首の赤い首輪です。
犬人を統べる恐怖の少女と首に大きな首輪の組み合わせは、さぞやインパクトがあるのでしょう。
固まるカイマン王には、私から向かっていこうとしたくらいです。
私の雰囲気に腰が引けている王に、王妃様が「リーゼロッテ女王陛下に敬意をしめしてダンスをなさい」と突き飛ばしました。ちなみに彼は、恐妻家だそうです。
そして王妃様は私を凝視し、
「私タイパン陛下と相談しましたのよ。彼女はせめて上半身が欲しいと言っているわ。ならば私は下半身と協定を結びましたの。これで鰐人と蛇人は永遠に平和が保たれますよ」
と、こっそり声を掛けてくださりました。
……誰のことを言っているのでしょうか! ええ。私は何も答えませんでした。
一方で、ケンネル王国随一の美女であるグレース・コリー・フォン・ピットブル様は、お誘いが引きも切れません。見事な美貌とプロポーションは、とても二児のお母さんとは見えません。
各国の素敵な男性たちが、彼女の周りを取り巻きます。
しかし聡い彼女は笑顔の裏で、この国により有用な男性をチェックしているのです。
美貌に騙される男性が続出です。
いつぞや、未だに帰って来ないバーバリアン様のことを聞きました。
彼女は一瞬寂しそうな顔をしましたが、「もう諦めました」と肩をすくめたのです。
「陛下。本当に男ってバカなのですわ。だからその分、女が必要以上に利口にならざるをえないのです。それがどれだけ女の愛らしさを摩耗させてしまうのか、自覚して欲しいですわね」
そして私に教えてくださいました。
「だから私は、あの人が帰ろうが野垂れ死にしようが構いません。ピットブル家は私と義母が切り盛りすれば良いのです。ただピットブルらしく生きる姿に、惚れてしまったのですから」
惚れてしまった方が負けなのですわと笑う彼女はとても可愛らしく、そのような生き方もあるのかと感心いたしました。
その一方で、「だからこそ、少しでも生き様がぶれたら……ぶっ殺すだけでは許しませんわ」と付け加えたのです。
私がまだ知ってはならない、男女の深い闇が見受けられました。
私は女王なので、下手な方は誘えません。
もう疲れてきたから下がるべきか悩んでいると、お一人の男性が私にお手を、とやってまいりました。
「女王陛下、私と踊ってくださいませんでしょうか。」
王立保育園にいる屁理屈園児・ダニエル君のお父様でした。
旧ユマニスト王国の貴族で、今も地位を引きついで王宮で働いてくださる彼は、確かアントン・フォン・ユマニティがフルネームだったはずです。
彼は旧ユマニスト王国でも、大変影響力の強い貴族でした。
なぜならば、大導師ゴルトンと同じ孤児院出身で、兄弟の契りを交わした方だからです。
優秀すぎる才能から、将来を嘱望され、貴族の養子になり、大導師とは真逆の柔軟な姿勢で敵を取り込んだ大派閥を作っておりました。
ケンネル王国にも大きな屋敷がある彼が、あえて王宮の王立保育園に長男のダニエル君を預けた訳。
それは大変分かりやすいものでした。
「王族の覚えをよくするためですよ。敗者は敗者なりに生き残るための手を考えます。
リンドブルム王だって、分かっていて王子を預けたのです。これからの時代はケンネルだとね」
向こうでは「お父様!」と赤い子竜になって必死に甘えているプラトン君。
いえ、もうプラトン王子と呼ばねばなりませんね。
王もとても優しい表情に変わり、王子を可愛がります。
明快に下心を交えて話される彼に、好感を持ちました。
もちろん腹には様々なものを抱えているのでしょう。それでも構いません。
嘘だらけの政治の世界で己の立場をはっきりしてくださる方は、本当に助かるのです。
私は脳裏に、サラサラの毛並みをしたアフガンハウンド卿が浮かびました。
舞踏会も一巡し、小休憩に入ります。各国が互いの調整に入る時間です。
楽団が勢いのあるテンポからゆったりとした室内楽を奏でています。
それぞれの思惑が蠢く夜。
ダリウス様と和犬の皆さんは、警備の強化のために動いています。
私がマルス様に促されて専用の休憩室に入ると、レオンハルト様、ジョゼ様。そして第七部隊副隊長のウィスパー・ウィペット様が立っています。この件を記事にするのだそうです。
スリムな体におしゃれな記者の恰好をしている彼は、自称・業界犬です。
そして中央に、ベル・ピレニーズ様がおすわりしておりました。つぶらな瞳に真っ白いふわふわの大きな毛皮が愛らしい大型犬です。
ベル様は人の姿は取らず、ずっと犬のままです。犬の姿でいる時間が長すぎて、変えるのにはもうしばしかかるそうです。
『私が野犬で居た頃の記憶は大分、途切れています。ただ悲しくて、辛くて、お腹が空いて……気が付いたら犬棄山に登っておりました』
そこには似たような状況で野犬と化した犬人達がおり、序列争いを繰り広げながらグループを構成していたそうです。
しかし、決して山から下りるものはいませんでした。なぜならば……。
『あそこには《いる》のです……《アレ》がずっと。野犬はあれを倒すためにここにいるのだと、本能が訴えていました。そのために毎日己を鍛え、互いに戦い。ただ力を求める以外にやりたくないのです』
アレとは……まさか、ヒグマーのことでしょうか。
しかし絶滅したとされるヒグマーは、野犬と違い目撃例がありません。
「その……ご家族や仲間に会いたくはないのですか?」
『いえ、あの時は全く……。今こうしてジョゼ様を見て嬉しく思いますけれど、あの時はただ己の存在意義を戦いに求めるしかありませんでした。帰るところは既にないと、なぜか心の底から信じていたのです』
「そうですか……ともかく、こうしてベル様が戻ってこられたのです。私は早く野犬の皆さんを迎えに行かねばなりませんね」
『はい! ご主人様! どうか皆を助けてください』
私は彼女の笑顔を心にとめ、ずっと温めていた計画を指示いたしました。
野犬の皆様を国に迎え入れる準備を早い段階で進めるのです。
調印式の後にでも取り掛かりましょう。
そもそも犬棄山は帝国との国境近く。かのダムからも近いところにあります。
つまり、この離宮から遠い訳ではありません。
(早く野犬の皆さんを迎えに行きたいです。みんな、みんな国に帰って、家族に包まれてくださればいいのです。そしてお義兄様もダシバも……そろそろ帰ってきてほしいですね)
少し寂しい気持ちになって、舞踏会の会場に戻ると。
同時になぜか、会場中央に子犬隊の戦車が一台おりました。
テラスから扉をぶち抜いて入って来たのです。
「皆様下がってください!」
「あれは何なの!? ケンネルの陰謀!? マゾ様を取られたくない女王陛下の嫉妬!?」
「まっっったく違います。まずは落ち着いてください!」
会場の雰囲気が殺伐とし、ダリウス様たちが誘導を開始しています。
グレイ様はジェントルマン様と共に、外に隠れていたもの達を捕縛してきます。
私はトランシーバーを耳に当てているウィペット副隊長に確認しました。
「なんなのですか!?」
「うーん、あれは難民活動家の仕業でしょうねえ。王都で一台やられた連絡が入っています。
崇高なる難民活動家が『ケンネルで難民が見捨てられている。ひどい虐待を受けている』と宣伝するために、難民の若者を誑かして兵士を襲い、突っ込ませたのでしょう」
彼はあくびをしながら、光景を眺めています。
「まあ、中身は【真・純人教】の頃と大して変わっていませんよ。つくづく宗教屋は人の血なんて顧みないし、若者を洗脳するのが上手いですねえ。いいコラムが書けそうです」
「物を書くより物を解決してください! 第四部隊の方は!?」
「やられたのは隊員のチンですね。まあ、あいつは『パグやチワワばかり戦車を乗っ取られて目立ってずるい~ぼくもテロリストに襲われてみたい』と馬鹿を言っておりましたから。良かったですねえ」
「全く良くありません!」
きりきりきりきりと、砲台が動き、私に照準を向けてきます。
私は戦車の中にいる難民の若者に声を掛けました。
「文句があるなら私に直接言いなさい! ここにいるものは皆、私の大切な国民とお客様です! リーゼロッテ・モナ・ビューデガーの名において誰も殺させはしません!」
若者からは何の反応もありません。
そして砲弾が、一発放たれました。
犬人達が弾道を見て、私を床に倒します。
「陛下!」
その瞬間に目の前に現れたのは、大きな茶褐色の鱗。
十メートルは超えるその巨体。
鱗の主は、頭上から私に声を掛けてまいります。
『私の考える王の条件について教えてさしあげましょう、リーゼロッテ殿。
誰よりも孤独に耐え、そして誰よりも愛し、そして長生きをすることです。特にケンネルでは誰よりも長生きをしなければならないのは貴女だ。
ただでさえ弱いのです。王族でタイマンをはりたいのなら、私に任せなさい』
『おとうさま! ぼくも! モガっ』
「王子は隠れるのがお仕事です」
侍従に閉じ込められたプラトン君が叫んだ相手。
それはリンドグルム王でした。
『元はといえば、帝国が政策を誤ったことが原因。この若者は私の責任において対処いたしましょう。小さな女王様。これからも付き合いのためにも、貸しといたしますよ』
まさかの戦車VS竜。
会場は混沌としています。
リンドグルム王が吠えました。
『ここにいる皆様! リーゼロッテ女王陛下が素晴らしい余興を開いて下った! かのケンネル最強の兵器・地獄のケルベロスと、竜人の王たる私どちらが強いのか! ここで証明してみせよう』
そして戦車に飛び乗り、砲台を足でまげてしまいます。
途端に会場の空気が一変します。
「流石はリーゼロッテ女王陛下! やることがえぐい!」
「ならば絶対にリンドブルム陛下には勝っていただかないと!」
「やれ! 子犬なんて絞めちまえ! 我ら竜人の力を示してください!」
完全に余興と化しました。
竜人も鰐人も蛇人も、とてもプライドの高い人種です。
ケンネルの力がなければ内戦は激化していたとはいえ、流石に『強い他人の力を借りた』ということは神経に触ることでした。
その鬱憤が晴らされることで、彼らの屈辱や苛立ちが解消されていったのです。
幸いにも戦車が入り込んだのはたった一台。
あっさりと巨大な竜の爪と牙で、めちゃくちゃにされました。
中に入っていたのは若い青年。搬送され、治療の後に第五部隊に尋問されることとなりました。
様々な方の協力で、無事に舞踏会は、雰囲気良く終わったのです。
明日の調印式ではよろしく頼む、あんなイベントはまたしないのかと訊ねられましたが、答えはずっとはぐらかしました。
—――――しかし、王都で盗まれた戦車がどうやってこの会場に入り込めたというのでしょう。
地下道は、ここには通っていませんのに……いえ。
最近、開通する予定でした。
「新地下道……」
「新しく掘っている地下道を利用できるとなると……これは我々のごく身近な関係者が関わっていますね」
レオンハルト様は柳眉をひそめておっしゃります。
調印式は、暗雲が立ち込めておりました。




