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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第二章 リーゼロッテと素敵な珍犬たち
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第七話 わんこの皆様、お散歩しましょう ( by リーゼロッテ )

 ケンネル王国の各地に、とある印刷物が大量に空から降ってきました。

 一部熱中症から復活してきた子犬隊が、空から撒いたのです。中には青い羽根の大きな竜が一人混じっており、大量の印刷物を背中に載せております。


 突き抜けるような青の中を、大量の白い紙が、舞い散りました。



【ケンネル王国新聞・号外】


《一面》

『リーゼロッテ女王陛下の「お腹をお出しください」宣言』

愛犬育成書バイブルのみならず、王族の過去研究を参考に、毛皮のモフりを極め始めた女王陛下』

『わんこ教大司祭アプソ氏の解説によると、本来の「なでなで」から「わしゃわしゃ」までマスターする勢いとのこと。侍医のセントバーナード卿は筋肉痛のケアに忙しい』


《二面》

『経済指標よりも大切な、陛下のご褒美の基準がようやく明確に』

『我らの序列一位は陛下! 王宮では陛下に対して「報告ホウ連絡レン相談ソウ」を守れる犬は、序列一位の陛下に内緒で成果を上げた犬よりも高確率で褒めてもらえる。特に大切な報告には腹モフがなされる! 

 ――――一般の国民でもホウレンソウをちゃんと食べていれば、腹モフをしてもらえるかも!?』


『帝国の内乱を早期終結させるべく、女王陛下が第二部隊とピットブル私設部隊の派遣を決定!』


《三面》

『急展開! 駄犬が世界(?)を救いに旅立った! 救世主バド・ラック・ハイデガーとはどんな人物か?』


※なおこの号外は、グレイハウンド家とケンネル・タライ販売協会の資金提供につき、無料で配布させていただいております。





 

 私は王座に座り、旅立つ一行を見下ろしています。

 王座へと続く赤い絨毯には、第一部隊と一部の隊長たちがずらりと並びます。




 私の右側には、ダリウス様。

 左側には—————真ん丸にディフォルメされたゴールデンレトリバーのぬいぐるみ。


 彼の方が「どうしても陛下の左は自分じゃないと嫌です!」と珍しくワガママをおっしゃったからです。

 正直に甘えてくださっている姿が嬉しかったので、ご意見を採用いたしました。




 私は数段下にいる五人に声を掛けます。

 

「無事に国境で起きているもめ事を止め、誤解を解き。帝国の内乱で心が傷ついた方々を助けて差し上げてください」


 立ったまま私を見上げる大導師やばいひと

 彼は、「当たり前だろう。純人教の良さを伝えなくてどうするのだ、女王」といつも通りの返事をしました。


 隣には膝をついて礼を取る義兄きゅうせいしゅ

 恭しく「難民の衣食住の問題が落ち着くまで、何とか抑えて見せましょう」と宣言しました。

 

 隣の愛犬さいしゅうへいきダシバは、ひたすら首を傾げています。




 そしてこの集団の目的遂行を手助けするために、中央騎士団を付けました。

 情報収集や暗殺が得意な第五部隊と、情報操作が得意な第七部隊です。


 第五部隊長のリリック・フォン・コーギー様は「は!」と言ったきり発言が続かなくなり、第七部隊長のヨーチ・フォン・グレーハウンド様は「こういった戦いは私たちの得意分野ですからね。お任せを」と軽く礼を取りました。




 この戦いでは、いかに難民と国民との誤解を解消し、冷静な視点を取り戻させるかが鍵を握ります。

 ですから「破壊」が専門の第六部隊は、今回控えていただきます。

 

 ……私と犬人たちとの風通しを良くしてくださった第六部隊代表の高貴犬。

 お礼に、お腹をわしゃわしゃさせていただいたのですが、彼は私の足を見ながら不満そうでした。




 そして出立を見送ります。

 義兄が「ほないこか」とダシバを促しますが、彼は不思議そうに何度も私を振り返り、止まってしまいます。

 私は強い決心の元、拳を握って愛犬に最後に声を掛けました。


「ダシバ、愛していますよ。だからしばしのお別れです。事を成すまで戻ってきてはいけません。

 ……ダシバはダシバなりでいいのです。貴方なりに、バドさんを助けてあげてくださいね」


 すると。

 言葉は殆どできないダシバは私の目をじっと見て、「わん!」と良いお返事をしました。


 ———―ちなみにダシバは言われた意味が分からない時でも、とりあえず良いお返事をします。


「ダシバ。お前は全く頼りにできないやつだけど、俺はお前に掛けているんや。寂しかったら陛下の元に戻ろうとせず、まず俺を頼れ。まじでそれだけは頼むで」

「ダシバ様はそのままで最高だろうに。何を言っている」


 二人の同行者の顔をきょろきょろと見比べるダシバ、丸まったしっぽをぴんと立てています。

 そして、鈴をちりんちりんと鳴らし—————二度とこちらを振り向きませんでした。 






 扉が閉まると、外から盛大な歓声が聞こえてきます。


救世主バド・ラック一行が旅立つぞ! 大導師と駄犬を連れて行ってくれるぞ!』『勇者バド・ラック一行よ、栄光あれ!』『バド・ラック、グッド・ラック!』『色々と期待している!』


 バンザーイ、バンザーイという大騒ぎを聞きながら、ダリウス様が感心しています。


「ダシバが素直に出ていきましたね」

「バドさんは、ずっとあの子を守ってくださいましたから。ダシバだって分かってはいるのですよ。理解に時間は掛かりますが」


 国ではまだ数が少ない、ダシバを認めてくださっている派のダリウス様。

 レオンハルト様も、最近は利用価値という点で考え直してださっています。


 足元からは、白い小型犬が顔を出します。 


『まあ、相互理解なんだだけんかが進めば、あいつをちゃんと守る兵士が増えて僕の仕事が楽になるよ』


 白いサラフワ犬————私の専属護衛であるマルス様も、ダシバを許容してくださっています。

 彼は『だってただバカなだけだし。弱いものをいじめたって何も面白いことないよ』とおっしゃいます。ついでに『強気なやつは、プライドをボロボロに潰してやるのは面白いけどね。昔のコーギーとか』と、聞き捨てならないことを付け加えました。 


(この旅で少しでも、あの子を認めてくださる方が増えればいい)

 そのためには、まず私が頑張らねばなりません。

 

 私は頭を振って、近くに控えている初老の筋肉の見事な軍人に声を掛けました。


「マスティフ卿、ピットブル卿」

「は」

「は!」


 私の前に出てきたのは、この国の主力。

 第二部隊と、なぜか勝手に主力になっているピットブル侯爵家私設部隊です。


「貴方たちに、出陣を命じます」





 

 ちなみにピットブル卿と申し上げましたが、今お返事したのは当主のバーバリアン様ではなく、弟で第二部隊副隊長のジェントルマン様です。代理で率いることになります。

 

 バーバリアン様は相変わらず行方不明です。

 ご家族は誰も捜索いたしません。いつかひょっこりと血まみれの笑顔になって帰ってくるからだそうです。

 どこまで自由なのですか。そして、必ず血まみれでないといけないのですか。


 私はなんとも言えない顔をしながら(変化しませんが)、お二人に指示を出しました。

 レオンハルト様や文官たちと相談して決めたことです。


「我が国は、流入する難民のこれ以上の増加を防ぐため、帝国の内乱に手を貸すことにいたしました。お二人にはお手伝いをしていただきます。そう—――――竜人側の味方として」



 

 正しくは、『ドラゴニア王国』建国のお手伝いです。

 マゾ様が火を付けてしまった各自治領の独立運動ですが、もう止めようがありません。

 押さえ付けようとすればするほど、火は勢いを増し、犠牲者は増え続けるでしょう。


 ならば、さっさと独立させてしまえばいいのです。


 ————竜人を。


 竜人が小さく独立し、これ以上他の人種の縄張りに入らないと宣言してしまうのです。




 竜人、蛇人、鰐人。彼らの縄張り意識は強く、国境を決めるときに相当揉めるでしょう。

 だからこそさっさと竜人に譲歩をさせるべく、私はハイヌウェレ公爵の代わりに大使として赴任した、ワイバーン男爵に提案したのです。


「我が国の主力部隊と子犬隊を貸します」

「本当ですか!?」

「ただし、条件があります。私たちは『帝国』の国内鎮圧の手助けなどいたしません。本来竜人が住んでいた中心地域・ドラゴニアの分離独立を成すために、この部隊を貸すのです」

「! それは……」

「少しだけ領地を削り周囲に譲れば、最高の戦力を提供いたします。先方に最終的な交渉条件に含め、独立してしまいなさい。もう十分に口減らしをされたのでしょう? 早く戦いを終結させてください」 

 

 ワイバーン卿は高速で空を飛び(このために大使に選ばれ派遣されたのでしょう)、すぐに公爵の了承を得てきました。

 伝令犬のグレイハウンド一族の当主が、神速の伝達方法を妬ましがって、空を見上げていたのが印象的です。





  

 目標は『帝国の分割』ではなく、『竜人と独立と、縄張りの明確化』です。

 私は二人の闘犬に指示を出しました。


「いいですか。私は貴方たちにはハイヌウェレ公爵————いえ、リンドブルム王の下に一時期入っていただきます。彼の全指示に従うよう。これは命令です」

「「は!」」 


 そして、王座を降りると二人の元に降りていきます。

 目を輝かせる二人。


「被害を最小限に抑えるために、最大の戦力で決着をつけます。そして、竜・蛇・鰐の縄張りを明確に線引きし、強引にでも平和協定を結ばせるのです。貴方たちならそれが出来ます」

「もちろんですとも! このマスティフ、命に代えましてもやつらにけじめを付けさせてきます!」

「もちろんです! この紳士ジェントルマンたる私が、牙と爪を持って、迅速に全てを終わらせてきます!」


 闘犬の炎を認めた私は頷き、褒美を提案しました。

 

「見事に最小限に犠牲を押さえ、早期で解決してください。そしてリンドブルム王が、お二人について良い報告書をくださいましたら—————国民の前で全身わしゃわしゃして差し上げます」

「わしゃわしゃ!」


 グレイ様が興奮します。


「そしてその場でニーソックスを脱いで、勲章として首に巻いて差し上げましょう」

「脱ぎたてですか!?」


 ジェントルマン様が驚きます。


「はい。そして血の気の多い闘犬の方のために考えました。過去の内戦で半壊していたコロシアムの修繕についても、ボクサー卿に一言添えましょう」

「おお! おお! なんと素晴らしい……」


 感動し続けるお二人の闘犬。


 そこでにっこりと、全力で微笑ませていただきました。

 巷では夏から厳寒に突き落とされるような、と言われる表情。

 お二人が、途端に固まられるのが分かります。


「ただ暴走して、人様を意味なく傷つけることがあれば……」

 

 私はお二人の首輪を優しく撫で、

「首輪をこの手で外してしまいますからね」と、念押しいたしました。


 



 そして、とても静かに閉まる扉。

 外からは、『大丈夫ですか?』『なんだか顔色が悪いですよ』『恐ろしい何があったのですか?』『まるで極北の化け物・シロクマーに死にかけの状態で出会った時みたいですよ』という心配げな声が聞こえてきます。失礼ですね。


 私は絆創膏の取れた自分の頬に手を当てました。

 かつて嫌われてきたこの笑顔。躾にはとても使えるようです。悲しいですが。

 

  

 

◇◇◇◇



 

 私は方針を変えました。


 以前レオンハルト様が倒れてしまったように、子共が下手に内政に手を出すと迷惑が掛かると思っていましたが……。

 女王かいぬしに、内政も外政もないと気が付いたのです。


 今大切なのは、過去に王族かいぬしを失くした「寂しいわんこ」たちに、やりがいと褒美を与えること。


 もちろん「め!」は形を変えて継続です。

 口だけで「常識ならこうすべき」と、半端に怒ってもしょうがないのだと気が付きました。

 私のせいいっぱいの笑顔と共に、いけない子にはその場で叱らなければなりません。犬人は、結果が良ければすぐに忘れてしまうのです。

 口輪だって、時として必要でしょう。




 わんわんリードを今回あの二人に付けましたが、要注意人物にはたまに付けています。

 今手元にある白い輪は三本。


 残り一人は、帝国の女性たちに迷惑を掛けたマゾ様です。

 赤い首輪にリードを付けながら、「蛇人と鰐人の間で起こした女性問題の後始末を付けて来なさい」と命じたのです。 

 彼は「私はいつだって正直です。正直に話してなぜこうなるのですか」と文句を言いましたが、「子供の私にだらしない女性関係を見せないでください」と微笑んで差し上げますと、ウキウキと出立してくださいました。

 なぜ彼は、この顔を見て喜ぶのでしょうか。





 さて、私は次の訪問者を待ちます。

 レオンハルト様が動けない今、私は積極的に国政に介入することにいたしました。

 ダリウス様も他の隊長たちも、上層部の皆様も許可してくださいます。


 私をただ厚い毛皮で大切に包むことは、この国にとっても私にとっても、決していいことではない。

 そう、考えてくださったのです。


「では、このリストを読んでおいてください。次の案件と解決策になります」


 ダリウス様を経由して渡された紙は、国内外で起こった問題と原因、明快に書かれた問題点になります。


 私が王国の前面に出ることに、特に賛成し協力してくださったのは—————軍務局長のマスード・フォン・アフガンハウンド卿。


 一見に女性にも見える容姿と、流れるような美しい長い髪を垂らす彼。

 彼は普段は全く目立たず、先日の『ぽろりもあるよ』の会議に参加されていましたが、気が付きませんでした。


 書類に変なハンコを押すことしか存じ上げておりませんでしたが、実は昔は大天才として名を轟かせた方です。

 戦車こいぬの発明者であり。大海原での大量輸送手段を発明した方であり。 

 大戦にて、頭に重い後遺症を抱えてしまった方でもありました。

 



 アフガンハウンド一族は、天才を多く輩出する一族です。

 ただし、実に偏屈な頑固者集団です。


 彼は多くの破壊兵器を発明した天才犬でありましたが、戦争で頭をやられてしまい、騎士団の仕事ができなくなりました。しかし、数々の功労を立てた犬として、名ばかりの仕事を続けていたのです。


 先の会議に参加していた彼は、おっしゃいました。


「私は駄犬ですから。本当は犬棄山ほけんじょに行かなければならないのでしょう。ですが一族皆頑固でしてね。人に言われると腹が立って行きたくなくなるのです。

 陛下は面白いことを言ってくださいましたよ。バカでも良いって。ならば私もバカなりに協力いたしましょう」


 彼の一言で、私がこの国に来て以来、無関心を通していたアフガンハウンド一族が動きました。


 西の辺境に住む彼らは、私の匂いを嗅ぎに王都に来ていたのですが、夏カット運動でもりょうちに帰りませんでした。「陛下に褒められたくて帰る」と指摘されて腹が立ったからです。




 そんな変わり者の集団と言われる彼ら。

 変人と天才は紙一重の彼らは、私専門の頭脳集団になってくださいました。


 というか、勝手に立候補して勝手に居座ってくださいました。


 彼らは突如群れでやってきて、総合研究所所長でもあるシュナウザー博士のところに『自分たちを使え』と押し売りをし、徹夜で三度の担架に担ぎ込まれていたシェパード卿にも、『仕事を寄越せ』と押し売りをしに来ました。

 相手の返事など聞きやしません。


 シャパード卿は、「私の仕事かのじょを奪わないでください!」と抵抗したそうですが、彼らも元は狩猟犬。警備犬であるシェパード卿にも見事打ち勝ち、仕事を奪い取りました。

 すると夏の初めから混乱していた我が国の混乱が、どんどん落ち着き始めたのです。




 やる気のある頑固犬は、実に有能でした。


 水道を始めとしたインフラはあっという間に修復。経済活動も落ち着きました。診療所の連携を強化し、行き倒れ犬はなくなりました。農家と流通の繋がりをより太くし、子犬隊の使用する地下道を使った大量輸送を実現しました。


 現在難民たちに行き渡る食料の数も安定しましたので、旧ユマニスト側はともかく、ケンネル側ではすっかりと落ち着きを取り戻したくらいです。


 他の犬種でも、自分に自信のない犬人達が「じゃあ何か手伝えそうなら」と協力を申し出てくださいました。王宮側は彼らを今まで停滞していた事業に回し、様々なものが動き始めています。


 大臣のお一人で、内政を主に担当する女性たちの代表でもある、アンゲラ・レオンベルガー様はおっしゃいました。


「みんな、最初から手伝ってよ」


 全くです。


 ですが結果として中規模の難問が解決して行き、私が直接、国内の様々な犬人の問題に当たれるようになったのです。



 

 —————全ては会議の時の義兄の言葉から。


 義兄はあくまで、忠犬にこだわり過ぎて暴走する彼らをいさめただけでした。

 ですが、それは「役に立たない」思っていた犬や、忠犬の風潮に嫌気がさしていた一部の犬人たちを奮起させたのです。

 こうした思わぬ副次的な効果が、ケンネル王国中で広がっています。






「はい、次の方」


 扉からはキャンキャンという犬人同士の声が入ってきました。

 ケンネル・タライ販売協会会長のイラタ・ウォーター・スパニエル氏と、ケンネル行商人協会会長のレッド・ドッグ・ケルピー氏です。

  

 お二人が張り合って私の王座の下まで近寄り、膝をつきます。


「女王陛下! 今日も大変おかぐわしく! 早速ではありますが、タライはもっと小さいものを開発すべきではないでしょうか! 彼らは目先の利益を得るために大型のものばかりを作るのです!」


 ケルピー氏が発言します。

 彼は世界各地を行商する個人商人たちを取りまとめているのですが、最近のタライ屋で販売するタライが大きなものが多く、運びづらいのだとか。


「家族サイズばかりで、持ち運びにかさばり、数も売れず、全く売りに貢献しません!」

「今は大きければ大きいほど喜ばれるのだ!」


 ウォーター・スパニエル氏が反論します。

 昨今の猛烈な暑さで、家族みんなで入れる大きなタライが売れている。何個も買うよりもお買い得だと。


「それにタライで泳げたら嬉しいじゃないか!」

「それは貴様が泳ぎたいだけだろう! 私はもっと小さく運びやすいタライをたくさん生産してだな」

 

 水大好きなウォーター・スパニエル氏に噛み付くケルピー氏に、私は訊ねました。


「小さいタライは主に何に使うのですか?」

「普段は水を汲むのにも使います。小型犬が入れるくらいの水が確保できてれば十分なのです」

「そんなお一人様仕様のものを買っても、空しくなるだけだ! それを買った独身の犬は結婚が遠のくだろう……家族サイズを最初から買え!」

「屁理屈を言うな! 家族サイズが儲かるからだろう!? いいか、そもそも水を汲むなら小さいサイズが一番なのだ!」


 キャンキャンキャンと吠え合う二人に、私は言いました。


「桶を買えばいいじゃないですか」

「あ」


 途端に謁見の間は静かになります。

 私は再度、言いました。


犬人わんこはタライが大好きなのは分かりましたから、水を汲むなら桶を使いませんか?」






 一件落着してしまいました。


 すごすごと帰るお二人の背中に、ダリウス様が「最高裁判所でも判断が付かず、女王陛下の判定をお願いしたというのに。一瞬でしたね」と感心しています。

 感心しないでください。


 ようやく犬人の生活や価値観を、じっくりと傍で見る機会ができるました。


 彼らは犬と思ってしまえば、思わぬ犬特有のこだわりで物事がこんがらがっていることが良く分かります。

 人の社会で生きてきた私の視点は、彼らには意外に新鮮にうつることあるようで……。

 



(これならば私でも皆さんのお役に立てるのではないでしょうか)

 私は積極的に、王宮の外に関わり始めたのです。



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