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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第二章 リーゼロッテと素敵な珍犬たち
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第五話 ご主人様だって、子供なのですよ? ( by ニューファンドランド )

 太陽が照りつける日々。


 様々なタライが、王都のあちこちに転がっています。

 小さな木製タライから金属製のものまで。


 中には商会や商品のロゴが入っているものも見えます。

 人気は黄色く着色されたタライに『頭痛にガウリン』。味のあるタッチは私も好きです。

 他にも『わんこ製菓』や『月刊犬道』、『探偵犬のご用命はわんわんサーチまで』と広告のバリエーションが豊かです。


 真っ青な空と真っ白い雲。赤い屋根や白い壁、くっきりとした家の陰とタライたちのコントラストが夏の風物詩として、よく他国の観光雑誌に取り上げられています。




 ケンネル王国ではようやく過激な夏カットが是正され、熱中症の大量発生が収まりました。


 どこかでちりりんと風鈴の音がし、ようやく店主たちが復活して開いた店先。

 落ち着いた街の界隈では、理容店の『ひやしわんこ始めました』ののぼりが目立ちます。

 

 「ひやしわんこ」とは、冷たい水と少量の氷の入ったタライで体を洗い、かき氷入りシャンプーを毛皮に施してもらうサービスです。

 風邪を引きますので長くは浸かっていられませんが、暑さを一時忘れさせてくれ、かつさっぱりすると巷で大人気です。


 たまに一緒にタライに入っていた水瓜をサービスでふるまいます。

 ですが中には皮をむかない葉物野菜や果物も混じっていて、衛生面が気になります。


 


 ようやく王国内の生活が落ち着いてくる一方で、見知らぬ人種が増えてきました。

 人としての外見はさほど犬人と変わりません。しかし、服装が変わっていたり、時折瞳孔が細くなったりと、犬ではない様々な動物に変わられるのですぐに分かります。


 彼らは、内戦が勃発した帝国からの難民です。

 毎日少しずつ、しかし確実に増えています。 

 

 殆どの難民一時的に移住させるため、国境の近くに難民向けの臨時の町を作ることになりました。


 大臣のグロウリー・フォン・ロットワイラー様と、同じく大臣のアンゲラ・レオンベルガー様が中心になって、仮住宅の建築が急ピッチで進めてくださっています。

 中央騎士団の第一・第二部隊も治安維持のために派遣されました。

 ビザと移民準備のために、文官たちは大忙しです。

 

 難民の多くは、蛇人・鰐人・鳥人ですが、まれに竜人も混じっています。

 また、帝国の中でごく少数派で肩身が狭かったという亀人も流れてきました。

 彼らはのんびりとしすぎるせいで、ケンネル・旧ユマニストの国境近くの山で遭難される方が続出しました。

 レッドリストに乗る勢いで、全滅しかけているそうです。






 そして今。

 私は自室の中に作っていただいた子供用の学習机にひじをついて、頭を抱えています。


 マルス様には「一人で考えたいのです」と伝えますと、彼は他の部隊の手伝いに行きました。

 代わりの室内警備は第五部隊の小型犬の方々が見えないところでやっておられます。窓からチラリと影が見えました。


 中央騎士団第六部隊隊長、マゾ・フォン・ボルゾイ様に忠告されたこと。

 <犬人は犬であるのだから、犬として扱うべき>という、国民の躾にまつわる命題をいただいたというのもあります。

 ただ、それよりも大きな問題が起きているのです。


 難民と、純人教徒の大喧嘩です。




 当初レオンハルト様や国家を運営する上層部の皆様は、帝国の内乱から避難してやってくる難民たちを、


「大船団に乗せて、彼らをリーゼロッテ大陸(仮名です!)に移住ぽいすてさせれば良い。どうせ帝国が移民させたがっていた、職にあぶれたもの達だ」


 と、ごくシンプルに考えていました。


 帝国をあっさり混乱に叩き落とすような手法はすごいのですが、後始末の考え方が適当過ぎます。

 まるで穴掘りをした後の穴を埋めない、祖国のわんこのよう。


 ……たしか純人教のテロの時もそうでしたね。

 逆襲をしそうなやつらはみんなサクっとやってしまえ、と。 

 『報復の連鎖で最終戦争? 大歓迎だ!』という某侯爵もおりましたので、本当に危ないところでした。


 とにかく方針としては決定したので、大陸を運営する責任者であるマメタ様は、いち早く帰りました。某駄犬が怖くて逃げ帰ったという噂もあります。

 到着し次第、現地民の代表者であるロボ様と相談をされるそうです。

 

 元々かの大陸では、過去の殲滅戦で人口が激減しております。

 復興は進んでおりますが、インフラを中心に人手が足りません。

 なので、食料生産の目途が付き次第、移民は大歓迎だと申しています。




 ですが、そう簡単には事は進みません。

 難民の中にも様々な背景の方がおりますので。


 難民だって同じ人です。好きで地元を離れるわけではありません。 

 いきなり遠い大陸に移民となるよりも、ただ戦火を逃れ、近隣国で自国の安定を待ちたい方は多いはずです。いつでも戻れるように人間関係を身軽にして、何年、何十年と待ち続ける方だっておられるでしょう。


 しかし犬人の皆さんは、いえ特に狂犬が入っている高位貴族の皆様は、そのような方たちをたくさん受け入れる準備を全くしておりませんでした。


『先生。これはどういうことでしょう』

 

 私の質問に、シュナウザー博士が黙ってさし出された付箋付き教科書。

 題名は【良い子のシビアな国内統治Ⅳ】。


 嫌な予感がしてページをめくると、そこには『元々の国民を優先し、女王陛下のために死ねる者だけを優先的に保護し、態度が微妙ならば帝国に突き返す。それでも戻ってくるようならば国境辺りで……きゃ!』と書いてあります。

 なぜ最後の文章で照れているのですか! 

  

(うっかり恐ろしいことをやりかねない、ということは分かりました)

 つくづく、この国は多人種を抱えるには向かない国であると実感しています。




 そしてやはり、一番懸念していた宗教問題が発生しました。

 純人教徒も、爬虫類系の皆様も、互いにマウンティングをし始めたのです。


 帝国でも少数の純人教徒がおりましたが、国民のヘイトはほぼ竜人に向かっていたために問題視されませんでした。

 しかし、ケンネルは大量の純人教徒を抱えています。

 難民の中で、旧ユマニスト側の領土に流れ込んだ者たちの間で、小競り合いが起こるようになったのです。


 春に起きた純人教徒原理主義の乱。 

 ダシバのせい? おかげ? による大どんでん返しによって、解決した宗教問題。


 後始末として行ったレオンハルト様たちの取り組み(取扱説明書)によって、ケンネル国民は「駄犬好きな奴らだから仕方ないよな」と、純人教徒の多少差別的な態度を気にしなくなりました。

 そして純人教徒も「あれで女王陛下はダシバ様を大切にしているからな」と、犬人に対する態度が柔らかくりました。


 大導師がジャーキーを片手に我が王宮に遊びに行く光景も日常となり、宗教と新旧の国民が、程良い距離感を作ることに成功しているのです。

 法務局のドーベルマン卿も、「国民と純人教徒の案件が減ったからトレーニングに時間が取れる」と喜んでいます。



 

 ですが、他国は違います。

 他の変身人種からすれば、純人教徒は「差別的宗教に嵌まる悪の狂信者たち」。

 純人教からすれば、「劣等人種が、何で偉そうに人の土地に踏み込んでくるのか」という対立構造が生まれました。


 特に好戦的な蛇人・鰐人と、純人教の原理主義派の間には、たくさんの火花が飛び散っています。


 帝国は様々な問題を抱えていましたが、竜人に権力とヘイトを集中することで多人種のバランスを上手く取っていました。

 それに比べて、ようやく隣国だった人々とのバランスが取れるようになっただけの我が国。

 全く経験値が足りません。



 

 ————第七部隊のヨーチ様の情報では、ユマニスト領の各地でこのような会話が繰り広げられているそうです。



変身人種アルターめ。どうせ避難してきたくせにこっちの流儀にあわせて「劣等人種でございますが、どうぞお情けで一時的に住まわせてください」となぜ言えない」

『竜人には負けるが、蛇人も鰐人も古代(数千万年前)は地上の覇者だったのだ。なぜ、これ以上他人に頭を下げなければならない』


「下等人種め。我らはダシバ様を尊敬する気もない変身人種アルターとはつき合うつもりはない」

『というか、ダシバって誰だよ』


「人の食料を徒に消費し、純人教徒もともとすんでいるものへの配慮もない。おまえは一度ダシバ様にならって純粋なる原始に帰れ!」

『というか、ダシバって誰だよ!』



 純人教徒と難民たちとの間で起きた大喧嘩。

 まだ少数のグループが殴り合いをした程度ですが、これから難民の数が増えるに従って、問題が大きくなることが懸念されます。


 私は報告を聞いて頭を抱えました。







 私もマゾ様の頭を踏まされて、考えたのです。


 この国は、犬人が中心である限り。

 異教徒や異人種と「頑張って」共生など、しない方が良いと。


 本当の理想は、隣近所ほどほどに仲良く。

 そして様々な背景の住民が増えても、法律の元に距離感を保って平和に暮らすこと。


 しかし、「女王陛下は至高であるのが当然」と下手な純人教徒よりも狂信的になっておられる犬人たちに、無用な争いを起こさせるわけにはいきません。


(皆さん本当に血気盛んです)


 やはり……慕っていた王族が皆なくなってしまったことが、よぽどトラウマになっているのでしょうか。 


 代わりに愛情を求められても、私はただ一人。

 彼ら一人一人を安心させるには、時間がとても掛かります。


(そういえば、ダリウス様もアベルお父様の死を乗り越えられずに苦しんでおられました)

  単に人に対する気遣いではなく、もっとそれぞれの犬の本能にあったやり方があるのではないか。


 何かヒントがないのか。

 私は実の父であるアベルお父様の手記をめくり、読み込む日々です。

 他の亡くなられた王族の方の著書も、愛犬育成バイブルも、読んでは考える日々です。



 

 かつて育ての父であるカインお父様は、


『犬の喧嘩は放っておくのが一番。降参すれば終わりだし、序列が決まれば落ち着くからね』


 と、おっしゃっておりました。


 しかし、王族かいぬしの愛情に飢えたわんこたちは、力の程度が分からなくなっております。

 簡単に殲滅・抹殺・皆殺しなどの物騒な単語を使うのが良い証拠です。

 

『私は家庭犬として、リーゼ様の生活する環境を整えるのが仕事だと考えています。もしも女王陛下を崇めず国の寄生虫をするような輩がいたら追い出すのが当然。子供の健康のためには駆虫は必要です』


 これはレオンハルト様を「め!」した時に、彼がおっしゃった台詞です。

 厳しく取り締まって刑罰ならまだしも、全ての人間が女王を崇拝するわけではありあません。

 即死刑は考えてしまいます。


 私はあの時どこまでも真顔だった、白皙の麗人の顔を思い浮かべました。






 ————実はレオンハルト様は、まだベッドの上におります。

 内政以外にも帝国への喧嘩、過労に熱中症と、あまりにも多くの問題を抱えて繰り返した無理をしたため、とうとう肺炎になってしまったのです。


 代理にレオンベルガー大臣をと指名し、実質の処理は秘書官のシェパード卿が生き生きと行っています。しかし彼が担架で再び担がれてくる日も近いでしょう。


 次から次へと難民に関する問題が生じ、必死になって走っておられる文官の皆様。

 そして、義兄も—————。




 油で揚げても食べられそうにない黒縁メガネを思い出していると、ドアがノックされテレサさんが声を掛けてくださいました。


「リーゼ様。王立保育園への見学のお時間ですよ。マルス様はトラブルに対応されているため、代わりに私が第五部隊の方々とついてまいりますね」

「はい。分かりました」


 私に出来ることは少ないです。

 頑張っている部署に時々応援に行き、死にかけているわんこがいたら慰め、頑張り過ぎているわんこがいたらよしよしと撫でて休憩室に運びます。大きすぎる場合は付き添います。


 最終決裁の書類にはハンコを押します(最初はサインをしていましたが、腱鞘炎になり掛け変更しました)。ひたすらペタペタペタペタ……。


 文官のトップの中には、サインもハンコも面倒くさがって、肉球にインクを押し付けてペタペタやっておられる方もいました。

 しかもその後、前足を拭くことを忘れてあちこちを足跡だらけにするのだとか。


 確か軍務局長の—————アフガンハウンド卿。第四部隊出身です。それだけで理解ができました。


 これには会計局長のボクサー卿や法務局長のドーベルマン卿が怒っているらしいのですが、当の本犬は素知らぬ顔。

 なかなか厄介な御仁のようです。

 


 


 

 可愛らしい切り紙で飾られた保育園の入り口に入ると—————三人の男の子たちが揉めておりました!


「あらあら、元気ですね」


 子育てに慣れたテレサさんはにこにこと笑っていますが、私は戸惑いました。


 いつもは私が来るとすぐに子犬になって全力で甘えてくる子供たち。

 ですが、今回は様子が違います。

 人の形のままで、つかみ合いの喧嘩をしている男の子たちを遠巻きにして見ているのです。


 一人は以前テロリストに鼻をやられて苦しんだ、足の大きい男の子のシュレーダー君。

 人の姿の彼は茶色の髪があちこちにピンと跳ね、すっかり元気になっています。

 実は彼は、アンゲラ・レオンベルガー大臣のお子さんです。


 もう一人は確か、旧ユマニスト領から来た高位貴族のご子息でダニエル君。

 お父様が純人教の穏健派で、こちらの王宮で仕事をしていただいております。金髪でおかっぱの、品の良いけどちょっとプライドの高いお坊ちゃんです。


 そしてもう一人はプラトン君。プライドのとっても高い—————ハイヌウェレ公爵のお子さんです! 

 瞳孔を縦に細め、炎のように赤い髪を頭の上で縛っています。


 公爵は先日重い腰を上げ、内乱中の帝国に向かいました。その際に連れてきていた妻子をケンネル王国に預けて行ったのです。しかし、一体に何をネタに喧嘩を……。


『じゅんじんきょーなんてバカだよ!』

『爬虫類なんてもっとバカだよ!』

『バカといったらバカなのだよ!』

『他にボキャブラリーはないの? バカをバカって言っているうちは幼稚なのだよ!』


 保育園の子供にまで、純人教と竜人たちの喧嘩が波及しています!


『もう何言っているのか分からないよ! でもじゅんばんづけならまぜてよ! ————あ、リーゼさまだ!』


 髪がピンと跳ねた大柄な男の子は、私に気が付くと子犬に変わり、きゅん! と鳴いて飛びついてきました。抱き上げると頭をぐりぐりと勢いよく押し付けてきます。

 ……大分『刈りっこ』で毛足が短くなっておりますね。


『リーゼさまー! ダニエルくんとプラトンくんが、すぐけんかをするのよー』


 靴先に前足を載せて訴えるのは、シュレーダーくんと同じくお鼻を怪我して大変だった、ポメラニアンのヤドヴィガちゃん。

 彼女もすっかり元気になって、お守りのように私の髪の毛を挟んだリボンを首に巻いております。


 シュレーダーくんは、『あんたに持たせたら絶対に失くすから!』とアンゲラお母さんに取り上げられ、おうちで厳重に保管しているそうです。




 とにかく、純人教徒の大人たちの影響を受けたダニエル君と、竜人が人種的に優れていると考える大人たちの影響を受けたプラトン君。

 大人たちが、小さな子供たちに悪い影響を与えています!


「二人とも。その喧嘩はきりがありませんよ」

『そうだよ、どうせならかみ付き合いで、じゅんばんづけをすればいいのに』

『シュレーダーくん! そしたらプラトンくんがしゅんさつされるよ!』

 

 竜人いきるせんしゃの方が瞬殺されるのですか?

 ————心の中の突っ込みはともかく。

私の声掛けに、お互いに言い合いをしていた二人は、気まずそうに下を向きます。


「ぼく、わるくないもん。じゅんじんきょーはあたまおかしいってお父さまがいっていたもん」

「僕だって悪くないよ。総じて爬虫類は年を取れば取るほど体が大きく成長するくせにまともに脳みそが成長しないから進歩のない生き物の呼称であるとおじさんが言っていたのだよ。つまりでかくてトロい。特にプラトンなんて竜人のくせに竜の時もちっちゃいからまるでいいところがないね!」

「何いってるのかわからないけど、ぼくはちっちゃくなんてないぞー!」


 幼児とはとても思えない、圧倒的語彙力と屁理屈を行使したダニエル君。


 そんな彼にプラトン君が怒って、姿を竜に変えました。

 きゅい! と私の手のひらサイズの小竜に。

 こ、これは……可愛いです。


 必死に羽を動かしてダニエル君にまとわりつきますが、彼は無情に手を挙げ————。

 

「ダメです!」

「ぎゅ」


 思わず子竜を守ろうと、片手にシュレーダー君を抱いたまま、もう片方の手で掴んでしまいました。

 あわあわと、保育士のお姉さんとテレサさんに視線で縋りますが彼女たちは大丈夫だと合図をくれます。

 流石は竜人。彼はびっくりしただけで無事でした。大きな目を更に見開いてキョロキョロしています。 

 屁理屈幼児のダニエル君も、私の大声にびっくりしています。

 そして、私をきっと睨み、反論してきたのです。


「女王陛下。子供の喧嘩に手を出すなんてどうかと思いますよ。分別のある大人であればここは子供たちの勝敗を見守ってその後抗議なり裁判なり魔女狩りなりをしてすっきりとした解決を「ダニエル君」」


 私は少し厳しめに言いました。

 優しくプラトン君を逃げないよう掴み直し、少しかがんでダニエル君の目線に合わせます。


「純人教も竜人も関係ありません。

 ダニエル君は、体が小さいことを気にしている子に、あえて小さいと揶揄しました。そこは理解できていますね」

「……はい」


 気まずそうにうなずくダニエル君。

 私はじっと彼を見つめて、ゆっくりと諭します。


「ではそれだけは謝りましょうね。すべてを謝る必要はありませんが、まだ『ともだち』でいたいのならば、絶対にそれだけは言ってはいけません。ね?」

「…………」


 手のひらの中の子竜が、身じろぎします。

 思わずじっと、『ともだち』を見つめました。

 

 ダニエル君も、子竜をじっと見、プライドを必死に抑えて葛藤し、僕のおじさんは正しいのだからと愚痴りつつも、逡巡の末に「ごめん。言い過ぎた」と謝ったのです。


 片腕の中のシュレーダー君が「よかったな!」としっぽを振りました。ずしりときます。

……シュレーダー君、重いです。あまり動かないでください。


 うっかり小竜を、握りつぶしてしまいそうです。






 ようやく落ち着いた子供たちや子犬たちとたくさん戯れ、私は帰途につきました。


 元気すぎる皆さんに圧倒され草臥れ、こっそりと犬のテレサさんに跨って移動する私。

 その姿を見かけた男性の兵士たちは、いいなあ自分にも乗って欲しいなあと視線を寄越します。中型犬や小型犬の方でさえそうです。無理です、潰してしまいます。

 

 そもそも、私が直接騎乗させていただくのは、女性の方だけです。

 テレサさんやジョゼ様たち女性陣が、男性陣に「嫁入り前にとんでもない」とノーを突きつけました。


 背中の上の私に、テレサさんが首を回してニコニコと褒めてくださいます。


『素晴らしかったですよ、リーゼ様。とてもお姉さんでしたね』

「ありがとうございます、テレサさん。でも外の問題が子供たちに……」

『仕方ありませんよ。本当はケンネル王国がユマニストを併合した時に起こるはずだったのです。いつかは通る道ですから』

「そうかもしれません。ですがもしこのまま船団の用意が進まず、もめ事が悪化して行ったら……」

『心配性ですね、リーゼ様。団長や宰相がなんとかしますよ』

「でも……」


 悩む私に、テレサさんが強く言います。


『リーゼ様だって子供なのですよ? もっと私たちに甘えてください。真面目が過ぎても、人は病気になりますよ』

「はい……でも私の責務は」

『リーゼ様。考えてはだめです。私はリーゼ様がとても良い子だと知っておりますからね。もっとわがままでいいんですよ。女王様の前に、りーゼ様は子供です。

 子供はありのままで、何よりもかけがえのない存在なのですから』

「はい……………ぐす」

『今日のおやつには、大きなプルプルのスイカゼリーにしましょうね。料理長が特製にハート型のものを作ってくださいましたよ』

「………はい」


 私はぎゅっとテレサさんの毛皮にしがみつき顔を伏せます。

 そして脳裏にあの二人を思い浮かべました。


 シュレーダー君曰く、ダニエル君とプラトン君は、前はとても仲が良かったそうです。 

 しかし難民問題が大きくなると、周囲の大人の雰囲気が変わりました。

 その雰囲気を、彼らは真似するようになってしまったのです。自然に互いの言うことが噛みあわなくなり、どんなことでも過敏に反応して衝突するようになったと聞きました。

 

(子供たちの間でも話題になるのです。もしかして旧ユマニスト領の国境では、もっと悪いことが起きているのではありませんか?)


 私の不安は、大抵当たります。

 時々レオンハルト様にお願いして買ってもらう、くじ付チョコ『キョロわん』のエンジェルわんこは、全く当たらないのに。



 

 ————そして廊下の前の塞ぐのは、伝令犬のグレイハウンドさん。

 

『女王陛下! 宰相が緊急会議を行うと宣言しました。————その前に宰相室へ移動願います』


 私は、ため息をつきました。



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