第二話 過労ではありません。これは喜び、労働の喜びなのです( by シェパード )
鮮やかな空に立ち上がる雲がよく見える、大きな窓のある部屋。
患者用のベッド私は腰を掛け、膝には黄金色の犬。
私の膝に頭を載せて、彼は『駄犬が……』と魘され続けています。
ハ、ハ、と必死に体内を冷やそうと苦しむ姿に胸を痛ませながら、氷水入れた革袋を黄金犬————レオンハルト様の額に当てます。
ベッドの傍では、呆れた顔をしてレオンハルト様を見下ろすマルス様。
私に散々怒られたダリウス様たちは、こっそり国境に展開していた軍隊を引き返すために出ています。
近くで軍服に白衣を引っ掛けたジョゼ様が、患者の体温を落とすために、水風呂を用意しておりました。
水が溜められているのは、大タライ。
外から引き込んである水路から、並々と水が注がれていきます。
水の音が、ずいぶんと爽やかに感じられました。
(ああもう、夏なのですね)
座っているベッドの布を通して、じっとりと湿気を感じます。
ここは王宮の中の救護施設。
元は王立治療院と呼ばれていたらしいのですが、今はリーゼロッテメモリアルホスピタルと呼ばれます。
名前を戻すようにお願いしましたが、ジョゼ様は艶やかに笑って頑として聞いてくださりません。
小さな部屋がいくつも連ねられた施設には、診察室以外に手術室や検査室、リハビリ室や入院患者のための大部屋や個室などがあります。
大部屋では人一人でベッドを使われる以外に、大きなベッドには犬の姿の方が二、三人で使用されているようでした。
……そして、どの部屋にも『犬道』全バックナンバーが揃えてありました。
あまりに普及している雑誌に、何か恐ろしい物を感じます。
そして私がいるのは一階の個室です。
外に出入りしやすいようになっています。
水風呂の関係で、熱中症患者は皆、この階に集められるそうです。
外に出ると、すぐ前には青青とした庭と、なみなみと清潔な水が湛えられた丸く大きな人工の池があります。
池の中央からは、わき水が盛り上がって溢れておりました。
タライをカーテンで仕切られた空間に置くと、「宰相、起きられますか? 体を冷やしますよ」と、こちらに声を掛けました。
「レオンハルト様、大丈夫ですか?」
「くうん」
黄金犬なレオンハルト様は『辛いです』と、パサついた毛を私の膝に擦り付け甘えてきます。
私はよしよしと、ぐったりした体を首から背中に掛けてさすって差し上げました。
それを、ジト目のジョゼ様が叱ります。
「宰相。わがままは許しませんよ。首をひっつかんで放り込みましょうか」
「ジョゼ様。このままでも構いませんよ」
「でも」
「レオンハルト様には、ダシバが大変ご迷惑をお掛けしてしまいましたし」
そうなのです。
全ては私の愛犬、ダシバが悪いのです。
私が謁見を数時間やるためだけに。
レオンハルト様はずっと準備をしておりました。
女王の謁見というものは、ただ訴える人たちに会えばいいというものではありません。
人選から始まり、下の者がすでに交渉し、結論を先に相談しておくのです。
つまり私が「よきにはからえ」と言えば済むように、全て終わらせておくのです。
宰相の仕事と言えば激務です。
様々な国内の案件を、文官や大臣、各所の長官に指示を出しながら最終決断するのです。
しかも新しい領土が増え、テロリストの温床だった純人教との調整など、問題があちこちからレオンハルト様を引っ張り回します。
元々忙しいのが当たり前のレオンハルト様。
そこにさらなる過労が重なり、睡眠もあまり取れない日々が続いていました。
それでも私の朝食の準備だけは、積極的にしておりましたが。
—————そしてとうとう。
レオンハルト様の体は限界を訴えました。
王宮で泊まり込んでいたレオンハルト様が朝起きると、めまいと吐き気を実感したそうです。
もしやこれは……と念のために脱水症用に果物を準備させ、毛皮のブラッシングのために犬の姿で部屋を移動しテーブルを見ると……端から覗くのはダシバのお尻。
シバ尻という素敵なものではありません。
かなり太ましくなった、我が愛犬の垂れたお尻です。
くるりと丸くなったしっぽからは、見せつけてはならぬものが見えています。
ちなみに我が愛犬は、誘拐されるプロです。
過去にダシバは、女王の愛犬として二回誘拐されたので、特別製の銀色の首輪には発信器と鈴がつけられております。
できれば防犯無線も付けたかったのですが、彼はどんな指示もたいていは理解できないので諦めました。
鈴は普段はダシバのために使われません。
DOSS(駄犬恐ろしい症候群)を発症されている皆様のための「駄犬警報機」として活躍します。
—————チリンチリン。
廊下を恐ろしい駄犬がやってくる。
その恐怖は、とても例えられるものではないそうです。
それほどなのですか。
そのように犬人の皆さんの役には立っている鈴ですが、その時は全く鳴りませんでした。
理由は簡単です。
鈴の穴に、季節の変わり目で抜けた毛が詰まっていたのです。
とにかく疲れていたレオンハルト様に気が付かれなかったダシバは、全くいらない運を発揮しました。
たまたま警備兵が全員DOSSを発症された方で、彼らが逃げ出した瞬間にまんまとドアから進入し、人様のご飯を漁ったのです。
飼い主として本当に申し訳ありません。
狙いはシャリシャリしたひんやり美味しい高級果実。
食べ散らかしてご機嫌だったダシバは、登場した黄金色の大型犬に「わん!」と挨拶をしたそうです。
綺麗な犬が大好きなダシバですが、大型犬には言い寄りません。
上から見下ろされるのが嫌だからです。何という小物。
そして腹が立ちすぎて、気が一瞬遠くなるレオンハルト様。
————どうやら黄金犬が怒っている。
彼は滅多に発揮されない危険察知能力で、再度垂れ尻を見せつけて逃走しました。
『駄犬———!』
一気に怒りが爆発したレオンハルト様は、ダメシバを追いかけ、外に飛び出してしまいました。
夏の国内対策、連日の謁見の準備で、彼はくたびれています。
さらに輪を掛けて、睡眠不足に疲労の蓄積が溜まっておられます。
足下が覚束ない状態で太陽の下を走り回ったレオンハルト様は、とうとう地面に倒れ込んでしまいました。
だというのに。
兵士がいくら休むように言っても断り、立ち上がって何事もなく、時間がないからと果物すらも食べずに私を迎えに行ったというのです。
え、ダシバはどうなったかですか?
すぐに捕らえられて、毛を毟られそうになったらしいのですが、私が朝からダシバの顔を見たいと申し上げたせいで諦めて担いで持って行ったそうです。
そうして朝の挨拶が終わった後、第一部隊で物腰柔らかな和犬、ヨシムネ・フォン・キシュウ様が預からせたとか。
良かった。
彼ならダシバを安全に扱ってくださるでしょう。
彼は白い歯を光らせて「お任せください。ダシバ様を(しばき倒して)保護し、預かっておりますので(宰相の鬱憤を晴らさせていただきますね)」と、言ってくださったようです。
「レオンハルト様、ごめんなさい。元々は私が無理に謁見を入れたからですよね」
『気になさらないでください。貴女様がこうして私を優しく介抱してくださる。それだけで私は世界で一番幸せな犬人です』
「ジョゼさーん、レオンハルトさん元気になったよー。首掴んで水に放り込んでもいいよね」
がしり。
マルス様がむんずとレオンハルト様の背中の毛皮を掴もうとした瞬間。
レオンハルト様は人の姿になり、私の腰をホールドしました。
ちょっ、ちょっと! 苦しいです!
「ずるい、レオンハルトさん! 何その姿で陛下のお腹に顔を埋めているのさ! お腹で丸くなるのは僕の特権だよ!」
「引っ張るな。この香しい楽園から私を帰すな」
「帰すも何もないよ。本気で背中刺すよ!? 地上に戻さないよ!?」
「苦しいですー!」
思わず私が叫ぶと、ぬっと大きな影掛かり。
バキリと、とても視覚的に表現できない何かが行われました。
迫力美人のジョゼ様がにっこり微笑み、金髪の麗人から黄金色の犬に変わって動かないレオンハルト様を掴み上げてタライに放り込みました。
言うことを聞かない患者は黙らせないといけませんからね、と。
タライのレオンハルト様の息が落ち着いてくるのを見て安心していると、「セントバーバード隊長! 急患です!」と部屋に隊員が入ってきました。
彼女が担いでいたのは巨大な白い毛玉。
いえ。大型の、驚くほどもふもふした犬でした。
ハ、ハ、とひたすら荒い息を吐き、舌を出して苦しんでいます。
「第七部隊の兵士サモエドが熱中症です! 犬の姿で日向を走り過ぎたようです!」
「なぜ彼はプロテクターをしていなかった? あいつは肌が弱く夏カットができない犬種だ。
犬の姿で日向の仕事を続けるなら身に付けろと言ったはずだ」
「ワンスロ賭博にお金をかけ過ぎて、プロテクターを売ってしまったそうです!」
「同情の余地はないな。まずは緊急プールに放り込め」
女性兵士は巨大な毛玉、いえ白い犬を担いで外に出て、丸い貯水池に運んでいきました。
そしてそのまま池に放り込んだのです!
「溺れてしまいます!」
「問題ありませんよ」
ジョゼ様が私に微笑みます。
よく見ると、白い犬は顔を上げてすぐに浮き、何事もなかったかのように泳ぎ始めました。
まだ苦しそうではありますが、息も心なしか楽になっているようです。
縁にまでたどり着き前足を掛けると、女性兵士がバケツを用意して待っていました。
氷が入っています。
濡れ犬となった方はバケツに首を突っ込んで食べ始めました。
塩と砂糖を入れた特性の氷です、とジョゼ様が説明されます。
タライの中で意識が飛んでいるレオンハルト様も、マルス様に氷を突っ込まれて無意識に齧っています。
「普通の熱中症患者なら宰相のような看病もするのですが、自業自得な場合はあれで十分です」
「はあ」
「犬人は元々汗腺が少ないので、夏はなるべく犬の姿にはならないようにと指導しています。ただ、高位貴族などはプライドが高いからすぐに犬の姿になって、宰相のようになるのです」
それにしても、とジョゼ様が愚痴ります。
「最近は、間違った夏カットも流行っているせいで、患者が激増していましてね」
「その、夏カットとは……?」
「急患です!」
また気を失った新しい犬人が運ばれてきました。
ばふばふ! 潰れたお鼻が可愛らしく愛嬌のある方が、泣きながら付き添っています。
どうも同じく熱中症のようですが、不思議な外見の方ですね……。
短い毛に刈り込まれたごく小さな小型犬の方です。
ぷるぷると震えて、とてもわんこには見えません。
「兵士チワワです!」
「え!?」
『チワワっちが「ぼくはもう可愛いと言わるのは嫌だ! どうせ暑苦しいし、【男らしいカット】でモテモテになってやる」って! 冷房のある戦車では快適だったらしいけど、外に出たらあっという間に日に焼けすぎて、熱中症になっちゃったんだ!』
「この、おバカ!」
ジョゼ様がコゲコゲになったチワワ様を持ち上げて、レオンハルト様浸かっているタライに入れます。
池から引いている水を直接当てて、流水で措置をするそうです。
そばで『死ぬなよ~。おれたちまだ彼女できてないよ、チワワあー。お金返さなくていいのは嬉しいけどさあ』とスンスン泣いている同僚の方。
第四部隊のパグ様とおっしゃるそうです。
ジョゼ様は氷を用意しつつ彼らを睨んで愚痴を吐きました。
「全く。犬の毛皮は天然のプロテクターです。夏の日差しや気温を遮ってくれる、貴重な存在なのですよ?
多少風通しをするための夏カットは構いませんよ? 特に室内でしか仕事をしない犬人は。
それなのに、人の時の髪型はともかく、犬の時にも同様に丸刈りをしてしまう犬人男性が多くて困ります。
特に第四部隊!」
手元の硬い氷をアイスピックでサクサクと崩します。
私はベッドに腰を掛け、あっという間に粉の様になった氷を眺めました。
職人犬の多い第四部隊では今「男らしさ」ブームが来ているそうです。
隊長のラスカル・フォン・マラミュート様が「ボルゾイに聞いたのだけどさ。顔と体格に自信のない男は、短髪と毛皮の男らしさで勝負するとイケるって、本当?」と言い出したのが初めとか。
ただでさえ凝り性の皆さんなので、人の時の髪型だけでなく、犬の毛皮の限界にも挑戦したくなってしまいました。
おかげでただでさえ熱中症が増える時期に、患者の増加に貢献してくださっています。
しかも、このブーム。
ひそかに男らしさに悩む小型犬男性を中心に、全国規模で広がっているとか。
小型犬の皆さまは、常に大型犬にコンプレックスを抱いています。
大きいだけでも男らしくみえるため、女性にもてる確率が上がるそうです。
酔っぱらった小型犬の中年男性が、キャンキャンと大型犬の同僚に絡む光景は日常茶飯事だとか。
特にウルフハウンド卿を英雄と称えるこの国では、「ウルフハウンド級に大きい」ことは子供の憧れであり、「いつかぼく、ウルフハウンド級になる!」と将来の夢を語る小型犬の親は、いつどうやって我が子に現実を知らしめようか常に悩んでいるとか。
そこを突いての、マゾ様のアドバイス。
一体何がしたいのか。
様々なものを壊すのが得意な第六部隊。
その先頭を走る隊長、マゾ・フォン・ボルゾイ様。
(味方も壊してどうするのですか……)
思わず背筋が、ぞわりとしました。
ついベッドの下に 彼が私に踏まれようと侵入していないか、確認してしまいます。
そしてふと、気が付いたことをジョゼ様に質問します。
「皆さまは毛を刈ってはいけないのですか?」
「毛が伸び続けてしまうので時々調整しなければいけない犬種もいますよ。そこのマルチーズ卿とか」
「うん。僕やグレイハウンドのヨーチさんや、グレートデーンのアポロさんも手入れがいるね」
「外で走り回る伝令犬には、丸刈りを施さないといけないものもいますけどね。
何事も程よく清潔に、これが大事ですのに……」
ちらりと舌を出して、タライの縁に顎を乗せてぐったりしているチワワ様と、暑いからと一緒にタライに入ってしまったパグ様。気持ちよさそうです。
そしてまだ気絶してタライに浮かんでいるレオンハルト様を見やり、腕を組んでため息を吐くジョゼ様。
まとめ髪が少し解れて、色っぽく綺麗なうなじに掛かっています。
そして、「とりあえず第四部隊と最低ボルゾイ野郎は絞めねばなりませんね」と呟きました。
「急患です!」
更に急患が担がれてきました。
今度は人の姿のままで。
しかも担架に乗りながら、なぜか書類を掴んでいます。
「熱中症!? もう池に放り込んでおいて!」
「違います! シェパード卿です!」
「どうしたの?」
「過労です! 突然秘書室で倒れられました!」
「違う!」
書類を持った患者————シェパード卿が叫びます。
確かあの方はレオンハルト様の片腕で、宰相付き秘書官のフレデリック・フォン・シェパード様
顔を合わせるといつも「宰相にもっと仕事をするように言ってください」とお願いしてくる、お仕事が大好きな青年です。
こげ茶色の髪に整ったキリっとした顔。しかし徹夜による隈が目立ち、茶色の目が血走っていて台無しです。
三度のご飯よりも仕事が好きだと豪語している彼は、真っ白な顔で書類を天に突きだして叫びました。
「過労ではありません! これは喜び! 労働の喜びでついめまいがして気を失っただけです!」
「それを過労と言います!」
「もういい加減にしてよ! 全然書類を手放さないし! 隊長、この人いくら締めようとして死なないの! 無駄に頑丈すぎ!」
「宰相も確かいるのですよね? 宰相! いい加減仕事から逃避するのは辞めてください。帰りますよ! 仕事が待っていますよ!」
「やめてよー! 本当に死なないよこの人」
担架を運んできた第八部隊のお姉さま方が怒ります。
(いえ、その前に殺してはなりません)
そう突っ込みを入れる前に、ジョゼ様が私に断りを入れてきました。
「陛下。ハンカチをお借りしても?」
「え? あ、はい。どうぞ」
ジョゼ様は私のハンカチを手にすると、そのままシェパード卿の口に当てました。
すると……。
「ああ、いい匂いがする……これは天国ですね。私は死んだのでしょうか」
「そうですよ。仕事と心中出来て天国にいるのです。続きはこのあと、で!」
バキリと、またあの音がしました。
部屋がとても静かになります。
ジョゼ様は、シェパード卿をベッドに移し終わった第八部隊に指導します。
「いい? 警備犬系の文官はとにかくしぶといのだから、一瞬でも他に気を散らした隙に絞める。そうして治療。これが鉄則よ」
「はい!」
「ボクサー卿やドーベルマン卿、ロットワイラー卿も基本的には同じ手を使いなさい。何度でも引っかかるから」
「はい! 分かりました」
素直に手を挙げる部下たちに、そうですねと頷いて、ジョゼ様が私を振り返ります。
「陛下。そういうわけです。今着ているお洋服を頂いて宜しいでしょうか」
「…………どうぞ」
私は静かに服を脱ぎました。
……コレクションにされるよりは、まだマシ、なので、しょう、か?
どう見ても二人はパンクでした。
シェパード卿もレオンハルト様も、過労死寸前です。
確かにこの数か月は色々ありました。
私の発見に、隣国との戦争に後始末。
更に純人教徒の戦いやテロ、その後の併合や併存する宗教に関する様々な問題。
更にはリーゼロッテ大陸(仮名です!)の運営まで。
それでも最終決定が皆、宰相に回った結果がこれです。
国内の問題が山積み過ぎて、処理しきれなくなったと見てよいでしょう。
(もっと、私狙いで地方から移住してくる貴族たちに割り振れなかったのでしょうか)
その疑問が頭をよぎりましたが、とにかく二人の健康が心配です。
二人はジョゼ様の腕力による緊急措置で、一週間は仕事をできないよう、隔離されることとなりました。
第八部隊特製の療養施設に放り込んで、絶対で出しませんから、ジョゼ様が言います。
仕事の内容は宰相室の犬人たちがなんとかすると言っていますが……。
その傍で、「宰相室の文官チャウチャウが過労で担ぎ込まれました!」という報告が耳に入ります。
私はジョゼ様にお願いし、次々と熱中症や過労で倒れて担ぎ込まれる患者様の世話を手伝いました。
氷を運び、お水を入れ替え。みんな、大変な状況です。
王宮の保育施設である、王立保育園の子たちも担ぎ込まれてきました。
男の子たちの間で「男らしいカット」ごっこが流行ってしまい、互いにこっそり刈りあって更にお外で遊び過ぎたらしいのです。
マゾ様の罪状が増えていきます。
彼を呼び出そうとしましたが、すでに外交の手伝いで国外に出て行ってしまったそうです。
どうしてくれましょう。
私は小さなバケツで水を運びながら、隣で巨大なバケツで氷を運ぶマルス様に訊ねました。
「マルス様。一体どうすればこの事態を改善できると思いますか!?」
「まずは『男らしいカット』は女王陛下が好まないと発表すること。そして、熱中症政策をもっと進めないとね」
「私、やります!」
「無理はしないでね。僕、余計な事言っちゃったかなあ」
うーんと悩む褐色の美少年に、私はバケツの柄をギュッと握って懇願します。
「私、頑張りたいです! でも、皆さんの足を引っ張らないようマルス様の助言が欲しいのです。
……手伝ってくださいますか?」
「……仕方ないよねえ。うん。だって陛下が納得してくれる方が僕は嬉しいし」
えへへ、と笑うマルス様に、心から感謝いたしました。




