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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第二章 リーゼロッテと素敵な珍犬たち
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第一話 リーゼロッテ女王陛下(十才)のお仕事は、犬の躾です

 私の名前はリーゼロッテ・モナ・ビューデガー。

 祖国ではハイデガー家の一人娘として生まれましたが、縁あって大海を跨いだビューデガー王家に戻りました。

 そこでたくさんの犬を飼っております。


 そう……三千万人ほど。 






 みんな可愛いわんこです。

 そして私のことを大好きだと、それぞれの個性で表現してくださいます。


 笑顔でアピールしてくださったり、素敵なものをくださったり、匂いを嗅いで来たりキスをしたり抱き着いたり、靴下を狙ったり、踏まれようと床に隠れていたり……。


 ただ少し自由過ぎる皆さんは、やり過ぎて人様にご迷惑を掛けてしまうこともあります。

 隣国を征服したり、よその大陸を征服したり、隣人で大陸最大の帝国に喧嘩を売ったり。

 困ったものです。


 そこまでして褒めてもらいたいのかとは思いますが、王族かいぬしは私一人。

 ただ一緒にいてくださるだけでも嬉しいのに……。


 だから毎日褒めて叱って、一緒に遊び。

 飼い主はきちんと躾をしなければいけません。 


 そうしないと……。




「陛下。大分気候も暑くなってきましたし。そろそろ帝国を潰しませんか?」

「潰しません。ピットブル卿。お隣とは仲良くしましょうね」

「虫が湧くじゃないですか」

「他国を生ごみ扱いしてはいけません」


 王座の下にはふてぶてしい顔をした、獰猛な目つきの青年貴族。

 うやうやしい礼をしているくせに、見上げる視線が完全にこちらを馬鹿にしています。


 この方はバーバリアン・フォン・ピットブル様。

 勝手に暴れてしまう犬の方の筆頭です。




 好戦的で知られるピットブル一族の領地は、ケンネル王国の西の端。

 山々を挟み帝国に接しています。


 これでも昔の王族が、旧ユマニスト領と接しないようにと、穏健な国の隣に配置していたのです。

 ですが数年前に帝国がその国を占領・併合してしまいました。


 帝国かっこうのえさと狂犬が、隣り合う事態となったのです。

 最悪です。


 亡くなられた実父、アベルお父様の手記の中に、

 『まずい。かの国が滅ぼされたせいで、ピットブル卿が大喜びだ。マスティフ卿が戦う機会を取られたと悔しがっている。二人とも首にわんわんリードを巻いて押さえつけてはいるが、いつまで持つか。帝国の皇帝の首を取ってくれば病気が治るという噂も流れている。困ったものだ」

 という愚痴が残っておりました。


 確かアベルお父様の時代のピットブル侯爵は、バーバリアン様のお父様だったはず。

 先の旧ユマニスト王国と帝国の侵入から始まった戦争で、命を落としたと聞いています。




 —————復讐戦がしたいとか?

 いいえ。彼はそのような殊勝な性格ではありません。


 灰色の目はただ爛々と輝いています。

 喧嘩がしたいなと、血まみれの争いがしたいなと、私に訴えかけています。


「そろそろピットブル一族のストレスが溜まってきていまして、」

「駄目です! ちゃんと私が納得できるような形で説明してください」

「説明なんて要りますか?」

「要ります!」


 仕方ありませんね、と。

 ようやくバーバリアン様は紫の首輪をいじりながら説明してくださいます。


 ご自分で首輪を差し出したくせに。

 それ以降全く人の話を聞きません。

 もう一回口輪が必要かと思っていると、彼は思わぬことを言いだしました。



「まあ、あれですよ。我々の本能。犬の縄張りの問題です」



 犬人は縄張りに敏感です。

 自分の占有空間がはっきりと決められていないと落ち着きません。

 実際に戸建ての敷地はきっちりと分けられていて、王都も区画がきっちりと分けられています。

 垣根一つでももめてしまったら、法的にも腕力的にも気のすむまで戦うのです。


 何度でも人の縄張りに手を出す輩は、一発殴り倒して二度とは刃向かわないように絞めておかねばならない。


 そして。

 この考えの延長上に、国境もあるのです。






 地政学マーキングでは絶対に負けない。

 それは、犬人の本能に刻まれた闘争心。


 その証拠に、この国は一度として領土を奪われたことがありません。


 そして、ケンネル王国が新しい大陸や隣国を手に入れた今。

 何度も人のものに手を出そうとする輩には—————。 


「ちょっと噛み付いておいても良くないですかね?」




 帝国は王国のものとなった旧ユマニスト領のみならず、大陸も狙っています。

 それは先方の人口政策の失敗によるものです。


 征服を繰り返し、増えすぎた人口。

 多人種を統一する竜人国家を謳ってきたはずが、食糧事情により悪化する多人種関係。


 ならば新しい土地と食料がいる。新世界が欲しい。

 新しい住居。新しい食料生産地。新しい仕事。新しいゆりかご。

 —————彼らはイナゴのように飢えています。

 


 

「爬虫類に負けるわけにはいきませんしね」


 爬虫類。

 それは帝国の竜人への揶揄です。


 帝国では八分の一の人口を占める竜人が、国を支配しています。

 姿を変えると、様々な大きさや形の竜になる彼らは、一人でも強大な力を持っています。

 その下には蛇人や鰐人を始めとした数々の人種を下に置き、竜人個人の持つ「力」によって巨大な国を支配しているのです。 


 もちろんかの国の皇帝も、正式に大使として赴任してきたハイヌウェレ公爵も、竜人です。

 姿を変えると巨体を誇る竜になるらしいのです。

 見たことはありませんが。

 

 犬人は、変身する人種をとことん嫌う純人教ほどではありませんが、妙に偉そうでヒエラルキーを押し付けてくる竜人をあまり好いてはいません。

 元々上下関係にうるさいので、余計に癪に障るそうです。


 上下関係なくとも、確かに常日頃上から目線の方は好かれませんよね。


 しかも純人教の問題が解決してしまった今。

 二番目に嫌いだったものが、一番目になってしまいました。


 ————互いに欠点が良く見えすぎて、嫌気が増しているといいますか。




 だから、何度も縄張りを狙う帝国とは、今こそはっきりとけじめをつけるべきだ—————そういうことですか。


「なるほど、意味は分かりました」

「では御了解をいただいたということで」

「『意味は』と申し上げました! 駄目です、戦争なんていけません!」

「……少しは勉強されましたね、陛下」

「馬鹿にしていませんか!? 今度は引っかかりませんよ! 駄目ですからね!」


 私は王座から立ち上がって抗議をしました。 

 隣に待機していた中央騎士団長のダリウス様が「リーゼ様」と私の両肩を押さえ、代わりにバーバリアン様に抗議をします。


「陛下が怒っているのだから、とりあえず後にしないか」

「そういう問題ではありません!」


(私が怒るからではなく、単純に喧嘩はいけないのだと分かってください!) 




 わんこたちは今日も、なかなか女王かいぬしの気持ちを理解してくださりません。




◇◇◇◇




 ここは女王の謁見の間です。


 以前戴冠式を行った寺院とは比べ物にならないほど、大きな空間が広がる場所です。

 高い天井や壁、柱には贅を凝らした装飾が施されています。

 大きな扉から私の座る王座までは赤い絨毯が引かれ、その両端を近衛部隊でもある第一部隊がずらりと並んでいます。


 そして皆さん軍服を立派に着こなして……。

 首に、首輪を巻いています。


 謁見中も彼らはこっそり己の首輪を撫でては嬉しそうな顔をしたり、チラ、チラと私の顔を熱の籠った目で見ています。

 皆さん「護衛犬」であることが誇らしいのです。

 そして「女王の飼い犬」を示す首輪を、何よりも大切にしているのです。


 でもお願いですから。

 首輪それを巻くことになった私に、意識させないでください。

 正直引きます。 




 この国はケンネル王国。

 犬人という、犬と人の姿を持つ変身人種が人口の殆どを占める国です。


 彼らはとても身体能力が高く、頭も良い方々で、数々の技術を開発しては国力を高めてきました。

 特に軍事力は抜群に高く、先月も隣国を一日で陥落させてしまったほどです。


 有名な兵器として、馬のない馬車————戦車を大量に保持しております。

 国内では子犬隊プッピーズと呼ばれ、陸海空を走り回る様子は子供たちに大人気です。

 時々行事で航空ショーなどを行っているせいでしょうか。


 一方で、大陸中の地下に張り巡らせた地下軍事道路を使って突如現れるその姿は、各国に恐れられております。

 地獄の子犬ケルベロスとも呼ばれているそうです。




 今回の謁見は、私が強くお願いをして実現しました。

 この国の内政を一手に引き受けるレオンハルト様は、最後まで心配されましたが……。


 ですが少しでも。

 私は女王として、皆様の役に立ちたかったのです。




 基本的に私に仕事はありません。

 犬人の皆さんが嫌がるからです。


 直近の課題は、もっと健康的に太って成長することです。

 毎日美味しいご飯とおやつに舌鼓を打つ毎日です。


 でも……。

 私を追ってこの国に来てくれた義兄————もう縁戚関係はありませんが————は「リーゼをいざという時に守れる男になる」と、宰相のレオンハルト様の下で毎日仕事を頑張っておられます。

 何もない状態からレオンハルト様の小姓に取り立てられ、文官服を着こなして走り回っています。


 義兄があんなに頑張っているのに、自分だけがぬくぬくと暮すなど。

 そんな自分は到底認められません。


(私は、成長したいのです)




 お茶会や食事会でも、国内の貴族たちとは交流しています。


 ですが、新しくケンネル王国に編入されたリーゼロッテ大陸(仮名です!)の有力者たちや、旧ユマニスト領の有力者たちとはいつも宰相を挟んで意見を交換しています。

 そもそも私は十歳です。

 直接対面したら、下手なことを言って言質を取られかねないからです。

 

 海千山千の猛者とも戦える女王になりたい。

 いつも華麗に国内外の問題を解決していく宰相————レオンハルト様の美貌の横顔を見て、更にそう思うようになりました。


 もっとも彼は宰相の文官服よりも割烹着を着て、私に毎日おさんどんしたいと言います。

 時々ストレスで爆発する度に「私は家庭犬として生まれたはずなんです」と愚痴る彼を、時々毛並みを撫でることで慰めています。






 こんな私の日常の中で、私は女王として頭を悩ませていることがありました。

 帝国です。


 ケンネル王国の北に接しているルマニア・ドラゴニア帝国は、常に人口問題を抱えており、ケンネル王国が領有する新大陸を狙っています。


 彼らの言い分は、数十年前に出版された帝国の冒険家ラドン・ダ・ガマ様の『新大陸見分録』に端を発します。

 

 ラドン・ダ・ガマ様が、当時の大陸最新鋭の船(噂では我が中央騎士団第四部隊隊員が、大きな鳥ガラと騎士団の私物を勝手に交換したそうです。それで船の名前はチキンボーン号だったと)で偶然見つけたのが、リーゼロッテ大陸(仮名です!)だそうです。

 本当に、当の大陸だったかは分かりませんが。

 

 ————第一発見者は帝国市民。

 ————あの大陸は帝国のものだ。


 これがまず彼らの言い分です。


 そこに更に論説の補強として、

 「古代大陸には巨大な竜人が空を飛び、巣を作っていたと伝説にある」

 「伝承では南の島に竜人が住んでいたとある。南にある有人の大地はみな帝国のものだ」

 「よく見ると大陸の地形は竜の翼の形をしているじゃないか」

 「爬虫類は太陽が好きなのだ」

 と訳の分からない屁理屈が重なって、今の状況です。


 今日の謁見の最初に、駐在大使に任命されてやってきたハウヌウェレ公爵お会いしましたが、最初から「で、陛下。リーゼロッテ大陸などという命名を許したわけではないのですが」とジャブを入れてまいりました。

 もちろん無視です。

 

 とはいえ近年の帝国は、昔第四部隊から(おやつで惑わし)盗んだ造船技術で、海軍戦力を強めています。

 自力で大量の軍をリーゼロッテ大陸(仮名です!)に送り込めるようになるのは、遠い未来ではありません。 

 本気で全面戦争をすれば辛勝出来るらしいのですが、大陸一の国力をもつ人口八千万人の国と人口三千万人(旧ユマニスト領を入れたら四千五百万人)とが戦うなど、実に馬鹿らしいお話です。


 死に合うために、私たちは生きているのではありません。

 





 以前行われた王宮の会議で。

 私は自分の考えを、はっきりとお伝えいたしました。


 すぐに争って何になると言うのでしょうか。

 復讐に復讐。次の戦いを呼ぶだけです。

 純人教の時だって、テロの騒ぎが起きたと言うのに。


 しかしその時の皆さんは、とても不満気なものでした。

 特に犬の姿になっている方は、しっぽの振りで分かります。

 

『とにかく駄目です! 噛み付き合いの喧嘩など見たくはありません!』


 近くで聞いていた、私の家庭教師でもあり王立研究所所長のシュナウザー博士も、髭を撫でながらフォローしてくださいました。

 

『まあ、女王陛下は我らが毛並みに血が付くことがお好きではない。綺麗好きなのはいいことです。皆さん、清潔が一番ですよ』

『そうです。大切なのは清潔に生活し、そして心身ともにストレス少なく生きることです。健康的に生きましょうね』


 更にはわんこ教のアプソ大司祭様が、長すぎる白眉を上下に揺らして賛同してくださいます。

 宗教権威者おこらせちゃいけないひとにまで言われてしまうと、流石の皆さんも引き下がらざるを得ません。 


 実に残念そうな皆さんに、私は呆れます。

 そこに第一部隊副隊長で、和犬でもいらっしゃるトサ様が厳めしい顔を和らげて、この場を締めてくださったのです。


 

『皆さん、我らは(血を見せずに戦えれば)それでいいのです。

 (陛下に見えないところで)日頃の訓練を継続し、健康的に(帝国を叩いて)ストレスのない生活をしようではありませんか』



 会議室は「そうだな」「納得した」「仕方ないな」と話が進み、なんとか無事に私の意思を共有できました。


 さすが和犬の方は違いますね。






 しかし。

 そう簡単に、興味ていこくかいめつに執着するわんこたちが、引き下がるはずがありません。

 私はいつだって、彼らの手綱を引くのに苦労をしています。



 

 謁見の間。

 王座の下で懲りもせずに戦争をしよう! と提案をしてきたバーバリアン様に、キッチリ駄目だと伝えます。

 そんな彼が「困りましたね」と、素知らぬ顔で報告を付け加えてきました。


「もう部隊は国境に展開しましたけど? 後はちょっと国境を超えるだけですよね」

「嘘です。今度は騙されませんよ! 貴族の私設部隊の派兵は禁止にしました。中央騎士団の皆さんの許可制にいたしましたからね! 八人の許可が必要です!」

「中央騎士団、いや狂犬騎士団で帝国の鼻柱を叩き折りたいやつらはたくさんいますよ? 

 ————例えば、第二部隊のマスティフ卿とか」

「そんなことをしたら「め!」をすると、マスティフ卿には言い含めてあります。そうですよね?」

「……ご主人様に叱られるのは嬉しいですがの……」


 王座に近いところで立っているグレイ・フォン・マスティフ様が、垂れた頬をより垂らして困った顔をします。

 ですが私と目線を合わせようとはせず。

 首に巻かれた赤い首輪を落ち着かなく弄っておられます。怪しい。



 

「皆さんも、ピットブル卿に許可をしていませんよね?」


 そう言って周囲を見渡すと、中央騎士団の各部隊の隊長たちが、目を逸らします。



 

 じっと第五部隊隊長のリリック・フォン・コーギー様を見つめると、彼はビクリと怯えました。

 いきなり土下座をして、「すみません、すみません、すみません、すみません。でも何もしていません」と弁明し始めます。

 あくまで卑屈な態度。まるで私が虐めているようなので止めて欲しいのです。

 

 足元から『相変わらずイラッとするよね……』と、女王専属護衛犬で元第五隊長のマルス・フォン・マルチーズ様の声が響きます。

 今は犬の姿を取って、私の靴の横にお座りをして警戒中です。

 全ては女王専属足マットの座を狙う、不届きものが近くにいるせいです。


 


 第四部隊隊長のラスカル・フォン・マラミュート様は「知りません」とだけ言いました。

 口の横にラーメンのナルトが付いているのが気になります。




 第七部隊のヨーチ・フォン・グレイハウンド様は「えー? 疑うのですか? この寡黙な私を?」とおっしゃり……とても怪しいですね。




 第八部隊のジョゼ様は医療のプロ。命を支えるお方です。

 流石に許可しないですよねと見つめると、にっこりと艶やかに微笑んで、「うるさいトカゲは国民の安眠の妨害ですよね。止めを刺さないと」とお答えになりました。

 これは真っ先に許可しましたね!




 ショックを受けながら、第三部隊のアポロ・フォン・グレートデン様を探し……あれ? どこでしょうか。

 キョロキョロする私に、ダリウス様が「今日は公務で欠席と伝えてきましたが」と耳元で囁いてくださります。

 そ、そうでした。いつも寡黙でお話にならないから、たまに存在を忘れます。

 ごめんなさい。




 そうして第六部隊の……はいいでしょう。

 見ない方がいいと思って、こちらから視線を逸らしました。




 最後に、私は横の大男を見上げます。

 中央騎士団団長にして第一部隊隊長のダリウス・フォン・ウルフハウンド様。

 精悍な顔に澄んだ水色の瞳。表情は見受けられません。


 私が水色の瞳をじーっと見つめると、突然彼は巨大犬の姿を取りました。 

 更にじーっと見つめると、しっぽを股の間に入れました。 

 更にじーっとじーっと見つめると後ろを向いて、前足で顔を隠して伏せてしまいました。


 完全にみんな共犯者です!

 

「戦争は駄目です! 女王である私が許しませんよー!」


 私は今日一番の大音量で、わんこたちを叱ったのです。






(もう勝手に散歩せんそうなどさせません)


 私はケンネル王国を平和に治めると決意しました。

 でもレオンハルト様のような国政の才能も、交渉技術も、子供の私には何もありません。


 だから、ひたすら騒ぐわがままな子供と言われても。

 自分が十歳であることを存分に利用してでも、無駄な争いは止めてさせていただきます。


 —————ただ。

 私は少女ではありますが……そもそも愛嬌というものがありません。


 まず顔面筋が硬すぎて、笑顔が作れません。

 性格も堅真面目で融通が利きません。

 顔が下手に整っているので冷たい人間に見えるらしく、余計に偏屈な頑固者と言われます。

 お菓子は大好きですけど、女の子らしい趣味も特にありません。

 あえて言うならば、読書と勉強が大好きです。


 そのせいで幼いころからずっと、友達が居ませんでした。


 ならば今はいるのかって?

 ————そんなことを聞いてはいけません。






 血が上って足元がふらふらすると、思わず硬い毛皮でダリウス様が受け止めてくださいます。

 ぜーはーと荒れる息をなんとか整え、ふと、こんな時すぐにパニックを起こされる方がいないことに気が付きました。


(そう言えば、今日はレオンハルト様が随分と静かですね)


 私の王座のすぐ右下にはダリウス様。

 そしてすぐ左下には、レオンハルト様がいらっしゃいます。

 普段私が荒れる度にフォローをしてくださるのは、気配りが上手いレオンハルト様の方です。

   

 今日はずっと静かで反応のなかった左下を見ると—————。

 彼はふらりと、床に倒れ込みました。


「レオンハルト様!?」

「陛下! お任せください」


 私が叫ぶと、医療部隊のジョゼ様が慌てて王座を駆け上ります。

 真っ白な顔のレオンハルト様を、その場で仰向けに寝かせました。


 レオンハルト様は息も絶え絶えの声で「駄犬が……駄犬が……」と魘されています。

 ダシバがどうしたと言うのですか!? 


 脈を診て、瞳孔を確認し、胸元と呼吸のチェックをし。

 ハラハラと見つめる私に、ジョゼ様が静かに診断を下しました。


「熱中症です」

「はい?」

「だから熱中症です。とうとう来ましたね—————犬人にとって、地獄の季節が」






 地獄の季節———————。


 春にやってきた私は、まだこの国の夏を知りません。

 ですがこの事件から、否応がなしに犬人と夏の関係を知ることになりました。


 ここからが私の、内政における戦いの日々の始まりだったのです。

  


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