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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第一章 リーゼロッテと愉快な狂犬たち
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第十六話 私の犬たちに何をするのですか! ( by リーゼロッテ )

 手記を胸に抱き、マルス様に抱き上げられたまま、私は庭を走り抜けます。

 後ろにはヨーチ様と義兄が走って続きます。このまま私たちは王宮に隠された地下シェルターに避難するそうです。


 あちこちに白い煙が立ち昇り、王宮は大騒ぎになっていました。


「テロだ!」

「犯人はどこだ!」


「売店の納入業者を装ったテロリストが、【良い子犬の歯みがき骨ガム】と【トリガラむいちゃいました】の中に、大量の胡椒爆弾めはなつぶしを仕込んで爆発させたらしい!」

「騙された購買担当者は誰だよ!?」

「どうせ第四部隊の誰かだろ! う、煙が……キャン!」


『えーおれ。あのガムを必死に噛むの、好きなんだけど。なあチチワ』

『もちろんみんな好きに決まっているよ! だから王宮中の購買でたくさん買っては……あ! プータ、いい加減に豚骨代を返してよ』

「お前ら仕事しろ! ごほっ、ごほっ」


 キャンキャンキャンキャン!


 あちこちで骨ガムとトリガラが爆発し、鼻がおかしくなったわんこたちが苦しんで倒れています!

 遠くでジョゼ様の大きな声が響きます。


「皆、外に避難しろ! 煙を吸うな! 各所に備え付けてあるガスマスク庫を解放しろ!」

「第六のボルゾイ隊長が倒れています! 砂に指文字で【ハイヒール】と書いてありますが、これはダイイングメッセージ……!?」

「止めを刺せ! いいか? 確実に、だ!」


 犬の姿で鼻を押さえて転がる人々を運ぶのは、ガスマスクをつけた第八部隊。

 担架が足りない状態で、両腕にダウンした小型犬を抱えて走っていました。


 向かう先は王宮の大きな庭。

 王宮の救護施設でも爆発が起きたらしく、患者を次々と運び出しています。遠く第八部隊隊長のジョゼ様が、大きな声を上げて指示しています。




 犬人は、本当に鼻が敏感な方たちです。

 心身はすこぶる頑強に出来ていますが、鋭すぎる嗅覚が時として弱点になるのです。

 

 私のいた国では、ダシバがうっかり厨房の唐辛子を盗み食いして悶えていたことがありました。ですが、そんなものは比較になりません。


 胡椒爆弾めなはつぶしの構成は胡椒だけでなく、犬人には毒となるレベルの刺激物が大量に含まれており、大量に吸い込むと毒ガスと同レベルの効果を発揮します。


 吸い込み方によっては……彼らにとって命の次に大切な、嗅覚を失うことになるのです。


 ジョゼ様はおっしゃいました。

 それは「大切な人を嗅ぎ分ける嗅覚を失い、人生が欠けたもの同じ」なのだと。



 

「なんという……」


 私はそのあまりに悲惨な光景に、ショックが隠せません。

 後ろでヨーチ様が通信を終えました。


「犯人は捕まったそうです。

 どうやら次期女王様を狙ったと言うよりも、単にケンネル王国の中枢部を攻撃して、純人教分派【真・純人教】のブランドを高める示威行動だったようですね。

 『これで俺たちはゴルトンを越えられた』と叫んでいますが、何とか自殺だけはさせないよう、第五部隊のコーギー隊長が食い止めています。


 団長は第一部隊を率い、本拠地の追跡に行きました。

 今王宮にいるのは第八部隊と、第四部隊、第六部隊になります」


「コーギー……自殺に成功させたら許さないよ」

「マルス様、下ろしてください! 私は第八部隊の手伝いに参ります!」


 腕の中の私の叫びに、ピタリと止まる彼。

 私は先ほど通り過ぎた、第八部隊の皆様が戦う場所に、案内するようお願いします。


 ですが彼はそのまま動かず。

 長いまつげに縁どられた大きな瞳を眇めて、私を見下ろしました。


 さらりと白い髪が掛かります。


「また何かが爆発するかも知れないよ」

「私は手伝いたいのです。私なら皆さんよりも刺激臭に強いので大丈夫です!」

「そやな。俺も手伝うわ」

「でもさあ、ご主人様の確実な安全の方が大事だし」


 腕の力を強めて歩き始めるマルス様を、私は必死に説得します。


「この世に確実などありません! 実際は今王宮がやられているではありませんか! ……ならばシェルターとて同じこと。

 犯人は既にいないと、ヨーチ様が保証したのです。


 今やることは隠れることではありません! 

 倒れた方々の手当てを手伝い、傍にいることです」

 

 私は腕の中で暴れます。

 細い腕なのに全く拘束が外れません。


「マルス様、お願いします! 私は少しでも……皆様のために何かをしたいのです……!」


 両手を合わせて必死に頼むと、彼は少し躊躇し……了承をしてくださいました。

 宝物のようにそっと地面に下してくださいます。


「……もう、ご主人様は! お願いされちゃったら喜んで聞いちゃうよ、もう!」


 そして私をまぶしそうに見下ろして、額に軽くキスをされたのです。






 絶対に自分から離れないようにと念押しされ、私は再び現場に向かいました。

 私たち四人が着いたのはドックランコートとは違う大きな庭。

 正面の庭でした。


 王宮内の救護施設も胡椒爆弾めはなつぶしの刺激臭で、使えなくなってしまったのです。

 

 そこにあったのは、庭一面で苦しむわんこたちの姿。

 中には意識が混濁して、危篤状態の方もいます。


 中央でキビキビと指示を出す大柄の美女に駆け寄りました。


「ジョゼ様! 手伝います!」

「女王様!?」

「ご主人様! なぜ隠れてくださらないのです! マルチーズ、お前は警護犬だろうが!」

「だってさあ、ゴールデンレトリバーさん。ご主人様に本気で【お願い】されたら、僕らに断れるわけがないよね」


 悶え苦しむ、たくさん患者さんの一人に、レオンハルト様が混じっておられました!

 ぐったりと横になられて、口に何かを浸した布を当てています。

 

 手記をエプロンドレスのポケットにしまい、慌てて傍に参りますと、彼は弱弱しく目を閉じて謝罪をしてきました。


「レオンハルト様、大丈夫ですか!?」

「申し訳ありません。事件を防げないどころか、爆弾に当たってしまいました……。私は宰相として失格で、クシュ!」

「無理なさらないでください! 事件とは、前から予想ができないから事件なのです! ジョゼ様!」

「分かりました。ではこの液体に浸した布をあの列の重傷者に配ってください。強烈な刺激臭による神経麻痺を緩和します」

「はい!」


 私はレオンハルト様とジョセ様お二人に頼み込み、横になられている方々に治療薬を染み込ませた布を配ります。弱り切って腕が動かせない方には代わりに布を鼻に当て、背中をさすって差し上げます。


「頑張ってください。きっと良くなります」

『女王様……』


 必死に励ますことしか、私にはできません。

 義兄はヨーチ様と共に、刺激物どくぶつを多分に含んだ煙を建物から出す作業に向かったようです。


「きゅうん……」

「頑張ってくださいね」 

「女王様、次はあの一角をお願いします! 親御さんが面倒を見ていますが、親もやられてしまった子もいるのです!」


 ジョゼ様が指示した場所には柔らかい芝生にクッションが置かれ、子犬たちが横になっておりました。



 

 実はテロリストの主な狙いは、子供。

 子供に人気のお菓子に爆弾を仕込むことにより、王宮の保育施設を狙ったのです!

 

 弱く小さなものを叩き、未来を絶望させることで、私たちの心にダメージを与えようとした彼ら。


 なんて卑劣な! 

 こんなやり方、彼らが自慢げに唱える純粋やら理性やらなど、ちっとも存在しません!


 大きなぽっこりしたお腹を横たえて、クシュクシュケフケフ苦しむ子犬たちを、親たちが必死に看病しています。

 一方で、親もやられてしまった子、親が遠方の出張に出ていて戻ってきていない子たちには、第八部隊が世話をしています。

 私はその中に交じり、一人一人に布を当てていきました。

 

 一人のポメラニアンの女の子は、飴玉のような目を弱弱しく向けてきます。


『りーぜろってさま……』

「リーゼでいいですよ」


 彼女に布を当てて、茶色いふわふわの毛並みをそっと撫でます。

 ですが、彼女の表情は曇ったままです。

 私の手のひらを、震える小さな舌で舐め、そのままクッションに首を横たえます。 


 爆弾香りと爆発音によって脳内をかき回されたせいで、めまいや吐き気が止まらないというのです。


『ぐす。わたし悲しいの。せっかく、りーぜさまが、ここにいるのに。匂いがわからないの』


 きゅーん、きゅーん。


 周りの子犬たちも、「りーぜさまの、匂いがしない」と、一斉に鳴き始めます。 

 なんとか起き上がって「リーゼさま……」とヨタヨタ私に近寄って匂いを嗅ごうとする、体と足の太い子犬を慌てて拾い上げ、優しく撫でて落ち着かせます。


 必死に私の胸元をくんくんする様子が、とても胸に痛いです。


「セントバーナード様がしばらくすれば治ると診断しております。きっとすぐに治りますよ」


 ですが子犬たちは鳴き続けます。


『でももしダメだったら?』

『今だってパパとママの匂いも分からないのよ……』

『ぼく、およめさんをみつけられないかも』

『けっこんできなくてもいいから! いますぐりーぜさまの匂いがかぎたいよう』


 手の中の大きな子犬が、後足をばたつかせて悔し涙を流しました。


「私の手のひらで宜しければいくらでも撫でますので……あ、そうです。マルス様。ハサミはありませんか?」

「ナイフで良ければあるけど」


 私は彼から投擲用だという、小さめのナイフを借り、自分の銀髪をひと房掴みました。

 そのまま刃を当て、切り取ります。

 

「ご主人様、何を!?」

「子供たちに差し上げます。私の衣服は下賜用においそれとあげてはいけないそうなので」

「髪なんてもっと駄目だよ!」

「そんなもの、知りません。私は聞いておりませんから」


 そう言えば私がドン引きするくらい、レオンハルト様は分かっているのです。

 

 そして……。

 私も、狂犬の皆さんや、普通の犬人さんの行動を理解し始めておりました。




 私は、必死に私の匂いを嗅ぎたがる子犬たちに、切り取った髪を数本ずつ差し上げます。

 小さなポメラニアンの女の子に、足の大きな男の子。

その場にいたたくさんの子犬たち。

 

みんな目を大きく見開いています。


『りーぜさまのだ!』

『すごいぞ! おとうちゃんだって持ってない!』

『うれしい!』

『たからものにするよ!』

「いいなー、我が子よ……」


 私は大喜びする子犬たちに告げます。 


「いいですか? お鼻はきっと良くなります。そうしたら私の匂いをこれで思い出してくださいね。みんなは、私の良いわんこです」

『『はーい!』』


 体は辛いでしょうが良いお返事をしてくださる子犬たちを、みんな撫でました。

 横ではマルス様が、にこにことお手伝いをしてくださいます。


 その日は子犬たちが落ち着くまで、ずっと看病を続けました。


 幼い心に与えられたトラウマは、そう簡単には消えないでしょう。

 ですがそんな時には少しは私を思い出して、再び頑張る力を手にして欲しい。

 そう思うのです。

 





 夜半のベッドで、手記を眺めて考えます。

 見たことのない父の想い。そして、私の慕う子犬たちの思い。


 —————苦しむわんこたちの姿。


(あれが、純人教の分派【真・純人教】のやり方ですか)

 まだ教えに殉教をしようとした大導師の方が、理性を理解しておりました。

 ですが、真・純人教の人たちの他の破壊活動を聞く都度、彼らの動機は最悪だと分かります。


『自分が組織で褒められたい』

『気に入らない人間が苦しむ様子を見て、胸がすっとする』

『語り合い納得してもらうよりも、暴力の恐怖で従わせたい』


 彼らは素晴らしい信者になりたいのではないのでしょう。

 ただ、「卑怯な人間から凄いと言われる」信者になりたいだけです。


 だから、より確実に弱いものから、甚振って楽しむのです。


 —————こんなものは、宗教なんかじゃありません。

 残酷な子供が、嗜虐心と優越感を満たしたいがために、宗教を盾にしているだけです。


「……許せません」


 私は心の奥底からこみ上げる怒りを、抑えることが出来ません。


「私の犬たちに、何をするのですか!」


 拳を握り、私は覚悟を決めました。

 手記を胸に誓います。

 中途半端に迷うのはもう辞めです。


 うちの子たちを害する奴らには、【反省】を促す必要がありますね!






 そこから数日間—————。

 私は飛んで帰って来た隊長たちや、レオンハルト様。

 そして上層部の皆様と会議を開きしました。


 会議室の長い机に、ずらりと並ぶ主要幹部。全員人の姿です。

 軍人は首輪をつけ、大臣たちはレースのリボンを首に巻いております。 

 

 ええ、もうこの光景には慣れました。

 慣れましたとも。




 私の他国や他宗教に対する態度の変化に驚きつつも、彼は全面的に賛成してくださいました。

 何せ狙われたのは子供たち。

 容赦なんていらない、という点では一致しています。

 

 その調子でもっと自分たちに、激しく命令をしてほしい、叱って欲しい、ぐりぐり踏んでほしいと鳴き始めましたが、どれも(特に最後は)丁寧にご辞退させていただきました。


 十歳の子供の穴だらけな発想には、私の家庭教師であるケンネル王国政策研究所所長、シュナウザー博士と、アプソ大司祭が補強してくれます。


 特に「実に嫌らしい作戦で素晴らしい! 女王様は実にねちっこい性格をしておいでだ! ただ殺すだけでは意味がありませんからな!」と、拍手してくださる博士と研究所の皆さんが褒めてくださいます。

 褒められている気がしないのはなぜでしょうか。


 彼のおかげで、ユマニスト王国併合の際には、帝国に付け込まれなくて済みました。無事に国境を侵されることなく統合が進んでおります。

 あの王族は重税と圧政がひどかったらしいですからね。




 ダリウス様たちが突き止めた彼らの本拠地は、離れ小島。

 ケンネル王国の下に位置する、旧ユマニスト王国側の沖合にありました。

 

 地図を見ると、ダシバがダイエットを頑張っている島から遠くありません。

 一抹の不安を抱えつつ、私はダリウス様に全軍からの精鋭部隊の選抜をお願いしました。

 リーゼロッテ号の整備もお願いします。


(ダシバ……少し迷惑を掛けるかもしれません。でもこれも多頭飼いをする者の責務。貴方も頑張るのですよ) 


 私はダイエットコーチ、ヨシムネ様に電報を打ちました。

 —————ちなみに電報とは、『電撃のように早いグレイハウンド一族の中でも最高のスプリンターによる報告』を言います。




 彼らは武力で訴えてきましたが、宗教には、宗教です。

 私は彼を、利用してみます。

 

 『ダシバ様は無事か!?』という手紙を寄越してきた大導師ゴルトンには、


「無事か……無事じゃないか……無事だとは思うのですが……。確認したければ、元国境の海岸まで顔を出してください」


 と、丁寧にお返事しました。

 ついでに「私に対する態度によっては、ダシバに永遠に会えなくなってしまうかもしれませんね」とも、追記しておきました。


 



  

 そんな折。

 ひょっこりと帝国のハイヌウェレ公爵が、お見舞いにやってきました。

 薄緑の前髪を撫でつけて「大変でしたね」と、実に気の毒そうに私に挨拶をいたします。


 ですが、お互いに目が笑っていません。 

 私の場合は、顔も元々笑っておりませんが。


 お腹を空かせた帝国は、いつだって我々の隙を狙っています。


「やはり危機管理能力で言えば、我が帝国の方が優れておりますね。我が兄が『テロ対策のために、国境警備に帝国兵を貸し出そう』と言っています。いかがです?」

「結構です。我が国には、十分な兵がおりますので」

「ですが種族的には……犬人の弱点を突かれたら弱いのではないのですか? 今回のように。

 うちのようにもっと多種族をまぜて、竜人に統括させる形が一番のように思えますけどね」

「問題はありませんよ」

「ほう。では、どうやって真・純人教テロに対策をとるおつもりで?」


 最初の頃に見せていた、人の良さそうな仮面を剥いだ公爵が、挑発的にこちらを見ます。

 私はその視線に、頑張って軽く笑って見せます。


「これからは、私と犬たちで少し遊ぶだけですから。お気にせずに」


 ここでレオンハルト様が「テロリストがそちらにも向かった。むしろ扇動活動が帝都で行われている」という嘘の情報をお渡し、とっとと追い返してくださいました。

 




 

 私は黒と紫、銀色の軍服に着替えてテレサさんに「行ってきます」と挨拶をしました。

 彼女は深々と頭を下げて、見送ってくださいます。


「どうぞご無事で」

「はい、テレサさんも。患者の皆さんをお願いします」

「分かりましたよ」


 部屋を出ると、そこには軍服を見事に着こなした精悍なダリウス・フォン・ウルフハウンド様が、膝をついて待っておりました。


 その後ろには中央騎士団の隊長たち。 

 第二部隊隊長マスティフ、第三部隊隊長グレートデン、第四部隊隊長マラミュート、第五部隊隊長コーギー、第六部隊隊長ボルゾイ、第七部隊隊長グレイハウンド、第八部隊隊長セントバーナード。


 彼らも同様に膝をつき、顔を伏せています。

  

 宰相・レオンハルト・フォン・ゴールデンレトリバー様はその後ろで、優しい瞳で私を見守ってくださいます。


「ダリウス様。貴方は狂犬騎士団のリーダーです」

「はい」

「私に足りない指導は、全てリーダー犬である貴方に託します」

「はい」

「貴方を信じています。そして、皆さんのことも信じています……だから、これを付けましょう」


 私は傍らに控えるマルス様に指示を出すと、彼は王室の三大神具の一つを寄越します。

 それは、白い革紐の束でした。


 息を飲む皆さん。

 第二部隊隊長のグレイ・フォン・マスティフ様が、思わず呟かれます。


「そ、それは、神具『わんわんリード』!」




 そう。これはリード。

 お散歩紐です。


 どんな障害物があろうが、どんなに飼い主と離れようが、確実に首輪に繋がってご主人様の存在を感じられるという、究極のリードなのです!


 白い革紐の先には首輪にひっかける金属が付いています。

 先代王の時代に作られたこれは、いつだって犬と王族あいけんかを繋いできました。

 

「これで、決して私の手綱から離れないようにしてください」


 私が告げると、彼らは最高の笑顔で私に答えてくださいました。

 「はい! ご主人様!」と。

 

 


 感涙にむせぶ彼らを優しく見守り、まずダリウス様を呼びました。

 私の前で座りなおす、精悍な大男の赤い首輪に、私はリードの金属を掛けます。


 カチリ


 その音が聞こえた瞬間。

 ダリウス様はその整った顔を歪め、こみ上げる何かを、必死に耐えておられるようでした。

 

 そのまま隊長たち一人一人に、リードと掛けていきます。

 全て終わると、私は八本の紐の取手を持ちました。


「これで準備は完了ですね。私がずっと、皆様と共にいます。ですから……」

 

 私は深呼吸をし、大きく宣言しました。


「皆さん、お散歩ですよ! 

 そのついでにお馬鹿な連中を、心底【反省】させてやりましょう!」


「「はい! 女王様(マイ、プレジャー)!」」

「我らの命は、全てリーゼロッテ様と共にあります」


 彼らは犬の姿に変わり、遠吠えを始めました。

 その声に煽られて、王宮のあちこちで遠吠えが行われます。


 音は重なり、大合唱となっていきます。

 —————その声は後日、義兄に「同僚がいきなり叫び出して耳が割れるかと思ったわ」とクレームを受けるほど。


 彼らの遠吠えをずっと誇らしく見守っていたレオンハルト様も、最後に黄金の犬に変わり、王宮の空に向かって吠えたのです。






 —――――が。


 さあ出発だ! と勇んだ興奮が少し収まり、私はふと我に返りました。


 立派な皆さんの首輪に白い革紐。

 それを握っているのは十歳の少女。


 私はふらりとめまいを覚え、両手を廊下の床につきました。


「……お散歩は、やめましょう」


 慌てたレオンハルト様から、手綱が透明に変わると教えていただかなければ。

 私の覚悟と決心は泡のように消え去るところでした。


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